平成16年08月31日 戻る
なぜ、郵政民営化が必要で、どう変わるのか
松室猛のTMニ水会定例講演資料


小泉改革の核といわれている郵政民営化について8月6日の集中会議に続き8月26〜月末にかけて激論が交わされ民営化基本方針の骨子が決まった。あくまで現時点での論議でしかないが郵政民営化のあらましが見えてきた。
郵政民営化に関する経過を振り返ってみると、小泉改革が如何に難しい問題に取り組んでいるかが見えてくる。
郵政事業は100年以上の歴史をもつ巨大国営企業であり、官僚、労組、特定郵便局長などの既得権グループ(全逓・全郵政・全特会・大樹会)には与野党を問わず族議員がひしめいており、それを解体し民営化しようとするのだから猛烈な反対があるのは当然である。
特に自民党には所属議員の9割が加盟している「郵政事業懇話会」と称する組織があり、歴代会長には小渕恵三、野中広努といった実力者がその任に当たっていることからも郵政民営化を唱えることが如何に困難な仕事であるかが伺える。改革の必要性とは別次元ながら、党内環境からすれば「無謀」ともいえる民営化論議を恐れずに主張しつづけたところが小泉氏の凄さではないだろうか。
まだまだ流動性があるが、かなり民営化への道筋が見えてきた。
この機会に郵政事業の現況と行方を検証してみたい。

郵政事業の歴史

1871(明治4)年、明治政府は東京・大阪・横浜・神戸・函館・新潟・長崎の3府5港に郵便局の前身である駅逓所を設けた。これが日本の郵便制度の始まりである。この年に実施された廃藩置県同様、郵便制度の創設も近代化政策の一環だった。このとき奔走したのが前島 密であり、その功績から「日本の郵便の父」と呼ばれ、いまも一円切手にその肖像が使用されその功績を称えている。

明治 4年
 郵便創業・同8年に郵便役所を局に改称(それまでは駅逓司と称していた)
〃 13年
 駅逓局貯金が始まる。
〃 18年
 内閣制度創設 駅逓局から逓信省に改組(通信事業併営)
〃 20年
 駅逓局貯金から郵便貯金に改称
昭和24年
 郵政省と電気通信省に分割
〃 27年
 電気通信省を電電公社に移行 60年 NTTとして民営化
平成13年
 省庁再編で郵政、自治、総務庁が合体「総務省」が誕生。郵政は郵政事業庁へ
〃 15年
 日本郵政公社発足


「日本郵政公社」とは何か(15年4月発足)
日本郵政公社法 第1条
「独立採算制の下、信書及び小包の送達役務、簡易で確実な貯蓄、送金及び債権債務の決済並びに簡易に利用できる生命保険を提供する業務、当該業務を行うための施設その他の経営資源を活用して行う国民生活の安定向上及び国民経済の健全な発展に資する業務等を総合的かつ効率的に行うことを目的とする」
・総裁に民間人を起用しているが、16人の理事のうち3人以上民間からの起用を義務づけている。役員及び職員の身分は国家公務員である。
第19条第1項に 主要業務は「全国あまねく、公平に、なるべく安く」という文言があり、これがいわゆる「ユニバーサル・サービス」である。
※ 郵政公社総裁 生田正治(昭和10年生 慶応卒 (株)商船三井会長を経て現職)

郵政四事業の現況 (郵便事業・郵便貯金・簡易保険・窓口ネットワーク)
郵便局の数  24,758局 (その内、特定郵便局は18,941局)
職員数    28万人

郵便貯金総額
233兆2,465億円
郵  貯
51兆0,639億円
定額貯金
181兆6,962億円
その他
4,864億円

簡易保険

125兆7,494億円
(合計358兆9,959億円)

財政投融資預託残高

177兆3,200億円
(いずれも平成14年末現在)

貯金総額及び簡保の保有額について各種の資料ではかなりまちまちの数字が用いられているが、この数字は日本郵政公社公式WEBの平成14年度の決算資料からの引用である。
8月24日の産経新聞「正論」の欄で伊藤元重東大教授が各種の数字を引用されているが、何れも出典が不明で巷に出回っている数字との誤差がある。おそらく時点誤差だろうと思われる。

