みーばい亭の
ヤドカリ話
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16.ハゼドン死す

在りし日のハゼどんと相棒(?)ヨロイソとの2ショット
まだまだ長生きしそうだったのに・・・。

動物にとって「食べる」という行為は命がけである。
口から摂取した食物によってしか命を繋ぐことができないのだから当然のことだ。
しかし野生を忘れた我々は、食べることに命がけで執着しているだろうか?
燃えさかる炎の向こうに、どんぶり鉢に盛られた獲りたてのエゾバフンウニの卵巣と極上の純米酒が置かれていたとしても、自ら炎に飛び込んでいく気概はないと思う。

ねっとりとした梅雨の瘴気が立ち込める2007年6月30日。
クモハゼのハゼどんが死んだ。
死因は外傷に因るものと思われる。

一昨日、いつものように夕食前に餌を入れてやったのだが、ハゼどんとソラスズメダイのスーちゃんが出てこない。
不思議に思って水槽の中を探してみると、貝殻マンションの隙間で顔面に怪我をしたスーちゃんが息を荒げている。
やんちゃなソラスズメダイには良くあることだ。
一方のハゼどんはマンションの裏側に隠れたまま出てくる気配がない。
おかしいなと思いつつも、その時はいったん水槽の前を離れた。
そして、その日の深夜、何気なく水槽を覗き込むと、サンゴ砂の上にハゼどんが横たわっている。
すでに水槽の照明は落ちていたので、懐中電灯で照らしてみて驚いた。
頭の後ろから背びれにかけての皮膚がざっくりとえぐれて、肉が露出しているではないか。
おそらくかなりの出血もあったと思われる。
一瞬、スーちゃんの怪我を思い出して、激しい喧嘩をやらかしたのかと思ったが、ソラスズメダイの頭突き攻撃で、ここまでの重傷を負うとはとても思えない。
さらに状況を検分すると、水槽のすみにホンヤドカリらしき残骸が転がっている。
そして異様に膨らんだハゼどんの腹・・・。
ハゼどんの日頃の行いと、これらの状況と照らし合わせて導き出した飼い主の推理はこうだ。

まず1匹のホンヤドカリが貝殻マンションの隙間で脱皮をしたのだろう。
これにハゼどんが目をつけた。
ホンヤドカリが潜む隙間に頭をねじ込み、脚を咥える。
そのままバックで引っ張り出せば何事もなく、ソフトシェルのヤドカリを堪能できたのだろうが、ハゼどんいつもの癖で狭い隙間の中で後先考えずに「クロコダイルツイスト」をやらかしたに違いない。
これまでアサリやイカの切り身を引きちぎるハゼどんのクロコダイルツイストを何度も目撃しているが、60cm水槽が震えるかと思うほどの迫力である。
生きたイシダタミを振り回して軟体部を引きずり出したことさえあった。
そんなこと私にもできない。
とにかく、あの勢いで貝殻に背中をぶつけたのなら、この大怪我も納得できるし、魚とヤドカリとイソギンチャクしかいない水槽の中でそれ以外の状況はちょっと考えられない。

とにかく昨日一日は何とか持ちこたえたが、今朝にはもう息も絶え絶えの状態だった。
そして正午前、静かに横倒しになり、最後の呼吸を止めた。
思えば、食べることに人生(魚生?)を捧げた彼女らしい死に様である。
文明に飼いならされた飼い主に、凄絶な野生の食欲を見せつけて死んだ。

さらば、偉大なる食欲大魔王。

今なら軟弱な飼い主も、エゾバフンウニを得るために炎の中に飛び込める・・かもしれない。


2007年6月29日撮影
背中の傷が痛々しい
今はみーばい亭玄関脇の月桂樹の根元に眠っている

合掌

                                                                            2007.6.30

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