ちっちゃな約束(前編) 

 

 街に灯りがつき始めた頃、厚い雲に覆われていた空からチラチラと白いものが落ちてきたのを見て少年は、あちゃあと顔をしかめた。

 降り出す前にコンビニで買い物をすませようと思って出てきたのに、どうやら間に合わなかったらしい。

「今夜は大雪だとか言ってたもんなあ」

 少年は暗い空を見上げながら溜息をつく。

 しゃあねえ、本格的に降り出す前にさっさと用事をすませて帰るか、と少年はコンビニへ向かう足をさらに速めた。

 家でツリーの飾り付けをしているだろうあの幼なじみは、今頃ホワイトクリスマスだと喜んでいるだろうが。

 こっちは傘持ってきてねえから雪まみれになっちまうぜ。

 ま、雨よりマシだけどな。

 途中、公園を突っ切った方が早いかと思い少年が柵を乗り越えようとしたその時ツンと羽織っていたコートの裾を引っ張られた。

 なんだあ?と振り返ってみると、少年の目に赤いフード付きの防寒着を着た少女の姿が映った。

 まだ5〜6才の小さな女の子だ。

 すっぽり被ったフードからは、色の白いお人形のような可愛らしい顔と、くせのある茶色の髪が覗いている。

 まるで赤ずきんちゃんだな、というの最初の印象。

 いや、可愛い。

 少年を見つめる大きくて丸い瞳はとにかく愛らしい小動物のようで、殆どの人間は女の子に対して笑顔を見せてしまうだろう。

 少年も女の子の可愛らしさに負けて、ついにっこり微笑んでしまう。

「何か用かな、お嬢ちゃん?」

「お兄ちゃん、工藤新一って言うんでしょう?」

「・・・・・・・」

 少年は、またかよと吐息をつく。

 最近マスコミが騒ぐようになったせいか、よくこういう声をかけられる。

 たいていは、きっちりと断りを入れるのだが、たまに可愛い女の子だったりするとつい話に乗ってしまったりする。そのたびに幼なじみの少女に怒られるのだが。

 そして、今回も可愛い女の子ではあるのだが、幼いだけに下手に話にのったりすれば怒られるだけですみそうにない。

 仕方なく少年は目線が合うまで女の子の方に腰をかがめ口を開いた。

「あのね、お嬢ちゃん・・・」

「わたし、毬乃っていうの」

「まりのちゃんか。可愛い名前だね」

 ニッコリと少年が微笑むと、緊張気味だった女の子の顔が少しだけ綻んだ。

「わたしね、とっても悪い子なの。パパのこと大好きなのに困るようなことをしてしまったの」

 だから助けて、と毬乃は名探偵として有名な少年に訴えた。

 他に誰も頼む人がいないからと。

 

 

「あ〜あ。ここんとこ少年探偵団の活躍できる事件がなくてつまんねえよなァ」

 面白くねえのとグチっているのはランドセルを背負った柄のデカイ小学生。

 ハハ・・・事件なんてないにこしたことねえじゃんかと苦笑するのは、今も小学生を演じ続けている江戸川コナン。

 失せ物やペット探しでも頼んでくる人間がいるだけスゴイとコナンは思うのだが、どうも元太はそういうのは探偵団としての自分たちの力を十分発揮できるものじゃないと思っているようだ。

 自分たちが小学1年生だってことを忘れてんじゃねえかぁ?

「いいよなあ、コナンは。有名な毛利探偵の家に住んでんだからよお」

「そうですよね。すっごい依頼が毎日じゃんじゃんあって。いいなあ」

「んなことねえって。おっちゃん、事務所で依頼人と顔を合わせてるより、酒飲んで赤ペン走らせてるかTV見てる方が多いんだぜ」

 今朝もアイドルスターの沖野ヨーコちゃんが出てるドラマがあるとかで大騒ぎしていたくらいだ。まともに仕事をしているとはとても思えない。

「そりゃあ毛利探偵に頼みにくるほど深刻な事件がいつもあるわけじゃないからですよ。しかし、ひとたび事件の依頼を受けたら鋭い推理力を駆使し事件を解決に導くんです!かの名探偵ホームズのように!」

 おいおい・・・あんなおっちゃんと比べられたらホームズファンは泣くぞ?