財政投融資計画とは何か

国の制度を通じて集められた公的資金を財源として国の政策目的実現のために行われる政府の投資及び融資の計画。その規模が大きかったため第二の国家予算といわれた。
平成13年度から郵貯や年金積立金を大蔵省資金運用部に全額預託する制度は廃止され、それらの資金は全額自主運用されることになった。
しかし、実態は財投債と名称を変え、郵貯、年金積立金、簡保に引き受けて貰うことになっている。運用先の主なものは、道路公団、国営土地改良事業、各種公団、地方自治体や政府系金融機関を通じて間接的に民間に資金提供している。

郵政をめぐる自民党内の動き

橋本龍太郎総理の時代に「行政改革会議」が設置され、あらまし下記のことが決められた。
1)中央省庁のスリム化 (省庁再編)
2)行政の実施機能と企画立案機能の分離化(官・民の役割分担の明確化) 
3)地方分権の推進
「民間にできることは民間で」がキーワードで、この中で郵政三事業については、分割の上、郵便だけは国営にし他は民営化すると中間報告がまとめられた。
しかし、党内に反対の声が強く紆余曲折を経た後に最終報告では郵政三事業は一体とし、新たな公社とすることに決まった。

小泉氏は総理に就任して直ちに「郵政三事業のあり方を考える懇談会」を発足させ、田中直毅
氏を会長として民営化へ向けて検討を始めた。
この懇談会では三事業の分離は不可避とされた。その根拠は郵貯、簡保の規模があまりにも大きいため地域分割は不可避であるが、郵便は全国ネットを維持するため全国一社が望ましいとした。なぜなら異なった事業を一体化すると事業間の経理区分が不明確になり郵貯から郵便への資金援助が容易に行われることは民営化の本旨からして馴染まないと考えられている。これはドイツに例があるが、郵便局舎は郵便会社が所有し、貯金や簡保が借りる形で、利用者からすればサービスは一つの局舎で提供されるので「範囲の経済性」は失われないとする考え方である。
この後、「経済財政諮問会議」に引き継がれるのであるが、今回の「民営化基本方針骨子」については後述する。

民営化との関連における郵政事業をめぐる議論

郵政事業は平成14年4月現在、簡保を含め359兆円もの残高をもつ世界最大の金融機関であるが、そのため「民業圧迫」との批判が強く、郵便貯金と簡易保険、多額の赤字が続く郵便事業には、なお改革の必要があるとの声がある。郵貯資金残高は約233兆円と、日本の個人預貯金全体の3割強を占め4大銀行の合計残高を上回り、市場や経済全体に大きな影響を及ぼしている。これまで郵貯は財務省資金運用部に全額預託され、財政投融資として特殊法人などに貸し付けられてきたが、これが特殊法人の非効率な肥大化の温床になっていると指摘され財投改革の一環として、13年4月からは預託を廃止し、総務省が全額自主運用を始めた。しかし、運用先は国債中心で「国の赤字の引受機関に過ぎず、健全な資本市場の発展を阻害している」との批判がある。 また、郵貯の販売窓口である郵便局は法人税や事業税などが免除されているため不公平感が強い。
しかし、郵貯は全国に膨大なネットワークを持つため、単純に民営化するだけでは巨大な新銀行ができるだけで民間銀行の経営をかえって圧迫する可能性もある。
郵便事業は平成10年度が625億円、11年度が553億円、12年度100億円と巨額の赤字だったが、13年度になってコスト削減の結果、4期ぶりに80億円の黒字に転換した。しかし、14度は郵便事業収入が402億円減収となり、その結果225億円の赤字となっている。
郵貯は2000年問題といわれた10年前の高金利時代に集めた定期貯金の集中満期による大量償還が一段落したため、収益から費用を差し引いた損益ベースで4期ぶりに1兆7,304億円の黒字になった。

