「傷が痛むので今日はゆっくり休みたい」との願いが聞き入れられ、アリオスは一人部屋になった。
オスカーは「今夜は出掛ける。たぶん朝まで帰らない」と、同室となったランディに伝えた。
日頃のプレイボーイぶりを知っているランディは「また女の人のところですか?」と、半ばあきれ顔でそれに答えた。
そんなランディに曖昧な相槌を打ちつつ、オスカーは支度を整えて部屋を出た。
――時計の針は、すでに十二時時を回っていた。
アリオスの部屋を三度ノックしてから、オスカーはドアを開けた。
薄暗い照明に照らされたベッド上には、片足を立てたアリオスがバスローブを羽織って座っていた。
「遅かったな、待ちくたびれたぜ」
その言葉に、オスカーは鍵をかけたドアの前で立ち尽くした。
“心を決めた”と言っても、男としての本能が無くなった訳ではない。その最後の砦とも言える拘りが、オスカーをアリオスのもとへと行くことを躊躇させる。
「何、ボケーッと突っ立ってんだ。早くこっちへ来いよ」
なかなか動こうとしないオスカーに焦れて、アリオスは面倒くさそうに片手を差し出した。
睨むよう見つめ合うこと十数秒。
オスカーはようやく覚悟を決め、自らシャツのボタンを外しながら、アリオスの待つベッドへと近づいていった。
「待てよ」
アリオスがオスカーの手を掴み、その動きを止める。
「相手の服を脱がすのも、ベッドの上でのお楽しみの一つだろ?」
アリオスの言いように、自分が抱かれる立場であることを再確認させられ、オスカーの白い肌が赤く染まった。
そんな様子を満足げに眺めながら、アリオスはオスカーの身体を驚くほど優しくベッドへと押し倒した。
アリオスは軽いキスを唇に落とし、強ばるオスカーの身体からゆっくりとシャツを剥ぎ取った。露になったオスカーの首筋に舌を這わし、所有の印を一つ刻む。
「んっ…」
緊張のあまり神経が研ぎ澄まされたオスカーの身体は、アリオスの愛撫に驚くほど過敏に反応を示す。
「いやらしい身体だな」
言って、アリオスは胸の先端を舌で転がし甘噛みを加える。
「んぁ…っ…」
オスカーは唇を噛みしめ、緋色の髪をパサパサと振りながら、口から漏れる嬌声を飲み込んだ。
そのきつく閉じられた唇をアリオスは強引に抉じ開けると、舌を差し入れ、歯列をなぞり、痛いほど吸い上げる。
息苦しいほどの深いくちづけにオスカーは苦しそうに眉を寄せた。飲み込み切れなかった唾液が口端から耳朶へと伝い落ちる。
その間も、アリオスの手は休むことなくオスカーの身体を這い回り、次々に覆っているものを取り去っていった。
最後の一枚が脱がされた無防備な腰に、アリオスの唇が滑り降りた。
「…っ!…はっぁ…ん」
自身を包む濡れた舌の感触に、オスカーは思わずのけ反った。
女性にされる時よりも比べものにならないその快感に、オスカーの欲はあっさりと膨れ上がる。
脚を広げられ、自分でも見たことのない秘部に濡れた指が埋められ、内壁を溶かされるようになぞられると、突き抜けるような痺れが全身を駈け抜けていった。
朦朧とする意識を何とか繋ぎ止めようと、オスカーは歯を食いしばる。しかし、自分の身体に施させる快楽と恥辱に、オスカーの思考は次第に狂わされていく。既に、自分の取らされている体勢を恥ずかしがる余裕すらない。
アリオスの指によって十分に慣らされた秘部に、固くそそり勃った熱があてがわれ、ゆっくりと内壁に埋め込まれた。
「ーーーっ!!」
恐ろしいほどの圧迫感と、全身の血管が千切れるような痛みに、オスカーの意識は一気に覚醒した。
「ア…リオ…無理…だ」
オスカーが切れ切れの声で哀願する。
アリオスはそれを無視して腰を進める。
だが、初めて男を受け入れるオスカーの秘部は、頑なに外部からの侵入を拒んでアリオスのモノをきつく締め上げる。アリオスにも痛みが走るくらいだ。
「…力、抜け…るか?」
