「戦争が終わって、こうやって私のような女でも礼府さんのような優秀な方と大学で勉強できるの・・・とても嬉しいです」

「僕も、田舎から出てきて、東京には襟居さんのようにこんな話が出来る賢くて美しい女性がいるって初めて知りました」

賢一郎さんは二人の顔が輝いているのが気に入りませんでした。

「・・・あ、僕、アルバイトに行かなければならないので、お先に失礼・・・」
賢一郎さんの不機嫌な視線に気づいたのか、礼府さんはそう言い残して足早に帰って行きました。


「素晴らしいわ礼府さん!それに教えるのもとってもお上手ね!」

「ああ、僕、大学に入る前に故郷で代用教員してたんですよ・・・だから、僕、襟居さんより随分年上なんですよ、ハハハ」

『・・・確かに文系の僕でも分かりやすく解説してくれたけど・・・フン、こんな苦学生、淑ちゃんの相手になるはずがない・・・』

令嬢と苦学生
その1

「・・・ねえ、淑ちゃん、僕のこと好きかい?」

「いやね、賢さんたら急にどうしたの?・・・好きに決まってるじゃない、私の大事なお兄ちゃまなのに」

「・・・お兄ちゃま、ね・・・」
賢一郎さんが淋しそうにそう呟いたのに、淑子さんは気づきませんでした。

「この間襟居さんが授業の後に疑問に思うっていってたの、僕なりの解析をお教えする約束でしたよね」

「楽しみだわ!空いてる教室に行きましょうか」
淑子さんは顔を輝かせました。

「賢さんも一緒に行きましょう!」
賢一郎さんは面白くなさそうな顔をしました。

「・・・で、この公式を用いるとこういう結果が得られるわけです」
「まーっ、すごいわ!礼府さん!どうして導き出されたんです?」
嬉しそうに拍手しながら淑子さんが尋ねました。
「工事現場のアルバイトでつるはしを使っていたときの振り子の運動を見て思いついたんですよ」

淑子さんと同じく物理を学ぶ苦学生の礼府さんがこちらに向かってきました。

「襟居さん!」「礼府さん!」
淑子さんは苦学生の礼府さんをみてニッコリしました。

淑子(しゅくこ)さんは戦後女子にも開放された国の最高学府で物理を学ぶ令嬢です。

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幼なじみの賢一郎さんは一つ年上、法学部に籍を置く貴公子です。
妹のような淑子さんを、いつかお嫁にもらうのを夢見ています。
「淑ちゃん!新しく出来た銀座のカフェに寄って帰らないか?」
「賢さん。ごめんなさい、ちょっと約束があって・・・」
「約束?」