カフェオレ記念日


「どうして飲めないの? こんなに美味しいのに」
 個人の嗜好にいちいち口出しをするのは差し出がましいと思いつつ、自分のコーヒー好きが嵩じてしまい、彼と自室で寛いでいる際に思わず出てしまったその一言。彼は、コーヒーも飲めないなんてお子ちゃまね、と暗にからかわれたとでも思ったのか、ぶすっとそっぽを向いてぽつりと呟いた。
 ――苦いの、ダメなんだよ。
 その時に私が見せた表情を、彼は後に『この世の幸せをすべて詰め込んだ笑顔』と語った。自分でも、だらしがないくらいに笑っているのがわかっていた。
 私はいそいそと、お気に入りのオリジナルブレンド豆をミルにかけ、ずっと自分専用に使っていたコーヒーメーカーにセットした。普段なら心躍る芳香漂う時間も、今ばかりはただもどかしい。
 最後の一滴が落ちるのを見届ける。私がいつもコーヒーを入れるせいで、ペアで買ったのにいつも違う飲み物が満たされていたマグカップを取り出し、その狭い底をやっと覆える程度の量を注いだ。不揃いの立方体がひしめくシュガーポットから角砂糖を二つ。あらかじめ電子レンジで八十度にあたためた牛乳。普段の自分ならあり得ないような薄さと甘さのカフェオレを仕立て、呆然と座る彼の目の前に据え置いた。
 恐る恐るといった様子で、カップに口をつける彼。その隣で悠然とブラックの苦味を楽しむ私。いたずらっぽく笑って覗き込むと、彼は苦さに眉をしかめることもなく、甘いホットミルクの中にほんのり漂う香ばしい風味を「美味しい」と表現した。思わずガッツポーズが飛び出した。

 今や彼は、私よりも豆や水や煎れ方にこだわる、立派なコーヒー通となっている。その第一歩となったあの日を、私は勝手に「カフェオレ記念日」と名付けた。
 そして、日を追うごとに少しずつ、彼のカフェオレはコーヒーの割合を増していく。琥珀の色が深くなるにつれ、私たちの仲もより深くなっていき、そこから芽吹いた新たな生命が、私の腕の中ですやすやと眠っている。
 まだ乳白色のミルクしか飲めない、小さな小さな娘。寝顔を見つめるたびに自然と笑みが零れ落ちる口に、甘いカフェオレを運ぶ。
 あなたがこの素敵な飲み物を楽しめるようになる頃、その隣にあなたの大切な人が座っていますように。


Go Back  To Home