二時間ドラマかぶれの犯罪


・Case 1

 隣に座った彼女は、よく通る綺麗な声で、バーテンダーにサワーカクテルを注文した。僕はちょっと気取って、普段は絶対飲まないようなロックを頼む。しばらくして、目の前のコースターに二つのグラスが置かれると、どちらからともなく見つめ合いながらグラスを軽く掲げた。
「素敵な夜に」
 ちぃん。澄んだ音色がよく響く。少し口をつけて、彼女はにこりと微笑んだ。
 ――とうとう『これ』を使う時が来たか。
 死角になっている上着の右ポケットに入っている包みを、僕は軽く握り締めた。
 他の社員よりも仕事はできるので、お金には不自由していない。が、容姿は二流以下の僕は、たとえナンパしても、こうして酒を飲むところまでは行くが(僕の羽振りがいいのは言うまでもない)その後のこととなると「すたこらさっさ」なのである。そんな時、僕は決まって飲み歩き、二日酔いの頭を柔い首で支えながら仕事をする羽目になるのだった。
 だけど、今日は違う。
 つてを頼って、苦労して手に入れた即効性睡眠薬・ハルシオン。丁寧にすり潰して薬包紙に包んである。彼女が席を立ったその時が勝負だ。
「ちょっとごめんなさい」
 ハンドバッグ片手に悠然と立ち上がった。手洗いにいくつもりなのだろう。
 彼女の姿が扉の向こうに消えてから、僕は回りを見渡し、こちらを向いている目が極力少ない時を選んで、素早く右手をポケットから出した。
 ――いよいよ、いよいよだ。これで彼女は今夜一晩、いやもしかしたら、ずっと僕のものになるんだ……。
 逸る息遣いを抑え、バーテンダーがグラスを拭いているその背中を確認して、薬包紙の封印を解いた。さらさらという音と共に、青色の魔法の粉が液体の中に滑り落ちてゆく。

「う、うわっ?!」
 一瞬、僕は目を疑った。彼女のカクテルグラスから、「しゅわ〜」という音を上げながら、凄まじい勢いで泡が吹き出してきたのだ! そしてそれは見る見るうちにグラスの縁を乗り越え、まるで増殖しているかのようにどんどん溢れ出してくる。
「わっ、わっ、わっ、これは一体なんだ?!」
 わけがわからない。一体何がどうしたというんだろうか? ああまずいぞ、このままだと彼女が帰ってきてしまう。何か入れたんだということがばれてしまう……。
 控えめな照明の奥で、扉の開く音がした。

・ 解説
 昔は目薬を入れるという方法が流行ったそうですが、今の製品には催眠作用のある成分は含まれていません。さて、炭酸飲料に粉状の物質を入れると、粉体の種類に関係なく猛烈な勢いで炭酸ガスの気泡を発生させます。この男のような企みごとをしている方、女性が炭酸系の飲み物を選んだ場合は、素直に諦めるのが賢明です。



・ Case 2

 ……俺は、絶対にあの女を許さない。詳しい話は割愛するが、どうにも思い知らせてやらないと気が済まないんだ。
 まさかあいつは、いつも帰りに通ってるこの人気のない道の路地で、俺が待ち伏せてるなんて夢にも思ってないだろうな。引っ越して行方をくらましたつもりだろうが、そうはいかない。俺の執念深さを思い知るがいい。
 ――お、帰ってきやがった。几帳面なこった、時間まできっちり同じときてる。
 右手に持った厚手のハンカチに、大学でくすねてきた純度99.97%のクロロホルムをたっぷり染み込ませる。へへっ、腹を殴って気絶させてもいいんだが、流儀に合わないからな。
 う? 結構匂いがキツイな。まさか表の道にまで流れてやしないだろうな。……げ、まずい、咳が出そうだ……。が、我慢しろ! ここでバレたら元も子もないぞ。
 ……くふぅ、何とか治まったか。しかしこりゃ凄いな。こんなので鼻と口を覆ったら、あっという間に気絶だぜ。くっくっく……。
 そうこうしているうちに、あの女が目の前を通り過ぎた。こっちには見向きもしない。チャンスだ! 俺は素早く路地を飛び出し、振り返る時間も与えずに羽交い締めにした。
「むぐっ?! んー、んー!!」
 げ、結構暴れやがるな。まあ、数秒の辛抱だ。いずれこのクロロホルムが効いて……。

 お、おい、どういうことだよ! ちっとも大人しくならないじゃないか! やべぇ、いくらなんでもこれだけ物音がしてりゃ……ん? 何か手がおかしいぞ……。
「うげっ?!」
 俺は慌てて、ハンカチ越しに女の鼻と口を押さえつけている右手を離した。べっとりと付着した強烈な液体は、掌の皮膚をただれさせ始めている!
「きゃぁぁぁぁっ!!」
 見ると、女の口回りはもっと悲惨だ。端整だった顔は見る影もなく、口の回りは完全に糜爛してしまっている。これは一体……。
 どこかから、パトカーのサイレンが響き始めている。誰かが悲鳴を聞きつけたのか……。
 俺は呆然と、赤黒く変色した自分の右手を見つめていた。

・ 解説
 テレビやマンガでよく見られる光景ではありますが、皆さんが名前をよくご存知であろう「クロロホルム」(正式名称テトラクロロエチレン)は、純度の高いものだと人間の皮膚組織などを腐食させる劇薬となります。更に、もし人一人を気絶させようとなると、およそ10〜15分ほどは布を押し当てていないと駄目でしょう。その間に、薬品の強烈な作用に皮膚が負けます。

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