LASTING the SIRENS

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チャプター16 終局

- 終局 -


「綾乃!!こっちだ!走れっ!!」

Bang !!

俺は綾乃に叫び、呼び掛けるのと同時に狂ったように高笑いをしていたJの額に1発見舞った。あっけなく食らったJは銃弾の衝撃により後方へと仰け反り、その勢いで手榴弾の数珠はJの首をくぐり抜け宙を舞った。そして、Jはそのまま崩れ落ちるように地に伏した。

「な、なになに?!なんなのよ!!」

「いいから走れっ!!こっちだ!!」

綾乃の駆け足の足音がパタパタと聞こえてくる。綾乃の姿が見えると俺は綾乃の手を強引に掴んで、引っ張るようにJが立ち塞がっていた扉へと駆け出した。

「ちょっ!嵐!痛いっ!」

「いいから!!」

手榴弾が地面に落ちた金属音が聞こえると同時に、20mほど走った俺たちは扉を開けて遠心力で綾乃を扉の中へと放り込むように振り投げ、それに続いて素早く扉の中へと入り地面にへたり込んだ。
その瞬間、扉の奥で起きたとは思えないほどの爆音とともに立っていられないほどの激しい地響きと揺れに襲われる。照明は忙しなく点滅した後、ショートしたのか火花を散らして破裂し、警報が鳴りだすとともに赤い警告灯が回転を始めるが、同時に作動したスプリンクラーの水のベールによって、警告灯は不安を掻き立てるようなイルミネーションのように俺たちを照らした。
そして、その止まらない勢いと圧力は扉にも容赦なく襲いかかり、今にも外れてしまいそうなくらいガタガタと激しく音を立てて奥の部屋の凄まじさを伝えていた。
ただ、京都のホテルで大火事に巻き込まれた経験があったからか、俺はさほど焦りもせず落ち着いていた。

「イチかバチかで、こっちに来たけど、この施設の作りが頑丈で助かったな…ヤワな作りだったら、間違いなく爆発の衝撃に飲まれてた。」

綾乃は何が起きたのかさっぱりわからないといった様子で、まだ息を切らしながら唖然としている。

「な、なんなの、これ…?!」

「ああ、Jが大量の手榴弾を首からぶら下げてはしゃいでやがったから、祭りは一人で楽しみなってことで、あっちの通路に置き去りにしてきてやったんだよ。」

「ていうか、こんな状況でどうしてそんなに落ち着いていられるのよ!?」

「え、あ、いや、なんつーか、焦っても仕方ないっていうか、こういう時こそ落ち着かねぇとな…ハ、ハハ。」

美波とホテルでエライ目に遭った経験があるからなんて、口が割けても言えやしない。

1分弱続いた揺れもようやく収まったが、照明は切れたままだった。配電盤が完全にイカれたんだろう。スプリンクラーもしばらく止まる気配がない。俺たちは先に進むことにした。

「お姉ちゃん、この先にいるのかな…?」

「そうだろ。連れていかれたのはさっきの通路の手前の扉の奥だし、そこを通ってきたのなら通路は1本道だから、ここも通ってるはずだろ?でも、こんなに暗いんじゃ、まったく現在地がわかんねぇな。」

携帯電話のライトで暗闇を照らしながら、水浸しになった床を歩いていく。ショートした照明からは時折、火花が噴き出し、昔 映画で見たような凶暴で長い頭部が特徴的な寄生型の地球外生命体がどこかに潜んでいてもおかしくなさそうな雰囲気だった。

「さっきの衝撃、ほかの場所でも当然、被害出てるよね…響子、大丈夫かな……。」

たしかに綾乃の言う通りだった。足が不自由な様子だった響子の場合、危険を察知しても、逃げ遅れてしまう可能性が高い。さっきの混乱で響子が被害に遭っていなければいいのだが。

どれくらい歩いたのだろう…闇の中を進めども、扉一つ見つかりやしない。このままでは足元の水で体温がどんどん奪われていってしまう。

 

 

 

 

