平成14年6    戻る

有 事 法 制 を 考 え る

大阪府議会議員 松室 猛

有事法制とはどんな法律か

今国会で審議中の重要法案のなかに『有事関連法案』がある。この法案をめぐり久し振りに、戦争へつながり憲法の基本理念を覆すものだとする議論が起きている。その一例として、この法律は日本の有事を名目に、自治体や国民の権利を奪い国家権力の統制下におこうとする戦時立法であると危惧する意見がある。
第2次世界大戦で壊滅的な被害を受け、また、核の被害を受けた唯一の国民として、何としても戦争を回避しなければならないとの思いは日本人共通の認識である。しかし冷戦が終結したとはいえ世界の各国で民族、宗教をめぐる確執はあとを絶たず、特に最近は急進的な宗教的原理を信奉する過激派が各地で無差別テロを展開するなど忌まわしい事態が多発するに至った。
我が国は憲法において集団的自衛権の行使を認めず、個別的自衛権のみを有する自衛隊を持っているが、もしも我が国が直接的な攻撃を受けた場合の対処に関する法整備がないために、万が一の事態が発生したら自衛隊の国内での活動の大半が超法規的なものとなり大変な混乱が起きることになる。誰しもこんな事態を望みはしないが、だからこそ平時からいろんな事態を想定した対応が必要なのである。
ところが、我が国では依然として平和ボケした政治勢力があり「危機管理」としての対応ですら戦争につながるといったヒステリックな対応を繰り返している。大阪府議会の本会議でも同様の議論が展開されていたが、あってはならないことだが「有事」が発生した場合はどうするのだ、有事は絶対に発生しないと言い切れるのか、おきたらどうするのだ、危機管理の議論さえまともに出来ない議員の存在は、空しさよりも寂しさを感じる。
先日、上質紙にカラー印刷されたチラシ(下の写真)がポストに投げ込まれていたが、その内容を見て驚いた。何たる短絡思考か、このチラシを見た有事法制の詳細をご存じない人が「戦争に引き込まれる有事法!」と思うと考えているのだろうか。政治的主張をするのなら、もう少し真面目に事実関係を説くべきであり、感覚的な煽動だけのマンガチックな文章にこれだけの費用をかける脳天気ぶりが理解できない。



この法律は「有事」が発生した場合を想定しており、その意味では確かに戦時立法であることに間違いはない。そこで法案を提出した与党三党の提案理由を読んでみると「わが国に対する武力攻撃が発生した場合に必要と考えられる法制で、戦争や危機になったときに国民と地方公共団体、警察、消防、自衛隊など、国家全体がどう連携していくかを予め定めた『チームワークのルール』づくりである」と説明している。現時点では、わが国には武力攻撃が発生した場合に国民の生命や財産保護などの規定がないために国民の基本的人権が内外から侵害されることになりかねない。よって有事の際に自衛隊の作戦準備や作戦行動を容易にするとともに、このことにより発生する権利関係の法的取り決めをする必要がある・・・というのが提案理由である。

そこで問題になるのが『有事』の定義であるが、有事関連法案では「攻撃を受けた時」に加えて「事態が緊迫し、武力攻撃が予測されるに至った事態」をも有事としているが、この判定をめぐる議論も活発に展開されているところである。

事態が緊迫した時も含めて「有事」が発生した時点で生じる自治体や国民の協力義務について罰則規定まで設けられていることに対する不安の声があがっているが、現時点における有事関連法案の内容を検証してみたい。

有事法制三法案とは

(1)自衛隊の行動にかかわる法制

  「武力攻撃事態におけるわが国の平和と独立並びに国および国民の安全の確保に関する法律案」
  (以降は武力攻撃事態対処法案と略称する)

(2)米軍の行動にかかわる法制

  「安全保障会議設置法の一部を改正する法律案」
   (以降は安全保障会議設置法改正案と略称) 
  
(3)自衛隊および米軍の行動に直接にはかかわらないが国民の生命、財産等の保護のための法制
  「自衛隊法及び防衛庁の職員の給与等に関する法律の一部を改正する法律案」
   (以降は自衛隊法改正案と略称する)

上記三法案の概略

(1)武力攻撃事態対処法案の概要

武力攻撃の事態への対処のための態勢を整備し、武力攻撃事態への対応に関して必要となる
事項を定める。

    「意思決定の枠組み」

   事態の認定や自衛隊の行動を含む対処基本方針を閣議決定し、国会承認を求める。

 「実施の枠組み」

   総理を長とする対策本部を設置し対処基本方針に基づき総合調整を行う権限を付与。
   総合調整が不調の時は、総理は地方自治体に対して指示する権限を有し指示が実施されない場合は
   自ら実施することができる。

(2)安全保障会議設置法の改正案の概要
   安全保障会議の事態対処面を重視し、海上保安庁を所管する国土交通大臣、消防庁を所管する
   総務大臣をメンバーに加える改正

   事態対処にかかる専門的な補佐を平時から行うものとして安全保障会議の下に事態対処専門委員
   会を設置。

(3)自衛隊法改正案の概要

   有事における自衛隊の任務遂行に必要な法整備で、有事法制研究は後述の第1分類と第2分類の整備
   これまで有事法制研究は3分類され進められてきた
    第1分類  防衛庁所管の法令
    第2分類  防衛庁以外の所管法令
    第3分類  所管省庁が明確でない事項に関する法令

