<前編> 朝からよく晴れた暑い日だった。 騎獣を乗り継いで40分。新大阪に辿り着いたようだ。周囲を見回した。 「・・・思っていたより近いわね。」 独り言を呟きながら地図を見、回廊を見上げた。何度か通り過ぎたことのある場所だが、 めったに降りたことは無い。どことなく新しい場所のように感じられる。 高見からざっと地理を見渡して振り向くと、同じ地図を持つ少女が目に飛び込んだ。彼の人は、その地図を持って周囲を 見回しながら、同じように歩いている。 「あの・・・!」 思わず声をかけた。怪訝そうに、また不審そうに振り向かれ、思わず言葉に詰まったが 気を取り直して手に持った地図を示した。 「これ!」 「あら・・・」 一瞬驚いたように見開かれた眼が、ややあってふうっと笑う。 「奏国公主 文姫と申します。初めまして!」 礼を取り、貴女は?と目線で問うと優雅な礼が返された。 「お初にお目にかかります。玉葉殿にお使えする女仙、少春と申します。」 「ああ、貴女が・・・」 父様から聞いたことがある。逢山が主、碧霞玄君に仕える女仙のことを。 玲瓏とした、憂いを帯びた眼差し。成程・・・ お互い、目を合わせ微笑む。 「この辺の地理には疎くて。困っていたの。良かった。ご一緒できて。」 「私も。こちら側にはあまり来たことがございませんので・・・。」 話しながら階を下り、本日の宴が行われる廟に向かった。 ■ ■ ■狭い回廊を通り抜け、階を上って会の行われる廟につくと、既に景台輔が、背を向けて 傍らの人・・・麒麟と何やら相談しているところだった。 「景台輔!お久しぶり!」 嬉々として声をかけると、振り向いた神獣は一瞬驚いたように眼見開き、ややあって微笑みながら すらりとした上背を優雅に折り、軽く礼を取る。 「文公主、お久しゅう御座いました。ようこそ御出で下さいました。」 そして、もう一人・・・・ 「貴女は?」 首を傾げ問うと傍らの麟が花のように笑う。 「采国より参りました。采麟にございます」 「ああ、貴女が・・・」 文姫は慌てて礼を取る。 ■ ■ ■やがて三々五々、今日の参加者が集まってくる。廟は早くも祭の体裁を帯びてきた。 「慎思と申します。」 暑い中駆けつけた所為か、汗を拭きながらそれでも落ち着いた貫禄を感じさせる采国の王は穏やかに微笑んで礼を取る。 「貴女が文姫殿・・・暑い中、お互いお勤めご苦労なことでございました。」 そうなのだ。今日は午前中(まるでわざと当つけた様に)清漢宮で一斉清掃が行われる日だったのだ。 いつもならぎりぎりの時間に辿り着いて御座なりに済ませるところ、今日の文姫は違っていた。5分前に既に 清掃場所に到着し、黙々と仕事をこなしてここに駆けつけたのだ。同じく宮でのお勤めを終えてから来る、と鸞に 告げた采王君、思わず共感を憶えた文姫であったのだ。 「暑かったですよね〜。今日は。」 「ええ、全く。後で湯浴みをせねばならず、間に合いそうも無くなって無理言って息子の青喜に途中まで騎獣で送らせました。」 采王は悪戯っ子のように首をすくめ微笑んだ。 しばらくするとがやがやと賑やかな足音が聞こえてくる。 もしやと思っていたがやはり・・・! 「よっ!景麒。久しぶりだな。おう、文姫も来てたのか。」 「あら!延麒殿。お久しぶり。」 「ホント、久しぶりだよな。元気にしてたか?」 「お蔭様で。」 出逢ったのは一度きりなのに、まるで旧知の仲のように懐かしいのは何故だろうか・・・。 ふと傍らにそっと立つ人に気づく。小柄な身体に意志の強そうな黒い、真直ぐな瞳。 じっと見つめていると、はにかんだように口を開いた、 「張清と申します。」 「ああ!貴方が噂の・・・楽俊殿!」 法に関する知識とあらば十二国の秋官が束になっても足元にも及ばないと評される、巧国からの留学生。 「帰りも楽俊と一緒だから安心して飲めるぞ!これが知らせていた酒だ。あと・・・」 包みから取り出されたのは朱塗りの六角形のお弁当箱。 「わ!天むすじゃない。凄い!」 「へっへ〜。行きがけに高島屋に寄ってきたんだ。」 「あの、名古屋駅ののっぽビルの?」 「そうそう。味噌カツと悩んだんだけどな〜」 「ええっ!味噌カツ美味しいじゃない。次回はぜひ持ってきて。」 既に、二人の間には遠慮の欠片も無い。 ■ ■ ■そこに足音荒く駆け込んできた男が一人。荷物を置くと振り向き様叫ぶ。 「遅くなった!・・・まだ取りに行くものがあるので戻る。」 そして、からかう様に景麒を見遣る。 「今日は『へそ出しるっく』とやらでくるのでは無かったのか?」 「・・・い、いえ。その言い訳は後ほど改めて」 動揺する麒麟を面白そうに見て、男はまた廟の外に走り出していった。 「慶台輔、今のは?」 聞くと、額の汗を拭きながら景麒が答えた。 「延王君にございます。」 「え・・・っ、あの方が。」 希代の名君。後でゆっくり話を聞かなきゃ! 文姫は、杯を交わす準備をしながら一人ほくそ笑む。 ■ ■ ■「あの・・・延王君。氾王君は?」 一通り采配を終え、汗を拭っている尚隆におずおずと声をかける。 「ああ、あいつな。たこ焼きだ。作り立てのものを食べさせねば気が済まぬと陽子が来るのを待っておる。」 「主上は三時頃到着のご予定。氾王君はそれまでこの会場にお越しになられないのですか?」 景麒が心配そうに訊ねる。私だって!噂に名高い呉藍滌殿にお会いできるのを第2の目的として この宴にやってきたのに! 「えーっ!早くお会いしとうございます〜!」 「そうか・・・」 延王は、忙しなげに鸞を取り出し怒鳴った。 「藍滌、俺だ。客人がお待ちかねだぞ。そちらの準備は一先ず置いてとりあえずこっちに来い!」 ■ ■ ■「景王君は何時頃お越しなのかしら?」 少し不安になり、文姫は傍らの景麒を見上げた。先の祭の際、景王が飛行機の遅延で危く 会場に辿り着けなかったかもしれなかったことを聞いていたからだ。 「大丈夫です。あの方は直にお着きになられます。」 こちらの不安を吹き飛ばすような、揺ぎ無い表情で景麒は微笑む。 ― 天空に王気を巡っているのだろうか・・・ そんな時、麒麟と言う一途で不器用な生き物が羨ましいと思うのだ。羨望でもなく、妬みでもなく、純粋に。 「そうなの。だったら良かった。」 文姫はふふっ、と笑みを返し、自らが持参したところてんをもう一度目で確かめた。 <後編に続く> |