「きゃあっ!」 悲鳴が村中から聞こえていた。 突然見たことのない恐ろしい鬼が、戸を突き破って入ってきたのだ。 村人たちは恐怖のあまり、凍りついたように動くことができなかった。 ある家では、子供を守ろうとして裁縫用のハサミを握り締めた母親が、鬼の一撃によって壁まで吹っ飛ばされた。 手から離れたハサミが畳に突き刺さる。 子供が大きな声をあげて泣き出した。 「ガキを泣かすんじゃねえよ」 幽助は鬼が振り返るよりも早くぶっ飛ばした。 ドォッ!横倒しになった鬼の顔を、幽助は足で踏んだ。ぐしゃっと顔がつぶれた鬼は、後すら残さず消えてしまう。 幽助はまず、気絶している母親の様子を確かめてから、泣きじゃくっている子供の前に屈みこんだ。 五歳くらいの男の子だ。 「ほろ坊主、泣くんじゃねえ!男だろうが!怖い鬼は俺がやっつけてやっから、心配すんな!」 なっ!と幽助は男の子の頭をぐりぐりと撫でた。 「おまえのお母さんは大丈夫だから。いいか、おまえは男の子なんだからよ、お母さんを守って、ここにじっとしてろ。いいな?」 「う・・・うん・・・・・・」 男の子は泣くのをこらえた顔をしかめながら、コクンをうなづいた。 よし!と幽助は男の子の頭をポンポンと叩く。 「そんじゃ、お兄ちゃん、鬼共をやっつけに行ってくっからな!頑張れよ!」 幽助はニッと笑って見せると、そのまま風のように外へ出て行った。 「浦飯!」 「おう、桑原!どうだ、様子は?」 「死人は今んとこねえが、怪我人が結構いるぜ。とにかく、後手後手に回ってっからな」 「夜明けまで頑張るしかねえか」 また悲鳴が闇の中から響いてきた。 どこだっ?と悲鳴が聞こえてきた方角を確かめる。 「あっちだな。桑原、頼むぜ!」 「おい!どこ行くんだ、浦飯っ!」 悲鳴の聞こえた方とは逆の道を走り出した幽助に、桑原が慌てて尋ねる。 「決まってっだろ!諸悪の根源を断つ!」 はあ?と桑原は首をかしげたが、今はそれどころじゃないことを思い出し、霊剣を抱えて走った。 「くそう!どうなってんだっ!」 姿形は様々だが、どれも皆角を持った鬼共だった。いったい、どういうわけでこいつらが暴れているのか。亜門は何をやっているのか。 幽助は事情を確かめるためにも、教授から聞いた結界が張られていると言われる神社の真裏にある森まで走った。 幽助は森の入り口に立っている人影に気付き、目を吊り上げた。 「亜門!てめえ、こんな所で何のんびりとしてやがるんだっ!」 軽く腕を組んで立っている亜門の美しい顔には、超然とした笑みが浮かべられていた。 慌てた様子もなく、また動揺した色すら見当たらないことに幽助は、まさかーーと疑惑を抱いた。 「てめえ!わざとやったんじゃねえだろうなっ?」 亜門ーっ! 怒りをこめて叫んだ幽助は、ふいに足元の地面が消えたのにギョッとった。 「な・・・・・・っ!」 虚をつかれた幽助は、成す術もなく地の底へ落ちていく。 「くっ・・・そお〜っ!」 なんとか落下を止めようと手を伸ばすが、落下を止める手がかりはなに一つ指先に触れなかった。 息が・・・・・・・息ができない・・・・・・・・ しばらく重力に引かれて落ちていた幽助の身体がふいに静止した。 底についたわけではない。 まるで、今度は重力などないように身体がふわりと浮いたのだ。だが、同時に幽助は激しい呼吸困難に襲われた。 空気が肺に入ってこない。 幽助は浮かんだまま喉を押さえ、身体をくの字に折った。体内の酸素が失われ耳鳴りが始まる。 「う・・・・・・・・」 苦しさに幽助は目をかたく閉じる。 突然、幽助の目の奥が真っ白に光った。 耳鳴りがおさまると、今度はどこからか声が聞こえてきた。いや、聞こえたのではなく、頭の中に直接送り込まれて来るような声だった。 (おまえがそう望むというなら、この地に残ってもよい) (ああ、我が主よ!あなたのためなら、どんなことでも致します!) (同情は己が身を滅ぼすことになるぞ) (戻れ、我がもとに!ジャオウよ!) ジャオウ? 声は次第に遠くなり、もう何を言っているのか幽助にはわからなくなった。 そして、幽助は何も感じなくなったーーー おーい!という声で戸を開けに走った静流は、疲れきりボロボロになった弟の和真を中へ入れた。 「しっかりおし、和真!」 ぐったりして座り込んだ弟の頭を、静流は冷たく叩く。 「姉ちゃん・・・浦飯は?」 「まだだよ。あんた、怪我は?」 「てえしたことねえ。カスリ傷ばっただ」 「桑原くん!」 「大丈夫かい、桑ちゃん!」 ミチルに螢子、それにぼたんが奥から出てくる。 教授と住職は外の様子を確かめた。 