「おい、コナン!おまえ、これ解けっか?」

 放課後の教室。今日は土曜日なので、一年生だけでなく他の学年の児童の姿も殆ど消えている。

 シン・・と静まりかえった教室内で、一人日誌を書いていたコナンは、騒々しく飛び込んできた元太にビックリした。

「なんだよ、元太?おまえ、帰ったんじゃなかったのかよ?」

 いつもであれば、一緒に帰ろうと歩美の一言で元太と光彦の二人もここに残っていた筈なのだが、歩美が家の用事で早く帰らなきゃならないというんで、それならと彼等も帰っていった筈なのだ。

 なのに、何故元太がいるんだ?

 やっぱり一人じゃかわいそうだと思って元太が残っていたとはコナンも思わない。

 元太も光彦もまず歩美なのだ。

 コナンのことは二の次、下手すりゃ三の次か。

 案の定、元太は帰る途中に担任の小林先生に捕まってずっと職員室でお説教だったと白状した。

 ここ一週間宿題をやってこなかった元太に、ついに担任教師もキレたというわけだ。

「これまでやってこなかった宿題を全部やってこいって、プリントの束を渡されちまってよ・・」

 ゲソッとして特別デカイ頭をガックリ折る元太に、コナンは当たり前だバーローと返す。元太の場合、忘れたんじゃなく、知っててなのだ。

 こんなもん、やってられっかよ、というんじゃ、そりゃあ、先生も怒るだろう。

「チェッ!生徒が可愛くてしょうがないっていいながら、あの先生キツイよなあ」

「何言ってんだ。可愛いから怒るんだろうが。それよりなんだよ?」

 こっちは早くすませて帰りてえんだよと言うように、コナンは日誌を鉛筆でコツコツ叩いた。

 ああ、そうだったと元太は思い出したように手に持っていた紙をコナンに渡す。

「宿題は自分でやれよ」

「んなんじゃねえって。これさあ、5年の先生がインターネットで見つけた懸賞問題で、さ。なんと、解けたら欲しいものをなんでもくれるってんだぜ!」

「なんでも?決まった懸賞を用意してねえのかよ?」

「先生はそう言ってたぜ。だから、こいつが解けたら家一軒もらうって言ってた。あの先生、アパート暮らしだもんなあ」

 元太の話に、コナンはちょっとビックリしたように瞳を瞬かせた。

 おいおい、上限なしの懸賞かよ?

 いくらなんでも、家一軒てのは問題じゃねえか?

 しかし、ホントになんでも希望のものをってんじゃ、そういうのが出ても文句なんか言えねえよなあ。

「俺だったら、ウナ重を100杯!いや、1000杯貰っちゃうぜえ」

・・・・・ま、こんなのもいるけどよ。

「なあコナン。おまえだったら、何を貰う?」

「何言ってんだ。んなもん、問題が解けなきゃ意味ねえだろが」

 そう答えつつ、コナンはやっぱ次のワールドカップのチケットだよなあ、とか思っていたりする。しかし、これは別に懸賞で貰わなくても、手に入るツテはあった。

 もっとも、そのための条件ってのに目をつぶりさえすれば、だが。

 インターネットってのは、お遊びも多いからなあ。

 しかも、最近ではインターネットによる詐欺行為まで横行しているのだ。

 もしこいつが個人情報集めの手だとすれば懸賞どころではない。

(とりあえず、その問題ってのを見てみっか)

 コナンは元太がくしゃくしゃにして持ってきた紙を綺麗に伸ばすと、そのなんでも希望のものをくれるという問題を見た。

 書かれていたのは、ただ記号と数字を組み合わせただけのものだった。

 本当にただそれだけで、これがなんなのかとか、どうしろとかいう指定は一切ない。

 これでは、大半の人間は首をひねるだろう。

 まあ、誰でも簡単にわかる問題なら、なんでも希望のものをやるなどとは書かないだろうが。

「なあ、わかるか、コナン?」

 じっと問題に見入っているコナンを、元太は期待に目を輝かしながら見つめている。

 コナンは、そんな元太に溜息をついた。

「あんなあ、元太」

「うんうん!わかったか?」

「おまえ、オレを買いかぶりすぎ。先生もわかんなかったんだろ?オレにわかるわけねえだろが」

「やっぱし、おまえにもわかんねえか・・・」

 元太は、がっかりしてうなだれた。

 きっと、その頭の中では、ウナ重が翼を生やして飛び去っているのだろう。

 しかし、コナンの方はそれどころではなかった。

(誰だ?今頃こんなもんをネットに流したのは?)


