邪王復活 5

 

 この日、早めに夕食をすませると、その夜は住職と共に寺の本堂にいることにした。

 やはり、魔物が飛びまわる夜というのが不安だったからだ。

 住職の読経が始まる。

「あれ?幽助くんは?」

「トイレに行ってくるってーーーそういえば、ぼたんさんもいないわ」

「二人で連れションかあ?」

にや〜といやらしい笑いを浮かべる桑原に、螢子がや〜ね!と言いながら必殺の平手打ちをくらわした。殆ど無意識でやった螢子は、見事に吹っ飛んだ桑原を見て真っ赤になった。

「ご・・・ごめんなさあい 」

 静流は溜め息をつく。

 ほんとにバカなんだから・・・・・・・

 その頃、ぼたんは厨房の隅にうずくまるようにしてしゃがみ込んでいた。

「・・・・・・・・というわけなんですよ、コエンマさま」

 ぼたんは今朝耳にしたことを全て、コエンマに伝え終えた。ついでに、後で螢子から聞いたことも付け加える。

『幽助が亜門と知り合い?本当か、ぼたん!』

「螢子ちゃんは、そう言ってましたけど。むかしの知り合いだって幽助が言ってたそうなんですけど、螢子ちゃんは見たことがないってーーー偶然にしてはちょっとーって思いますよね、コエンマさま?」

 ふむ・・・と通信機の画面の中のコエンマが考え込む。

「ちょっとってなんだ?」

 いきなり頭の上から声が降ってきて、ぼたんは飛び上がった。

 顔全体の筋肉がピクピクと痙攣する。

「あ・・・あら、やだよお いつ来たんだい?おこんばんわあ 」

 アハアハ・・・と引きつった笑いを浮かべるぼたんを押し退け幽助は画面の中のコエンマを怒鳴りつけた。

「こーら、コエンマ!てめえ、こそこそ隠れて何を探ってやがるっ!」

『さ・・・探るって、人聞きの悪い・・・・・・いやなあ、だたちょっとその村が特殊なもんで、以前から調査させておったんだ。しかし、どうにもわからんことがあってな。おまえが行くことになったというんで丁度いいと思って、ぼたんをだなあ・・・・・・』

「んじゃ、なんで俺に言わない!知りたいことがあるんなら直接俺に言えばいいだろうがっ!」

『い・・・いや、これくらいのことなら、ボタンにでもできるとーーーおまえには、ずっと無理させてるからなァ』

「言ってることが矛盾してねえか?だいたい、俺の身体を気遣うほど殊勝なタマかよ、てめえは!」

『あのなあ、幽助 わしは、そんな人非人ではないぞ・・・まあいい。じゃあ聞くが、亜門とはどういった知り合いなんだ?』

 ピクンと幽助のこめかみが動いた。

「てめえは一応霊界の責任者だろうが!人界のことはお見通しなんじゃねえのかよっ?」

『全てとはいかんさ。霊界にだってわからんこともある。だからこそ、調査員がいるんだ』

 なんだ、と幽助は鼻を鳴らす。

「霊界といっても、てえしたことねえんだな」

 そう言うな、とコエンマは苦笑した。

『何しろ、資料は膨大で整理しきれんのだ。それで?亜門とはどこで知り合ったんだ、幽助?』

「どこでって・・・・・・・」

 幽助は改めて聞かれて首を捻った。

「どこだったかな?忘れちまったぜ」

 あらら・・・とコエンマとぼたんはその場で脱力した。

『んー、それじゃどういう知り合いなんだ?』

「なんで、んなこと知れてえんだ?」

 う〜んと唸ってからコエンマは、実はーーと声をひそめて話し出した。

『本当はの、こういうことは公にはしたくないんだがーーー』

「もったいぶらねえで、さっさと言えよ。亜門がどうしたのか?」

『どうかしたというんじゃなくてな、あの男は謎なんだ。出生がまるでわからん』

「わからねえ?なんで?」

 幽助は眉根を寄せる。

『初めてこの村に現れた“亜門”という男も、そして五十年に一度現れる子孫たちも皆、どこで生まれ育った者たちなのか、皆目わからんのだ。それに、誰一人霊界の門をくぐっておらん』