10分前──

嵐を追おうと扉の先の通路に入った瞬間の出来事だった。
肌に感じたのは蒸気が充満した異様な熱気。それに不快感を表す間もなく、猛烈な熱風と震動と目に見えない衝撃に全身の自由を奪われ、気が付いた時には右か左かはわからないが、脚に焼け焦げるような熱を感じつつ、その感覚さえも失われていく不可解な感覚だけが脳を支配していた。

視界は完全な闇…いや、待て…火花のようなものが見えるような…よくわからない。意識が朦朧とする。
闇に徐々に目が慣れて……どうやら俺は瓦礫の中にいるようだ。

「一体、何が起きた…今の衝撃は……っつ!」

耐え難い刺激が走った方向に視線を向けると、右脚が瓦礫の下敷きになっている。感じていた焼け焦げるような熱の正体は痛みを超えた痛覚だった。

「なるほど。事態は思っていたよりも深刻か。さて、ここからどうするか…やれやれだな。」

ガタガタ…ガタン──

どこかで扉をこじ開けたような音がした。

 

 

 

「ねぇ、嵐?あの……おねえ…響子が助かったら、やっぱり響子と一緒になる……よね?そしたらさ、あたしたち、義理の兄妹になるんだよね。なんかさ、笑っちゃうよね。フフフ、変なの。」

俺の背後で綾乃は寂しそうに笑ってみせた。顔こそ見ていなかったが、きっととても悲しそうな表情をしてたに違いない。こいつのことだから、変に同情されたくなかったのだろう…強がりやがって…ホント、バカだな。

「どうだろうな。俺の今の彼女はお前なんだし、そのもしも話はちょっと先走りすぎじゃねぇの?」

ちゃんと仲直りした訳じゃなかったが、別れた訳じゃない。俺が言ったことはあながち間違いではないはず。

「そ、そう…でも、そんなこと言ったら響子が悲しむよ?響子はきっと嵐を待ってる。だから……」

「勝手に話進めんなよ……死んだと思ってた。守れなかったってずっと、ずっとずっと後悔してた。それが今になって生きてました、しかも右京なんかと結婚してました、なんて聞かされて、そうだったんだ?でも、俺が助けに来たから俺とヨリ戻そうぜ!なんてならねぇだろ?だいたい今さらどのツラ下げて会いに行けっていうんだよ。そりゃあ、最初生きてるって聞いた時は驚いたし、会いたい!助けに行きたい!って思ったけどよ。冷静に考えてみりゃ、酷い仕打ちだろ。生きてたのに3年以上も何の連絡もよこさず、挙げ句の果てに結婚してたなんて…。ちゃんと話してケジメつけてからじゃねぇと、響子とは日本に帰らねぇ。それと、今のところ俺はお前と別れる予定もないからな。あんまり早まったこと言うなよな。」

「う、うん……ごめん。」

俺は内心、迷っていた。
響子と綾乃…そして、美波。
響子がいなくなって、綾乃が現れて、美波に裏切られて…正直、今、誰かと一緒にいたいとか、そういうことは考えたくなかった。
響子のことは、実際、自分の心の中でケリをつけて、綾乃のことを守ろうって決めた訳だし、それなのに美波とあんなことになって、自分の決意なんてそんなものかと、自己嫌悪だったりもするし…俺がJACKALにいる以上、いつかまた誰かが傷付くことになる。そう考えると、一人でいるのが一番ベストなんじゃないかとも思い始めていた。

「悪ぃ、言い過ぎた。」

それからしばらく無言が続いた。

──っ?!

「伏せろっ!!」

Bang !!

俺は低姿勢に移ると共に綾乃を引っ張って通路の物陰へと避難した。

「お二人さん、ケンカ中ですかぁ?無言でこんな暗い中を歩いてるなんて、気マズイったらありゃしねぇなぁ…ヘヘヘッ。」

──姿を見せない物陰からの狙撃……また出たか。

本日、何人目のJだろうか。一体どれだけクローンを量産していたのだろう。しかし、今回だけは丁度よかった。
この綾乃との気マズイ空気の打破、そして、そろそろ自力での捜索に限界を感じていた響子の居場所を、このクローンに聞くとしよう。

