平成16年11月12日 戻る
『産業再生機構』とは何か
松室猛のTMニ水会定例講演資料


大手スーパー・ダイエーの企業再建をめぐり話題になった「産業再生機構」とはどんな機能を持つ組織なのか、その組織の特色と問題点を検証してみたい。
ダイエーの再建をめぐり、金融筋と再生機構はかなり強引な対応をしていたが、遂に11月13日午後6時前にダイエーの高木邦夫社長は「機構活用を応諾」する決断をした。
金融機関側が機構活用をあれほど促したのにダイエーが抵抗したのはなぜか、その間に経済産業省と金融庁の意向のずれや、果てには内閣官房までを巻き込んだ騒ぎになった案件は一応の落着を見たが、機構の果たすべき役割に関して様々な議論を誘発した。
この機会に今後の問題を含め考えてみたい。

産業再生機構のあらまし
産業再生機構とは、返済が遅延して「要管理先」などに分類された金融機関の不良債権のうち、再建できそうな企業の債権を買い取りメインバンクと協力してその企業を再生させることを目的とした株式会社である。
企業が複数の銀行から融資を受けていると、銀行間で自行の返済を優先させたい思惑がからんで再建計画がスムーズにまとまらない傾向があるが、政府の主導する、多額の資金とタイムリミットを設定した組織なら再建しやすくなるというのが設立の狙いである。
再生機構は7人の委員からなる再生委員会を設置し、再建可能な企業かどうかを判定する。
企業の存続廃止をこの委員会の判断で決めるだけに委員長の人選は難航したが、独協大学教授で法学博士の高木新二郎氏に決まった。氏は25年にわたる弁護士時代、主に企業の倒産処理に携わってきた、倒産・再建の権威と称される人物である。裁判官を経て大学教授となった後も、協栄生命の更生管財人を務めたり、「私的整理に関するガイドライン研究会」の座長として債権放棄のルール策定を主導するなど、常に第一線に立ってきた。
産業再生機構は、2003年4月に発足したが、業務は当初の2年間で各社から債権を買い取り、それを3年ほどで売却して解散する。2008年3月末頃(設立後約5年)解散を予定している。
買い取る資金は金融機関からの融資で、担保のかわりに政府保証をつける。したがって買い取り価格が高すぎたり、再建に失敗したりして機構が解散した時点で赤字が出れば、税金で穴埋めをすることになる。しかし、それを恐れて再建可能な企業の選択を過度に慎重にすれば、助かるかもしれない企業が死ぬことになる。その意味で、再生機構の責任は重大だ。
企業の再建ビジネスは、「企業再生ファンド」と呼ばれ、日本の金融機関なども参入しているが現在のところは外資系に牛耳られているのが実情だ。デフレが進行するなか、再建のプロを育て、ノウハウを蓄積するためにも、再生機構の成功に期待がかかっている。

産業再生機構法 第一章 総則(機構の目的)
第一条
 株式会社産業再生機構は、最近における経済の停滞、物価、地価及び株価の下落等の経済  
 情勢の変化に我が国の産業及び金融システムが十分対応できたものとなっていない状況にかんがみ、雇用の安定等に配慮しつつ、我が国の産業の再生を図るとともに、金融機関等の不良債権の処理の促進による信用秩序の維持を図るため、有用な経営資源を有しながら過大な債務を負っている事業者に対し、過剰供給構造その他の当該事業者の属する事業分野の実態を考慮しつつ当該事業者に対して金融機関等が有する債権の買い取り等を通じてその事業の再生を支援することを目的とする株式会社とする。

産業再生機構の概略
名 称 株式会社 産業再生機構(IRCJ)Industrial Revitalization Corporation of Japan
設 立 平成15年4月
資本金 505億7百万円
株 主 預金保険機構・農林中央金庫
役 員 代表取締役社長 斎藤 惇(CEO)元・野村證券副社長
    代表取締役専務 冨山和彦(COO)前コーポレートディレクション社長
    取締役・産業再生委員長 高木新二郎(法学博士・元裁判官・弁護士・独協大学教授)
    常勤監査役   日野正春(元金融庁長官・元検事)
「株式会社産業再生機構」は預金保険機構が50%の株を保有し、主務大臣(首相・財務大臣・経済産業大臣)の監督下に置かれる特殊法人である。

