令嬢と苦学生
その3
次の朝。
「アラ、賢さん・・・マフラーはどうしたの?」
「えっ・・・いや、忘れて来ちゃって・・・」
『淑ちゃん、昨日急に綾子さん達に会うなんて言うから送っていったけど・・・昨夜綾子さんに電話して訊いたから知ってるんだ、慌ててマフラーを編んだって。だからこうして今日はマフラーをせずに来たんだけどな・・・』
「あっ、礼府さん!」
「やあ、コレはポカポカだ。この洋書と襟居さんのマフラーがあったら、この冬は乗り切れそうな気がしますよ」
「まァ!礼府さんたら!」
「読んだらお貸ししますので、また討論しましょう」「ええ、是非」
楽しそうにおしゃべりをする礼府さんと淑子さんを、賢一郎さんは苦々しく見つめていました。
「あの・・・昨日見せていただいた洋書、読み終えたら私にも貸していただけませんか?お礼というか、代わりにこのマフラー・・・上手じゃないですけど、使って下さい」
『・・・淑ちゃん!洋書なんていくらでも買えるのに!なぜ・・・?そんなに此奴のことを?』
ビックリした顔をした後、礼府さんは分厚いメガネの奥で優しい目をしてニッコリ笑って受け取りました。
「ありがとう、襟居さん・・・優しいお心遣いがうれしいです」
頭を掻きながら礼府さんは持っている洋書を二人に見せながら言いました。
「どうしても欲しい洋書があったんだけれど、持ち合わせが足りなくて、お恥ずかしながらオーバーを質に入れたんです」
「まぁ・・・質?」
耳にしたことのある制度に、淑子さんは驚いて、心配そうな顔をしました。
『淑ちゃん、わかったろ?此奴は淑ちゃんの相手になるような男じゃないんだよ』
「返せなかったら、オーバーを質屋さんに売られてしまうんですか?」
「そうですけど、大丈夫です!この本が手に入って、ますます勉強できるかと思うと、心の中はポカポカですよ・・・ハックション!」
「淑子さん、大学まで尋ねてきて急に会いたいなんて言うかと思ったら・・・」
「編み物教えてだなんて、一体どういう風の吹き回し?」
「お願い、椎名さん、綾子さん!明日までにどうしても編み上げたいの!」
礼府さんが通りがかりました。こんなに寒いのに、セーター一枚の姿です。
『チェ、またアイツか・・・』
「襟居さん!お帰りですか?」
「あら礼府さん、さっきまでオーバー着てらしたのに、一体どうしたんです?」
不思議そうに淑子さんが尋ねました。