「おい、響子はどこにいるんだよ。お前、知ってるだろ?」

「響子ぉ?あーあーあの右京の女か〜。知ってるぜぇ…冥土の土産に教えてやろうかぁ?」

「いや、冥土に行くのはお前だからさ、現世に置き土産していけよな。」

「それはどうかなぁ…お前、昔この手の狙撃で大切なものを守れなかったんじゃねぇのか?今日はその隣にいる女を失っちまうかもなぁ!ヒャハハハッ!!」

逆鱗に触れるとはこういうことを言うのだろう。頭の中で何かが力強くブチンと切れる音がした。

気がついたときには綾乃を置いて物陰から飛び出し、と同時に狙撃された弾痕から狙撃場所を瞬時に特定し、Jが潜む物陰へと特攻を駆けた。
あまりに急すぎる攻撃にJも全く反撃態勢が整っていなかったようで、俺が我に返るまでのほんの数秒間、無意識に繰り出していた拳でJをタコ殴りにしていた。

「嵐!もうやめなって!そいつ死んじゃうよ!!」

綾乃の声で我に返った。
JはまるでPKOで敗れたボクサーのように瞼をパンパンに腫れさせ、歯も数本抜け落ちて、面影が残らないほどに打ちのめされていた。

「言っていいことと悪いことがあるんだよ、このバカが。で、響子はどこだよ。」

「お、女なら……う、右京と一緒にく、空港に向かった……お、俺はただ、し、指示されただけで…!」

右京と空港?
どういうことだ…右京は京極に任せたはず。その右京が響子と一緒に空港に向かったっていうことは、京極は右京を止められなかったのか?
それに、空港って……

「マズイ!!綾乃!急いでここを出るぞ!!」

「う、うん!国外に逃げられたら、今度こそ手掛かりがなくなるもんね…」

「それもそうだけど、違う!慎重な右京のことだ。こんな物騒な施設、野放しにして逃げる訳がない!この施設ごと俺たち全員を消すに違いない!!」

もはや完全に戦意喪失したJを無視して、俺たちは一気に駆け出した。

──京極、アンタならこれしきの危機、自力で切り抜けられるよな?頼むから、死ぬなよ…。

タイミング良く、無人となった研究施設に出た俺たちはそこを抜けて、地上へと続くハシゴのような長い非常階段を見つけた。登りきった先にあったマンホールのような鉄蓋を退かせると、外はすっかりと日が落ち、広がる暗い荒野と満天の星空に一瞬、現実を忘れそうになった。

「砂漠……か。出られたんだな、俺たち。」

その時だった──

足裏から頭頂へと突き抜けるかのような地響きが起きる。
恐れていたことが実現したことを悟り、満身創痍であることも忘れて俺と綾乃は振り返ることもなく再び全力で走り出した。
とてつもない破壊力の衝撃に堪えきれなくなった地盤がゴム板のようにゆるやかに波打っていく。
その揺れに足を取られながらも、ひたすら走り続ける。
噴火が起きたように砂漠の砂が星空に向かって天高く噴き上げる。それはまるで大海嘯のような迫りくる壁となり、数百メートルにも及ぶ広範囲に亘っていた。
施設内に爆薬が設置された場所を如実に示すように、順次、大きな砂の波が背後で噴き上がっていく。
衝撃に飲まれまいと必死に走り続けるも、数メートル後ろまで波が迫ってきた。

──ダメだ、もう走れねぇ!!

足が言うことを聞かなくなったように縺れて転んだ。それにつられて、手を繋いでいた綾乃も倒れ込む。

目を閉じ、想像を絶する衝撃に備えた……。

ザァーー

数秒後、粒子のような細かい砂の雨が俺たちに降り注いだ。

──あれ?

恐る恐る目を開けると、爆発は目と鼻の先で止んでいた。噴き上げた砂の壁の成れの果てが上空から降り注ぐだけに被害は止まった。

「…ハ、ハハ……た、助かったぁ……」

長く続いていた緊張の糸が切れた俺は安堵のため息を漏らして、砂のベッドに完全に身を委ねた。

「……ったく…アンタといると、ホント退屈しないで済むわ。あー疲れた。」

綾乃も皮肉を交えながらも、少女のような嬉々とした笑みを浮かべて、寝転がる。
綾乃とこういう雰囲気になったのは、久しぶりかもしれない。

 

「……キレイだね…………星。」

「……ああ…日本じゃまず見られない空だよな。」

 

