平成23年1 戻る


 ミネ・ヒロシの名前で、「お任せ政治から、重要法案毎に政党を選ぶ・参政員制度」の提案があることを「議論の広場」への投稿から知った。早速その書籍を取り寄せ読んでみて感じたことを記したい。「ミネ・ヒロシ」は、その著書「参政員制度」にも彼の経歴は一切記載されておらず、ネットで参政員制度を検索したら4月27日大阪地裁に「白紙投票に係る損害賠償請求事件」として訴状を提出した記事があった。彼の考え方の根底にあるものが少し理解できた。それを転記すれば下記のとおりである。(原文のまま)

「請求の原因」

1、

第45回衆院選挙において原告峯弘は投票に当たり各党のマニフェストにより、支持す
る政策を定め、それをもとに投票しようとした。

2、

その結果、外交、安全保障政策、税制の抜本的改革、道州制の導入、高速道路無料化反
対などについては自民党を支持した。しかし特別会計、独立行政法人、公益法人をゼ
ロベースで見直す、企業団体献金の禁止、衆院定数の8 0名削減については民主党を支持したいと考えた。

3、

上記のように自民党、民主党のマニフェストを比較検討した結果、両党の評価に甲乙が付けられず、原告は選挙権行使において白紙投票、、言わば放棄せざるを得なかった。何となれば、今回原告がもし民主党に投票したとすれば、原告が不同意の政策についても民主党を支持したものと見なされ、また、自民党に投票したとすれば原告が不同意の政策についても自民党を支持したものと見なされることになるからである。

4、

憲法弟15条1項で保証されている選挙権の行使は個人の基本的人権の行使に相当するものであり、個人の生命、自由、幸福追求を保証する政治に対する個人の選択権である。

5、

それゆえ国は原告が一票に絞り込むことができず、白紙投票せざるを得なかった結果に対し、即ち憲法で国民の権利として規定されている選挙権を行使できなかった原告のもどかしさ、遺憾千万の苦痛を慰謝しこれを償う義務がある。そこで原告は国に慰謝料として 1万円を要求する。

6、

今回の原告の事例のように現行の選挙制度は、有権者の政策への支持、不支持を投票行動に反映させる上で制度上の欠陥がある。そこでこの選挙制度の欠陥を補完するために、国民全体の利害に関わる重要な政策案件については国民投票を行うなど「有権者の意思を反映する仕組み」を導入している国が多数存在するのは衆知の事実である

7、

そこで原告は被告である国に対し、選挙での争点となる重要政策について例えば(憲法改正に留まらない)一般議案に対する国民投票制度もしくは参政員制度(参照1)のような方法によって有権者の意思を反映させる方法を実施すべきことをここに要求する

参政員制度提唱者    峯 弘    大阪市  69 才

  以上がミネヒロシ氏の訴訟理由であり、参政員制度提唱の根拠と看做されるものである。
  ミネ氏の主張とは別に代議制発祥の経過を顧みると、国家の規模が拡大し膨大な市民を擁するようになるに従い多元的な利益や要求を集約することが不可能になってきた。個人的な価値をめぐる判断基準は合理的な論証や理性的判断になじむものではない。それらは個人的な信念や意思によって形作られるものだからである。そこで主体的な価値観をもった個人が複数存在する場合に、社会全体として達成すべき目的をどのようにして選び出すかが問題となる。代議制民主主義は国家規模の拡大とともに直接民主主義が実質的に不可能であることから採用された代替的なシステムであり、個人の意思を集計し多数決の原理に従って社会全体の意思をつくりだす一つのシステムとして発祥したのである。すなわち大衆の多岐にわたる欲求を、いかに最大公約数的にまとめるかが民主主義の最大の課題となってきたのである。
  「政党」は代議制民主主義の成育とともに意思決定にアクセスするルートがない時に、国民と政府をつなぐ唯一の絆であるとして、その必然性から成育し発展してきたのである。しかし、このように輻輳する価値観をいかに調整し、国の方針として定めるのかは至難の業であり、政党が一般国民にとってそのアクセスといえども、その党の政策をすべて了解することができなく、この部分は他の党の主張が正しいといった問題は常に存在するが、果たしてこの問題を解決するためにミネ氏がいうように参政員制度を創設し法案に関して直接民意を聞く方法が妥当であるのかが問題となる。
  「どんな問題を直接投票で聞くべきか」の選択も困難であり、彼は年間5〜7件というが、何を判断基準とするのか、誰がそれを決定するのかも問題である。更に費用対効果の面からも莫大な費用が必要となる点や、その間の作業に時間が掛かることも問題として小さくない。更に具体的に彼は参政員の登録制を主張しているが、その場合は通常の選挙権を放棄しなければならないとしているが、この問題はそれ程単純ではない。現行のままでは憲法に抵触し、その登録人数が果たしてどれ位の数になるのかも疑問である。このあたりに関する考察が大雑把であり容易に是認することはできない。

