翌朝、ミチルと待ち合わせていた駅についた幽助は、そこに見慣れた面々が立っているのを見てびっくりした。 「なんで、おまえらがいるんだよ!?」 驚く幽助の顔を見ながら桑原和真が大きく手を振り上げる。 「けっ!てめえ一人いい思いしようたって、そうはいかねえぜ!」 バシッと背中を叩かれた幽助はチィ・・と顔を歪めた。 桑原だけではない。 蛍子も、そして桑原の姉静流もいる。 おまけに・・・・ 「なんで、てめえまで混ざってんだよ、ぼたん!」 「だーって!暇なんだもん!」 「・・・・・・・・」 霊界の案内人であるぼたんの、その能天気な返事に幽助はガックリとした。 「とうとう、お払い箱なんじゃねえか、ぼたん」 「やだよお、幽助!そんなこと、あるわけないじゃないのさv」 「知らぬは本人ばかりなり、ってな」 「ちょっとちょっと!よしとくれよ、幽助〜〜」 いささか心配にきたぼたんが慌てた声を出す。 そこへ、切符の手配をしに行っていたミチルが戻ってくる。 「ごめんなさいね、幽助くん。ゆうべは遅かったし、今朝も出かける前から忙しくって連絡できなかったのよ」 「そりゃいいけど、どうして・・・」 「実はね。静流さんとは大学が同じなのよ。学部は違うけど。以前から声をかけてたんだけど、うまく都合が折り合わなくて・・で今回も急だったからムリだと諦めかけてたらオッケーをもらったわけvホント良かったわ」 ミチルは嬉しそうに笑う。 つまり、同行することになった幽助のことを耳にした静流から皆に伝わったというわけだ。 「二人っきりの旅行の邪魔をして悪かったわね、幽助」 蛍子の言葉にはしっかりトゲがある。 「あのなあ〜〜」 「ミチルさんって、美人よね。幽助って昔から年上の美人に弱いんだから」 「何勘違いしてんだよ、蛍子!」 ツーンと蛍子はそっぽを向いて、さっさと改札口へと歩いていった。 「蛍子!おい、待てってば!」 幽助が慌てて蛍子の後を追いかけていく。 そんな二人を、ミチルはクスクス笑って眺めた。 「ほーんと、可愛いカップルねえv」 「からかいがいがあるでしょ」 「静流さんってば・・でも、ほんとに楽しめそうだわ。どっちかといえば。気の重い旅行だったから、助かったというべきかしら」 「あんたんとこの教授は、もう現地に行ってんのかい」 「ええ。もしかしたら、静流さんの力を借りるかもしれないわ」 「ふ〜ん」 静流はタバコをくわえると。ライターで火をつけた。 「あたしより、浦飯くんの方が頼りになるかもよ」 「えっ?もしかして・・・あの子も霊感があるわけ?」 「あたしなんかよりずっと強いわね。強すぎて、ちょっと困ったことになる可能性がなきにしもあらずだけど」 「どんな?」 静流は、フゥーと煙を吐き出す。 「まあ、行ってみてからだね」 口で言うより、実際に見た方が納得しやすいだろう。 説明したって、そうたやすく信じられる類の能力ではない。 それにしても・・・・・ 静流はミチルからだいたいの事情は聞いていたが、今ひとつ納得できない所がある。 卒論を書くために出かけた学生が、不運にも落雷で死んだ。 はたから見ればただの事故に過ぎない。 問題は、彼が死んだ村が特殊なことだ。 「浦飯くんには言ったのかい、例のこと?」 「ジャオウ伝説についてはちょっとだけね」 「そう・・・・」 ジャオウ・・ね。 静流はタバコをくわえたまま、考え込むように目を細めた。 東京から新幹線に乗り、まずは岡山に出る。 そこから電車とバスを乗り継いでようやくたどり着いたのが”崎根村”という小さな村だった。 戸数は100ほどで、昔のたたずまいをそっくりそのまま残した村であった。 まるでタイムスリップでもしたような印象に、幽助たちはへえ〜という顔になった。 「まるで時代劇に出てくる村だよなあ。あの辺から黄門さまでも出てきたりして」 「というより、アレじゃねえ?