外はもうかなり明るい。 魔物の気配も感じられなかった。 「なんか知んねえけど、化けもんはみんな急に消えちまった」 「消えた?」 ああ、と桑原がうなづく。 「俺と浦飯が手分けして村を襲っている化けもんをやっつけてたんだが、どういうわけか突然妖気が消えちまってさ。化けもんは一匹残らずいなくなっちまったんだ」 「太陽が昇ったせいかしら?」 ミチルが首をかしげる。 とにかく、悪夢のような夜は明けたのだ。 「桑原くん、幽助はっ?」 さあ?と桑原は首をすくめる。 「あっちこっちで悲鳴が聞こえて駆けずり回ってたからな。そういやあの野郎、諸悪の根源を断ってくるとかいってたな」 「諸悪の根源?」 彼等は首を捻る。 「村の様子はどうだね?」 心配そうに住職が聞いてきた。 「俺の見た限りでは死人はいねえ。でも、怪我人はかなりいたぜ」 桑原が答えると、住職の豊慶はまず街の病院から医者を呼ぶために電話をかけにいった。 「少しなら薬を持ってきてるわ!」 言ってミチルが部屋にかけ戻る。 「よし。じゃあ私は車を出しておこう。直接病院へ運んだ方がいい怪我人もいるかもしれんからな」 教授はそのまま外へ飛び出した。 「和真。あんたも手当てしよう」 静流はぼたんと二人両側から支えるようにして和真を立たせた。螢子は心配そうに外を見ている。 「大丈夫だよ、螢子ちゃん。浦飯くんは強いから」 「心配ねえって!殺したって死なねえ奴だぜ。すぐに戻ってくるさ」 静流と桑原の言葉に、螢子はコクンとうなづいた。 水滴の落ちる音で幽助はぼんやりとだが、意識を取り戻した。 背に堅い石でもあたっているのか、背中が痛い。 んーーと声を出してみたが、まるで夢の中にいるみたいに頭がはっきりしなかった。 なんだ? どうなってんだ? 幽助はゆっくりと目を開けてみた。 焦点が合わないせいか、視界がぼおっと霞がかったようになっていて、ここごどこなのか確かめられない。 どうして俺は・・・・・・ ふと名前を呼ばれる。 誰の声だかわからず、ぼぉ・・・としていた幽助は、柔らかな感触を唇に感じた。 触れては離れるその感触が、何故だか心地いい。 そのひんやりとした唇の感じは覚えがあった。 やがて、うっすらと開いた幽助の唇から、熱い舌が歯列を割って入り込んでくる。 触れてきた舌にビクンと反射的に逃げる幽助の舌を、もぐり込んできた熱い舌が追いかけ絡んできた。 そのみだらで熱い舌の動きに、幽助の息があがっていく。 「ん・・・やっ・・・・・・!」 執拗に絡んでくる舌に顔をしかめ、逃れようと頭を振った。 だが、相手の唇は少しも外れなかった。 「んん・・・っ!」 深い口付けにくらりと眩暈を感じ、気が遠くなる自分を自覚した途端、逆に幽助ははっきりと覚醒した。 「つぅ・・・・・・・」 −−の野郎っ・・・! 力なく伸ばされていた幽助の手が、瞬間的に力がこめたれた。それに気がづいた相手が、おっと・・・とすかさず身を離す。 繰り出したパンチが空振りに終わり、幽助は悔しげに舌打ちした。思うように力がはいらない。 「ほんとに色気のない奴だな」 笑いを含んだその声に、幽助はカッとなった。 「てめえ!なんのつもりだ、亜門!」 名門はそれに答えず、ふふふと笑いながら、 「人の身とは弱いもんだな。あのくらいで仮死状態になるとは。昔を思うとお笑い草だぞ、幽助」 「抜かせ!」 怒りの余り、亜門の気になるセリフを聞き逃した幽助は、今度は蹴りを入れようと足に力をこめた。 しかし、己より一回り大きな亜門に押さえ込まれているこの体勢ではどうにもならない。 しっかりと組み伏せられてしまった自分に腹立たしさを覚える。 「てめえ!はなせっ!どういうつもりだ、亜門!」 「わかりきったこと。前にも言っておいた筈だ。おまえを俺のものにするとな」 幽助は瞳を一杯に見開いて亜門の顔を凝視する。 怒りで顔を赤く染めていた幽助は、フッと冷めた微笑を浮かべた。 「そういや・・・・・今度俺の前に面ァみせたら、ぶっ殺すと言ったっけな」 「ふん・・・やれるものならやってみるんだな。今のおまえには、この俺を振り払うことなどできないぞ、幽すけ」 「・・・・・・なめんなよ、くそガキが」 言うが早いか、幽助は亜門の顔に向けて拳を振りあげた。まさか、本当に殴りかかってくるとは思わなかった亜門は、完全に虚をつかれる。 しかし、やはりいつもの威力はなく、亜門は軽く後ろへ飛びのくことで幽助の攻撃を避けた。 だが、それで諦めるほど幽助は甘くない。 自分を組み伏せていた亜門が身を引き自由になると、幽助はゆっくりと身体を起こし、右手首をガッチリと握った。 