邪王復活 4

 

「術者?なんだ、そりゃあ?あいつ、この村の人間なのか?」

 いえ、と神主は首を振る。

「あの方は、昔この神社が焼失した時、村を襲った怪現象を鎮めて下さり、しかも白蛇さまの言葉を伝えたと言われている方の直系の子孫の方です」

 あ〜んと幽助は首を捻った。

「それから五十年に一度、この村の恩人が魔を封じたと伝えられている場所に張りめぐらせた結界を新しく、村が再び災いを受けないようにして下さっているのです」

「五十年に一度・・・・・じゃあ、この村へはいつも違う子孫のひとがくるんですね」

「ええ。前に村にこられた方は、さっきの方のお祖父さんだったそうです」

「あいつ、結界なんて張れんのかよ?」

「あの方の家系は、代々その力を受け継いでおられるとか。確かに村は数百年の間、何事もなく平和を維持しております」

「ふ〜ん・・・・・・」

 幽助には、神主の話は半信半疑だった。

 この前公園で再会した時、亜門にそんな力を感じなかったのだ。

 魔を封じる結界を張れるだけの霊力があるなら、すぐにわかった筈だ。

 だが、何も感じなかった。

「ねえ、幽助。さっきの人とはどういう知り合いなの?」

 神社を後にしてから、ずっと押し黙ったままの幽助に螢子は聞いてみた。

 ちょっと気になったのだ。

 んーーと顔を上げて、自分の傍らを歩いている螢子を見つめると、昔ちょっとな、と神主に言ったことと同じ答えを口にした。

 螢子は眉をひそめた。

 幽助とはまだ幼稚園に通う前から身近にいて、ずっと同じ幼稚園、同じ小学校、そして同じ中学に通っている。なのに、あの亜門という青年には全く覚えがないのだ。

 勿論、幽助の交友関係を全て把握しているわけではないが。

 螢子は、あの亜門という青年が幽助に話しかけた時、何故か嫌な予感を覚えたのだ。

 幽助を見るあの瞳ーーー

 何故か背筋がぞくっとした。

「昔の友達?」

「そんなんじゃねえよ」

 言ってから、チッと幽助は舌を鳴らす。

「あの野郎〜ぜってえ偶然なんかじゃねえぞ!いったい、何企んで嫌がる!」

「・・・・・・・・・・・・」

 寺に戻ると、朝食の時に神主から聞いた話をしてみた。いや、話したのは螢子で、幽助は知らん顔で箸を動かしていた。

 とりあえず、亜門と幽助が知り合いだったということだけは省いた。

「五十年に一度の結界の話は私も耳にしていたがーーそうか、彼が来ていたのか」

「あ、ご存知だったんですか」

「〈亜門〉だろう?数百年前に魔を封じたという亜門から九代目になるのかなーーうーむ、私も合ってみたかったなあ」

 残念だ、と三橋教授は本気でガッカリした。

 ふと、幽助は食事の手を止めた。

「亜門ってーのは、名前じゃねえのか?」

「今回来た彼のことかね?むぅ・・・本名じゃないだろうな。確か、結界を張る役目を持った者が受け継ぐ名だと聞いたが」

「・・・・・・・・・・・」

「でも、五十年に一度結界を張りにだけ現れる術者なんて、謎めいてますね。その人が結界を張るところを見学できないんですか、教授?」

 ミチルが好奇心を浮かべた顔で尋ねた。

「無理だろう。この村の住人でさえね誰一人見たことがないというからねえ」

「ええっ?どうしてですか?」

「亜門が現れた日の夜には、村にいる人間は絶対に外に出てはならないことになっているそうだから。おそらく、亜門のことはもう村中に伝わっているだろう」

「何故、外に出ちゃ駄目なんですか?」

 螢子が首をかしげながら聞く。

「新しく結界を張るには、一度結界を解かなければならないらしい。そうすると、封じられた魔物が出てきて、村中を飛びまわるらしい」

「ええっ!それじゃ、今夜魔物が現れるんですかっ?」

「らしいね。だが心配はいらんよ。魔物は飛びまわるが、家の中にいさえすれば悪さはしないそうだ。で、亜門は夜が明ける前に村を出て行くらしい。彼に会うことはのうできないだろう」

 本当に残念だったと三橋教授は溜息をついた。

「君たちはほんとにツイていたね」

 幽助はプイと横を向く。

「教授。その亜門という人なら、あの写真の謎を解いてくれたかもしれませんね」

「うむ・・・どうかな」

「なんだ、写真って?」

 ミチルの言葉を聞きとがめた幽助が聞いた。

「ああ・・・実はちょっと不思議な写真があってね。神社へ行ったなら見ただろう?二つに裂けた大木を」

 ああ、と幽助と螢子は思い出したようにうなづく。

「雷でも落ちたのかなあって思ったんですけど」

「そうなんだ。半年前に、うちの大学の学生が、その木の下で雨宿りをしていて落雷にあってね。即死だった。本当に気の毒なことを・・・・・中国地方の伝承を論文にしたいと言うので、この崎根村を入れたルートを教えたんだが、あんのことになって責任を感じてしまってね・・・・」