 実際コナンも泣きたくなる。

 おっちゃんがホームズで、オレが小林少年かよ?

「毛利探偵からなんか事件を聞いてませんか、コナンくん」

「そうだ、そうだ!もし手に負えないような事件ならオレたちが手を貸してやってもいいぞ!」

「は・・・聞いとくよ」

 コナンは乾いた笑いを浮かべた。

「ねえ、コナンくん。灰原さんの風邪まだ治らないの?」

 今度は、ずっと学校を休んでいる友達を心配した歩美が尋ねてきた。

 本当はお見舞いに行きたいのだが、質の悪い風邪だから移すとマズイということで断られたのだ。

「ああ。昨日博士から電話あって、もう殆ど治ってっけど用心のために学校は来週からにするって」

「ほんと!良かったあ。じゃあ、来週は灰原さんと会えるね」

 ああ、とコナンがうなずくと歩美は本当に嬉しそうに笑った。 

 いい子だよなあ、とコナンは思う。

 本気で心配してる歩美に、実は仮病なんだよとは言えないコナンだ。

 もう5日も地下室に籠もってると博士は言っていた。

 なにをしているか知ってるコナンであるから文句も口にできない。

 いつもの交差点で3人と別れたコナンは、事務所が入っているビルの前にポツンと立っている女の子に気がついて、およ?と瞳を瞬かせる。

 丁度さっき別れた歩美と同じくらいの女の子だ。

 つまり今のコナンと同じ年頃ってことだが。

 女の子は、事務所へ上がる階段の前に立っていた。

 探偵事務所に用があるのかな?でも、こんな小さな子が?

 ざっとまわりを確認するが、親らしい存在は女の子の近くに見あたらない。

「ねえ、上に用事があるの?」

 コナンが声をかけると、女の子はびっくりしたように顔を上げた。

 白いレースの襟がついたブラウスに、小さな花柄模様が入った青いドレス、レースの靴下に青いエナメルの靴。

 栗色の巻き毛には小さな青いリボンが結んである。

 ふっくらと柔らかそうな白い頬にぱっちりした大きな瞳、そしてピンク色をした小さな唇。

 コナンは思わず目をパチクリさせた。

(すんげえ美少女・・・)

 まるで童話の中から抜け出たような女の子は、声をかけてきたのが自分と同じくらいの男の子だとわかってホッとしたような顔になった。

 もしかしたら、自分が声をかける前に何人かに声をかけられたのかもしれない。

 でもって可愛いんで声をかけたスケベ男もいたかもしれなかった。

 おいおい・・・こんな子を一人にしとくなよお。誘拐でもされたらどうすんだ。

「一人?」

 コナンが聞くと、女の子はコクンと頷いた。

「上に用があるんだったらおいでよ」

 コナンが手を差し出すと、女の子は戸惑ったような表情をみせた。

「心配ないよ。ボク、ここに住んでるんだ」

 それを聞いた女の子は、ニッコリと笑っているコナンの手をおずおずと掴んだ。

 事務所のドアを開けると、いつものようにムッとするようなタバコの匂いに思わずのけぞる。

 でもって、ビールの匂いも混ざってるから小さな子供にはあまりいい環境ではない。依頼人がないといつもこうだ。蘭がうるさく言っているが効き目はない。

(しょうがねえな、このオヤジ・・・)