 彼は著書の中で、アルビン・トフラーの「第3の波」から引用し、「現行代議員制度に限界を指摘しつつ住民会議、直接請求権、住民投票などを適宜組み合せた半直接民主主義を提唱している」としている点や、五十嵐法政大学教授の「概説 現代政治-その動向と理論」のなかで「今日の大規模社会において直接民主制が適用できる範囲は限られており間接民主制が主流にならざるを得ない。しかしそれは空洞化、形骸化されやすいという弱点をもっている。間接民主制のもとで民主主義の実質を確保するためには可能な限り国民の意思を直接問い、その意思が表明される機会を多くする必要があろう」(中略)「間接民主制と直接民主制が結合されてはじめて民主主義は実現されるものであり、その基礎を成すのは一人一人の政治参加への主体的取り組みである」との記述の引用からから伺えるように、この著書そのものが臨床政治学の観点からは、現在の政治運営の手段として代議制を補完するために直接民主制的な手法の採用は論理的であるとしても、実行手段としては非現実的である点についての記述がないのは入門書の域をでない「概説」でしかない。
 また彼は、プープル主権論(人民主権論)とナシオン主権論(国民主権論)をその名称だけ引用し主権論には2つあるとしているが、この論理は主権とは何かを考える上で重要な論点ではあるが、このくだりでも何を言いたいのか理解できない。彼の著書を読んでいて気がつくことは、率直にいってこの種の専門書の「浅読み」が気になる。 

  問題になる論点は、憲法で国会は唯一の立法機関であり国権の最高機関と定めており、国民投票によって立法することには憲法に抵触する問題がある。従って参政員だけで議決するのではないとしても現行憲法との微妙な関係があることは重要な論点となるであろう。国民投票に関する唯一の規定は憲法改正と、その地域だけの法律制定の際に当該地域の住民投票を義務付けているだけである。従って国民投票に準ずる制度を採用するのは憲法改正が前提となるだろう。このような観点から各党のマニフェストの個々の案件を分離して参政員に問いかけることの妥当性は、一見民主的なようで極めて非現実的であるといわねばなるまい。

  ミネ・ヒロシ氏は重要な法案に関しては参政員を制度化し決定に参加させるべきと主張しているのは、司法の場においても裁判員制度が誕生しているので、立法の場でにおいても同様の制度の創設を主張しているに過ぎないのではないか。
  現在の政治不信の原因は沢山あるが、詰まるところ議員が議員として機能していない不満が大きいと思われる。この点は同意できるし政党政治が力を持てば持つほど議員が採決用員化し員数でしかない点も気になるところである。しかし、この問題は選挙制度と、選挙権を行使する選挙民の政治意識にあることと、政治家の資質にかかわる問題である。 
 小選挙区比例代表並列制では「人」を選ぶのではなく「政党」を選ぶ制度を採用している現状からしてミネ・ヒロシ氏が感じる選びようがないと戸惑う選挙民が多いのは事実であろう。従って現在の政治の閉塞状態から脱出するためには選挙制度改革を真剣に議論することの方が重要ではないかと感じるのである。

  いずれにしろ、人が人を選ぶ制度と、人が人を裁く制度は大変重要であるが、それだけに難しく、「これしかない」という制度は存在しないことだけは断言できそうだ。
  「民意の反映」は永遠の課題である。しかし、価値観が輻輳している時代だけに直接民主制の採用をしたとしても賛否が少数で拮抗した場合、ごくわずかな票数で決した時に過半数に達していない反対意見は葬られることになるのは残念ながら仕方がないことと受け止めるしかないのではないか。より民主的な方法の模索は重要であるが、それでもミネ氏がいう参政員制度は選挙権との関係、および唯一の立法機関である国会の機能との整合性の観点からも実現は難しいといわねばならない。
  蛇足ながら、彼が訴状の中で「4、憲法弟15条1項で保証されている選挙権の行使は個人の基本的人権の行使に相当するものであり、個人の生命、自由、幸福追求を保証する政治に対する個人の選択権である。5、それゆえ国は、原告が一票に絞り込むことができず、白紙投票せざるを得なかった結果に対し、即ち憲法で国民の権利として規定されている選挙権を行使できなかった原告のもどかしさ、遺憾千万の苦痛を慰謝しこれを償う義務がある。そこで原告は国に慰謝料として 1万円を要求する」とあるのは、彼の主張を非論理的なものにしており、いささか軽い主張にしている傾向が感じられるのは残念な気がする。

以 上

平成23年1月
松 室   猛



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