平成16年07月15日 戻る
『多国籍軍参加をめぐる諸問題について』
松室猛のTMニ水会定例講演資料


イラクにおける多国籍軍への参加の原点とは何か

イラクは2004年6月28日までは連合軍暫定当局(Coalition Provisional Authority)CPAの統治下にあった。自衛隊はCPAの要請の下に「イラク特措法」の範疇で人道支援活動を続けるため駐留していたが、28日に暫定政府に主権が委譲された時点から自衛隊をはじめ各国の軍隊はイラクの主権を代表する新しい暫定政府の要請により活動を続けることになった。
当初日本政府は暫定政府と個別に地位協定を締結し自衛隊の駐留継続を考えたが、相手が地位協定の締結に難色を示したため、急遽、多国籍軍への参加を決意せざるを得なくなったのである。即ち、国連安全保障理事会決議1551と1546は「国連加盟国に多国籍軍への支援を求める。支援は治安の安定、人道・復興・・・」という内容であり、治安維持活動以外の人道支援活動にしても軍事組織がイラクに存在する合法的な枠組みは多国籍軍以外にはなくなったからである。
イラク暫定政権が個別の地位協定を渋った理由は、多数の国の軍隊と個別に駐留のための地位協定を締結すると統一した指揮ができないため『友軍相撃』の危険があることや『効率性』の問題があるからであった。例えば高度な医療が必要となった場合に専門医がいる部隊に搬送する任務や運用の振り分けの必要があるが、この判断は多国籍軍司令部なら統一的な指揮系統を有しているから簡単にできるが、個別対応では困難なことがあるからである。

多国籍軍参加と憲法上の制約に関する論点

イラクの治安は依然として劣悪であり多国籍軍への参加により自衛隊がテロの標的に晒される危険性は皆無といえないだろう。また、湾岸戦争当時の武力行使のイメージが強い多国籍軍への参加は憲法改正論議が最近になってやっとタブー視されなくなったとはいえ依然として憲法との関連において拒否感が強い。現実に与野党ともに多国籍軍への参加は憲法上疑義があるとの声がある。今日までの政府見解では国連軍の目的・任務が武力行使を伴う場合、自衛隊は憲法上の制約のため参加できないとなっており、そのため湾岸戦争の時は参加しなかったのである。
1990年に中山太郎外務大臣が「国連軍への関与は「参加」と「協力」がある。参加は指揮下に入り行動することを意味する」と国会で答弁しており、参加はできないが協力はできるという政府見解となっている。
今回、小泉総理は「参加」という言葉を使っているが、参加をしても「統一的な指揮下に入らない」とし、治安維持活動のための武力行使は行わず人道支援活動を行うとしている。
多国籍軍の「指揮」についてこれまで「統一された指揮」としてきた(unified command)の訳語を「統合された司令部」と修正したり、「指揮」を「指図」言い換えたりするから、なおのこと曖昧さが助長され国民が疑問に思うのではないか。
本来、多国籍軍はそれぞれの主権国家の軍隊が寄り合い目的達成のための行動をするものであるが、各国の軍隊の指揮権は本質的にはそれぞれの国にあるとされている。しかし、国連決議1546の「統一された指揮権」は、現在の状況からして米軍にあるとの立場を米下院軍事委員会で国防次官補が言明している。
また多国籍軍の軍事行動について暫定政権と緊密に協議するとしながらも、イラク側も多国籍軍が自衛する権利を認めており、不測の事態への対応や自衛目的の軍事行動に拒否権を持たないとの見解が示されている。
このような経緯の中で日本は初めて多国籍軍への参加を決めたが、総理が先行して約束をし、国会閉会後に閣議決定で追認したことや、指揮を指図と読み替えたり、日本としての独自の指揮権を確保したというが、これが「口頭了解」であったことなどから参院選ではかなりマイナス要因になってしまった観がある。

指揮権をめぐる見解について

多国籍軍の指揮は大別すれば4種類に分けられるとされている。

1 命令(0rder) 何々をしろ、と命令する。
2 統制(control)任務、役割を与えるが、ある程度の裁量を認める。
3 調整(coordination)各国の部隊が相談をして「何々ということにしよう」
4 協働 (collaboration) 合目的的に動く

自衛隊は武力行使と一体化することはしないから司令部から命令を受けることはない。但し友軍相撃回避や効率性追及の観点から「運用統制」を受けることはある。その他のほとんどの活動は「調整」や「協働」の範囲内であると説明されている。
しかし、具体的な対応としては、テロが自衛隊を襲撃した場合に自衛隊は武器を携行しており応戦することは可能だが、併存している米軍がテロ攻撃を受けた場合の米軍の武力攻撃に対してどうするのかは大変微妙な問題を包含しており、時には米軍の武力攻撃と一体化する可能性は否定できないのではないか。これが集団的自衛権をめぐる議論の出発点である。

「後方支援だから武力行使と一体ではない」と幾たびか国会答弁があったが、武器輸送の拠点の支援活動は、相手側にとっては補給を断つ意味で当然攻撃対象となり攻撃を受け応戦する可能性は高いはずである。それでもこれを参加ではなく協力だと今までいってきたが、この辺りも曖昧である。なぜなら補給基地を攻撃されたら米軍は当然反撃するだろうが、その場にいる「協力部隊」である自衛隊はどうすればいいのだろうか。