 日本全国、どこ行っても学校風景ってのは変わらない。

 男子校、女子校となれば雰囲気はかわるかもしれないが、共学であればどこも同じで、制服以外は別に代わり映えしないものだ。

 詰め襟の学生服にセーラー服など、都会でも田舎でも珍しいものでもない。

 だが、学校に出入りする学生の中に小学生が混ざっていたりしたら、ちょっと違和感はある。

 そして、当然のこと、注目されたりする。

「か〜わいい!ねえねえ、ボク!こんなとこで、どないしたん?」

 セーラー服の少女たちは校門前に立っていた小さな男の子に声をかけた。

 フード付きのベージュのシャツに紺色の短パン、白いソックスにスニーカー。

 背中には小さなリュック。

 どう見ても小学生。それも低学年だ。

 子供にしては整った顔立ちだった。

 しかし、まだまだ年頃は幼児を脱したばかりであるから可愛いというイメージしかない。目立つのは大きな眼鏡だが、それでも子供の可愛さを損ねるものではなく、逆にチャームポイントになっていた。

 子供はどんどん増えていくセーラー服の少女たちに、ちょっと困った顔をした。

 本当は学校ではなく、あいつの自宅に向かうつもりだったのだ。

 しかし、新大阪に着いてから電話をかけたら、クラブ活動で帰りは8時を回るというので、そんな時間的余裕がない彼は仕方なく学校に来たのだ。

 女子高生に囲まれるってのは悪くないが、しかしこれ以上増えて騒ぎになるのはゴメンだった。しょうがねえ、と子供は呟くと用件を口にする。

「ねえ、お姉ちゃん、服部平次って人知らない?ボク、その人に会いにきたんだけど」

「服部くん?勿論知ってるわよ!この学校の有名人やもん!」

 有名人・・ねえ。

「服部くんに会いにきたん?彼、今道場やよね?」

「当たり前やん。対抗試合が近いんやもん。猛稽古やってるわ」

「ほな、あたしらが彼んとこ連れてったるわ」

 そう言った少女は、いきなりコナンに手を伸ばして抱き上げた。

 コナンはビックリして、ワッ!と声をあげるが、少女はおかまいなしだ。

「やん!この子、思うたより軽くて、ホンマお人形みたいやわ!」

(ちょ・・ちょっと・・・・)

「あ〜!ミヤったらズル〜イ!あたしも抱きたいわ!」

「・・・・・・」

 まるっきりヌイグルミ扱いだ。

 冗談じゃねえっての!・・ったく、女子高生ってこんなかよ・・

 コナンは困惑を通りこして、呆れ返るしかない。

 やっぱ、あいつが戻ってくるのを自宅で待ってた方が良かったか。

 しかし、それでは時間がない。

(しょうがない・・我慢すっか)

 少女に抱っこされたコナンは、そう諦めの吐息を漏らした。


 なんや?

 道場の入り口がいつにもまして女生徒の声でうるさいのに、平次は太い眉をひそめた。覗きにくるのは構わないが、うるさくすな!と何度も言ったのに、一向に改まる様子もない彼女たちに平次はウンザリする。

 そりゃ、ここには有名人がおるからなあと嫌みを言いつつ、彼女たちの見学を歓迎している部員らにもむかつく。

 なのに「服部く〜ん」と大声で呼ばれた日には、なんや!と顔が険しくなっても仕方のないことだった。

 それでもメゲない彼女たちは実に偉大だ。

 関西の女は強いというのはホントかもしれない。

「服部くんに会いたい言う子を案内してきたんやけど」

「ああ?オレに?」

 誰や?と問う必要はなかった。

 平次は、少女たちの間に立っている小さな男の子にすぐに気がついた。

「なんや、おまえ?なんで、今頃こんなとこにおんねや?」

 平次は心底びっくりしていた。

 別に招待してもいないのに、コナンがここに現れる理由がさっぱりわからない。

 第一、今日は学校が休みやない筈や。

「こんにちわ、服部のお兄ちゃん!」

 コナンは、初めて見る剣道着姿の平次にニッコリと無邪気に笑いかけた。

 こちらもつられて笑うが、心持ちひきつったようになるのは、コナンがこの場に現れた理由がわからないためだ。

(工藤に会えたんは嬉しいけど・・・なんやしらん、ムッチャやな予感・・・)

 

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