さ く ら 【承】

 

 何者をも拒むかのように霧に包まれた新宿の街。

 人の気配はまったくなく、まるで巨大な墓場のように静まり返っていた。

ビルの壁に腕を組んで立っていた当麻は、ふぅっと息をついて、すぐ脇の地下街への入り口の方に顔を向けた。

 この階段を下りたところで、おそら熾烈をきわめた戦いになるであろうその時を目前とした戦士たちがしばしの休息

を取っていた。

 再び視線を前に向けた当麻は、ビルの間から見える巨大な妖邪門をにらみつけた。

 妖邪の空間と人間界の空間とを繋いでいる妖邪門

 夜が明けた時、自分達は、あの門をくぐって妖邪界へと入り、阿羅醐と対決しなくてはならなかった。

 しかし、妖邪界についての知識が殆どないために戦いは苦戦をしいられることになるだろう。

 それでも、知将の名を与えられた当麻は、なんとしてでも仲間を勝利に導かなければならないのだ。

 それこそが、天空の使命なのだから。

 ふと、人の気配を感じた当麻は後ろを振り返った

「ナスティ───」

 この新宿で知り合った栗色の長い髪の女性──

 いや、まだ少女と呼んでもいい年頃だが、彼ら戦士たちより三才年上だということで、ずっと彼女は大人のようにふ

るまっていた。

 実際、彼女の助けは少年たちにはありがたいものだった。

 彼等にとっては初陣ともいうべき最初の妖邪との戦いで、バラバラになった仲間が再び集まることができたのは、彼女のおかげといってもいい。

「どうかした?」

「ちょっと・・・・・・目が覚めてしまって。当麻は、ずっとここにいたの?」

 まあね、と当麻は微笑した。

 ナスティは、当麻の傍らに立つと、彼が見ていたものを見つめた。

「いよいよね・・・・・・なんだか複雑な気持ちだわ。あなた達は、まだこんなに幼いのに、年上の私が何もできなくて、ただ見送るだけなんて───」

「それが、俺たちに与えられた使命なんだから、ナスティが気にすることはないよ。それに──ナスティは充分に俺たちを助けてくれた」

「ごめんなさい・・・・・・励まさなきゃならないのに、こんなことを言ってしまって───」

 いいさ、と当麻は肩をすくめた。

 ナスティは微笑むと、ふいに思い出したように当麻にあることを尋ねた。

「ねぇ、当麻。前から聞いてみたいことがあったんだけど、いいかしら?」

「何に?」

「あなた達のリーダーは遼でしょ?お爺さまの資料にも烈火が鎧戦士たちの要だとあったから、それは当然だと思うのだけど───でも、あなた達が出会ったときは鎧の知識は殆どなかったわけなのでしょ。それで、どうして遼をリーダーと認めたのかしら?わたしの目から見ても、あなた達は皆個性的で誰がリーダーになってもおかしくないくらいだと思うの。それに、あなた達は簡単には他人の力を認めるようなタイプにはみえないわ。それなのに遼を認めたいということは、やはり鎧の意志によるものなの?」

 ナスティの口から出た思いがけない疑問に、当麻は、鋭いね、と笑った。

「確かに、俺たちの性格はナスティの言う通り、そう簡単に他人を認めるようなものじゃない。まぁ、俺はリーダー向きじゃないが(だいたい、軍師というものは指導者には向かないものだからな)征士や伸ならおそらくリーダーがつとまるかもしれない。秀は単純だから、ちょっと無理だけどな。俺たちが遼を認めたのは、鎧の意志もあるかもしれないが、それが全てではないと思う。何もかもが鎧の意志によるものだったら、俺たちはただの鎧のあやつり人形になってしまうからな。そうならないために、俺たちは、それぞれの鎧を<仁> <智> <信> <礼> <義> の心によって封じてあるんだ」

「じゃあ、遼を認めたのは、あなた達の意志でもあるわけね?」

 当麻は、ああとうなづいた。

 あの日の出会いは、おそらく一生忘れることはないだろう。

 それは、他の三人も同じに違いない。

 

 