まさかーーーと大きく瞳を開いてぎょっとなった亜門めがけて幽助は霊丸をぶちかます。 が、しかし、上体が安定していない上に、威力も半減している霊丸は、狙いが外れて突き出た岩の一つを破壊しただけに終わった。 「驚いたな。たいした精神力だ」 亜門が感心したようにいった。 「く・・・・・・」 さすがに無理をして力を使ったために、幽助はガックリと上体を折った。 息がつまって咳き込む。 「精神力はタフでも、肉体はまだそれについてはいかないようだな。ま、当然のことだが」 幽助の身体は未だ成長期で、まだ完成されたものではないのだ。 冷ややかな微笑を浮かべて近づいてくる亜門を、幽助は激しい瞳の色でにらみつけた。 「来るな!てめえにくれてやるほど、俺は安っぽくはねえんだっ!」 「安っぽく見てはいないさ。おまえは、誰よりも高貴で誇り高く美しい生き物だからな」 「気色わりぃこと、抜かすんじゃねえ・・・!」 咳き込んで目尻に涙をにじませた幽助が顔をしかめる。それでもようやくまわりが見えてきた幽助は、自分がいるこの場所の異常さに初めて気付いた。 高い天井。 見上げるほどの岩の壁だ。 どこから光が入ってくるのか、まったくの闇ではない。岩自体が光をだしているのか? どこにも出口らしいものは見えない。 昔、母親と一緒に入った鍾乳洞に似ている。 (どこかで見たことがある・・・?確か、ごく最近どこかでーーー) 考え込むように眉間にしわを寄せた幽助の視線は、亜門の背後に浮かんでいる黒い物体に吸い寄せられた。あれは・・・・・・・・ そうだ! あれは確か、三橋教授から見せられた写真に写っていたやつだ! 空中に浮かぶ黒い繭のようなものの中心には、ぼんやりと人らしきものの影が浮かび上がっていた。 丁度、後ろから光があてられて透けて見える状態だ。 まるで、胎児のように身を丸めた小さな身体。 子供くらいの大きさだ。幽助と同じくらいか。 (な・・・んだ?) 黒い繭のような物体に気をとられた幽助は、完全に亜門の動きを見失っていた。 気付いたときには、またも幽助は亜門に組み伏せられてしまっていた。 逃れようと身体を捻り、右手を繰り出そうとしたが簡単に封じられてしまい、左手共々頭の上にねじり上げられた。思ったいじょうに大きく力のある亜門の手が幽助の両手首をきつく締め付ける。 くっと幽助は顔をしかめた。 亜門のもう一方の手が、幽助のカラシ色のトレーナーをまくりあげ、未だ子供の域を抜けていない滑らかな肌に触れる。 ゾクッと背筋に戦慄が走り抜けた。 払いのけようにも、さっきのことで力を使い果たした幽助にはどうすることもできない。 相手のなすがままになるしかない己の現状に幽助は唇を噛んだ。 「そんな顔をするな、幽助。おまえにとっても悪いことじゃない筈だ」 「男に身体を自由にされていいわきゃねえだら!」 見も蓋もないな、と亜門は苦笑をもらす。 何もかの新鮮で身体がぞくぞくする。 うんざりするほどの時を、待ち続けてた甲斐があったというものだ。 それだけの価値はあったと、今己が組み伏せている幽助を見下ろしながら亜門は思った。 脇腹を指先でなぞるように動かすと、刺激を受けた幽助の身がピクンと跳ね上がった。 まだ幼さを残す肉体には他人が触れた痕跡はなく、そのことを確かめて、亜門は満足げにほくそえんだ。 「なに嬉しそうな顔をしてやがんだ、ヘンタイ!」 既にあきらめの境地にいる幽助だが、それでもしっかり悪態はつく。 「おまえが、綺麗なままでいてくれたのが嬉しくてね」 「てめえのためなんかじゃねえ!」 「今朝、神社で会った可愛いガールフレンドのためか?」 「るせえ!螢子のことは口にすんなっ!」 亜門はニッと笑う。 「すぐに忘れるさ。なにもかも・・・・・な」 頬に口付けられた後、軽く耳たぶに歯をたてられた幽助は、ズキンと股間がうずくのを覚えた。 性の知識はある程度あっても、身体はまだ未熟なままの幽助は、自慰すらした経験もない。 螢子のことは好きだし、キスしたいと思ったことはある。だが、抱いてみたいという欲望まではそも想いはすすんでいなかった。 性的に未熟なのだという自覚はある。 まだ十五だから。 身体の内にある欲求は、性的なものにではなく、喧嘩して暴れることで発散できたから。 なのに、一端刺激を受けると、瞬く間に身体が反応するのが、幽助には信じられなかった。 「う・・・っ」 両手を頭の上に固定されたまま、幽助は熱く激しい接吻を受け続けた。 口の中に差し込まれた亜門の舌が、嫌がって逃げる幽助の舌を絡めとり思うさま犯した。