平成20年4 戻る




橋下知事が財政非常事態宣言を発し、危機に瀕する大阪府財政を立て直すために府改革プロジェクトチーム(PT)を立ち上げた。
彼の指示は、初年度1,100億円の削減を実現するために聖域なきゼロベースでの総点検を命じ削減すべき数字を示させただけに各方面から「痛み」が大き過ぎるとの声があがった。

この試案はPTがまとめた案でしかないが、現在大阪府が遭遇している危機的状態から脱却するためには、ここまでやらねばならないことを示すために無作為に抽出した案であり、逆の言い方をすれば「削減ありき」で作業をしたものであるが、問題はこの案に盛られた内容をどのように具体化するかについてである。現時点で試案には知事の見解が一切入っていないことを繰り返し述べているが、これから庁内の各部局をはじめ、市町村、関係各団体とこの試案を叩き台にして議論を始め、問題点を府民の前に示し、流れを見極めた上で知事としての結論を出し7月の臨時府議会に本予算として上程する予定となっている。

橋下知事の改革手法について思うこと

既存の歳出を削減すればどの分野でも痛みを避けらないことは誰もが知っているが、だからといって痛みを緩和する事前協議をしながら始めていては事は進まない。
施策の緊急度や重要性などの配慮は必要であるが、歳入の範囲内で歳出を考えるとすればすべての施策について無作為にゼロベースで洗い直すしか抜本改革の道筋は見えず、改革そのものも不可能であり、この試案をこれから関係方面と議論を重ね最終的に知事が政治判断を下すという橋下流の手法は、問題点を抽出する観点からも中々のものといえるだろう。

中途半端に行政経験がある知事ではこのようなドラスティックな手法は摂れないだろうし、その任にある理事者は当然のごとく既得権を主張をし、所管事項を聖域とまでは言わないとしても緊急度が高いと思い込んでいるから不可能であろう。

何よりも、すべてを示させたことにより問題点の在りどころがわかり、そこから議論を始めることは大きな意味がある。それにより問題点に対する府民をはじめ関係者の理解が深まることはこの問題を考える上で貴重な機会でもある。
既にマスコミでは知事と対決姿勢を示している部局や団体などがあると報じているが、何が問題かを洗い出すことも目的である今回の試案に対して、その施策の淵源を顧みない議論では改革は進まないし、執拗な復活論だけでは済まないものがありそうだ。
PTが示した改革試案に対して、マスコミの中には「関係先との事前調整もなく数字合わせに終始し荒っぽさが目立つ」だとか、「改革の理念も見えない」と評しているのもあるが、これなどは今回の試案の性格がわかっていない議論といえるだろう。相変わらず、この程度の感覚的報道が府民を誘導すればどうなるかをこの際考えるべきである。

事務事業の見直し(アンダーラインが削減額)

個人給付 (制度内容を個別に精査)      
府単独医療費助成・出産、育児応援事業・救命救急C事業・私学授業料軽減
20億円 
法令に定めがある事業のうちその規模を府が判断できる事業  
(維持管理−1割・事務費−2割削減)   
私学助成、学校職員共済補助、府大運営交付金、軽費老人H補助、府営住宅 
160億円
単独事業 (4割削減)
市町村振興補助金、市町村施設整備貸付金、私立学校退職金財団補助、生きがい、地域支援、小規模事業補助、企業立地促進補助など
105億円
その他 (個別精査)
扶助費、公債費、貸付金など
45億円
建設事業 (2割削減ほか個別見直し)
安威川ダム、槙尾川ダム、泉佐野丘陵緑地整備事業、密集市街地整備事業、警察署建替え事業など
70億円
出資法人
46法人のうち37法人について廃止及び自立化など
36億円
公の施設
廃止・8施設 集約多機能化・4施設 市と共同運営・3施設 民営化・4施設 移転・1施設
6億5千300万

主要プロジェクト
3プロジェクト(リンクウ・箕面森町・泉佐野コスモ)

これらを事業別に並べ替えると

事業費

私学助成(経常費助成) 38億1500万円
出資法人委託料補助金  36億8000万円
府立大学運営交付金   15億2100万円
医療費助成       13億5600万円
府立施設運営費      6億5300万円
箕面森町整備       2億9500万円
救急救命センター補助委託 2億4500万円
海外事務所          2200万円
安威川、槇尾川ダム事業     400万円
人件費         300〜400億円
歳入確保        300〜400億円
総 計            1100億円
(読売新聞より転載)