このまま現実を忘れて、目の前に広がる星の海に溶け込んでいたかった。
でも……まだ最後の仕事が残っている。ここでのんびりはしていられない。
俺は行かなきゃらなかった。

「………行くか…。」

「……うん。」

見渡す限りの荒野と砂漠。

夏場とはいえ、日が落ちた砂漠の今の気温は氷点下に勝るとも劣らないくらいの体感温度だった。
スプリンクラーに奪われた体温と走りすぎた満身創痍の肉体には、耐え難い寒さだった。

それでも俺たちは、カップルが渋谷でデートでもしているかのように、お互いの身を寄せ合い他愛もない話をしながら歩き続けた。
ありがたいことに30分ほどで国道沿いに出て、モーテルを見つけることができた。

この時間だ…おそらく右京が自家用ジェットかセスナでも所持していない限りは、空港から飛び立つことはできないだろう。それにセスナならば、国外に出ることは不可能。その一婁の望みに賭けて、俺たちはモーテルで体を休めることにした。

 

「風呂、入ってこいよ。俺は後でいいからさ。」

「うん……ありがと。」

ベッドに寝転び、明日のことに思案を廻らせる。
“空港に向かった…”
ここらで空港といえば、やはりマッカラン空港だろう。
いや、しかし夜通し車で移動すれば、他の州の空港に行くことも可能だ。
空港から右京はどこに向かうつもりをしていたのだろう。

──待てよ……たしか、右京の家はアーリントンって…。てことは、国内線でワシントン空港に向かうこともあり得る…か。

イチかバチか、明朝マッカラン空港の国内線で待ち構えることにしよう。
確定情報がない今、できることといったら、ヤマを張って右京を待ち構えることしかできない。
もしハズれたら…いや、後ろ向きなことは考えないでおこう。

「嵐ー?上がったよ〜。」

考えごとに没頭しすぎて綾乃の声が聞こえていなかった。
今日は本当に色々なことがありすぎて疲れた…時差ボケの影響もあるかもしれないが、今すぐにでも眠りに落ちそうなくらい疲弊していた。明日の為に今日は湯船に浸かって温まったら、早めに寝るとするか…。

 

 

明朝 7月14日
AM 6:50

「綾乃、準備できたか?」

「うん、行こう…響子を助けに。」

「ああ、3年半のケジメ、キッチリと右京につけさせてやるぜ。」

とは言ったものの、とりあえず腹が減っては戦はできぬ…ということで、モーテルから10mほど離れたところにあったダイナーで朝食を採っていると思わぬ情報を耳にした。

『昨夜、日本政府と警察機関から国連に、ある人物を国際指名手配犯に認定するよう働きかける動きがありました。ある人物の名前はアメリカ元・国家安全保障局 諜報員 “右京 仁”。CIAの調べによると右京被告は現在、ネバダ州ラスベガス周辺に潜伏中とのことで、本日より逮捕に向けて全米では一時的に国境付近での検問に加え、空港でも厳重な取り締まりと審査が導入されることになりました。詳しい事情はまだ分かっておりませんが、右京被告は我が国の国防総省が全力でサポートしている日本の国防機関 JACKALを壊滅寸前にまで追い込んだ爆破テロの主導者という疑いが持たれております。次のニュースは……』

──右京が国際指名手配…?!

「綾乃、今の聞いたか?」

「警察機関からの要請でって、もしかして鴉さんの手引きじゃ?」

たしかに……詳しい事情を知る人間が警察関係者の中にいるとすれば、鴉ぐらいか。いやでも、警察内部では右京は輸送機の爆破テロによって死んだことになっているはず。鴉でも右京が生きていたなんてことを知っているはずが…まさか……

「とりあえず、ラスベガス空港へ急ごう!これは右京を追い詰めるまたとないチャンスかもしれない。」

俺たちは食事もそこそこに、ダイナーにいた客一人一人に頼み込んで、なんとか空港まで車に乗せてもらうことに成功した。

 

AM 9:56
マッカラン空港ターミナル2

平日の朝とあってか、空港に訪れているのはスーツ姿のビジネスマンがほとんどだった。
右京のヤツがひっかかるとすれば、出国審査と踏んだ俺たちは出国審査口に向かうことにした。
空港の職員に事情を説明し、右京がひっかかるのを待った。

