錆び付いた歯車

   錆び付いた歯車は回らないよ・・
   どうして?
   長いこと回れずにいたから回り方を忘れたのさ
   どうすれば、思い出すの?
   ほんの少し、足を踏み出せば良いんだよ
   どうすれば踏み出せるの?
   最初が肝心だな、ようはきっかけさ・・・
   そうなの、きっかけねえ・・・

序章 ーそれは変わらぬ日々ー

1999年1月某日4時過ぎ職員室前

そと吹く風ガラス越しに寒さをつたえる夕方室内で火照った体を窓越しの風で冷やす
思わずたそがれてしまいそうな自分の後ろを元気に生徒達が通り過ぎる
「先生さようなら」
「定ちゃんばいば〜い」
などと元気良く生徒達は帰途へと向かっていた。
今日は天気が良かったのだが夕方になると冷え込みがきつくなってくる。
防寒具に身を包みつつ、しなやかな足をあらわにして私の横を通り過ぎる女生徒たち。
ここは、私立女子聖華学園比較的レベルの高い私立の女子校だ。
自由な校風と都心に近いこともあって芸能人関係の子供や本人などが数名在籍している。
私はこの学園の職員つまり教師だ。
その日は、特に用事がなかったので、帰る準備をしようと廊下の窓から職員室の方へ
振り返るとそこには知った顔の女生徒がいた。
「しず・・さまさま今日はもうお帰りかい?」
さまさまと私が名前を呼んだ生徒は、「静桜咲舞」メガネをかけた背の低い可愛らしい生徒だ。
「は、はい。今日は夕ご飯を作らなくては行けないので。」
落ち着き無く、私の顔を見たりうつむいたりして、徐々にメガネがずれる。
すでに耳の細微にいたるまで真っ赤だ。
「最近はきちんと断れるようになったかい?」
中学生の時、ひどい仕打ちを受け逆らうことを完全に拒絶された彼女は、
心を閉ざし人に言われたことに対して逆らえなくなったいたのだが、
少しずつ自分の意志を通すことが出来るようになってきている、大した進歩だ。
「はい、嫌なことはきちんと断れるようになりました」
可愛らしい笑顔をのぞかせる静桜、しかしこれは私の前だけだと知っていた。
たまに見かける彼女の顔は、まだ過去の出来事を引きずっている。時間が必要なのだろう。
「先生のおかげですよ。」
はにかんだ顔が可愛い、生徒でなければ何とかしているかもしれないな、などと思うことがある。
・・・いや多くは語るまい。
「俺は何もしていないよ、さまさまが自分の足で歩き始めたんだよ、自分の足でね」
少し悲しそうな顔になって彼女が俺の言葉を否定する
「あの日、先生に出会わなければ・・・あの夜のことがなければ・・わたし・・」
その言葉を聞いてあわてて彼女の口をふさぐ・・・いや、私の手が彼女の顔を覆う。
「こんな所でそんな事を言うんじゃない」
一度だけとはいえ、生徒と肉体関係があったことが学園側にばれれば、私は路頭に迷うことになるだろう。
優子あたりはどう思うだろう。
本当に分かっているのかな・・・?困ったものだ。
そのままでいるのもあまりに怪しいので手をはなして彼女が帰るのを見送った。
思わぬ、仕事が入り学校を出たのは6時過ぎだった。
優子は早く帰ったらしい。

*ー*

同日放課後の聖華学園教室

「あんた達!静桜さんに自分の仕事押しつけて帰るの?」
一人の女生徒が凄い剣幕で怒鳴りつける。
リーダ格の生徒が反論する
「あら?彼女は喜んで引き受けてくれましたのにね〜静桜さん?」
突然話を自分の方にふられて静桜はかなりの動揺をしているようだ。
「あの、その・・・私は・・・ません」
先ほどのリーダ格の女生徒が冷ややかに言う
「あら、何ておっしゃったの?良く聞こえませんわ」
そう言いながら静桜をにらみつける。
氷のような視線で。
「その子はボクの友達だよ、つまりはボクにも喧嘩を売ってるって事なのかな〜?小林さん」
先ほどの剣幕はなくなったが、口元に無慈悲な笑みを浮かべる。
小林と呼ばれた女性の隣の子が耳打ちする。
「御神楽はやばいよ、ここは下がろうよ」
綾香の噂を思い出して忌々しそうに、御神楽を見つめながら舌打ちをして掃除の準備を始める。
掃除が始まったので廊下に出ることにした
「駄目じゃないか、きちんと断らないと」
きつめの口調だが、何処かしら優しさがこもっていた。
「一応断ったんですけど・・・その」
申し訳なさそうに、少しうつむきながら、御神楽の顔をのぞき込む
「ん〜でも一学期に比べたら大した進歩だよね。そう言えば、夏ゴロから”いやです”何んて言い始めたけど
 何かきっかけでもあるの?」
などと、鋭い指摘をされてあたふたする静桜。
「あの、その、えっと」
よくわからない事を口走り始めた。顔も赤い
「好きな人でもできたか〜?そう言えば、物理苦手なのに選考してるね〜もしかして城上先生?」
いきなり核心をつかれて言葉もなく驚いた顔で硬直する静桜。
しかしその顔は何故そんなことを知ってる?と、語っていた。
「ホント?あいつ、生徒食ってるって噂があったけどあいつにやられたの?」
・・・口が悪い
そんな人じゃない!等と弁解しているが、もう城上先生と深からぬ関係なのんばればれである。
「城上ちょっと格好いいかな〜何て思ってたら変態教師だったのか」
そーかーなどと言っている御神楽に必死でそんな事はないと弁解する静桜だが
もはやその声は、御神楽には届いてなかった。
「ボクちょっと用事があるから、今日は先に帰ってね」
そう言って、御神楽はかけていった。
同日6時過ぎ