 【この数字は主なものを列挙したもので合計しても数字は合わない】

この削減計画で一般府民に直接影響を与えるものと、市町村に影響するものとに分けて考えてみれば、前者の医療費助成などは所得制限を厳しくすることになっており福祉のレベルダウンだけに反応には厳しいものがあるが、これも非常事態であることから所得水準の高い人には応分の負担を受忍してもらわねばならないのではないか。但し、試案にも織り込まれているが低所得者に対する負担軽減処置は充分配慮することが必要だ。

府の政策的裁量が大きい削減として、まず私学助成と市町村振興補助を考えてみたい。

私学助成について

この問題は後期中等教育が義務教育ではないことから私学助成だけでは論じきれない問題を包含している。

高校進学希望者の総数を公立高校だけでは収容しきれない時代があり中学浪人を防ぐために私学に受け入れを要請した時代があった。しかし現在は少子高齢化が進む中で状況が大きく変わり、公立高校の絶対数を削減する時代を迎えた。
苦しい時だけ私学に依存し、時代が変われば「過去の話し」では済まないだろうが、最近では公立高校の荒廃が指摘され、それに反して伝統と建学の精神に基づく私学の中には高い評価を受けている特色ある学校が存在する半面、経営不振で倒産する危険がある私学が顕在化するなど多くの問題を含んでいる。

永年女子の教育を担ってきた女子高が生徒減少で経営不振に陥り男子生徒を受入れるなど経営面での苦労をしているケースもあるが、これなどは建学の精神はどこへ行ったのか、私学の独自性とは何かを考えさせられる点である。
また、優秀な生徒を受入れている学校とそうでない学校の二極化が顕著だが、この機会に財政事情とは別次元で私学の独自性とは何か、私学の今日的意義と新しい時代に果すべき役割について考え直す時代を迎えているといえそうだ。この際忘れてはならないことは公教育の場における負担のあり方を議論することである。

教育に対する投資は長いスパンで考えるべきであり単純な受益者負担論に馴染まないものがあるが、それでも私学を選ぶのであればそれ相応の受益者負担を受忍すべきである。従って、すべての対象者を受入れる義務教育課程の小・中学校では私学助成を根本的に洗い直すべきである。
かつてこの問題を議論した時に、もし現在の私学生がすべて公立に通学すれば公立における教育費が増えるから助成する方が効率的だとする意見があったが、これなどは私学本来の建学の趣旨からしても、財政効率からの議論にしてもおかしな話である。
私学助成を削ることが避けられない財政状況だとすれば公教育の場における負担についても考え直さなければ府民負担の公平性は保てないだろう。

私学助成には学校に対する経常費助成と保護者に対する軽減助成の2通りの補助制度があるが、後者の所得制限の引き上げは避けられないのではないか。
経常費助成は悩ましい問題を抱えているようだ。

市町村補助について

市町村振興補助金が毎年府下の市町村に支給されているが、受け入れ側の市町村では一般財源として定着しているだけに削減には抵抗があるだろう。

しかしこの制度は大阪府独自の制度であり、加えて市町村振興貸付金が府の予算に計上されているが、府県行政との二重構造の地方自治制度の中にあるとはいえそろそろ根本的に見直すべきではないだろうか。
市町村側にすれば既得権となっている制度であるが、持ち回り制となっている市長会の現会長は、かつて自分の著書の中で「規制緩和の時代、地方分権の時代の流れのなかで府県の必要性が改めて問われている」「特に財政破綻状態の大阪府においてはその必要性が大きく問われて当然だ」といいながら、「本来なら府県はもっと大きなリーダーシップを発揮して頭脳と財源の両方をもって市町村を指導する立場にならなければいけないのですが、残念ながら大阪府は財政破綻状態になっています。金がなければ頭脳も働かないとは言いすぎでしょうか」「時には直接国とやりとりや交渉した方が簡単でスムーズですし、府というワンクッションを入れることで時間的な無駄や思考的なズレも生じます。ですから市としては『あえて大阪府がなければならないとは思わない』とさえ思うことがあります」とまで言っているが、地方分権を言うのなら頭脳と財源の両方をもって指導を府県に求めるのは論理矛盾であり、府がなくても良いとまでいうのなら府の補助を求めるべきではないではないか。
市長会会長の府に対する感覚がこの程度でしかないのに、府単独の施策である市町村振興補助金を削ることについて到底飲めないというのはどうにも理解できない。

