「さーすが、世界屈指の大金持ちエナシス夫人やで。このエンプラドホテルでワンフロワ全部借り切るやなんて、並の金持ちにはできんことやわ」

「向こうの金持ちってやつはこっちとはケタが違うからな・・・とにかく、この階にくるのはパーティの招待客とその関係者だけってことになるから、警備する側には都合がいいだろ」

「そりゃそうや。おまけにこんなもんもあるしなぁ」

 そう苦笑した平次と隣にいるコナンの胸もとには金のブローチが光っている。

 この階に来る前に、身元を確認され間違いないとされた者にだけ、この金のブローチが渡されることになっていた。

 これが、パーティの招待客、もしくは関係者だという証になるのだ。

 ま、平次の場合、府警本部長の息子というこれ以上はないはっきりした身元と、しかもそれを証明できる人間が警備に加わっているのだからオーケーが出ない筈はなかったが。

 このブローチ、月桂樹の葉を模した細工物だが、メッキではなく純金で作られたとんでもない代物である。

 それを、このまま進呈するというのだから驚く。

「警備しとる警官までつけとんのやから、ホンマたまげるわ。いったい、いくつ用意しとったんや」

 ざっと会場の中を見た限りでも300人はいるだろう。その中に私服警官が混ざっているとしても、招待された客の数はかなりのものの筈だ。

 その上、さらに自分たちのような者も加わったのだから相当な数だろう。

「相手は大富豪だぜ。オレたちのようにみみっちい注文の仕方なんかしやしねえよ」

「そやな。けど、工藤・・・なんやオレら場違いみたいやないか?」

 エナシス夫人に正式に招待された客は、当然のことだが皆正装している。

 だが、こんな場所に来る予定ではなかった平次は白のカッターシャツに黒の学生ズボン、コナンはフードのついたシャツに短パンという格好だ。

 これでは浮いてしまうのも仕方がない。

「しょうがねえだろ。急に相手が場所を変更してきたんだから」

 まさか、エナシス夫人のパーティに出るハメになるとは思ってもみなかったのだから用意などしてる筈はない。

 現に、この変更が唐突だったという証拠に、彼等のように普通の服装をしている者が会場のあちこちに見られた。

「ハ〜ン?オレらのように普通のカッコしてる奴が、例の問題に挑戦する人間てわけやな。思たよりおるやんけ」

「つきそいで来たってだけのやつもいるだろうがな」

「まあ、見るだけでもオモロイやろ。解ければ希望のもんはなんでもくれるっちゅうんやし。さしずめ、おまえの希望はホームズの初版本ってところか」

 平次がそう言うと、いきなりコナンはシャツの袖口を両手で掴み、大きく見開いた瞳を向けてきた。

「おまえ、それ言ってくれるか?」

 ああん?と平次はキョトンとした顔で小さなコナンを見下ろす。

 意味がわかると、平次はニッと笑って目線が合うようにその場にしゃがんだ。

「欲しいってか?」

「・・・・・」

 ここへ来た目的はいわくつきの問題がネットに流された理由と、工藤新一と一緒にその問題を解いた人間が死んだ理由を明らかにするためだ。

「やっぱ、くれるもんはもらわへんとなあ」

「・・・うるせえよ」

 コナンは口を尖らせると、ニヤニヤ笑っている平次を睨んだ。

 そうすると、本人は不本意だろうが見かけ通りの子供に見えて実に可愛い。

 実際、コナンの顔立ちはTVなどに出てる子役より可愛らしい顔立ちなのだ。

 まあ母親が、かつて世界中の男たちの視線を集めた美人女優なのだから当たり前かもしれないが。

「やあ。君もあの問題の挑戦者かい?」

 ふいに背後から声をかけられた平次は、すぐに立ち上がって振り向いた。

 声をかけてきたのは、薄茶の髪をした若い男。

 身長は平次とあまり変わらないが、年は少し上のような感じだった。

 女性的な優しい顔立ちのその男は、神津皓紀(かみつこうき)と名乗った。

「へえ。大学生なんか。オレは服部平次。高校2年や」

「じゃあ、今回の挑戦者の中で君が最年少だね。あ、もしかして、この子も挑戦するのかな?」

「僕は平次兄ちゃんのつきそいだよ。ねえ、ホントに挑戦する人の中に平次兄ちゃんより年下の人はいないの?」

「ああ、そうだよ。一応、挑戦する人にはひと通り声をかけたからね。なにしろ、こんな中だからすぐに見分けがつく」

 ホンマやなと平次も肩をすくめてうなずいた。

 皓紀も、白のシャツに生成のブルゾン、紺のズボンにスニーカーという、およそパーティ向きの格好ではない。

「で、服部くん。君はあのパズルを解けたのかい?」

 コナンは、ハッとしたように皓紀の顔を見つめる。

「当然やろ。でなきゃ、こんな所にけえへんわ」

「そうか。自信があるんだね」

 皓紀はニッコリと笑った。

「あ、また新しい挑戦者かな」

 会場の入り口にいる20代くらいの男に気がついた皓紀は、じゃあ、と平次に向けて手を上げ背中を向けた。