 当麻が初めて出会った仲間は、水滸の戦士である毛利伸であった。

 新大阪から新幹線に乗り込んだ時から、当麻はこれまで感じたことのない気を感じていた。

 鎧の力については、まったく未知のもので、己の手の中にある鎧珠でさえ、どんな働きをするのか全くわかっていなかった。

 彼に珠を渡した雲水姿の伽雄須という人物は、謎のような言葉しか残さなかった。

 なんでもはっきりしてほしい現代っ子の当麻にとっては不親切きわまりなかった。

 まぁ、とにかく鎧珠が示す場所へと向かう他はない。。そのうちわかるだろう、と智将らしからぬのんびりを決め込んでいた当麻だった。

 それが、突然光だした手の中の鎧珠を見て、これは何かを自分に伝えるものだと当麻は感じとった

 天空の鎧は、記憶するものだということだけは伽雄須の口から聞いて知っていた。

 全ては鎧が教える───と。

 仲間の存在をはっきり確信した当麻は、名古屋を過ぎたあたりで席を立った。

 もし、この新幹線に仲間が乗っているのだとしたら、じっとしていても始まらない。

 探してみようと当麻は思ったのだ。

 どんな奴だろう?

 これから生死を共にしなくてはならないのだから、できれば嫌いなタイプでないことを当麻は祈りたかった。

 当麻は車両を一つ一つ、ゆっくりと確かめながら歩いていった。

 そうして・・・見つけた。

 そいつは二両目と三両目の間、扉に背をもたせかけ外を眺めていた。

 年は自分と同じか一つ下だな、とそう当麻は見た。

 後で年は同じだが、学年は上だと知り、しかもおとなしそうな顔のわりにキツイ性格だとわかり当麻はこの時それを口にしなくて良かったと心底思った。

「やあ。おまえ、どこから来たんだ?」

 突然知らない少年から声をかけられた彼は、驚いたように瞳を大きく見開いた。

 優しげな顔立ちや綺麗にまとまった服装から、育ちのいいお坊ちゃんだなと当麻は判断した。

 一見して、とても戦士には見えないが、こいつはどの鎧を纏う人間なのだろう?

 当麻の表情に何かを感じ取ったのだろう。

 少年は訝しげに眉を寄せながらも、警戒したような様子は見せず、君は?と問い返してきた。

 当麻はニッと笑うと、手の中にある自分の珠を見せた。

 少年の瞳が驚きに見開かれる。

 そしてすぐに上着のポケットから取り出したものを当麻に見せる。

 少年の手のひらにのっていたのは、海の青の輝きを放つ珠だった。

 当麻の手の中にあるのも、色こそ違うが、一目で同じものとわかる空の青の輝きを持つ珠であった。

 お互いの珠を確認しあうと、当麻がスッと右手を差し出した。

「俺の名は羽柴当麻(ハシバ・トウマ)。天空の鎧を纏う者だ。よろしくな」

「僕は毛利伸(モウリ・シン)。水滸の戦士だよ。よろしく」

 毛利伸と名乗った少年は、にっこり笑って当麻と握手をかわす。

 伸が山口の出身と聞き、残りの三人も出身は異なるんだろうなと当麻は思った。

 おそらく鎧戦士という宿命を持っていなければ決して出会うはずのなかった五人に違いない。

「じゃあ、君もどこが奴らに狙われているのかわからないのか」

「ああ。鎧珠から伝わる情報をもとに調べてみたんだが、東京のどこかということしかわからなかった。ま、こいつは俺の予想だが、渋谷・新宿・神田のうちのどれかだと思うんだが・・・・あいにくと俺は東京はまるっきり不案内でさ」

「僕も同じさ。小さい頃、一度だけ上野に行ったことがあるだけだから。で、とりあえずこういうものを持ってきたわけなんだけど」

 そう言って新が自分のバッグから取り出したのは、東京のガイドブックであった。

「なあんか、そういうのがあると観光旅行に行くみたいだな」

「おのぼりさんかもね」

 溜息をつく当麻を見て伸はクスリと笑って言った。

 当麻は肩をすくめる。

「しかし・・・時が迫っているのは確かだ。早く他の三人と合流しなくてはな」

「彼らも、やっぱり東京に向かってるのかな?」

「当然だろ?こうして俺たちも東京行きの新幹線の中で出会ったんだから」

「そうだね」

 

 