 当然というか女の子は不快な匂いに顔をしかめている。

「お父さん!昼間はお酒は飲まないって約束したでしょ!入院してもいいの!?」

「うるせえな。自分の身体のことはちゃんとわかってっから心配いらねえよ」

「もう!」

 事務所に上がってきた学生服の蘭は父親を睨みつけた。

「おかえりなさい、蘭ねーちゃん」

「コナンくんも今帰りだったのね。学校のお友達?」

 蘭はコナンに寄り添うように立っている女の子を見た。

 始めて見る子供だ。

 まるでお人形のように可愛らしい女の子だった。

「違うよ。おじさんに頼み事があってきたんだって」

「俺に?」

 小五郎は自分のデスクから女の子を見る。

 コナンの背中に隠れるようにしがみついていた女の子は、小五郎の視線を感じてビクッとなった。

「なんでえ、ガキじゃねえか」

 可愛い顔の子供だが、できればもう十年欲しい所だ。

「俺に頼み事ってなんだ?犬猫を探して欲しいってんなら、俺じゃなくそこのガキに頼みな」

「お父さん!そんな言い方ってないでしょ!」

 蘭は父親をギッとにらみつけると、女の子に謝った。

「ごめんね。後でうんと怒っておくから。何か飲む?ジュースでも持ってこようか」

「あのぅ・・・ここにはいないんですか?」

 え?とコナンと蘭は首を傾げて女の子を見る。

「いないって・・・誰のことかな?」

「工藤新一って人・・・・・・」

 ええっ!!

 コナンと蘭は意外な名前が出たのでビックリし、小五郎は面白くなさそうに眉をしかめた。

「新一だあ?なんであのガキがここにいるってんだ?」

「新一はここにはいないよ。事件で今どこにいるかもわからないの。新一に用があったの?」

 コクンと女の子は頷く。

「ここに来たら会えるかもって、お兄ちゃんが・・・・・・」

「お兄ちゃん?」

「わるい。それオレのことや」

 突然割り込んできた声に驚いて振り向いた先には、野球帽をかぶった一人の少年が開いたドアに凭れて立っていた。

 え?服部?

「服部くん!?なんで?」

「・・・・・・・・・」

 唐突に現れた服部平次は事務所の中に入ってくると、コナンにくっつくように立っている女の子の前にかがみ込んだ。

「こらっ。だめやろ。お母さん、心配してたで」

「だって・・・どうしても会って頼みたかったんだもの・・・」

「だからって、誰にも言わずに出てくるのはいいことやないで。どんな理由があろうと、親に心配かけるのはよくない」

「・・・・・ごめんなさい」

「この子、服部くんの知り合いだったの」

 ああ、と平次はうなずいて立ち上がると、泣きそうになっている女の子の頭を優しくポンと叩いた。

「うちのオヤジの旧友の娘なんや。わけあって、しばらくオレんとこで預かってたんやけど、昨日母親が引き取りにきて、で今朝になっていなくなったって電話もろて急いで後を追ってきたんや」

「最初からここに来るってことがわかってたのか?」

 ジロリと小五郎に睨まれた平次は、ハハ・・と誤魔化すように肩をすくめる。

「いや・・だからこの子、工藤新一はどこにいるんやって聞くからつい、ここのことを・・・東京やってだけしか言ってへんかったんやけど、さすがに名探偵毛利小五郎の名を出したらタクシーの運ちゃんがまっすぐここへ連れてきたみたいで・・・」