アリオスの問い掛けに、オスカーは夢中で首を左右に振った。あまりの痛みの声が出ない。
「…息を吐くんだ」
アリオスに促され、オスカーはやっとのことで止めていた息をそろそろと吐きす。
一瞬、腹筋から力が脱けた。
その隙をついて、アリオスは一気に根元まで自身を突き挿れた。
「うあーーーっ!!」
オスカーの口から悲鳴にも似た叫び声が上がる。
アリオスはオスカーの身体が馴染むまで、首筋、鎖骨、胸元へと……次々に所有の印を刻みつけていった。
「動くぞ」
アリオスの掠れた声を合図に腰を激しく突き上げられると、内蔵を引き出されるような嘔吐感がオスカーを襲った。
シーツを固く握りしめて、なんとかそれをやり過ごそうとするが上手くいかない。あまりの辛さに、オスカーは縋るような視線でアリオスに助けを求めた。
それに応えるようにアリオスは、オスカーの下肢に手を伸ばし、初めて知る異様な感覚と痛みとで硬さをを失って萎えていたオスカー自身を、やんわりと優しく包み込んだ。
敏感な先端を親指で弄られ、強く緩く扱かれると、痛みや不快感とは違う別の感覚がオスカーの身体に灯り始める。
その時、アリオスのモノがオスカーの内壁の一点に触れた。
「ああっ!」
突き抜けるような甘い刺激に、思わずオスカーが嬌声を上げる。
「ここか」
アリオスはニヤリと不敵に笑い、悦を齎す敏感な部分を集中的に擦り上げ、腰をグラインドさせた。
急速に高まっていく自分の身体をオスカーは持て余す。
心と身体がバラバラになりそうな快楽が全身を包み込み、より深くアリオスを受け入れるため、無意識のうちに自らの脚を限界まで広げてしまう。
そんなあられもない痴態を晒しながらも、漏れる喘ぎを噛みしめることで、オスカーは男としての最後のプライドを保っていた。
噛み殺される声に、アリオスの心は不安に襲われていた。
オスカーが、ただ快楽を得るためだけに自分に抱かれているのではないかと…
皮肉なことに、それが当初の目的であったはずだ。
でもオスカーを抱きしめた瞬間から、そんなことは頭の片隅にも残ってはいなかった。
ただこの男のすべてが欲しい。身体も、そして心も。
込み上げる衝動のままにオスカーを苛む。
――この男の愛情を独占したい。
湧き出る感情を、もうどうすることも出来ない。どうにも引き返せないところまで自分自身を追い込んでしまったことに、ようやくアリオスは気づき始めた。
――俺はどうなってしまったんだ?
不安な心を誤魔化すため、わざと羞恥を煽る言葉をオスカーに投げ掛ける。その反応に、今度は自分自身が煽られる。
己のやっているこの不毛な行為に、アリオスは小さく自嘲した。
「はぁ…んぁっん……ああっ」
絶え間なく与えられる快感に、ようやくオスカーの唇が綻び始めた。
それを隠すように、オスカーの手が口元に伸ばされる。
アリオスは慌ててその手を引きはがし、指先に優しいキスを落とした。
怪訝そうに見つめる氷蒼の光。
アリオスは、胸に閊えた感情の全てを搾り出すような声音を発した。
「声を聞かせてくれ…たのむ…俺に全てを……見せてくれっ」
『愛してくれ』心の奥底ではそう叫んでいる。もう、それを誤魔化す気はない。
しかし、その願いを言葉にすることは出来ない。自分にはオスカーを愛する資格も、愛される資格もないのだから…
それでもオスカーは、アリオスの心のうちを正確に受けとめた。
初めてのオスカーからのくちづけ。アリオスはその甘さに酔いしれる。
オスカーの艶やかな声に、思わずイってしまいそうになる自身を、アリオスはなんとかやり過ごす。
――今は天国、後は地獄。
近い将来、その地獄へと、オスカー諸共落ちて行くことになるだろう。
言い知れぬ罪悪感が己の身を鋭く刺す。
それでも今は何も考えずに、この愛情に溺れていたい。
アリオスは脳裏に浮かぶ地獄への入口をハッキリと見据えながら、それを振り切るように、天国への階段をオスカーと共に駆け昇って行った。
End.