第1分類とは
有事における物資の収用、土地使用手続きの整備、緊急時に公共の用に供されていない
土地を通行する
ための規定整備 防衛出動待機命令下における隊員を防護するため武器使用にかかる規定整備など
第2分類とは
有事に損傷した道路などを自衛隊が応急補修したりするため道路法の特例措置が必要になる。指揮所な ど速やかな建設のための建築手続きの規制緩和、建築基準法の特例措置整備
第3分類とは
有事における住民の避難誘導や保護を適切に行う措置
住民に対する警報などの伝達
   〃 避難勧告
   〃 救難、救助
   民間航空、船舶の航行の安全確保措置
   有事における電波の効果的な使用に関する措置
   ジュネーブ条約の実施にかかる国内法制の整備(捕虜収容所設置、取扱い法制整備など)
国会審議の主な論点

武力攻撃事態に関して、「おそれのある場合と」「予測される事態」を含めていることに関し、具体的にどんな事態をいうのかが判然としないことが議論を呼んでいる。
これらの疑義に対する国会答弁をみてみるとー

『武力攻撃事態』  国又は国に準ずるものによる計画的な武力の行使
『事態が緊迫し、武力攻撃が予測されるに至った事態』
 その時点における国際情勢や相手国の動向、わが国への武力攻撃の意図が推測されることなどからみて、わが国に対する武力攻撃が発生する可能性が高いと客観的に判断される事態。
武力攻撃事態の認定は、対処基本方針に定めることにしており、この方針は閣議で決定された後、直ちに国会の承認を求めることとされている。
『武力攻撃のおそれのある事態』

 その時点における国際情勢や相手国の軍事行動、わが国への武力攻撃の意図が明示されていることなどからみて、わが国への武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していることが客観的に認められる事態。
『対処基本方針』
 武力攻撃事態の認定、対処に関する全般的な方針、対処措置に関する重要事項について定める武力攻撃事態への対処に関する政府の基本方針。総理大臣が策定し閣議で決定された後、直ちに国会の承認を求めることとされている。
国会が不承認の議決をした場合は対処措置は速やかに修了しなければならない。
『対処措置』
対処基本方針の決定から廃止までの間に、国、地方公共団体または指定公共機関が法律の規定に基づいて実施する武力攻撃事態への対処のために必要な措置。具体的な内容は今後整備する個別の法制において定められる。

武力攻撃対処法案に規定されている地方公共団体、指定公共機関の役割について
・地方公共団体の責務
地域住民の生命身体及び財産を保護する使命を有することにかんがみ、国及び他の公共団体その他の機関と協力して武力攻撃事態への対処に関し必要な措置を実施する責務を有する。対処法案そのものには罰則規定はない。

・指定公共機関の責務
地方自治体と同様に、必要な措置を実施する責務を有するとなっているが、指定公共機関にどこまでの機関が組み入れられるかはこれから決定されるが、現時点では定かでない。

報道関係ではNHKがあげられているが、新聞は考えられていないようだ。

災害対策基本法に指定されている指定公共機関は60機関あり、特殊法人、認可法人(日銀、赤十字)電気、ガス、通信、輸送などがある。

国による総合調整とは
国と地方公共団体とが連携協力し、国全体として万全の措置を講ずるため、国は「総合調整」「指示」「自らの対処措置の実施」を行うことができるとされている。

『総合調整』
有事においては、内閣総理大臣を本部長とする「対策本部」を設置し対処基本方針に基づく対処措置を総合的に推進する。対策本部長が必要があると認めるときは地方公共団体に対し総合調整を行う。

『指示』
国民の保護や武力攻撃の排除に支障がある場合であって所要の対処措置が実施されないときは内閣総理大臣は別に定める法律によって地方公共団体の長などに対して所要の措置を実施すべきことを指示することができる。地方公共団体はこの支持に従う義務が生じる。

『自らの対処措置の実施』
指示に基づく対処措置が実施されないときや緊急を要するときに、総理大臣は別の法律に定めるところにより、自ら対処措置を実施することができる。

※別に定める法制は、有事法制成立後2年以内に整備することとしており、地方自治体の責務などはこれから具体的に決められることになる。

自衛隊法改正の主要ポイント

第103条 第1項 第2項の規定により自衛隊が土地を利用する場合、立木などが任務の妨となる場合は都道府県知事が移転することができることとした。また、任務遂行上やむを得ないときは家屋の形状を変更できることになっている。

なぜ、これを行うのが知事なのか、自衛隊が直接できるようにする方が自然ではないかと考えるが今回の改正案では知事が行うことになっている。

※罰則規定があるのは、自衛隊法103条についてであるが

 自衛隊が任務を遂行するためには、燃料や建設資材などの物資が必要となることから物資の取扱いの保管命令が設けられている。当該命令の実効性を確保する観点から保管命令に違反し物資を隠匿するなどの悪質な行為をした者には罰則を設けた。(6ヶ月以下の懲役、または30万円以下の罰金)

これらの罰則規定は、災害救助法、災害対策基本法、大規模地震対策特別措置法にも同様のものがあり、まったく新しいものではない。



戻る