「そりゃそうだろう。東京で毛利小五郎の名を知らない人間はモグリだ」

 小五郎はコロッと上機嫌になってうんうんと頷いた。

 単純なおっさんでよかったわ、と平次はホッと息をつく。

「新一兄ちゃんに何を頼みたかったの?」

 とりあえずコナンは、ずっと自分に寄り添っている女の子に尋ねてみた。

「・・・・・約束したの」

「約束?いつ?」

「去年のクリスマスに。もし毬乃がどうしようもなくなったら、きっと助けてあげるからって言ってくれたの・・・」

 だから、工藤新一に会って頼みたかったのだと大場毬乃は言った。

「そうだったの。でも、新一はここにはいないの。時々電話はかけてくるんだけど・・・・」

 蘭がそう言うと毬乃は困ったように俯いた。

 こんな小さな子供にいったいどんな悩みがあるのかわからないが、少なくともそれは新一でしか解決できないことなのだろう。

「ね、上に行きましょう。コナンくんに用意していたおやつもあるし、ここより静かに休めるわ。それに、もしかしたら今日あたり新一から電話があるかもしれないし」

「ほんと?」

「ええ。結構、そういうタイミングの良さがあるのよねえ、新一って。やっぱり探偵だからかなあ」

 んなわけねえって。

 オレがここにいるからだろうが。

 蘭が手を伸ばすと、毬乃はちょっと迷ったようだが、コナンが一緒にいくと言うと安心したように彼女の手をとった。

「服部くんもどうぞ。お茶入れるわ」

「おおきに」

 平次はニマッと笑って答える。

 蘭と手を繋いだ毬乃が事務所を出て自宅に続く階段を上っていく後から、コナンと平次が続く。

「えらい気に入られたみたいやな、工藤。毬乃は学校でも超モテモテやのに、なんでか男の子を避けとったっちゅう話なんやけど」

「小1だろ。何くだんねえこと言ってんだ」

「小学生でも女は女やて和葉がゆうとったで」

 おまえなあ、とコナンは色黒の西の名探偵の顔を呆れたように見上げる。

「そんなことより工藤。毬乃はおまえに何を頼んだんや?知っとんのやろ?」

 平次が尋ねると、コナンは途端に眉をしかめた。

「オレじゃねえよ・・・」

「ハァ?」

 平次は目をパチパチと瞬かせる。

「オレはあの子と今日初めて会ったんだ。だから、あの子が工藤新一に何をしてもらいたがっているのか知るわけねえってんだよ」

「何言うとんのや。毬乃は工藤新一に会うたと言っとんのやで!」

「間違いなくオレだって言うのかよ?」

「こっちでは結構おまえのことは話題になっとって、新聞にも写真がのっとったんやろ?去年の暮れまで毬乃は父親とこっちに住んどったからよく知っとった筈や」

「5才かそこらで新聞など見るのか?」

「興味があれば見るやろ。父親の話じゃ、えらく高校生探偵に興味を持っとったって話やし」

「フン?そいつは、自分が工藤新一だと言ったのかよ」

「いや、そこまでは聞いてへんけど・・・・でも否定はしなかったんやろ。だから、毬乃は悩みをうち明けたんや」

「・・・・・・・・・」

 ホンマに工藤やないんか?

 だったら、いったい誰やったんや?

「去年のクリスマスは、オレは家から一歩も出てない」

「一歩も?」

「ああ。夫婦喧嘩して戻ってきた母親のグチをずっと聞かされて外に出られやしなかったんだよ。おまけに蘭は、別居中の母親とホテルで食事だとか言っていねえしよ。最低のクリスマスだったぜ」

 そういう事情であるから、勘違いということは絶対にあり得なかった。

「じゃ、毬乃は誰に会ったって言うんや」

 んなの知るかよ、とコナンは口を尖らせる。

 たまたま工藤新一に似てる奴に出会って、そうだと思いこみ話かけたという所だろう。相手が否定しなかったのは、ただ人違いに面白がってのことか。

 声をかけてきたのが小さな女の子なら考えられなくもない。

 ったく、面倒なことを。

「服部、おまえ心当たりねえのかよ?」

「あ?」

「あの子が頼もうとしたことだよ。懐かれてんのはおまえの方だろが」

 んーと平次は考え込むように首を傾げてうなった。

「まあ、いろいろ話してくれたんやけど、そのことだけはなんにも言いよらんのや。ただ、毬乃の母親から聞いた所によると、なんや父親が持っとった宝石のことをえろう気にしてたみたいやねんけど」

「宝石?」

「ああ。毬乃の父親が昔香港におった時、オークションで手に入れたエメラルドらしいんやけど、なんや曰わくがあったらしくもとの持ち主に返すことになったらしいんや。でっかくて綺麗な緑の宝石で毬乃も気に入ってたみたいやねんけど、それがもう父親のものではなくなるっちゅうのんが嫌なんやないかと母親が言うんやけど」

 服部の話にコナンは何故か驚いたように瞳を見開いた。

「おい!服部!あの子の名前、確か大場とかいったな?もしかして、そのエメラルドは“翠の夢”か!」

「ああ?そういやそんな名前がついてたかな・・・」

「おまえ!知らねえのかよ!?」

「何をや?」

「何してるの、二人とも?早く上がっておいでよ」

 いつまでたっても上がってこない二人に、蘭がしびれをきらして自宅のドアから顔を出して呼んだ。

「あ、ごめん蘭ねえちゃん!ボク、学校に忘れ物しちゃったんだ。平次にいちゃんがついてってくれるって言うから行ってくるね」

「え〜っ?しょうがないわねぇ。気を付けていくのよ、コナンくん」

「大丈夫だよ。平次にいちゃんがいるから」

「ごめんねえ、服部くん」

「え・・いや・・・」

 コナンは、訳がわからないで暢気に蘭に笑いかけている平次の手を掴むと階段を下りていった。

「おい、工藤・・どないしたんや?」

「“翠の夢”は今この米花町にある」

「なんやてえッ?」

「大場氏がもとの持ち主に返す前に一般の人にも見てもらいたいと言って、米花博物館に預けたんだよ。それを怪盗キッドが狙っている」

「ホンマか、それ!」

 

