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<後編>


各々持ち寄られた酒や肴、菓子が中央の卓に山と積まれていく。匠から送られた独麺麭、酒造からもたらされた美酒も宴に興を添える。本日訪れること叶わなかった賓客からの鸞が届き、あちこちで続く笑い声とさざめきの中、代わるがわる客人の手を渡っている。

■  ■  ■

八つ時少し前、もう一人の主賓が登場した。細く扉が開き、赤い髪が覗く。
遠慮がちに入ってきたその小柄な肢体の持ち主は緊張したように、しかしどこか強さを秘めた視線を真っ直ぐに上げ、そして深々と頭を下げた。
「景王陽子と申します。遅くなりました。」
「主上・・・」
王気を捉えていたのか、景麒は驚いた風もなく立ち上がり歩み寄った。そして、ふわっと主の肩を抱く。
場内に瞬時、静寂が満ちた。

はっと気がついたように氾王が立ち上がった。
「今こそ出来たてのたこ焼きをお持ちしよう。」
言って扉の向こうに消える。一瞬間を置いて、延王が慌てて立ち上がった。
「店の場所を知っているのは俺だ!待て!!」

しばらくして場内に持ち込まれた『たこ焼き』は、芳しい匂いを放ち、場には感嘆のため息があちこちに漏れた。
「刃物を。こちらに・・・」
文姫は手にした刃物で氾王君の持つ袋の上部を言われるままに切る。
「・・・それ、何でしょう?」
袋に開けられた蜜色の液体(お出汁)の中には紅生姜が散っている。容器の中には・・・もしや!
「明石焼き?」
思わず目を疑ったが、正真正銘、その品であることは文姫にも分かった。
「そうよ。これを陽子に食べさせたくての。」
氾王は優雅に、そして満足げに頷く。
「へえ、これお持ち帰り出来るんですね〜」
感心して見ている間に、二人の王が苦労して持ち込んだ大阪名物の粉物は集まった客人によって賞味されていく。
そして瞬く間に無くなった。

■  ■  ■

宴は穏やかに続いていく。

穏やかに微笑みながら腰かけていた泰麒に、思い切って声をかける。
「泰台輔の字の由来は?お聞きしても宜しいでしょうか?」
しばし言いよどみ、はにかんだように微笑みながら答えが返る。
「小学生の時、そう呼ばれていたので。正確には少し違いますが・・・」
「じゃあ、字に違和感は無かったのね。」
「はい。」
端正な顔に恥らいを僅かに浮かべ、漆黒の瞳をこちらに向ける。
懐かれた景台輔の焦りが分かるような気がし、文姫は健やかな視線に少しの間見とれた。

部屋の片隅では、三人の麟が集まり、リボンを巻きあってはしゃいでいる。
「三人、姉妹のようですね。」
景台輔が目を細めて見遣っている。文姫もまじまじと眺めた。
「やっぱり同族なのね〜」
感嘆して呟くと、一番近いところにいた廉麟が嬉しそうに微笑んだ。


実は、後から思い起こす時、この3人の判別がつかなくて苦労した。
確か、愛らしい瞳をくるくるさせながら西国(ぼけと突っ込みの世界)に生まれたことを悔やんでいたのが氾台輔、紫のリボンを衣につけて大人びた微笑を浮べていたのが廉台輔、涼やかな目元をほころばせながら文章と絵のもたらす情報量の違いについて語っていたのが采台輔・・・だったか・・・?
後で内々に延麒六太に鸞を送ったところ、延麒からも同じような答えが返ってきた。
「実はよく憶えていないんだ・・・あの3人本当に姉妹みたいだったからなあ。」
鸞もまるで困ったように首を振りながら告げ、思わず笑いが零れたのだ。
異なる時期に生まれ、異なる場所で生を繋いできた筈なのになぜこうも似通っているのだろう?
文姫は今でも不思議に思う。

■  ■  ■

それから数刻後。
昼の部の会場を後にし、夜の部の会場に移った一同は席に落ち着いた。
まずは飲み物を、と尚隆が麦酒を注文する。伝票を手にした店子が問う。
「麦酒ですが、朝日になさいますか?麒麟になさいますか?」
延王と氾王、一瞬顔を見合わせる。次の瞬間、異口同音に声が上る。
「勿論、麒麟!」

店子が去った後、藍滌が優雅な動作で指を組み合わせながら呟いた。
「麒麟が無い、などと抜かしおったら席を立って出て行くところであったよ。」

歓談の最中、廉王が躊躇いがちに口を開く。
「あの・・・ずっと考えていることがあるのですが・・・ 半獣って生まれたときは動物なのでしょうか?人型なのでしょうか?」
「はあ!?」
文姫は思わず箸を落としかけた。隣を見ると、本人は真剣な表情で景麒を見つめている。朴訥とも言える口調の中に真摯な想いが見て取れる。茶々を入れることを諦め眺めていると、
「そうですね・・・」
景台輔が静かに口を開いた。
「私達麒麟は物心つくまで獣形で過ごし、それから人型になることを覚えて行きます。半獣も同じなのではないでしょうか?卵果の中では獣形では?」
「でも、そうすると成長の周期が人とは違ってきますよね。例えば、楽俊殿が生まれたときはモリネズミみたいな状態で生まれていらしたのでしょうか?」
それは可愛いかも!
文姫は笑いながら生き海老が跳ねないようにしっかりと掴み金鍋の中に勢い良く放り込んだ。

■  ■  ■

やがて一同は夜の部の会場を引き揚げる。次は珈琲でも、との提案に場を移しかけた一同から離れ、 帰路に着く時間を勘案し文姫は泣く泣く場を後にした。

家路につく道すがら、最後に景台輔に渡された包みを何気なく開ける。
思わず息を呑んだ。
特別に作られたと聞いていた手製のサンザシ飴と・・・小さな紙片が入っている。
そこには今日の主賓の、奥ゆかしい筆跡でこう書かれていた。
『貴女の不在の間、宮を大人しく守っている小(チビ)麟殿に・・・』
思わず胸が熱くなる。袋の口を開け紅く古風な一片を口に含むと甘酸っぱい、郷愁を含んだ味がした。


思えば、昼餉の後から八刻余りも途切れなく話しこんでいた筈なのに、まだまだ話し足りないような気がする。それどころか、ほとんど言葉を交わせなかった客人も何人かいた。
まだまだ時間が足りない・・・

「一日で話し足りないのなら・・・」
文姫は苦笑して、車窓に目をやる。ごく微かにひとりごちた。
「・・・各国に知り合いもできたことだし・・・」
宴の事情も分かったから、次は自分で幹事を務めるのも、悪くない。


(了)