ecoの風


 最近、七歳になる息子の様子がおかしい。
 つい先月、病で急逝した妻の一周忌を済ませたばかりで、母親のことを思い出して情緒不安定になっているのだろうかと思っていたが、どうやらそういうわけでもないらしい。
 ガーデニング好きの近所のおばさんから、大量に花や草木の種を譲ってもらっては、少しの土やスペースを見つけて蒔いたりする。いつの間にかうちの玄関にも、タダでもらったのか拾ってきたのか、使い古した小さなプランターが置かれていた。春夏秋冬いつ芽が出るものなのかは、恐らくまったくわかっていないと思う。
 この猛暑だというのに、むせ返るような熱気のこもる居間で、エアコンはおろか扇風機もつけずテレビも見ず、汗だくになりながらうちわで生ぬるい風を顔に送って私の帰りを待っていたりする。
 普段は電車通勤だが、仕事の関係上どうしても車を使わなければならない日がある。しかし息子は私が車に乗ることを激しく嫌がる。懇々と説明しても「ダメ!」の一点張り、きりがないのでそのまま放置してエンジンをかけると、バックミラーに息子の恨みがましい視線が映り込んでいたりする。休日に二人で出かける時にも、当然のように自転車を出してくる。
 それでもまあ、家庭内でのことなら大目に見てやっていたが、近所の自動販売機や看板のコンセントを抜いて回った時にはさすがに怒った。彼には彼の考えなり信念があってのことなのだろうが、今まで頑としてその理由を話そうとはしなかった。相変わらず暑い部屋で、二人差し向かいで問い詰めると、息子は半泣きになりながら少しずつ口を開いた。
「……こないだね、がっこうでね、じゅぎょうでならったの」
「何を?」
「くるまをいっぱい使ったり、でんきをいっぱいつかうとね、にさんかたんそがたくさん出て、ちきゅうおんだんかになるんだって」
「うん」
「きたない空気になるんだって」
「うん」
「そしたらね……」
「そしたら?」
「おそらがきたなくなっちゃったらね、天国からぼくたちのことが見えなくなるでしょ」
「……」
「おとうさん、言ったよね? おかあさんは、お空のおほしさまになって、ぼくたちをずっと見ていてくれるんだって。でもね、今のお空はとってもきたなくて、ほしがあんまり見えないんだよって、理科の先生がおしえてくれたの」
「……」
「このままだったら、もっともっとお空はきたなくなっちゃうから、みんながひとりひとり気をつけて、できることをやりましょうって言われたの」
 私は、そうか、と囁くほどの声を絞り出すことしかできず、妻の遺影を前に息子をきつく抱き締め、震えるように泣いた。
 それ以来、我が家でエアコンをつけることはなくなった。が、息子もさすがに暑すぎて根負けしたのか、「寝不足で病気になったら、それはそれでお母さんが心配するんじゃないかな」という説得が効いたのか、寝る時にだけ扇風機を使うことを許された。風は生暖かく、とても涼を取ることはできそうにないが、妻がうちわで扇いでくれていると思えば、これもまた心地よい。


Go Back  To Home