 東京駅についた二人は動きやすいように、まず荷物をコインロッカーに預けた。

「泊まるとこ探した方がいいかな」

「うん、そうだね。すぐに何かが起こるということもないだろうし、しばらく様子を見るためにも、どこかに落ち着いた方がいいかも。ちょっと当たってみるよ」

 伸はそう言ってガイドブックを片手に公衆電話の方へ歩いていった。

 大人しそうな外見に反して、結構行動力のありそうだった。

 しかも、頭がいい。

 最初に出会ったのが、あーいう奴で良かったと当麻はホッと安堵する。

 わりに家の中に引きこもりがちだった当麻は、こういう時あまり機転のきく方ではないからだ。

 それにしても、ついさっき出会ったばかりの相手であるのに、もう何年も前から知っているような気がするのは何故だろうか?

 やはり自分たちが受け継ぐことになった鎧のせいなのか。

 ふっと息を吐いた当麻は、突然後ろから肩を掴まれギョッとなった。

 見ると伸よりも色素の薄い髪の少年が、じっと無表情で当麻を見つめていた。

 少年の片方の瞳は長い前髪に隠されて見えないが、もう一つの瞳は怜悧な強い光を帯びていた。

 女みたいな美貌であるのに、少しも軟弱な印象を受けないのは、その瞳の持つ光のせいだろう。

「お前は鎧戦士の一人か?」

(え?)

 いきなり、単刀直入にきりだされて当麻はすぐには返答できなかった。

「違うのか?」

 困惑した表情の当麻を見て、少年はさらに問いかけた。

「そ、そうだけど・・・・・・」

 相手の顔に、かすかな笑みが浮かんだ。

「秀、やはり、間違いなかったぞ」

 少年は振り返ると後ろにいた少年にそう告げた。

 秀と呼ばれた少年は聞いた途端、荷物を持ったまま大きく息を吐き出して、その場にへたり込んだ。

「フェ〜〜助かったぜ!もう、俺は一歩も歩けねぇ」

 ちくしょう〜なーんで、こんな目にあうんだぁ!ああ、腹減ったぁ・・・・・・

 最後の方は、殆どかすれた声になって、秀は自分のバックの上につっぷした。

「私は伊達征士(ダテ・セイジ)だ。光輪の鎧を持っている。後ろにいるのは、秀麗黄(シュウ・レイファン)。金剛の持ち主だ」

「俺は、羽柴当麻。天空の戦士だ」

 二人が自己紹介している所へ、電話をかけに行っていた伸が戻ってきた。

 そして、当麻と話している少年の姿に、首をかしげた。

「どうしたんだい?」

 

 