金融機関が持っている不良債権はほとんどのケースで複数の銀行が関係しており企業の再生に向けての協議が複雑化し難航するのが常である。そこで再生機構はメインバンク以外の債権を優先的に買い取りメインバンクと迅速な再建協議をさせる仕組みをとっている。
機構は実際に債権を買い取り、最終的には(再生計画は3年以内)当該債権を処分するが、債権買い取り価額は再生計画を踏まえた適正な時価とすること、すなわち再生計画の終了時点において新たなスポンサーによる当該企業の資金調達(リファイナンス)が可能な状況となり、その結果、債権処理が可能と見込まれることを買い取りの要件とする。
これらの判断と決定は再生機構の中の産業再生委員会が決める。

産業再生委員会
機構の取締役3人以上7人以内で組織され、委員の中には代取及び社外取締役それぞれ1人が含まれる。委員長は委員の互選によって決する。(主務大臣の認証必要)
再生委員長 高木 新二郎(法学博士・元裁判官)
〃 委員 斎 藤  惇(産業再生機構代表取締役・元野村証券副社長)

〃 〃   翁  百合(日本総合研究所主席研究員)
〃 〃  奥 山 章雄(日本公認会計士協会会長)
〃 〃  田 作 朋雄(経営コンサル・元日債銀)
〃 〃  松 田 京司(預金保険機構理事・元日銀)
〃 〃  三 木 利夫(元新日鉄副社長・日銀審議委員)

企業再建の方法(法的整理と私的整理)
法的整理とは裁判所に申請し、裁判所の管理下で経営再建を進める手続きで「会社更生法」や「民事再生法」によるのが中心である。裁判所が関与するため債権者間の公平性や透明性が保てる利点があるが時間と費用が多くかかる他、「倒産」のイメージが広がる欠点がある。
これに対し、金融機関などが話し合って任意の方法で再建を進めるのが私的整理で、法的整理するほど経営内容が悪化していない企業に対して行う場合が多い。
最近、金融機関がゼネコンなどに対し「債権放棄」をしているが、これも私的整理の一種である。しかし、メインバンクが提案をし、他の金融機関に同意を求めた債権放棄案が中々同意が得られない場合が多く、途中で債権を回収しようとする金融機関が出てくることなど債権者間の調整は難しい。 このため私的整理に新たな枠組みを提供するために設立されたのが産業再生機構である。

私的整理のガイドライン
私的整理のもう一つの方法として、全国銀行協会や経団連では迅速かつ公正な私的整理をルール化しようと、「私的整理のガイドライン」を作っている。
そのあらましは次の表のとおりである。

多様化する企業再生手法の特徴


法 的 整 理
私 的 整 理
名 称 民事再生法 会社更生法 ガイドライン 産業再生機構
申 請 先 裁判所 裁判所 ――――― 産業再生機構
申請者・提案者 企業又は一定の条件下の債権者 企業又は一定以上の大口債権者、大株主 主力行と企業 主力行と企業
適用後の経営者 通常は経営陣続投 管 財 人 原則交代、但し経営責任のない取締役は管財人になれる 経営再建に必要と判断されれば経営陣続投可能
適用・認可 要 件 債権者集会で再生計画決議と裁判所の認可 債権者集会での更正計画決議と裁判所の認可 債権者である金融機関の合意 産業再生委員会による支援決定
備 考 2001年4月施行 2003年改正手続きの簡素化 2001年9月採択 2003年4月発足


産業再生機構の特徴
産業再生機構の最大の強みは債権買い取り資金が政府保証(銀行借入)で10兆円あることと、2年以内に集中的に買い取る対応の速さと、買い取った債権は3年以内に処分する基本方針があり時間との勝負の側面を持つことである。
再生に成功すれば企業への投資を目的に集められた投資ファンドなどに債権を売却するが、その過程で利益が出る可能性がある。この場合でも配当をしなくてよい取り決めがある。
しかし、再建に失敗したらその債権は整理回収機構に持ち込むことになるが、その場合、
再生機構が買い取った価額より回収機構への売却が安くなれば再生機構に損失が出ることになり、この損失は税金でまかなわれることになり国民の負担となる。
要は銀行間で担保設定が輻輳し不稼動資産の売却が困難であったものを処分しやすくするとともに、債権をメイン銀行に集約しリストラや事業の再構築をしやすくするなど、選択と集中をしようとするものである。

産業再生機構を活用することによる債務者のメリット
(1) 産業再生機構の支援基準は改正産業活力再生特別措置法の認定と同じであり、同法の適用を受けやすくなる。これにより税法上のメリット、新規投資に対する特別償却の適用、登録免許税の減免などを受けることができる。
(2)上場基準の特例措置が適用される。事業再生のために債務超過になった場合でも特例措置により上場が維持できる。
(3)再生可能の判定を得ることにより信用力の向上が期待できる。(予想していなかった企業が買い取り対象になれば、逆に信用低下を招く)

