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「……と、いうわけなの」
 女の子と交わす会話にしてはあまりにも血生臭い内容であったが、ともかく理沙ちゃんの語る長い事件概要は終わったようだ。
「その後、中町さんが警察に連絡して、お姉ちゃんも取り調べを受けたんだって。羽野さんとは初対面だったし、動機もないからすぐに疑いは晴れたらしいけどね」
 すっかり氷が溶けてしまったオレンジジュースを一気に飲み干す。喋り続きで喉が渇いていたのだろう。ふぅと息をついて「ごちそうさま」と告げるあたりが律義だ。
「今の言い方だと、他の三人には羽野を殺す動機が、ある、んだね?」
「さすがね。この調子だったら、期待してもいいかな」
 意味ありげな言葉である。そのあたりの質問は後回しにして、取り敢えず事件のほうだ。
「ちょうどその時、山荘に来た刑事の中に、水谷(みずたに)さんっていうお姉ちゃんの知り合いがいたらしいの。で、その人からこっそり色々と聞き出したんだって。今から話すね。
 えっと、まず羽野さんの死因は、頭蓋骨陥没による脳損傷。死体が見つかったのは羽野さんの仕事部屋兼寝室で、机とか本棚がある仕事部屋のほうね。凶器は、その机の上にあったガラス製の大きな灰皿。指紋はなし、と。
 腹部を切り裂いたのは、羽野さんの死後で、使った刃物もまた仕事部屋にあったナイフだって。だから、殺害もこの行動も、犯人が予測していなかった衝動的なものだったんじゃないかって言ってたらしいよ」
「うん、確かにそれが妥当な考え方だと思うよ。計画的犯行だったら、凶器ぐらい自分で用意していくだろうしね」
 満足げに頷きながら、理沙ちゃんは続ける。
「どうして犯人が羽野さんのお腹を切ったのか、その理由は結局わからなかったらしいわ。恨みからとかそういうわけじゃなくて、犯人はどうしてもそうせざるを得ない状況にあったんじゃないかな。例えば、殺される寸前に、犯人の名前を示すものを羽野さんが飲み込んだ、とかね」
「そうだね。まあ、そっちは後で考えよう。動機は?」
「うん……。それがね、羽野さんとお手伝いの丸岡円君、そして推理作家の中町望さん、この三人は、羽野さんを巡って三角関係にあったらしいのよ」
 恥ずかしそうにつっかえながら、理沙ちゃんは言った。心なしか頬も紅い。
「え、ってことは、いわゆるその、つまり……同性愛者(ホモ)だったの?」
 これは仰天だった。男≠描き続けた、天下の羽野浩一郎が……。しかしそれなら、羽野の筆記具を巡る二人の確執も納得がいく。
「はぁ〜……。人は見かけによらないというか、何というか……。それで、愛憎の果てにってやつ? おー怖い」
「で、でね、もう一人、担当の平谷克さんなんだけど、事件当日、お姉ちゃんの会社に新作を載せて欲しい、って羽野さんが言ってたでしょ? あれ、完全に寝耳に水だったんだって。今まで羽野さんの作品は全部光学社が掌握してたんだけど、これを機に他社に作品が流出するのを恐れたんじゃないかって。で、口論の末に……」
「なるほど。衝動的な殺人であれば、そういうきっかけも有り得るってことか」
 今までの話を整理するために少し間を置いて、続きを促した。
「ところで、メイントリックの可否を確かめるために付け替えられた鍵って、どんなものだったの?」
「うん、それが、内側からもキーを使わないとロックできないタイプの鍵だったんだって」
「死体発見当時は、もちろん開いていた、と」
「でないと円君が部屋に入れないからね。もともと仕事をする時は、あまり部屋をロックすることはなかったみたいよ」
「鍵はどこにあったの?」
「うーんと、仕事場の机の引き出しに入ってたって」
 顎に手を当てながら、ふむ、ともっともらしく頷いて、
「で、犯行のチャンスは?」
「全員にあり、よ。夕食後、それぞれが部屋に戻ってから、お互いがお互いを一度も見ていないの。円君が羽野さんの部屋にコーヒーを持っていって、死体を発見するまでは」
「お姉さんや他の人は、それまで物音とか一切聞いてない?」
「そうみたいね。犯行現場の仕事部屋は寝室と続きだから、部屋自体に、その……防音設備が整ってたらしくて……」
 背もたれに体を預け、ふぅ、と一つ溜め息をついた。
「お誂(あつら)え向きというか、見事なまでのフーダニット、というわけか」