 四人は、駅の構内にある喫茶店に入ると、そこで改めて自己紹介をした。

 さすがに、こんなにもあっさりと仲間に出会えるとは思ってもいなかったので、当麻はいささか当惑していた。

 そして、不思議な気持ちになった。

 これが、共に戦う鎧戦士なのか───

 皆、同じ年頃の少年だった。

 鎧戦士だという証である鎧珠を見せ合うと、四人は納得したようにうなずきあった。

「残るは、あと一人か」

「炎だね。確か、烈火と呼ぶのだっけ?」

「どんな奴かなぁ?」

 すでに三皿めのピラフをたいらげた秀が、ようやく満足した顔でコップの水を飲みながら、そう呟いた。

 カラになったコップをテーブルの上に置くと、秀はホゥッ・・・と溜め息をついた。

 なにしろ、東京についた途端に出会った征士に、四時間以上も振り回されたのだ。

 征士の感知する力はかなり強いもので、今朝横浜から東京についた秀に気がついたのは征士だった

 同じ使命を持つ者同士だということを確認しあってから、当麻と伸に出会うまで秀は、ずっと征士にわけもわからず引っ張りまわされていたのだ。

 それこそ、休みなしに─── 

 征士の目的は勿論仲間たちと合流することであったが、もうひとつ───気の流れを感じとりながら自分達が向かうべき場所を探るためもあった。

 そんなことは知らない秀は、ただ征士のもつ迫力に押され、文句も言えずに、ただ振り回され続けたのだった。

「まぁ、すぐに会えるさ。それより、何かわかったか?」

「断定はできんが、おそらく新宿だろう。何かが現れたというわけではないが、嫌なものを感じるのだ」

「新宿か・・・・・・」

 当麻と伸が、征士の答えに視線をかわしあった。

 彼等も、新宿が自分たちの向かうべき地ではないかと考えていたのだ。

「おまえ達もそう感じていたのなら、行ってみるか?」

「その前に──君たちは、もう泊まる所は決めてあるのかい?」

 いや、と征士と秀は首を振った。

「じゃ、僕たちが予約したホテルでいいかな?ビジネスホテルだけど、今どこも満室の所が多いから、早めに予約しておいた方がいいよ」

「そうだな。では頼む」

「OK。じゃ電話をいれておくから、君たちは荷物をコインロッカーにでも預けておいでよ。動くにしても、身軽なほうがいいからね」

「わかった」

 とにかく、今やるべきことを決めてから、四人は喫茶店を出た。

 新宿に向かえば、おのずと烈火に出会うことができるだろう。

 彼等の目的は同じなのだから。

 

 

 新宿に向かうために地下鉄に乗り込んだ四人は、すでに昔からの友人同士であったかのようにうちとけていた。

 秀は、吊り革を握りながら征士の方に視線を向けた。

 出会ってから殆ど表情はかえないし、あの口調にも慣れなくて、どうにもとっつきにくい感じなのだが、伸はそんなことなど気にもならないのか、平気で話をした。

 今は、扉付近で当麻と何か話をしている。

 秀はフゥッと息をついてから、隣に立つ伸の方に顔を向けた。

「えーと、毛利だっけか?」

「伸でいいよ。君のことは、秀でいいかな?」

「別にいいぜ。なぁ、烈火って、どんな奴だと思う?」

「気になるのかい?」

「うーん。ちょっとな───最後の一人ってこともあっけど・・・・・・なんか、烈火ってさ、特別な感じがしねえか?」

「・・・・・・そうだね」

 そんな気がするのは、自分たちの知らない鎧の記憶によるものなのだろうか。

「今度こそ、俺の考えていた通りの奴だったらいいんだけどなあ」

 おや、という顔で伸は秀を見る。

「聞き捨てならないセリフだね。僕たちは、君の考えていたタイプとは違ったってことかな」

「あ、いや、その!」

 秀は慌てて口を押さえたが、もう遅い。

 意地悪そうな瞳で自分を見る伸に、秀は困ったような表情で頭をかいた。

「だ、だってさあ。普通、戦士といやあ、大きくて逞しい奴を想像するじゃんか。なのに、みんな、ごく当たり前の連中なんだもんな」

 人のことは言えないけどさ。

「征士は剣道の腕は相当のものらしいけど見かけはアレだもんなあ」

 秀は溜め息をついた。

「俺は、カンフーには自信あっけど、達人ってほどじゃねえし。おまえは、何か武道やってんのか?」

「棒術を少しね。まあ、健康のためって程度だけど学校では、バスケットをやってる」

「バスケット・・・ねえ。あいつは、どうかな?」

「当麻?弓道やってるって言ってたけど、単に息抜きのためにやってるだけだそうだよ。趣味はパソコンだってさ。かなり、頭がいいみたいだね」

「そうかあ?」

 秀は、扉にもたれるようにして征士と何事かを話し合っている。

 二人の表情から、単なる世間話ではないことは明らかだ。

「なーんか、目立つな、あいつら」

「本当にね」

 伸はクスリと笑った。

 確かに二人とも、かなり人目を引く顔立ちをしていた。

 しかし、そういうことにはまったく無頓着なのか、さっきから彼等に熱い視線を送っている何人かの少女たちにはまったく気付づいた様子はない。

 まあ、今はそれどころではない状況ではあるのだが。

 

 