「ねぇ、嵐。右京、来るのかな…。昨日、グレームレイク基地を出て、車で行けるところまで行ってるんじゃない?それに、今朝の報道をもし見ていたら、きっとわざわざ捕まりに空港になんて来ないでしょ?」

「ああ…俺もそれは考えてたんだけどな。ただ、ここ以外の空港って考えても、たくさんありすぎて見当もつかねぇし、今できることと言ったら、ここでこうして待つことしか…。」

右京は計画的な男だ。
普通に考えれば、空港は避けるだろうし、ましてや基地から直近のマッカラン空港にやってくるなんてあり得ない。

でも、アイツの戦略は時に大胆で予想もつかないことをやってのける。普通の逆をいくからこそ欺くのが上手かったりするのだとも思う。
しかし、ここまで追い詰められたアイツに、この状況を切り抜ける戦略はもはや持ち合わせていないはず。
ここには来ないだろうという予想を覆す、いわば“灯台もと暗し”。
右京はきっとその戦略で来る…俺にはそんな気がしてならなかった。

思い返せば、響子を守れなかったあの時も、俺と響子のすぐそばに潜んでいた。アイツは俺たちが生きているとは知らない…検問や審査くらいなら右京はいとも容易く切り抜けられる。だからこそ必ずここへ来る……!!

しかし、それから2時間が過ぎた──

「ねぇ、やっぱり右京はここには来ないんじゃ……」

「いや、来る…アイツは必ずここへ来る。今はここでじっと待つしかない。俺が見てるから、ちょっと息抜きしてこいよ。疲れただろ?」

「ん〜ごめん。じゃあ、ちょっとお手洗いにだけ行ってくる。」

綾乃は席を立って早足で駆けていった。
正直、何の確証もないのに、ここで右京を待ち続けていていいのだろうか。もし、ここではないどこかですでに出国していたら…きっとどこかの国に亡命して、俺が生きていることを知って、再び復讐の為にテロを起こして、再び多くの犠牲を払うことになるだろう。

──ん?何やら騒がしいな……右京か?!

チケットのほうの窓口で何か騒ぎが起きているようだった。
だが、もしただのクレームだとしたら…ここを離れているスキに出国審査の窓口にやって来たら…そう考えると動けなかった。

──綾乃、すまん!急いでくれ!!

Bang !!

チケットの窓口で銃声が鳴り響く。

──もう間違いない!あっちだ!!

急いでチケットのブースの方へと駆け出す。

「動くなと言っているだろう。私を刺激すると、今しがた飛び立った国際線のボーイング724便の乗客全員が死ぬことになる。私の言うことを聞いた方が賢明だと思うがな。」

「右京ぉーっ!!!」

自分の生存を知らしめるかのように俺は右京の名を叫び、人だかりを掻き分けて輪の中心へと進んだ。
輪の中に出ると、そこには警備員が一人倒れており、その奥で右京が車椅子の響子の側頭部に銃口をつきつけていた。

「嵐……お、お前…なぜ生きている?」

「知るかよ、そんなこと。それより今すぐ響子を放せ……でないと、この場ですぐに殺す!」

銃を構え、ジリジリと間合いを詰めていく。

「動くな。私は昨夜、さっき離陸した旅客機に爆弾を取り付けた。ボタン一つで木っ端微塵になる威力だ。それに、ここにいる響子も道連れにする。正義の味方さんがそれでも構わないのなら、好きに撃てばいいがな。」

右京がこちらに見せたタブレット端末の画面の半分は、旅客機の翼の下に位置するエンジンに取り付けられた爆弾らしき物体のライヴ映像、そしてもう半分はアプリのような画面で起爆スイッチが表示されていた。
旅客機に爆弾とは予想外の根回しだった。
このままでは逃げられてしまう…どうすれば!!

「嵐君!私のことはいいから!スイッチを押される前に右京さんを止めて!!」

「バカ野郎!!そんなことが…できる訳ねぇだろ…!!」

「フフフ。いいね、そういう茶番。そうだ、いいことを思い付いた。響子、嵐から銃を受け取って、嵐を撃ってくれないか?」

──な…に……?!