「まさかーーだって、人界で死んだ者は誰もが霊界にいくんじゃねえのか?」

『確かにそうなんだが、例外もある』

「例外?」

『霊体が身体から離れる前に肉体ごと別の次元に送られていれば、霊界の手は及ばん。それと、あと一つの例外は、亜門が死んでいない場合だ』

「最初に亜門が現れたのは、四百年前だって聞いたぜ。人間はそんなには生きられねえ」

『わかっとる。魔界に住むものでない限りわな』

「奴は魔族じゃねえぜ。妖気は感じなかった」

『しれもわかっとる。だから謎なんだ。で、正体を探るために何人もの調査員を送ったが、どうしても奴を捕まえることができんのだ。あの男は唐突にこの村へ現われ、そして痕跡一つ残さず消えてしまうんでな』

「・・・・・・・・・・・・・」

『つまり、亜門のことを知っている者は誰もいないわけだ。ところが、おまえは今回現われた“亜門”を知っている。わしらがどうしても聞きたいというのがわかるだろうが。なあ、幽助』

「俺は別にあいつと親しかったわけじゃねえぞ。だいたい、あいつと会ったのはほんの数回だ。それも偶然にな」

『今回のも偶然なのか?』

「当たり前だ!俺がこの村に来ることになったのは偶然だし、奴が関係してるなんて、ぜんぜん知らなかったんだからな!」

『亜門の方はどうなんだ?』

「知るか!んなこと」

 幽助は口をとがらせ、そっぽを向いた。

『んーひゃあ、ただの顔見知りにすぎんと言う訳だな』

 微かに幽助が眉をひそめるのをコエンマは気づきおや?と思った。

『それだけではないのか?』

「うるせえ!どうでもいいだろう、んなこと!」

『そういうわけにはいかん。さっきも言ったように亜門は何百年も昔から霊界においても謎なんだ』

「だからって、別に霊界や人界になんかしたわけじゃねえだろうが!亜門はこの村じゃ神様みたいに思われてるぜ!」

『これまで何もなかったからといって、この先も何も起こらぬとは限らん』

 幽助はきつくしかめた顔で、コエンマをにらんが。

「てめえ・・・なんか隠してるんじゃねえだろうな?」

『隠してるのは、おまえの方だろう、幽助。他人に言えないことなのか?』

 コエンマのセリフに、ピクッと表情を険しく歪めた幽助は、フンと横を向いた。

「別に言えねえことじゃねえよ。あいつはな!出会い頭に、俺のファーストキスを奪いやがったゲス野朗だ!」

 は?

 吐き捨てるように答えた幽助の、そのとんでもない内容にコエンマもぼたんも目が点になった。

 アングリと口を開け、大きく瞳を見開く。

『亜門がおまえの、その・・・・・』

「繰り返すな、てめえ!いいかっ!俺はあいつのことなんか、なんも知らねえからなっ。知りたきゃ、てめえで調べてろっ!」

『お・・・おいおい、幽助・・・・・・・・』

 コエンマは困ったように手を振った。

 しかし、幽助はもうコエンマを見ようとはしなかった。かわりに、おいっ!とガンを飛ばされたぼたんがギョッよなる。

「余計なことをくっちゃべるんじゃねえぞ、ぼたん。でねえと、てめえ、ただじゃすまねえからな」

「ひえ〜 か弱い女の子を脅さないどくれ 」

「なーにが、か弱い女の子だ!ふざけてんじゃねーよ!」

 幽助は今度こそはっきりと背を向けて出て行った。

「コエンマさま〜 」

『いいから、ぼたん。おまえはそのまま調査を続行しろ。手におえない事態になったら助っ人を送る』

 プツンと画面からコエンマの姿が消えると、ぼたんは大きく溜め息をついてその場にしゃがみ込んだ。 

 

 本堂に行くと、読経はまだ続いていた。

 幽助は、螢子たち女性陣の後ろに座っている桑原の隣にあぐらをかいて座った。

「どこ行ってたんだ、浦飯?」

「トイレ」

「なげえトイレだな。腹でもこわしてんのか?」

「ほっとけ」

「幽助。ぼたんさんを知らない?」

「台所にいたぜ。腹でも減って、なんかあさってんじゃねえか」

 幽助じゃあるまいし、と螢子がにらんだその時、甲高い悲鳴があがった。

 続いて、ドタドタと廊下を転げるように駆けてくる音が聞こえてくる。

 幽助と桑原が後ろを振り向きながら腰を浮かした。

 真っ青になって本堂に飛び込んできたのは、ぼたんだった。そのぼたんの後ろから黒い塊が続く。

 ドカッ!