ほらっ、昔映画かなんかであったじゃねえか」 ・・・たたりじゃ〜〜 ジェスチャーを混じえた桑原の台詞に、蛍子がきゃあ!と悲鳴を上げた。 既に日は暮れてあたりは暗くなっている。 ただでさえ明かりが少なくて不気味なのに、そんなことを言われたらたまったものではない。 「やだよ、桑ちゃん。そんなものスゴイ顔して言わないどくれ!心臓に悪いじゃないか!」 「へっへへ。迫真の演技だったろv」 パカーン!と桑原の頭が静流のカバンで思いっきり殴り飛ばされた。 バーカ、と幽助はケラケラ笑う。 「ねえ、幽助くん。何か感じない?」 「何かって?」 唐突なミチルの質問に、幽助は首を傾げた。 「例の映画じゃないけど・・・ここは昔、平家の落武者が恨みを残して死んだ場所だと言われているから」 ゲゲーッ!とミチルの話を聞いてわめき声を上げたのは桑原だった。 「こーら姉貴!んな話、聞いてねえぞ!」 何をいまさら、と静流はフンと鼻を鳴らす。 「長い人間の歴史を振り返れば、日本中が戦場だったんだよ。まっさらなとこなんてありゃしないさ。安心しな、ツタンカーメンみたいな呪い話はないから」 「姉貴〜〜」 うるさいね!と静流は泣きついてくる弟を邪険に払いのけた。 ザザッと吹き出した風が、細い木の枝を揺らす。 家の明かりも殆ど見えない。 まわりは田んぼで人の姿は全く見えなかった。 街中とは違い、風の音以外は何も聞こえない。 やたらに大きく聞こえる風の音に、さすがの蛍子も思わず幽助にしがみついた。 「でぇーじょうぶだって、蛍子。なんも感じねえからさ。第一、真っ先に幽霊見て追っかけられんのは桑原のやつだかんなv」 「う・・浦飯〜〜」 「ええ!じゃあ、和真くんにも霊感があるわけぇ?」 ミチルが意外だという顔で桑原を見つめる。 「ありすぎて困ってんスよ。でぇーきれーなのに!」 なんて不幸なオレ!と一人で嘆きだした桑原を見捨て、彼らはさっさと先へと進んだ。 「あれ?あれ?」 ハッと気づけば誰もいないという状況に、桑原は大慌てで後を追いかけていった。 「ちょっと〜〜」 置いてかないで! 殆ど月明かりだけを頼りに歩いていた幽助たちは、背中が反り返ってしまうほど見上げなくてはならない石段に目を瞠った。 とにかく暗いので上の方は真っ黒にしか見えない。 つまり、果てしなく続いているような石段を、これから自分たちが上っていかなくてはならないのだ。 「こいつを上るわけ?」 「そうよ。この上に今夜からお世話になるお寺があるの」 「寺ァ?どこに?」 手をかざしてみても、石段以外はなんにも見えない。 一応体力には自信のある螢子であるが、丸一日電車やバスに揺られていたので果たしてこの石段を上りきれるだろうかと心配になった。 「おぶってやろうか、螢子?」 「結構よ!このくらい上れるわよ!」 意地っ張りの少女は、フン!と鼻を鳴らすと、先頭を切って石段を上っていった。 首をすくめた幽助は、どうせ途中でバテるだろうと、ニヤニヤ笑いながら螢子の後に続く。 行こうか、と静流とミチルが顔を見合わせてから石段を上っていくと、ぼたんもぴょんぴょん飛び跳ねるようにして上っていった。 そして、桑原も負けてはならじと、気合いを入れて駆け上る。 が、結局螢子は途中でバテて幽助におぶってもらい最初に張り切りすぎたぼたんも桑原の世話になった。 「静流さんもミチルさんもすご〜い!」 自分の足で最後まで上りきった二人の女性たちに螢子は感嘆する。 幽助や桑原の体力が並のものではないことは承知してるので今更驚きはしないが、彼女たちはごく普通の女子大生なのだ。 「考古学はね、体力勝負でもあるのよ。とにかく歩きまわらないと新しい発見は望めないから」 ミチルはそう言ってニッコリ笑った。。 姉貴は化けもんだしなあ、と言った桑原は静流に思いっきり殴られる。 