「そ、そんな…アナタって人はどこまで外道なの……」

「黙れ。自分の夫を外道呼ばわりするとは…まだ自分の立場が解っていないようだな。今すぐスイッチを押そうか?さあ、やれ!やるんだ!」

沈痛な面持ちで響子はこくりと頷いた。
ここまで追い詰めたというのに、あと一歩のところで俺は響子に殺されるのか…俺はやっぱり響子を守ってやれないのか。

右京から離れ、車椅子で進みだす響子。
右京はニヤニヤとしながら響子の後頭部あたりに狙いを定めて銃を構えている。
半分ほど進んだあたりで、響子が口パクで必死に何かを訴えてきた。

(右京を撃って!)

──無理だ。俺には出来ない…響子を見殺しにするなんて。

響子が受け取れるように、俺は銃のグリップを外側に向けて持ち、目を閉じて響子が来るのを待った。

その時だった。
鳴り響いた銃声と共に目を開けると、右京が持っていたタブレット端末が中心から真っ二つに割れた。

「嵐!!今よ!!撃って!!」

「おっせぇよ!綾乃!!」

呼び掛けに応えて俺はすかさず銃を持ちかえ、響子の背後に回り込もうと走りながら右京の額に向けて発砲した。
だが、右京もまた、発狂しながら響子の後頭部を目掛けて同時に発砲していた。

──響子ぉーーーっ!!

響子の背後へ回り込もうと走っているが、この距離では間に合わない。
俺は響子をまた、守れない…のか。
銃弾が右京に迫っていくのと同時に、右京の放った凶弾が響子に迫り来る。

しかし、突如として人だかりの中から、俺の目の前を遮って人影がゆっくりと進む響子の背後に飛び込んできた。
と同時に、響子に迫っていた凶弾はその人影へと吸い込まれるように跡形もなく消えた。
そして俺が放った銃弾は右京の銃を握っていた右手を貫き、銃を弾き飛ばした。

右手から夥しい量の血が流れている右京は痛みに絶叫しながら膝まずいている。このまま止めを刺すか迷った。殺すのは簡単だ。
だが、響子の楯となった人間の安否が気になる。響子の背後に飛び込んできたのは女性だった。
その女性は足元から力が抜けたようにその場でへたり込み、血を吐きながら咳き込んでいる。
1〜2秒差で間に合わなかった俺がようやく回り込んだその場で見た人影は……美波だった。

「ど…どうして……だよ……」

「ごめ…んね……嵐ちゃん。私…こんなこと…でしか…償えないから……最期…に…償いができ…て…よか……った……」

美波……どうして。
そんな償い方、卑怯だろ…生きて、生きて生きて生き抜くことだって道はあるのに。

──美波、ありがとう…さよなら。

「おのぉれぇ!!嵐ぃぃ!!全員、皆殺しにしてやる!!」

半分に割れたタブレット端末を投げ捨て、左手で銃を拾った右京が構えようと上体を起こした。

Bang!!

今度は右京の左手を銃弾が貫いた。

「うぎゃあぁぁぁぁっ!!」

撃ったのは俺じゃない……誰だ?