今まで補助を受けていたものがなくなることは辛いだろうし、市町村側が困るのは充分理解できるが、何しろ緊急事態なのだから、どの辺りまでを受忍の限度とするかが判断基準であるはずだ。府も苦しいのだから市町村長も一緒になってこの難関を乗り越える度量が必要ではないだろうか。

出資法人の廃止統合
遅きに失した取り組みであり、官がすべてを仕切るといった「お上意識の残影」と幹部職員の天下りの受け皿でしかないものもある。関係団体などを動員して反対するかもしれないが英断を持ってやるべきである。

大型プロジェクトの見直し
今までのいきさつを考慮し過ぎると中途半端になるだろから民間で言う「損切り」の感覚で思い切って整理すべきである。
3セクの破たん処理に際して府の理事者は、官が主導してきたから責任があるとの理由で破産処理を嫌い会社更生法的手法で処理しようとする傾向があったが、とてつもない額の税金をつぎ込んだ挙句の破綻であることから破産処理も視野に入れた決断が不可欠である。なぜか破産手続きは絶対避けねばならないとするから対応が遅れた事実を思い浮かべるべきである。

公の施設の見直し
27施設ある中で8箇所を廃止し、他は統合、民営化、移転となっているが、一番話題になっているのは府立体育会館の売却であろう。
体育会館は単年度黒字で推移しているが、起債残高は32,3億円あり、築後20年経過しており近き将来の建替え改修費を考慮すれば苦しいところであり、好立地であるだけに売却益は見込めるだろうが、代替施設のアクセスを考えれば残すべきではないか。

人件費の削減
人件費の削減を3〜400億円としているが、一番手っ取り早い項目であるが、今日までかなり過酷な削減をしてきており限界に近いのではないか。
アウトソーシングや民間委託の手法は「右のものを左に移す」だけであっては意味がないが、出資法人や外郭団体のプロパー職員の退職対策も容易ではない。
また警察官の削減や給料カットは定員増や配置増を懸命に模索してきた経緯があり難しさが感じられる。
しかしこの機会に各部局にはかなりの嘱託職員ががいることもこの際洗い直す必要がありそうだ。

総 括

試案に盛られた削減の可能性は総括的に考えてかなり低いと思わざるを得ないが、ここまで洗い直したことに意義がある。しかし意義だけで満足すべきではなく、満額に近い削減をしなければ再建できないことを肝に銘じるべきである。
国、府県、市町村を問わず、すべてが財政破綻の危機に遭遇している原因は、制度上の問題を含め数多く指摘され、その原因と責任の追及もおろそかには出来ないが、これを乗り切るためには結局、負担と給付の論点に行き着くだろう。
しかし、この機会に考えるべきことは、痛みを分かち合う対症療法的な対応も大事であるが、抜本的な制度改革にまで議論を進めるべきことだ。

今回の試案をめぐり関係諸団体は府の部局をはじめ議員団に対して波状的な陳情を繰り返すだろうが、新しい知事とともに抜本改革を目指すとすれば、知事を支えるなどといった次元ではなく、府の実態を府民に知らせ、一緒に考えることが大切である。
拙速は戒めながら、といいたいところだが、7月上程のスケジュールが決められていることから、時間的にはかなり厳しいものがある。
知事は精力的に現場を回り、あらゆることに真面目に取組んでいると評価しているが、どこまで議論を深めその上で英断が下せるかどうかに懸かっているが、知事は勿論、府議会議員がどこに軸足を置いて議論すべきかを良く考えて見るべきである。

圧倒的な国民の支持を背景に、当初は無理だと思われた郵政改革を押し通した小泉改革が思い起こされるが、府民におもねるのか、理解を求めて一緒に汗をかく姿勢を貫くのか、どの道を選ぶべきかは知事と議員の資質にかかっているといえそうだ。

所管の違いから議会改革はまったく手を付けられていないが、議会も応分の改革を示さねば臨時議会の議論は府民に理解されないだろう。

平成20年4月17日

地方行政研究会 松 室  猛



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