みーばい亭の
ヤドカリ話
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22.ブチヒメ!再び

ブチヒメヨコバサミ(上に乗っているのはホンヤドカリ)

私にとっては一世代前のバンドなのだが、ベルベット・アンダーグラウンドの3rdアルバムに「PALE BLUE EYES」という歌が収録されている。
この歌を知ったのは高校生の頃、パティ・スミスのカヴァーだった(と思う)。
残念ながらパティ・スミスの録音は手元に残っていないが(もしかしたら正式にレコーディングされていなかったのかもしれない)、オリジナルのベルベット盤は、CDで再発された時に買い直して大切に持っている。
今でもあの頃と同じ気持ちで聴くことができる貴重な歌のひとつである。




我々哺乳類は他の動物に比べると色彩を知覚する能力が圧倒的に劣っている。
恐竜の足元で昆虫を食べるネズミのような「夜行性動物」として過ごした1億5千万年の間に色覚が退化してしまったのだ。
多くの哺乳類は世界をモノトーンでしか見ることができない。
早い時期に昼行性に移行した霊長類は辛うじて3原色を見る能力を回復したのだが、紫外線域も含めた4原色の世界に生きている他の脊椎動物(魚類、両生類、爬虫類、鳥類)からすれば我々が見ている「総天然色」の世界など2色刷りの漫画に等しいものだろう。
色のない世界に生きている哺乳類は当然その体色も地味で、白黒茶の3色があればほとんど用が足りてしまう。
それに比べると地球上の他の生き物たちは実にユニークでバラエティーに富んだ色彩を持っている。
熱帯の鳥やサンゴ礁の魚などは、その最たるものだろう。
彼らには自分たちの姿はどんな風に見えているのだろうか?
きっと我々には想像することすらできない、さらなる豊かな色彩世界を眺めているはずだ。
紫外線のみならず赤外線を「見る」ことができる生き物もけっして少なくはないのだ。
そう思うと貧弱な色覚しか持たない哺乳類として生まれたことが実に口惜しくなる。




久しぶりに水槽にブチヒメがやってきた。
ふさふさと揺れる第二触角と青い眼柄がなんともいえず愛らしいヤドカリだ。
水彩絵具に薄墨を刷いたような不思議な色合いの眼柄は、彼らにも朧に青く見えているのだろうか?
そんなことを考えながらぼんやりと水槽を眺めていたら、久しぶりにペイル・ブルー・アイズが聴きたくなってきた。

・・と、ここまで書いたところで、ふと思いついて、パティ・スミスの消息をインターネットで調べてみた。(便利な世の中になったものだ)
長らく活動を停止していた彼女だが、90年後半頃から活動を再開してアルバムもコンスタンスに出しているようだ。
今年の春にもカヴァー集が発売されていたので、さっそく取り寄せて聞いてみた。(週末ごとにレコード屋を回って輸入盤を漁っていた高校生の頃を思うと本当に隔世の感がある)
残念ながら「PALE BLUE EYES」は収録されていなかったが、久しぶりに聞く「パンクの女王」の歌声は、夜中の街を不機嫌な顔でうろついていた、かつてのパンク少年にはちょっと気恥ずかしくも優しい歌声だった。










「ペイル・ブルー・アイズ」ブチヒメヨコバサミ。
もっとも青いのは「眼」ではなくて「眼柄」だが(笑)
ケブカヒメヨコバサミに比べると陰性のヤドカリで、やや深場の石の下などに隠れている。
この個体は先月ベニホンヤドカリを採集したのと同じ場所で見つけた。
臆病で手にとると宿貝の奥深くに引っ込んでなかなか出てこないので確認には根気がいる。
このブチヒメも、そっと石をめくった時に一瞬動いたような気がした貝殻をとりあえずキープして、しばらくバケツで様子を見ていたらたまたまブチヒメだったというわけで、ほとんど偶然というか勘で採集したようなものだ。
水槽に入れた当初も貝殻に引っ込んだまま、まったく動かずに転がっていたので心配したのだが、2〜3日すると底砂に半分埋もれて自慢の第二触角をふさふさと振りはじめた。
ホンヤドカリのように活発には動き回らないので、できるだけ近くに餌を落としてやっているのだが、配合飼料やクリルにはほとんど手を付けずに生のアサリや魚肉ばかり食べている。
運動量が少ないわりには美食家のようだ(笑)




地味なキャラには不似合いなストライプの眼柄を持つケブカヒメヨコバサミ。
ヤドカリの眼柄は複眼を支えているだけではなくて、多くの神経が集中し視覚情報を脳に伝えるのはもちろん、採餌行動や繁殖行動をコントロールする機能を持った重要な器官なのだそうだ。
だったら、魚などに突付かれたりしないようにもっと目立たなくすれば良いようなものだが、何でわざわざ派手な縞模様なのだろう?
縞模様といえば、まず連想するのがスズメバチやアシナガバチだが、彼らの体色は「寄らば刺す!」と相手に知らしめるための警戒色だ。
強烈な飛び道具を持つゾリラやスカンクの縦縞模様も然り。
もしかしたらケブカヒメも敵に襲われると眼から光線でも発射する・・わけないか(^^;




甲殻類の体色はニンジンやカボチャでおなじみのカロテノイドによるが、蛋白質と結合し複合体(カロテノプロテイン)になることによって赤だけではなく青や緑、紫など様々な色に発色するのだそうだ。
エビやカニを茹でると赤くなるのは熱によって蛋白質の結合が切れて本来の赤に戻るからだとか。
つまり「情熱の真っ赤なヤド」ベニホンヤドカリは蛋白質が変性してカロテノイドが遊離してしまうほど魂が熱く燃えているのだ!(大ウソ)
ま、それはともかく・・。
みーばい亭にやってきてからちょうど1ヶ月目の9月11日、猛暑にも負けずに初脱皮を難なくクリア。
さすがに脱皮後の数日はおとなしかったが、その後は以前よりも大胆になって明るいうちからも餌に反応して出歩くようになった。
真っ赤な情熱はもっぱら食べることに注がれているようだ(笑)

それにしても、いつものことながらヤドカリの脱皮殻はリアルすぎて心臓に悪い・・。


脱皮殻





ヤド話ではおなじみのユビナガホンヤドカリだが、この個体は三重ではなくて越前産。
いつもの磯でホンヤドカリの群れに1匹だけ混じっているのを見つけた。
干潟のヤドカリという印象が強いユビナガだが、少数ながら磯にもちゃっかり進出しているらしい。
逆にまったく岩のない干潟ではホンヤドカリを見たことがないから、ユビナガの方が適応力にすぐれたタフなヤドカリなのかもしれない。
面白いことに、水槽へ入れたとたんそれまで着ていたクボガイから干潟組が脱ぎ捨てたアラムシロに引っ越した。
そういえば新たに迎えたホンヤドカリもいつの間にかアラムシロに入っている(一番上の画像でブチヒメに乗っている個体)
干潟組がイシダタミやクボガイなど磯の貝に引っ越したのとはまるで逆。
機能性云々と言うよりは単に目新しい貝殻を嬉しがって選んでいるようだ。
もしかしたら、ただのミーハーなのかもしれない。

2007.10.2

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