「仁、まさかこの俺に偽者を始末させるとはな。今の銃弾はそのツケだ。」

「京極!!」

片足を引きずりながら、京極が人だかりの中から現れた。
相変わらず、オイシイところを持っていきやがる。

「嵐。どうすんだ、コイツ。サツに突き出して無期懲か、今ここで裁きを下すか…。右京の狙いはお前だったんだ。お前が後始末の方法を決めてやれ。」

逮捕かこの場で射殺か…
いや、もうこれ以上…血が流れるのはごめんだ。

「京極、アンタもこの件が片付いたらNYのムショに戻るんだろ?昔のよしみでアンタが面倒見てやれよ。」

「フッ……断る。男の面倒を見る趣味はない。間もなくCIAや警官隊がここに来るだろう。そいつらに任せればいい。お前は3年半ぶりの再会でも済まして来い。」

──響子…か。本当に生きてたんだよな。何から話せばいいんだよ。

俺は響子の前に立って、屈んだ。

「嵐君…その、えっと…久しぶり。」

「あ、ああ、久しぶり…大丈夫…だったか?」

3年半前と何も変わらない笑顔で響子は頷いた。

「お姉ちゃん!」

綾乃が走ってくるなり、響子の膝に抱きついた。
走ってきた綾乃の目には光るものが見えた気がした。

「お姉ちゃん…無事でよかった……本当に。」

「綾乃……ずぅっと寂しい思いをさせてごめんね。綺麗になったね…。」

俺は3年半ぶりだけど、綾乃はいつぶりなのだろう。
これまで久々の再会が遺体だった綾乃にとって、実は生きていた姉との再会がどれほど心待ちにしていたものなのかなんて、俺には想像もつかなかった。

──家族か、いいもんだな。

 

日米で起きた一連のテロ事件は、これにてようやく終幕を迎えた。
俺たちは全員、空港から救急車で運ばれ、ラスベガスの近隣病院で治療を受けた。
病院から解放される頃には、すでに0時を回っていた。
軽傷組は俺と綾乃の二人で、京極や響子はとりあえず絶対安静ということでそのまま入院となった。

「響子、やっぱり心身ともにだいぶ弱ってたみたいだな。」

「うん、目立った外傷や症状はないけど、精神面からくるストレスで体力の低下がひどいみたい。今夜は病院でゆっくり休んで、明日の診察次第では退院できるかもって感じ。」

まだまだ眠ることのないラスベガスの夜のネオンを浴びながら、俺たちはホテルまでの道のりを歩いていた。
ホテルは、国際指名手配犯である右京を捕まえた功績を讃えられ、CIAがラスベガスのカジノ街の真ん中に位置するの最上級ホテルにスーペリアルームを用意してくれたものだ。
今晩はカジノ三昧……といきたいところだったが、長きに亘る戦いの疲れもあって、部屋に戻るなり、俺たちは泥のように眠りについた……。

一夜明け、響子は自宅療養可ということで退院し、俺たち3人は久方ぶりに訪れた思い出の地、米国を堪能することもなく、京極たちを残してドタバタと帰国の途に着いた。

京極は全治2ヶ月の入院が決まり、退院後にムショに戻るらしい。
今度こそもう会うこともないかもしれない。

右京は未だに容疑を否認しているが、証拠が出たらすぐにでも死刑囚としての判決が下されるだろう。
ただ、国防総省の絡みもあって、グレームレイク基地の地下、クローン研究施設の件に関しては一切公表されず、その件ではお咎めも無しのようだ。

そして、綾乃はしばらく響子の容態が回復するまで、俺と離れて響子と一緒に暮らしたいと申し出た。響子と綾乃、実際のところ俺は自分の身の振り方を迷っていた。だから、その螺旋から抜け出せるのならと、俺は快諾して京都の家を出た。
ただ、行き先なんて何も考えていなかったけれど。
愛車に乗り込んで、荷物を積んで、気の向くままに走り出した。
行き先なんてない…今はそれでよかった……

JACKALは何の役職もないただの暗殺者である俺だけになった。
もはや、存在はないにも等しいこの組織について、日本政府は今回の件も踏まえ、改めて組織の必要性と在り方について閣議にかける方針だそうだ。
組織についての結果が決議されるまで、JACKALは全面的に機能停止扱いとなり、俺は自由の身となった……

 

2週間後──

 

Trurururu ....

「はい、こちら鴉。」

『……真希か?久しぶりだな。俺だ。』

「京?フフ、電話をくれるなんて貴方らしくないわね。もう、戻るの…?」

『ああ、今日退院して、また臭いメシが待つムショに戻る。右京の指名手配の件、ナイスフォローだったぜ。助かったよ。』

「別に貴方の為にやったことじゃないわ…世界秩序のためよ。それで……刑期は縮まったの…?」

『いや、まだわからない。フッ、だがまぁ、早いこと出れそうなら、その時は100本の薔薇の花束でも持って逢いに行ってやるよ。』

「あら、そう。それじゃあ楽しみに待ってるわね。」

『棒読みじゃねぇか…まあいい。それじゃそろそろ行く。じゃあな。』

「ええ、体に気を付けて。それじゃあ…」

 