 

 外へ出て警視庁近くの喫茶店に入った二人は、電話で高木刑事を呼びだした。

 大阪から服部平次が来ていると聞いた気のいい高木刑事は、嫌な顔一つせずにやってきた。

「ごめんね、高木さん。平次にいちゃんがあの話詳しく聞きたいって言うから」

「いいんだよ。今日はデスクワークだったし、丁度休憩してこようと思ってたとこだから。それに、暗号を解いてもらった借りもあるしね」

「暗号って、キッドの予告状でっか?」

「うん、そうなんだ。僕の学生時代の友人が今中森警部の部下でね、暗号がなかなか解けなくて困ってて。でも相談されても僕に解けるような暗号じゃないし。で、もしかしたら毛利さんなら解けるんじゃないかと電話したらコナンくんが出て」

「おじさん、用事があってその時いなかったから」

 実は沖野ヨーコの新しいCDを買いにいったのだが、やっぱそんなことは言えないだろう。

「それで、後で毛利のおじさんにも聞いてみるからと見せてもらったんだ」

 ニッコリ笑ったコナンはどこから見ても小学生の低学年だ。

 普通なら極秘ともいうべき怪盗キッドの予告状を見せるような相手ではないのだが、そこはこれまでの実績がものを言うというか。

 現場で幾度となくヒントをもらって事件を解決したのは一回や二回ではない。

 あの佐藤刑事も、あの子ならと一目置いているくらいだ。

「ほんで、解いたってわけやな。あっさりと」

 そうでもなかったよ、とコナンは謙遜して可愛く首を傾げてみせるが、本人はその解読に絶対の自信があった筈だ。

「それに、ほんとに解いたのは毛利のおじさんだから」

(うそこけ。あのボケのおっちゃんがキッドの暗号を解けるわけあらへんやろ)

 推理にしろ、暗号にしろ、毎度見当はずれなことをやらかすのは服部もよく知っている。

 最初はコナンもなんとかヒントを与え真実を導き出させようと努力はしていたようだが、結局は麻酔銃で眠らせて自分がやった方がてっとり早いということになったように、現場に一緒にいると苛つくことこの上ない。

 人はいいんだろうが、どうも推理には向いていないようだ。

 今は名探偵として有名になった毛利小五郎だが、かつて彼の上司だった目暮警部などは刑事時代のボケ振りを知っているだけに心境は複雑というところだろう。

 目暮自身、あいつのおかげで迷宮入りの事件が増えたと言っており、今はその実力を認めるものの、殺人現場には必ずいる小五郎に眉をひそめている。

「キッドが狙うてんのは、ほんまに“翠の夢”なんでっか?」

「予告状には“真白き天使のあどけない微笑みを映し出す清純な翠の輝きの中に秘められた悲しみを解放するために参上す”とあったからね」

(げえ・・相変わらず気障な言い回しやで)

 平次は思いっきり鼻の頭に皺を寄せる。

「ほんで、キッドが現れるのんはいつなんです?」

「明日の夜、午前零時の時報が鳴り終わる前だということだ」

 

 

 

「本気で言ってるの?」

 少女は呆れたような顔で少年をみつめた。

「オレはいつだって本気だし覚悟もあるぜ」

 同級生であり、ある意味少年とは共犯の関係にある少女は瞳を伏せて吐息をついた。

「あなたって、真実を求めるためには本当にどんな無茶もやってしまうのね。そのために自分の命を落としても構わないっていうの?」

「命を落とすとは限んないだろ。1パーセントの可能性があれば、オレは諦めたりしないさ」

「止めても無駄ってことね」

「ああ」

 

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