民営化をめぐる賛否の主な意見

・ユニバーサル・サービスをめぐる論点
郵政事業民営化の議論には郵便事業のユニバーサル・サービス確保の問題と、全国ネットの金融機関としての窓口サービスが国営だから可能であるとする議論がある。すなわち民間企業なら不採算部分が切り捨てられ、「あまねく、公平に、なるべく安く」のサービスが実現できないとする意見である。 これに対して三公社といわれた電信電話・国鉄・専売もすべて民営化されたことによりサービスの低下はなく、むしろ向上し収益率もよくなった実績があるとの反論がある。電気・ガス事業も公益性をもつが故に料金改定などに制約があるが完全に民間経営である。もし、地理的に不採算の可能性がある地域についての対策は別途考えればよい、とする意見がある。

・金融システム論をめぐる問題
民営化論議には金融機関としての財政システムと金融システムの問題がある。

まず郵政民営化の最大の狙いは国民の貯金を経済活性化に役立てるシステムの構築にあるともいえる。郵貯は前述の如く世界最大の資金量を有しており、この莫大な資金は財政投融資の資金として特殊法人等の事業を支えてきたが、このような公的部分への「資金の流れ」を変えようというのが主旨である。また、民営化による資金を自主運用することから安易な国債発行を抑制策になるとの期待もあるが、最近は郵貯の資金収支(運用益と貯金利子など資金調達費用の差額)が減少傾向にあり、このまま推移すれば利回りの低い国債中心の運用では高金利になった時に収益を圧迫する恐れがある。

・公務員であることの問題
しかし、ここまでなら従来の特典をなくせば改善されることで公社で解決できなくはないが、公社の職員は公務員であるため、もっと幅広い物流サービスや郵便局そのもののコンビニ化は民業圧迫の問題もあり不可能である。加えて公務員には身分保障があるためリストラが出来ないが、問題は郵政職員が公務員であらねばならぬ理由が見当たらない点にある。

・郵便事業の様変わりの問題

郵便事業が不採算である理由には、過疎地や遠隔地への配達業務があるためではなく、通信連絡手段が、封書なら郵便代の80円に便箋、封筒などを加えると約100円近くかかるが、ファクスやインターネットでは格段にローコストで済むなど、郵便がこれ以上伸びる要素がなくなりつつある。このような情勢の中で郵便事業のユニバーサル・サービスを確保するためには山間僻地などに対する対策を講じる必要がある。現に、国鉄の民営化に際して、経営が厳しい北海道、四国、九州は現在もなお政府設立の株式会社で、1兆円の経営安定基金が与えられ、運用益で経営支援されている。その他は株式の公開まで進もうとしている先例がある。

・これからの逓送事業は物流が主となる。
この点に着目したのが宅配便事業である。
全国ネットを実現したヤマト運輸は、既に全国に312,513店の取次ぎ所を開設して「全国、あまねくサービス」を展開している。(民間業者の市場占有率94%に達している)

経済財政諮問会議における郵政民営化議論のあらまし(8月6日)

2007年4月に国営の日本郵政公社を民営化し、遅くとも10年以内(2017年)に完全民営化を目指す。
・ 窓口ネットワーク、郵便、郵貯、簡保の4機能を株式会社として独立。(方式については異論があり未定)
・ 窓口会社は住民の利便性が確保されるよう設置基準を明確化し過疎地の拠点を維持。
・ 郵便事業会社は全国一律サービスの義務を課し、必要なら優遇措置をとる。
・ 郵貯会社は銀行法、簡保会社は保険業法を適用し民間企業と同様の法的枠組みで業務を行う。
・ 民営化前の政府保証がついた郵貯と簡保は公的な保有の形を考える。管理は新契約と一括する(予定)。すなわち民営化前の旧勘定は政府保証がつき、新勘定は破綻すれば預金や保険がペイオフの対象となる。
・ 職員は国家公務員の身分を離れる。
・ 民営化によりコンビニなどの小売部門への進出も期待され、また既存のコンビニとの連携が更に可能となる。
株式会社化について、麻生総務大臣は4事業を持ち株会社傘下に収めことを了解するが、民営化当初は政府出資を100パーセントにする特殊会社化することを求めた。
一方、銀行協会側は持ち株会社ではなく、それぞれを独立させた株式会社にすべきと主張している。
※ 欠落している論点  「民営化」と「企業化」の違いに関する論点ではないだろうか。

