汲む

茨木のり子

大人になるというのは
すれからしになることだと
思いこんでいた少女の頃
立ち振る舞いの美しい
発音の正確な
素敵な女のひとと会いました
その人は私の背伸びを見すかしたように
なにげない話に言いました

初々しさが大切なの
人に対しても世の中に対しても
人を人とも思わなくなったとき
堕落が始まるのね 堕ちていくゆくのを
隠そうとしても
隠せなくなった人を何人も見ました

私はどきんとし
そして深く悟りました

大人になってもどぎまぎしたって
いいんだな
ぎこちない挨拶 醜く赤くなる
失語症 なめらかでないしぐさ
子供の悪態にさえ傷ついてしまう
頼りない生牡蠣のような感受性
それらを鍛える必要は
少しもなかったのだな

年老いても咲きたての薔薇 やわらかく
外にむかって開かれるのこそ難しい
あらゆる仕事
すべてのいい仕事の核には
震える弱いアンテナが隠されている きっと・・

わたくしもかつてのあの人と同じくらいの年になりました
たちかえり
今もときどきその意味を
ひっそり汲むことがあるのです。


今日はじめてこの詩と出会い
ました。年をとっても
みずみずしい
感受性を保ちたいものです。

素敵な人は男女を問わず
みんな

風にゆれる花のような
やわらかでしなやかな
感受性を持っています。

初心にもどって
わくわく ドキドキ
したいものです。  ね

この詩
勝手に
載せたら
だめなのと
違うんかなぁ
ダメなら削除します
ごめんなさい

BACK

NEXT

HOME

ぎらりと光るダイヤのような日

茨木のり子

短い生涯
とてもとても短い生涯
六十年か七十年の

お百姓はどれほど田植えをするのだろう
コックはパイをどれ位焼くのだろう
教師は同じことをどれ位しゃべるのだろう

子供たちは地球の住人になるために
文法や算数や魚の生態なんかを
しこたまつめこまれる

それから品種の改良や
りふじんな権力との闘いや
不正な裁判の攻撃や
泣きたいような雑用や
ばかな戦争の後始末をして
研究や精進や結婚などがあって

小さな赤ん坊が生まれたりすると
考えたりもっと違った自分になりたい
欲望などはもはや贅沢品になってしまう

世界に別れを告げる日に
ひとは一生をふりかえって
じぶんが本当に生きた日が
あまりにすくなかったことに驚くだろう

指折り数えるほどしかない
その日々の中の一つには
恋人との最初の一瞥の
するどい閃光などもまじっているだろう

本当に生きた日は人によって
たしかに違う
ぎらりと光るダイヤのような日は
銃殺の朝であったり
アトリエの夜であったり

果樹園のまひるであったり
未明のスクラムであったりするのだ