 新宿の人通りの多さは常軌を逸したものがある

 歩行者天国では、まさに人があふれかえっているという印象だった。

「こんな所に奴らが現れでもしたら、戦いようがないな」

 彼等にはまだ敵がどんなものかはわかっていない。

 姿も、そして力も。

 しかし、人ではない者たちであることは間違いないのだから、もし現れたら大パニックとなるのは必至である。

「何か起こるにしてもよ、もっと人の少ない時にしてほしいよな」

 まったくだ、と他の三人も同意する。

 なにしろ、初陣なのだ。

 できるなら、障害は少ない方が彼等にとってはありがたい。

 しかし、それはあくまでこちらの都合であって、今この瞬間に戦いが始まっても文句は言えやしないのだが。

 人の波にもまれながら歩いていた彼等の足がふいに止まった。

 前を歩いていた当麻と征士が急に立ち止まったせいだ。

 他の歩行者は、立ち止まっている彼等にぶつかりながら通り過ぎていく。

「どうしたんだよ?なんか感じんのか?」

 秀がそう尋ねるのを無視し、二人はあたりを探るようにまわりを見た。

「あのビルだな」

 征士が二百メートルほど先にあるビルを指差す。

 当麻も頷き、征士と共に歩を早めたので秀は慌てて後を追いかけた。

「おい、伸!あいつら、どうなってんだ?いったい何を見つけたんだ?」

「多分・・・烈火だ」

「えっ!」

 伸はポケットから自分の鎧珠を取り出した。

 いつもはぼんやりとした光しか出さないが、今は何かを知らせるかのように輝きが増している。

 感知する能力は、やはり前を行くあの二人が優れているようだ。

 彼等が目指したビルの入り口は固くシャッターが下りていて入ることができなかった。

 仕方なく非常階段に向かう。

「烈火は屋上にいんのか?」

「おそらくね・・・今度こそ君が想像してるような戦士だったらいいね」

「言ってくれるなよお〜〜違ってたら落ち込みそうだ、俺・・・・」

 伸と二人、先に前を行く彼等の後を追いながら秀が情けない声を出した。

 しかし、それでも出会えば、たとえ想像通りではなかったとしても仲間として認めるのだろう。

 自分達がそうであったように。

 屋上へ出る柵は、幸いなことに開いていた。

 鍵をかけ忘れたのか、それとも、今屋上にいるだろう人間が開けたのか。

 ゲッ!と秀が奇声を上げた。

 なんとも信じられないものが、屋上へ上がった彼等の目に映った。

 虎だ。

 それも、かなり大きな白い虎だ。

 それが金網の傍で寝そべっていた。

「な、なんで、こんなとこに虎がいるんだ!?」

 動物園から虎が逃げ出したというようなニュースは聞いてない。

 どこかの酔狂な金持ちのペットかとも思ったが、とにかくその虎は檻の中にいるわけではなかった。

 もし飛びかかられたりしたら、ひとたまりもないだろう。

 少年たちに気付いたのか、白い虎がゆっくりと閉じていた目を開けた。

 金色に光る目が彼等を見つめる。

 さすがに頭を上げられてギョッとなったが、何故か恐ろしいという印象派なかった。

 白い虎の瞳の中に、猛獣が持つ荒々しさが見えず、それどころか深い知性すら感じられたからだ。

 ただの虎ではない。

 と、その時・・・・声がした。

「どうした白炎?誰か来たのか?」

 白い虎の陰に隠れて見えなかった一人の少年がゆっくりと身体を起こし、虎の大きな背中越しに顔を覗かせた。

 彼を見た瞬間、確かに彼等は身体に電流が走ったのを覚えた。

 何故なのかわからない。

 不思議そうに彼等を見つめる少年には、これといって変わったところは見当たらなかった。

 大柄でもなく、たくましくもない。

 年頃はやはり彼等と同じくらいだが、秀の想像していたような強そうで頼りがいのある奴、という印象では全くなかった。

 それでも思わず引きつけられるこの感じはなんだろう?

 顔立ちはまあ可愛いと言っていいだろうが、美貌から言えば征士が抜きんでてるし、当麻も人目を引く顔立ちだ。

 それなのに、何故か見た印象はこの少年の方が強い。

 いつまでも探るように自分を見つめ続けている見知らぬ四人の少年達に、最初はキョトンとしていた少年の表情が、僅かにキツくなった。

 黒い瞳がさらに輝きを増す。

 それを見て、何故こんなに強い印象を受けるのかやっと彼らは理解した。

 その少年の大きな瞳の中には、強い意志と溢れんばかりの慈愛が秘められていたからだ。

 魂の奥底まで染み渡り満たされていくような感覚。

 彼等はひと目で目の前の少年に引かれた自分を意識した。

 そして、烈火の名を持つ彼こそが、自分たち鎧戦死の中心となるべき者だということを、この時ハッキリと確信したのだった。

 

 その出会いから二時間後に新宿は戦場と化した。

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