日本の郵便ネットワークの特殊性

「特定郵便局とは」

郵政事業庁には11ヵ所の地方郵政局がある。郵便局は普通局、簡易局、特定局の3つに分かれる。1949年に創設された簡易郵便局は、窓口業務を地方自治体や個人、法人に委託していて、現在、全国に4,501局ある。

特定局は、明治時代、国による郵便局の設置が追いつかず、地元の名士を局長に任命して設置したのが起源である。 郵政事業の創始者である前島密が導入したシステムで、全国に郵便局網を早く張り巡らせるために各地方市町村の地元名士の建物や土地を利用し現在に至り全国に18,941局ある。 現在ではこの特定局が不採算の元凶だといわれている。

特定郵便局は局長の私有財産である局舎を借り上げるシステムである。特定郵便局長は任用試験を受けねばならないが、正規の公務員試験を受けずになれる国家公務員である。従って先代が引退すれば、その息子が局長になる場合が多く不公平なシステムといわれている。また、特定郵便局長の平均年収は920万円だが、国から年間912億円(1局平均48万円)の渡切費(わたしきりひ)が投入され、特定郵便局は支給された経費を事務用品費などに使えるのだが、郵便局長はこれらの経費を私的に流用しているとの指摘がある。公社化の時点から公共料金などは公社が一括支払いすることになった。

また、局長を公募したという話を聞いたことはないし、特定郵便局長になるための任用試験情報が一般に知らされることはまずない。一部の関係者だけに、慣習的に有資格者と思われる人物(特定郵便局長の後継者、郵政省OB)のみが実質的に知りうるシステムが出来上がっている。この不明瞭さが大きな利権となっているとの声がある。

諸外国における郵政事業
経営方式は・国営・公社・民営の3種。 

民営の形態

1).国が全株を保有する商業的官営

2).国が株式の一部を所有する部分的民営

3).全株を民間が保有する完全民営

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主な国の経営形態について

・ 国営  アメリカ(USPS) 公務員
・ 公社  カナダ(カナダ・ポスト) 非公務員
フランス(ラ・ポスト) 公務員
日 本 (日本郵政公社)  公務員
・ 民営 1).イギリス(ロイヤルメールグループ)
1).ニュージーランド(NZP)
2).スウエーデン(スウエーデンポスト)
2).ドイツ(DPWN)
2).オランダ(TPG)
3).アルゼンチン(CASA)

ドイツとオランダは民営化された郵便事業の枠を超え、郵便、物流、ロジスティクス(管理及び補給など)を総合した世界的企業に進化している。
ニュージーランドは早急な民営化で窓口業務などで普遍的なサービスに問題が生じ、郵貯には海外資本が算入していたが、買い戻して「キウイ銀行」として国営化せざるを得なかった。

《参 考》

従前の郵便法では累積赤字が単年度収支の5%になれば郵便料値上げすると規定があった。しかし民間算入で困難になった。
郵便量 年間261億通(220通/人・個人発は2割,残りはダイレクトメール) 
小 包 4億4,200万個(シェア−6%・宅配便は1社平均30%以上)
簡保加入者は全所帯の6割

信書とは・郵便法5条2項

公社以外の者は、何人も、他人の信書(特定の受取人に対して、差出人の意思を表示し、又は事実を通知する文書をいう。以下同じ。)の送達を業としてはならない。
2以上の人又は法人に雇用され、これらの人又は法人の信書の送達を継続して行う者は、他人の信書の送達を業とする者とみなす。
※ 郵便到達率 99,99953% (H15年度105,443通が行方不明・紛失率0,00047%)


参考文献

松原 聡著

・「郵政民営化でこう変わる」
滝川好夫著 ・「あえて郵政民営化に反対する」
田中弘邦著 ・「国営では、なぜいけないのですか」
星野興爾著 ・「世界の郵便改革」
金子秀明編 ・「郵政改革の未来」
読売・産経新聞記事・日本郵政公社公式WEB・他



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