なぜダイエー問題が紛糾したのか
このような経緯と、組織としての特質をもつ産業再生機構がダイエー問題で紛糾したのは何故だったのか、この問題こそ再生機構の存在を理解する鍵でもある。
ダイエーの16年8月の中間決算を眺めてみると売上高1兆9936億円、営業利益516億円、最終利益181億円となっている。経常利益が前年同期比22%増となったが、この数値が当初計画に届かなかったのは売上不振が響いたからである。当初は売上高1%減の予測が5%減になった。これは一時期、借金が2兆円にも達し、売上を借金返済に回すことを優先したことから店舗改装などに投資できなくなったことが響いたものと言われている。
現在、有利子負債残高は1兆398億円となっているが、返済は資産売却を中心としたものである。金融団との交渉がこじれた最大の問題点は、平成14年までに2度にわたり、合計
5200億円の金融支援を受けており、不良債権処理の加速という課題を金融庁から突きつけられたメインバンクのUFJ銀行などは再生機構に持ち込んだら債権区分は会計上正常債権になることなどから再生機構への持込を絶対要件としたのである。しかし、ダイエー側からすれば複数の民間「企業再生ファンド」(後述)が再建に名乗を上げており、ダイエーの高木社長も民活で再生を検討しようとしたのである。
その最大の理由と考えられるものは、本年3月に再生支援を決定しているカネボウの再建スキームが実質的にはカネボウの解体であったことや、新生カネボウに1060億円出資して議決権の過半数を握るなど、企業としての独自性が残せないやり方に対する嫌気であったようだ。(カネボウには粉飾や不正融資など不正があった)
さらに、高木社長はリクルートを再建させた実績をもとにダイエー再建の先頭にたっていたが、ダイエーグループ従業員2万3千人で構成するダイエー労組273支部(パートを含めると七万7千人)のすべてが、高木社長が進める自主再建路線の支持を決議しており、一丸となって自主再建をしようと決意していただけに経営再建の主導権を外部に渡すことを拒否しようとする気持が強かったのである。
また、ダイエー側は資産査定に関して、民間スポンサーとの並行資産査定を考えており、10月12日に高木社長は「再生機構による資産査定の継続を依頼するが再生機構の活用を前提とするのではなく、18日の民間スポンサーの提案をみて決める」と回答した。
交渉の経過の中で一時期、機構側も本来はありえない並行資産査定を了解したが、「肝心な資料開示を拒否された。高木社長とも会えない」などの理由で、遂に機構側は「資産査定は申請を受けてするものであり、活用が明確でないなら査定の継続は行えない」「資産査定を機構に一本化しない限り査定チームを解散する」と強い姿勢でダイエーに迫った。
ダイエー側は「民間スポンサーによる再建計画に基づいて金融支援を受けられないか」と金融団に要請したが、UFJ・三井住友・みずほの三行は「金融支援は再生機構の活用が必須要件」と拒否した。 更に加えて監査法人は中間決算に際して「現在進行中で、企業経営に重大な影響を与える事項を考慮すること」を義務付けられていることから、金融支援打ち切りは重大な事項にあたるとし中間決算を認められないと連絡が入った。
決算不認定がもたらす信用不安は、納入業者の取引拒否や債権回収の動きから会社更生法などの法的整理への発展、それに伴う連鎖倒産を避けねばならないと決意した結果、13日の午後6時少し前に「機構活用に応じる」決断をしたのである。
端的に言えば、銀行筋が圧力をかけ民間再生ファンドの動きを制し、無理やりに再生機構に支援要請させることになったのである。
民間再生ファンドの動きに対して官製再生ファンドである再生機構が金融団との連携とはいえこれほど強引に再生機構の活用を働きかけたことは「再生機構の民業圧迫」であるとの声も聞かれる。

産業再生機構がこれまでに支援決定した企業・(04、8月末現在)

企 業 名 業 種 支援時期
九州産業交通 バス事業 03,8
ダイア建設 開 発
うすい百貨店     百貨店
三井鉱山     エネルギー
マツヤデンキ 家電量販
明成商会   化学品製造  〃
津松菱 百貨店 10
八神商事 衛生用品
富士油業 石油卸 12
大阪マルビル ホテル 04, 1
金門製作所 メーター
カネボウ 化粧品他 3
企 業 名 業 種 支援時期
フレックス スーパー 〃4
大川荘 旅館 〃5
タイホー工業 化学品
ミヤノ 工作機械
ホテル四季彩  旅館
アジア航空
航空業
アメックス協販 瓦製造
栃木皮革 皮製造
オーシーシー ケーブル
フェニックス       スキー用品
服部玩具 玩具卸