「現国の瑞原のやつ、こないだ休んでいたから補習をやりましょうなんかいって
もう6時じゃないか。こんな事で時間つぶしてるから未だに彼氏もいないのよ、
・・・ボクも人のこと言えた義理じゃないか〜って今はあんまり興味ないけどね〜」
などと、ぼやきながら自宅に帰ろうとしていると後ろから大きな人物が付けてくる
さりげなく振り向くとそこにいたのは、城上先生だった。
「今度はストーカー?あの体格で襲われたらかなわないな〜さっきのこともあるし」
などとぼやきながら歩いている。
結構歩いていたのだが、まだこちらの後を付けてくる。
次の瞬間、城上がよそ見をしたすきに、物陰に隠れた・・つもり。
横を通り過ぎかけた城上がこっちを向いて話しかけてきた。
「何怪しい行動をとっているんだ?御神楽」
隠れるという行動は、見つからなければなんと言うことはないが、見つかってしまうと非常に滑稽である。
「な、何でもないよ、それよりもボクの後を付けてどういうつもり?」
自分の間違いに気づかずにまくし立てる・・・訂正、恥ずかしさを紛らわすためまくし立てた・・・。
「ここは、俺も帰り道なんだがな」
そんな事を言い合っていいると二人ともあることに気がついた。
「あの車・・・」
二人同時に声に出した
「あの車また止まってる、と言うより私の後を付けてる見たい。城上と同じだね」
皮肉たっぷりにそんな事を言ってやった。
「先生と言え先生と。だだの自意識過剰じゃないのか?」
ヤレヤレと言った感じで返事をしてくる
「でも先生も気がついていたんでしょ?」
どうかな、と首を傾げる城上。
「こう見えてもボクはアイドルだからね〜結構ファンの子もいるんだよ」
自分で言うところがかなり怪しいが一部の層には受けがよいらしい・・・
一部の層にはね。そう一部・・
「まあ何かあったら先生なり警察に早めに言うんだぞ」
そう言って、私の横を足早に通り過ぎていった。
「あ!さまさまの事聞くの忘れてた」
この次あったら問いつめてやろう
などと拳を握りしめながら自宅のマンションに向かった。

*ー*

同日同刻

先ほどの二人を尾行していた車の中
初老の男性はつぶやいた
「間違いない、いや見間違うはずがない・・私の娘・・なんだからな」
そう言いながら一人でうなずく、瞳にはかすかにだけ正気が残っていた。
「手はずは整っているかね?」
そう聞くと運転手の男は予定通りと答えた。
「うむ、そうか。出してくれ」
車は徐行をやめ、夜の町に消えていった。
排煙だけを残して


同日夜、西麻布興信所

「お先です、太田さん」
おう!といった感じで手を挙げるだけで返事をすますと
また机に向かって書類の整理を始める。
「たまには家に帰るかな〜」
この仕事が終わったらな。
と、心の中でつぶやきながら仕事を進める。
もう、何日家に帰ってないんだろうか?
仕事の鬼と言えば聞こえがよいが、ただ家に帰るのが面倒なだけ。
「ふ〜息子の奴元気でやってるかな」
しばらく顔を合わせていない息子のことを考えながら書類に目を通す。
情熱に燃えていた若かれし日々は過ぎ、今はもっぱら書類整理に終われる毎日。
何か何かきっかけがほしかった、何か熱くたぎる物を手に入れる何かが・・・
しかし現実とはかくも酷な物だった、時の流れには逆らえずだだ平凡に過ごす毎日。
「こいつまた、勝手な思いこみで書類書いてやがるな」
なにか、無能な部下に対してではなく、情熱の消えかけた妙に冷静な自分にいらだちを覚えた。
「ふっ・・このまま朽ちるのも悪くないな」
自虐的な笑みを浮かべコーヒーをすすった。
「苦いな・・・」
  

続く

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