 幽助は正体も確かめないで、その黒い塊をぶっとばした。

 少しは手加減したとはいえ、強烈な幽助のパンチを受けたそいつは閉じた雨戸にぶちあたった。

「なんだ、こいつは?」

 幽助は眉間を寄せる。

 大きさは小さな子供くらい。

 手足は細いのに、腹だけは大きく膨らんでいる。

 目玉は飛び出て、鼻のあたりは二つの穴が開いているだけだった。

 ガァッと大きく開いた口からのぞく歯は鋭い。

「餓鬼じゃ・・・・!」

ドンッ!と今度は外から雨戸に何かがぶつかってくる音がした。ひっきりなしにぶつかってくる衝撃で、雨戸がきしみ始めた。

「な・・・なんだっ?」

「うおっ!」

 再び飛びかかってきた餓鬼を、桑原が出現させた己の霊剣で真っ二つにした。

 餓鬼は、フッと黒い霧となって消える。

「ここは危険だ!奥に隠れたほうがいい!」

 幽助の声でハッと我に返った教授が、女性をうながして奥へ行く通路への戸を開けた。

「幽助!」

「早く行け、螢子!心配ねえ、俺たちは慣れてっからな。ここは俺たちがなんとかするから、彼女たちを頼むぜ、教授!」

「本当に大丈夫かっ?君たちも一緒にーーー」

「でぇー丈夫だあって!化け物とやりあうのは、初めてじゃねえから!」 

と、桑原は右手に持った霊剣をブンッと振った。

 確かにさっきの餓鬼を簡単に倒した彼等には、特別な力があるようだ。しかし、それでも彼等はまだ子供だ。

「あの子たちにまかせておけば大丈夫。さ、教授」

 静流が断言すると、教授の背を押した。

「頼んだよ、あんたたち」

「まっかせなさ〜いv」

 桑原が親指をたて、片目をつぶって答えた。

「坊さん、あんたも早く行けよ。もうもたねえぜ」

 外からの強い力に、戸は今にも裂けそうだった。

「ここはわしの寺じゃ!ご本尊さまを置いて逃げるわけにはいかん」

「あんたになんかあったら、そのご本尊さまを守る者がいなくなっちまうだろうが。安心しろって!傷一つつけさせたるしねえよ」

 自信たっぷりで約束を口にする幽助を、住職は不思議そうに見つめた。

「おまえさん・・・・・本当に何者なんだね?」

「浦飯幽助、十五歳!それ以外の何者でもねえぜ」

 バーン!と、ついに耐え切れなくなった戸がぶち破られた。裂けた戸を踏んで、のそっと入ってきたのは、赤い顔にギョロリとした目、それに二本の角と牙を持った鬼だった。

「おっ鬼じゃ!」

「ほんと。節分の鬼だぜ。・・・・にしても、ひでえ面しやがんな。霊界の鬼たちの方が、もーっと可愛げのあるツラしてたぜ」

(霊界?)

「ほら、坊さん!早く行って、みんなを守ってやってくれ!」

 幽助に怒鳴られるようにして言われた豊慶は、転がるようにして通路を駆け抜けた。

「行くぞ、桑原ァ!」

「おおっ!」

「どぉーりゃあ!」

 幽助は、まず目の前の赤鬼めがけて飛び蹴りをくらわせた。幽助の倍以上はおる鬼が、ゴムまりのように飛んで地面に転げ落ちた。

 月のない夜は星明りだけが頼りだったが、幽助にはうごめいている化け物たちをたやすく見ることができた。

 桑原も、己に備わった霊感によって、化け物たちのおぞましい妖気をかぎとった。

「なんだ阿、こいつらあ〜?いってえ、どこから湧いて出やがったんだ?」

「教授が言ってた、何百年か前に封じられたってえ魔物なんじゃねえのか」

「なんで、そんなもんが今頃ウロウロしてやがんだっ?」

「失敗したんだろ、あいつが!」

「あいつって?」

「てめえ!なに聞いてたんだっ?あいつってったら亜門しかいねえだろうが!」

 グッと幽助は自分の右手首を握ると、差した指先に霊力を集めた。

「でえーいっっ!」

 バババッ!と連発で凄まじい霊丸をくらわされた化け物たちが一瞬にして消滅する。

「こらこら!てめえ一人で楽しんでんじゃねえ!」

「バカ言ってんじゃねえよ!こんなザコばっか倒しても楽しいわけねえだろうが!それより、襲われたのはここだけじゃねえかもしれねえぜ」

 桑原は、え?という顔になる。

「まさか、村も襲われてるんじゃ・・・・・・」

「行くぞ!」

 ダッと駆け出した幽助の後を、慌てて桑原が続いた。千段近くあるという石段を、二人は飛ぶようにして駆け降りていった。

 

 6 につづく

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