「企業再生ファンド」とは何か
過剰債務に陥った企業の建て直しを目的に投資家から資金を集めることを言う。
金融ビッグバーンを契機に、今まで日本には例がなかった外国から日本企業の株を買う企業買収ファンドが日本に本格的に進出してきた。2001年に改革先行プログラムで企業再生ファンドの設立を促したことから日本でもファンドの設立が活発になった。
かつて8兆円もの公的資金が投入された長銀がリップルウッドに10億円で買い取られ新生銀行として上場されたことは記憶に新しい。その際、4500億円利益が出たが日本政府は課税できなかった経緯がある。リップルウッドは長銀のほかフェニックスリゾート,日本コロンビアなども傘下に収めている。
長銀破綻の引き金はスイス銀行との業務提携が破棄され、ジョージ・ソロスのヘッジファンドが空売りをかけた。最近では世界最大の小売商ウォルマートがヘッジファンドと組んでダイエー株の暴落を仕掛けたとも言われている。
日産生命、千代田生命の破綻、ヤクルト,ソニーの暴落の背景もヘッジファンドの動きがあったようである。現在日本の銀行金利は超低金利だから日本で資金を調達して、これをテコにしてヘッジは少しのマージン取引の証拠金でどんどん大規模な空売りをかけている。
ヘッジが日本の資金で日本を食い物にしているともいわれる所以であり、金融植民地化の進行が叫ばれる所以がここにあるのである。

企業再生ファンドの性格も様々で、外資系のファンドの中には経営権を取得し再建を果たした後,短期間で売却益を得ることを目的にしたものがあり、「はげたかファンド」などと言われている。

主な外国ファンドと投資先
リップルウッド            長銀・フェニックスリゾート・日本コロンビア
ローンスター             東京相和銀行
サーベラス              ダイア建設・木下工務店
シュローダー・ベンチャーズ      ダーウイン・べネックス
ゴールドマン・サックス        日東興業などゴルフ場
カーライル・グループ         DDIポケット
国内ファンド
野村プリンシパル・ファイナンス    ハウステンボス
 MSKパートナーズ          福助(足袋)
 大和證券SMBCプリンシパル・インベストメンッ 婦人服キャビン・日興電機工業
ユニゾン・キャピタル              オリエント信販
アクティブ・インベストメント・パートナーズ   東急観光
フェニックス・キャピタル            三菱自動車
日興プリンシパル・インベストメンッ       タワーレコード
みずほキャピタル・パートナーズ         べネックス
ジャパン・リカバリーファンド          市田

《 参 考 》

最近の企業評価方式と経営方式の変遷
企業の価値は総資本の規模とその資本を有効活用して業績向上に結びつけるかで評価される。
株の評価は企業の先行きを予測する指標として注目されてきたが、時代とともに投資評価尺度が変わってきた。

50年代は「配当利回り」が重要視されたが、60年代以降は「株価収益率(PER)」、即ち株価が企業利益の何倍まで買われているかを算出して割安か割高かを判断する方法に変わり、また、株価を1株あたり純資産(資本金・資本準備金・内部留保金)で割って企業の解散価値の何倍まで買われているかで判断する「株価純資産倍率(PBR)」が重要視されるようになった。

経営方式の変遷と言葉の意味
コーポレートガバナンス
企業統治と呼ばれ企業の意思決定のこと。平成15年から施行された改正商法により企業経営の「監視」と「執行」を分離するアメリカ式の経営方式。

CEO (Chief  Executive Officer)最高経営責任者  会長
COO (Chief  Operating Officer)最高執行責任者  社長
CO  (Corporate Officer)執行役員 

    取締役会の委託を受けて実際の企業経営と事業の執行にあたる役員。身分は従業員。商法上の責任を負う取締役と区別され株主代表訴訟の対象にならない。
MBA (Master of Business Administration 経営修士
Compliance 法令遵守

企業再建計画頓挫の身近な例
大手スーパー「マイカル」は民事再生法の適用申請をしたが大口債権者の合意が得られず途中で会社更生法に切り替えた。
伏尾ゴルフクラブも同様に当初民事再生法の手続きをとるべく準備をしていたが、マイカル同様債権者である会員の同意が得られず会社更生法を申請し認められた。

平成16年11月


参考文献 文芸春秋・日本の論点PLUS
UFJ総合研究所・調査レポート
WEDGE10月号
産業再生機構公式WEB
日刊新聞各紙



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