日本の多国籍軍参加に関する政府見解(4原則)

1 日本は人道復興支援を行う。
2 活動は非戦闘地域に限る
3 武力行使はしない
4 自衛隊は日本の指揮下にある

※ イラク復興支援特別措置法の枠内で行う
※ 統合された司令部と連絡調整は行うが指揮下には入らない

自衛隊が武力行使を伴う多国籍軍の中で活動することは憲法との関係で許されないとしてきた従来の政府見解を変えるものではないというが、果たしてこの論法で国民が納得するだろうか。

「unified command」を「統合された司令部」と訳す魔術を使ったところで、前述の如き事態に遭遇すれば自衛隊はどうするのかが最大の問題である。司令部の下に入るが指揮下にはないなどのロジックが国際的に通用すると考えているのだろうか。「面子を保つための付き合いはするが、危ないことはしない」式の論理がいつまで通用するのだろうか。

集団的自衛権について真剣に考える時期に至っている。

集団的自衛権に関する政府見解がまた振るっている。 
『権利はあるが、その権利を行使する権利がない』佐藤総理の時代の内閣法制局見解である。
一国の憲法解釈をなぜ政府の一機関の内閣法制局が絶対的な権威をもつのか。もはや、この曖昧さというよりふざけた解釈が通用する国際環境ではないことを知るべきである。

集団的自衛権に関する最近の論調
ジェ−ムス・アワー (James E Auer)
(米バンダ−ビルド大学教授・日米研究協力センター所長)
『米国の空母艦隊は横須賀を母港として第7艦隊ほかの部隊も日本近辺に配置されている。これは明らかに日本が北朝鮮による攻撃を受けた場合に、米国は日本を守るために死をも覚悟で即座に反撃できるのだということを金正日に判らせるためである。
一方北朝鮮が在韓米軍を攻撃しても韓国は中立を守るとノムヒョン韓国大統領が述べたことから米軍は38度線とソウルの間に配置されている部隊を撤退させようとしている。
米国は現時点では在日米軍基地を維持したいと考えているが、もし日本が米国に守られることを望まないのなら米軍は日本から撤退するであろう。

日本国憲法には日本が集団的自衛権を行使できないとはどこにも書かれていない。日本のイージス艦が日本海で北朝鮮の攻撃を受けた場合日本は当然米軍が即座に反撃すると思っているのに米海軍の艦船が北朝鮮から攻撃をされても日本の自衛隊は反撃を禁じられているから何もできないというのは合点がいくだろか。
憲法の解釈を変更するのか、憲法を改正するのかを決められるのは日本のみである。』

憲法改正に関する松室 猛の見解

今まで国連の平和維持活動(PKO)やイラク多国籍軍への参加など現実に微妙な判断を求められながら実行してきた。その実行に至る経過は前述のとおりであるが、一見、無茶苦茶なこじ付けとしか思えない読み替えの論理は国際社会では勿論、国内ですら通用しない状態に至っている。ジェイムス・アワー氏の言葉を引用するまでもなく集団的自衛権問題に決着をつける時期がきていると考える。
国連安全保障理事会の常任理事国となることも課題になってきているが、この場合は集団的安全保障に関し加盟国を代表して決断する立場になることは明らかである。集団的自衛権を行使できないとは憲法にも書かれていないが、第9条の2項との関係で悩ましさが残るのである。
改めて憲法第9条を読んでみると
『国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては永久にこれを放棄する』とある9条の理念は守るべきであると考える。
国際的な法解釈として自衛権を否定する論理はないし、国内にも今や自衛権がないとする論理や自衛隊が違憲であるという主張は極めて少数の意見となった現状から、自国の防衛のための武力行使をもっと明確に認めるべきである。(時代とともに法解釈が変わることの是非)
問題なのは第9条『2項』である
「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権はこれを認めない」とある部分は見直しをすべきである。
なぜなら、こんな不明確な言い方のままだと、国土を侵害された場合に自衛のための戦いは「交戦」ではないと言わねばならず、また現在の自衛隊が「戦力」を保持していることの説明が出来ないからである。
自衛隊の現在の装備が「戦力」でないなどと誰が言い切れるのか・・・この辺の曖昧さが現在わが国の政治そのものを曖昧にしているのである。

憲法改正と集団的自衛権をめぐる各党の見解

自由民主党   改 正   改 憲
  結党50周年に当たる平成17年11月に改正要綱を発表する
  集団安全保障については改正憲法に盛り込むべきとしている
民主党     改 正   創 憲
 再来年に独自の改憲案を示すことを表明、国連の集団安全保障活動に積極的参加は是認するが、その際「最大限抑制的」な「武力行使」を」盛り込んでいる(党内に賛否両論)
公明党     改 正   加 憲
 「憲法第9条堅持」、「集団的自衛権の行使は認めない」環境権やプライバシー権を加える。
共産党     改正反対  護 憲
社民党     改正反対  護 憲

今回の参院選の最大の争点である筈の多国籍軍への参加をはじめ集団的自衛権の問題を素通りしたのはどうしたことなのか。

政界の勢力分布がどうであれ、これからは憲法改正問題が最大の政治課題になるだろう。



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