「夜は外に出ないほうが言いと言われたのに、夜中に黙って外に出た彼の悪いんですよ、教授」

 同じことは、死んだ彼の両親も言っていた。

 運が悪かったのだ。

「で、彼の持っていたカメラは落雷の影響も受けず無傷だったんだが、そのカメラに一枚だけ奇妙なものが写っていてね。五十年に一度の魔封じの年でもあり、ちょっと気になったものでこの村へ来たんだがーーー」

「奇妙なものって、どんなのスか?」

 それまで聞き役だった桑原が、自分の前の食事をきれいに片付け終え、ようやく話しの輪に加わった。

 桑原は小さい頃から、食事中は食べることに専念するよう、厳しくしつけられていたのだ。

「そうだな。君たちにも見てもらおうか」

 そう言って、教授は手帳に挟んでいた一枚の写真をまず、一番近くに座っていた静流に渡した。

 隣に座る螢子が、そしてその隣のぼたんが身を乗り出すようにして静流の手の中にある写真をのぞき込んだ。

 暗い写真だった。

 かなり激しい雨が降っている。

 葉を一杯茂らせた木立が写っているのだが、おかしなことにもう一つの景色がだぶるように写っているのだ。

 それは、まるで鍾乳洞の内部のような岩穴だった。

 しかし、勿論写真に写っているような岩穴を、螢子は見ていない。

(なんだろう?)

 螢子は、ぼんやりと浮かび上がった岩穴の奥に小さく写っている、黒っぽい繭のような物に首を捻った。その繭のようなものの中心に、胎児のように身体を丸めた人の影のようなものが見えるのだ。

「幽助くん」

 静流が手を伸ばして、向かい側にいる幽助に写真を渡した。どれどれ、と桑原が幽助の手元をのぞき込んだ途端、ぞぞ〜と背筋を震わせた。

「お・・・おお〜っ なんだあ?ト、トリ肌がたっちまったぜ!」

「あ、やっぱり何か感じた?」

 霊感ゼロの彼女は、不思議な写真だとは思ったものの、霊的にはどうかとまでは判断できなかった。

 それは教授も同じであったし、これまでその写真を見た人間も同様だった。

「何か、強い念のようなものは感じるね」

 と静流が言い、続いて桑原が、

「妖気だぜ、こりゃあ!それも、あんましタチのいもんじゃねえ!なあ、浦飯?」

「そうかあ?」

 写真をじっと眺めていた幽助は肩をすくめる。

「俺は別になんも感じねえけどな。単なる二重写しじゃねえの?」

「おまえ、ふざけとんのか!てめえに、この妖気が感じられねえわけないだろうがっ!」

「感じねえもんは、感じねえんだよ」

 フンと鼻を鳴らすと幽助は、ほれvと手に持っていた写真を桑原の顔の前に突きつけた。

 うぎゃあ!と桑原は悲鳴を上げ、ザザザーと尻で後づさりした。

「ぎゃはは!写真ごときでうとたえんなよ、桑原」

「浦飯!てめえはな!」

「ほんとに何も感じないのかい?」

 静流が、まさかという表情で幽助を見る。

な〜んも、と幽助は両手を挙げて首をすくめた。

「左中央に写ってる黒っぽいものにも、何も感じないかい?」

 え?と幽助はもう一度写真をのぞき込んだ。

「こいつも単なるレンズのゴミなんじゃねえの?」

 言ってから、またサッと写真を桑原の顔に向けて突き出す。

 んぎゃ!とまたも大げさに悲鳴を上げて畳の上を滑る桑原に幽助は大笑いした。

「桑原〜なーんだ、その格好!まるで、ゴキブリだぜえ!」

 大口を開けて笑う幽助と、本気で嫌がっている弟の和真の正反対の反応に、静流は何か不可解なものを感じた。

「幽助!いいかげんにしなさいよ!」

 螢子が、しつこく桑原をからかっている幽助を叱り飛ばし写真を取り上げた。

 と、その瞬間、フッ・・・と幽助の顔から表情が消えた。まるで魂が抜けてしまったように動きを止めた幽助に、螢子たちはびっくりする。

 生き生きと輝いていた瞳からも光が消えている。

「幽助っ!」

 いいようのない不安が湧き上がり、螢子は幽助の肩を掴んで強く揺すった。

「なんだよ、螢子?」

 いぶかしげに顔をしかめた幽助の瞳に、いつもの光が戻っている。どうやら、一時的に喪失状態だったのか、幽助はさっきの自分の状態に気づいていないらしい。

 螢子はホッと息をついて幽助の肩にしがみついた。

「もう・・・・・・お願いだから、びっくりさせないでよね幽助・・・・!」

 小さい頃からいつもそばにいて憎まれ口をたたいて、いつも心配させてーーー

 そんな幽助が突然自分の前からいなくなってしまったあの時の、あの悲しみを螢子は未だに覚えていた。

 泣いて、泣いて・・・・・・・夢の中まで泣いてーーー

「なんだよ、螢子 泣くこたないだろ!俺が何したってんだっ?」

「泣いてないわよ、バカ!」

 螢子は幽助の肩から顔を上げないまま、この鈍感な男をなじった。

(もう・・・・・泣いてやらないんだから・・・・・・・・・・)

 

 

 

5 につづく

HOME BACK