幽助たちはようやく目の前に現れた寺を見た。 「へえー、山ん中の寺にしてはでけえじゃん」 「このお寺は鎌倉時代に建てられたもので、かの空海も立ち寄ったという記録もあるそうよ」 「くうかい?なんだ、そりゃ」 「超人的な法力を持ったえらいお坊さまよ」 「ふうん?」 ミチルが先に立って社務所の戸を開け、中に向かって声をかけるとすぐに割烹着姿の中年の女性が奥から出てきた。 「瀬川ですけど、三橋教授は?」 「はいはい、来られてますよ。遠い所から大変でしたね」 女性はにこやかな顔で彼らを出迎えた。 彼等が案内されたのは、20畳はあろうかという広い和室だった。 「やあ、来たね」 「遅くなりました、教授」 半分ほど白くなった髪を上品にまとめ、顔には深い皺を刻んだ初老の男。 彼がミチルの所属する研究室の責任者で三橋教授であった。 「その子達かね?君が電話で言っていた・・・」 ええ、とミチルが頷くと静流が代わって紹介をはじめた。 「この顔がマズイのがウチの弟で」と静流は桑原の頭をぐいと押さえて下げさせ「その隣が弟の同級生の浦飯くんと螢子ちゃん、ぼたんちゃんです」 三橋です、と教授は四人の中学生に向けてニッコリ笑った。 「ここの石段を上るのは大変だったろう。特に女の子には。明かりもないしねえ」 はい・・と途中で幽助と桑原に助けてもらった螢子とぼたんが素直に頷いた。 「700段はあるからね。昼間に見たら気が遠くなるよ」 「下りのエスカレーターで上っているような気がしました・・・」 上っても上っても階段がなくならないという感じだ。 三橋は成る程と笑う。 「それじゃ、君たちの部屋も用意してくれているから、話は後にして先に荷物を置いてきなさい」 じゃ、と立ち上がる彼等に三橋が続ける。 「この部屋を出て右のつきあたりが君たちの部屋だからね。二部屋に分かれているから好きに選びなさい。食事はここに運んでくれるから、荷物を置いたらまたここに戻ってくるように」 「教授、修学旅行の先生みたいですよ」 ミチルが笑うと、そうかねと三橋は照れたように頭に手をやった。 「ああ、お風呂を先にしたかったら、広江さん・・さっき君たちをここへ案内してきた人だが、場所を聞いて入ってくればいい。ここのお風呂は総檜作りでなかなかの入り心地だよ」 「わあ!ホントですかあ」 じゃ、先にお風呂にしようかな、と螢子が言うと、ボタンもすぐに同意した。 「行こう、行こう!あたしゃ、もうクタクタでさあ。ゆーくり、お風呂に浸かりたかったんだよねえ」 「んじゃ、俺たちもも風呂にすっか桑原」 「おっ、いいね!そーすっか」 「なに言ってんの!あんた達は後!」 「んなこと言わないでさあ。背中くらい流してやっから」 エッチ!と螢子が幽助を、ぼたんは桑原を持っていたバッグではたいた。 「行こう、螢子ちゃん!」 ええ、と螢子が障子を開けた時、幽助の眉がふいにピクンとなる。 薄暗い廊下の向こうにぼんやりと白いものが浮かんでいることに気づいた彼女達が眉をひそめると、その白いものは細く尾を引くようにして近づいてきた。 「な!なに!」 「螢子!ぼたん!」 幽助は彼女達の肩をつかんで部屋の中に引き戻すと、自分は向かってくる白いものと正面から向かいあった。 白いそれは、長く尾を引きながら幽助のまわりを回った。 次第に輪を小さくしていったそれは、立っている幽助の身体にまきついていく。 やがて、鎌首のようにもちあがった先端が幽助の顔の前でとまった。 「へ、蛇!」 「浦飯!」 チロッと赤い舌のようなものが先端からのぞく。 まさしく蛇だ。彼等はゾッとなる。 だが、蛇に巻き付かれている当人は、ただ不機嫌に顔をしかめただけだった。 「てめえ、うっとおしいんだよ。消えろ」 幽助が低く呟くと、白い蛇はふっとその姿を消した。 あとには静寂がのこり、誰かの息を呑む音が大きく響いた。 