プツッ──

「はぁ……独身キャリアコース確定……かぁ。」

「フッ…お前がため息つくなんて、珍しいな。」

「えっ!?ちょ、京!貴方…どうしてここに!?」

カフェのオープンテラスで一人ブラックコーヒー片手に黄昏ていた鴉の前に現れたのは、両手いっぱいの真っ赤な薔薇の花束を持った京極だった。

「サプライズってやつだ。驚いたか?」

「バ、バカ…近くにいるなら、もっと早くに言いなさいよね…。」

「オイオイ…言ったらサプライズにならないだろ。なぁ、真希…?今日ここに来たのはほかでもない。」

「な、なによ……」

いつも冷静沈着な真希も俺の次に発せられる言葉に期待と不安でドキドキしているのか、目を泳がせて落ち着きのない様子だった。

「………結婚しよう。」

「…………うん!」

出逢って以来、初めて真希から「うん」という、可愛らしく、ラフな言葉を聞いた気がする。

あの日──
生きてグレームレイク基地の地下施設を出た時から、ムショに戻ったとしても電話で真希とのケジメをつけようと考えていた。
しかし、俺に課せられていた刑期はチャラになった。今回の右京逮捕の件がそれだけ大きな功績として扱われたらしい。
今後、おそらくJACKALが再組成されることはないだろう。半年前から問題続きな上に、内閣での評判も思わしくない。そんな折、壊滅までに至った以上、再び組織する必要性は感じられないだろう。
そうなれば、出所した俺も暗殺者としての裏社会への復帰の道ではなく、真っ当な道に進む頃合いなのかもしれない。
これまで自らの危険も省みず、俺を支え続けてくれた真希をこのまま一人にしておくほど、俺も無責任な男ではない…はず。

「ところで……嵐のやつ、何度連絡しても繋がらないんだよな。何か聞いてるか?」

「嵐君…?そうねぇ……いえ、私は何も聞いていないわね。」

「そう…か……」

トラブルメイカーなアイツのことだ…早くも何かの事件に巻き込まれてなきゃいいが……

 

 

 

 

それから2年半が過ぎた――

 

2025年 2月23日
英国 首都ロンドン ヴォクソール郊外

SIS 通称 MI6(エムアイシックス) …英国秘密情報部

「ボスニアの放射能汚染地区でロシア軍が軌道衛星を使った兵器開発を極秘裏に進めているとの情報を入手した。そこで、ARASHI 、君にはそこに潜入して真偽を確かめてきてほしい。それが事実なら即時、兵器の破壊工作に移るように。詳細は君の車の助手席で待機している本件での君の相棒が説明する。以上だ。」

「……了解。」

俺は日本ではなく、世界でテロと戦っていくことを決意し、世界でも指折りの精鋭部隊…英国秘密情報部に所属することにした。あの有名なスパイ映画「007」のジェームズボンドが所属している組織だ。
今日がその初任務という訳だが……相棒…か。
……京極じゃなきゃいいが。

煙草に火を点け、組織から用意されたアストンマーチン ヴァンキッシュに乗り込むと、予告通り相棒らしき人物が隣に座っていた…。

「よろしくね…嵐ちゃん。」

「ハ、ハハ…なんでお前がここにいるんだよ、美波。…もう、体はいいのか…?」

そう…あの時、空港から救急車で運ばれ、美波は奇跡的に一命を取り留めた。
翌日、京極と美波を残して帰国して以来、ずっと会っていなかったが、まさかこんなところで会うとは…。

「偶然にしても、おかしすぎるよな。俺のこと、尾行けてたのか?」

「……うん。私、やっぱり嵐ちゃんがいないとダメだから。」

「なんだよ、それ…はぁ。もう勝手にしてくれ。とりあえず、俺の初任務なんだ…手厚いサポート、頼むぜ?」

「うん!また一緒に仕事ができて嬉しいね。」

なんだかよくわからないことになったが、俺はきっと、これからまた新たな戦場で戦い続けるだろう。
大切なものを、大切な人たちを守り抜く為に。

エンジンをスタートさせ、アクセルを踏み込む。初速1秒以内に時速100km/hへと到達する圧倒的な馬力とスピードで、俺と美波は本部を後にした。

──美波、また…罠じゃねぇだろうな……。

─ Fin ─     

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