「ところで、この話を僕のところに持ってきた理由は?」
「うん、それがね、会社に帰ってから、お姉ちゃんが部長さんに『この事件に関しての特集を組んで欲しい。ついては、警察に先立って真相を看破できたとしたら、報奨金を出そう』って言われたんだって。で、葉月君、うちの大学のミステリ研究会会長でしょ? ちょっと力になってくれないかなぁ、なんて思ってさ……。あ、もちろんお礼はするわよ」
 なるほど、そういうことか。成り行きでそうなったとはいえ、肩書きに「会長」を冠する以上、こういう依頼が来てもおかしくはない。
「頼ってくれるのは嬉しい限りだけど、あまり期待しないでね。僕の推理が正しいかどうかはわからないし、むしろ外れてる可能性のほうが高いから……」
「あ、それは大丈夫。『とにかくうちの部長を納得させられればオッケーなんだから、それっぽい解答を作ってもらえればそれでいい』んだってさ。お姉ちゃん、調子いいんだから」
 くすくすと笑う理沙ちゃん。嘘でも「ううん、葉月君ならできると思う。頑張ってね」ぐらい言ってくれれば、こちらもやる気が出ようというものなんだけどなぁ。とほほ。

 取り敢えず引き受けては見たものの、解決編を捏造(ねつぞう)するのは、高くもないくせに頑固な僕のプライドが許さない。かといって、考えに考えた末に捻り出した真相が的外れだったりしたら、それこそミス研会長の沽券に関わる。その後の授業をすっぽかして(真面目な理沙ちゃんはもちろん受講しに行ったようだが)色々考えてみたのだが、どれも『部長を納得させる』ほどもっともらしい推理とは言い難かった。
 結局、僕の頼りない頭脳ではどうしようもなく、『あの人』の知恵を借りに行くことにしたのだった。

「杉原さんですか、時々来られますよ。可愛らしいお嬢さんですよね」
 カウンタ越しに、内倉綾乃(うちくら・あやの)さんがにっこりと微笑んだ。
 既に昼休みのラッシュは終わり、授業中ということもあって、食堂横のブックセンターに人の姿はなく、僕は悠々と綾乃さんと話ができた。パズルのような暗号や、ちょっとした謎かけの謎解きの際、学内に多数のファンを持つこのブックセンター職員さんに手助けしてもらったことが二度ほどあるので、今回もちょっとそのお力を拝借に来た次第なのだが、さすがに現実の殺人事件では勝手が違うかもしれない。
「あ、内倉さんもそう思います?」
「ええ。葉月さん、いいところを見せようと頑張ってるんですね」
 げ、やっぱりお見通しか。悪意のない顔で言われては、こちらも返答に窮してしまう。綾乃さんの後ろで、顔見知りの別の職員さんがくっくっと忍び笑いを漏らしている。
「……で、ですね、とにかく何とかそれらしい『推理』を築くことができれば、内倉さんにももちろんお礼を……」
「お気になさらず。いつものように、こちらでたくさん本を買っていただければ、他には何もいりませんから」
「そんな、悪いですよ……って、もしかして?」
「少し、確認したいことがあるんですが」
 何てことだ。もう何かを掴んでしまったというのか。まったく恐ろしい限りである。
「わからないことがあれば、彼女を捕まえて聞いてきます」
「それでは……。問題の造りの鍵ですが、ドアノブの状態はどうでしたか?」
「ええ、ノブには指紋は一つだけ、円君が入った時についたものです。犯人はノブを布か何かで拭ってから立ち去ったようですね」
「わかりました。では、その部屋にあったというキーの状態は?」

 講義と講義の合間を縫って、どうにか理沙ちゃんに接近することができた。
「あの、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
 回りにいた彼女の友人らしき人達は、見慣れない僕の顔を見てきょとんとしている。
「ごめん、あとでね」
 その場にいたみんなに言い置きして、彼女は席を立った。廊下に連れ出し、綾乃さんの質問をそのまま繰り返す(もちろん、自分の言葉として伝えたのだが)。
「キーの状態? えっとね、指紋はなし。トリックの実践が可能かどうかを確かめるだけだからほとんど使ったことなんかないんじゃないかな、新品同様だったって」

 これを聞いて、綾乃さんは満足げに頷いた。
「そうですか、ありがとうございます」
「ということは、全ての謎は……」
 僕は瞳を輝かせて、次の言葉を待った。
「ええ、解けました」


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