「おまえさん、何者だね」 「豊慶さん!」 彼等は蛇が現れた反対側の廊下に立つ小柄な僧の方に顔を向けた。 「今のをごらんになりましたか!あれは、いったいなんです?」 「蛇だったわ!白い蛇!もしかして、あれが崎根神社の守り神というジャオウなのでは?」 いいや、とこの寺の住職は首をふる。 「崎根神社は確かに白蛇をまつってはおるが、神ではない。白蛇は、ジャオウを守る守護獣だといわれておる」 「守護獣ですか?じゃあ、蛇王ではないのですか?」 「そもそも、ジャオウを蛇の王という字に当てはめるようになったのは、400年ほど前に白蛇の化身が現れたからなんじゃ。もとは音のみで伝えられたものじゃった」 「白蛇の化身・・ですか」 やだ・・と蛍子が口を押さえる。 「動乱の時代、この山の中の村にも戦火が押し寄せ、崎根神社が焼失してしまったんじゃが、その時白蛇が現れたとされておる。その白蛇の化身は速やかに神社を再建し我れを祭れと村人に言ったそうじゃ。そして”我はジャオウを見守るものなり。ジャオウはこの世の唯一の神であり、ジャオウが目覚めし時、世界は二つの選択を迫られるであろう”と」 「二つの選択って?」 「存続か滅亡じゃ」 ええ!と彼らは驚く。 世界の存続か滅亡・・・・・・ 「なんだなんだ!話がえらい方にきちまったじゃねえか!いったいどういうこったよ、姉貴!」 「おだまり。やかましい男だね」 ゴツン!と静流は桑原の頭上に拳骨を食らわせた。 チィ〜と桑原はその場にしゃがみこむ。 「では、今の白蛇はわれわれに何かを伝えるために現れたと?」 「さあ?それはわからんが」 眉をひそめた豊慶は再び幽助を見た。 「おまえさん、今の白蛇から何かを感じなかったかね?」 「いんや。別になんも・・」 「そうか・・しかし、おまえさん、霊的なものに慣れておるようじゃな」 まあな、と幽助はニヤッと笑った。 一応霊界探偵なるもんをやってる身だ。 しかも、一度死んで霊界にまで行っているのだ。 普通より霊に慣れていて不思議はない。 おまけに妖怪とバトルまでやった経験もある。 「でもさあ、霊感だけなら、オレよりそっちのボンクラの方があるぜ。しょっちゅう気味のわりぃバァさんに追っかけられてるっていうしな」 「なっ!」 桑原は青ざめていた顔を一気に真っ赤にして歯を剥いた。 「浦飯〜〜なんだそりゃあ!」 「へへ〜んvてめえのケツを追っかけるのはバアさんの幽霊くらいだろうが」 「てっめえ〜〜浦飯ィィ!」 ブンッと飛んできた拳をあっさりとかわし、幽助はクルリと向きを変え両手を頭の後ろに組んだ。 「さーてと。風呂にでも入ってくっかな」 「幽助!ちょっと待ちなさいよ!あたし達が先でしょ!」 「んじゃ、一緒に入ろうぜ、蛍子v」 「何言ってんのよ!バカァ!」 「くぅおらあ!浦飯〜!」 バタバタと騒がしく廊下を駆けていく3人を、残った大人たちが呆気とした表情で見送る。 「いいわねえ、若いって」 自分も十分若いことを棚に上げ、ミチルがしみじみと呟く。 「子供なんだよ、まだ。あたしらが一つのことにこだわってるときでも、あの子たちの頭の中ではいろんなことが考えられてんだ」 そう言ってから静流は、一人だけポツンと残って立っているボタンの方に顔を向けた。 ハタと視線があったぼたんは、じゃああたしも〜と荷物を抱えて足を踏み出した。 静流が眉をひそめて首を傾ける。 「やだよ〜これがコエンマさまが言ってたことかねえ・・・あたしなんかが関わる域を超えてるんじゃないのかねえ・・・」 ぼたんは、う〜〜と唸る。 だいたい、これまでこの村に送られた霊界の調査員が、ただの一度もまともな報告が出来なかったという曰くつきの場所なのだ。 もし、本当に世界の存続云々の問題であるなら、間違いなく、ぼたんの手に負えることではなかった。