 どうやら、あの男にも声をかけるつもりらしい。

「なんや、あいつ。問題に挑戦する人間全部に声かけるつもりかいな」

 平次は呆れたようにつぶやいた。

 敵情視察のつもりか。

 と、何を思ったのか急にコナンが皓紀の後を追っていった。

「あ、おい!工藤!?」

 追いついたコナンは皓紀のブルゾンの裾を掴んだ。

 え?とびっくりしたように皓紀は足を止めて振り向く。

「・・・・キッド

「何?どうかしたのかい?」

 コナンはブルゾンの裾を掴んだまま、困惑している男の顔を不審げに見つめる。

「ねえ、お兄ちゃん。怪盗キッドを知ってる?」

「え?それって、あの宝石ばかり狙う泥棒のことかな?」

「うん。そのキッドの予告状が届いたんだって。キッドはエナシス夫人のダイヤを狙ってるんだ。だから、ここにも警官が一杯いるよ」

「へえ。そうなんだ。でも、どうして、そんなことを知ってるんだい?それに、だいたい何故僕に?」

「・・・・・・」

 コナンは眉をひそめたまま、掴んでいた裾から手を離した。

 そして、今度は首を可愛く傾げニッコリと無邪気に笑った。

「僕ねえ。ホントは探偵なんだ。ここへ来たのは偶然だけど、もしキッドが現れたら絶対捕まえてやろうと思ってるんだ」

 へえ、と皓紀は、どう見ても小学生にしか見えないコナンを瞳を丸くして見つめた。

「小さな探偵さんかあ。もしキッドが捕まえられたら、あの問題を解くよりも有名人になれるかもな」

「有名人になるつもりはないよ、僕。ただ・・キッドを捕まえて言いたいことがあるんだ」

「へえ〜何を?」

「それは言えないよ。キッドにしかわからないことだから」

 ふうん、とどこまで信用してるのか、皓紀は微笑いながらコナンの頭を撫でる。

「僕はそういうことには興味ないから手は貸せないけど、応援してあげるよ」

 ありがとう、と笑うコナンは誰が見ても可愛い子供だが、背を見せた皓紀に向ける瞳は大人びていて険しかった。

(オレの思い違いか?)

 あいつは、キッドの名に反応をみせなかった。

「なんや?どうしたんや、工藤?あいつ、なんかあるんか?」

 皓紀が離れてからやって来た平次は、二人の会話を知らない。

「ああ・・ちょっと気になることがあってな」

「気になることて?

「あいつ、あの問題がパズルだということに気づいていた・・・」

「なんやてっ?あ・・そういや」

 平次は先ほどの会話を思い出し眉をしかめる。

 確かに、あの神津と名乗った男は、平次にパズルが解けたのかと聞いてきた。

「なにもんや、あいつ?」

 普通の人間には、アレがパズルだとはまずわからない。

 わかるとすれば、工藤新一と同じ天才的な頭脳の持ち主だということだ。

 あの、平凡な印象の大学生が?

「・・・・キッドかと思ったんだ。だから探るつもりで声をかけたんだが」

「ちごたんか?」

 わからない、とコナンは首を振った。

「キッドは変装の名人やからな。けど、なんであいつがキッドやと思たんや?」

 それは・・・と言った後コナンが考え込むように俯いて黙ったので、平次はその場に膝を折り子供の顔を見上げた。

 そうすると他人の目には、年の離れた兄が拗ねている小さな弟を宥めているように見える。

「オレは・・・もし、オレ以外にあの問題を解けるとしたら、キッドしかいないと思っていたからな」

 なんや、と平次は苦笑を漏らす。

「興味ない言うて、ホントは奴のことを認めとんのやんか、おまえ。確かに奴は並の犯罪者やないからな」

 立場は異なっていても、工藤新一と怪盗キッドは同じタイプの天才と言えるかもしれない。

(・・・なんや、ムカつくな)

 自分は決して頭の悪い人間ではないと思っているが、決して天才ではない。

 それが、二人の間に割って入ることのできない障害のように思えて、平次は面白くなかった。

 


 パーティはエナシス夫人の挨拶から始まり、そしてインターネットに懸賞問題を出したという金髪の女が初めて姿を見せた。

 年は20代後半というところか。

 もと、パリのスーパーモデルだったという経歴を持つエナシス夫人と並んでも遜色のない容貌を持つ女。

 夫人が、ドクターオハラと紹介した通り彼女は博士号を持つ才女だった。

 コナンは、長身のエナシス夫人とあまり変わらない身長の金髪の女を見た途端、不快げに顔をしかめた。

(・・・・・あの女だったのか)

 あいつの後見人で、あの時自分たちを引き離した元凶。

 あの金髪と、冷たいアイスブルーの瞳は忘れちゃいない。

 成る程・・あの女だったらパズルのことを知っていて当然だ。

「でかい女たちやなあ。オレより頭いっこ分高いんとちゃうか」

 モデルという経歴のエナシス夫人なら当たり前かもしれないが、ドクターと呼ばれる女までああデカイとは驚いてしまう。

 しかし、二人とも美人だから男並みにデカくてもそう気になるものではないだろうが。

 あくまで見る分では、だが。

 並んで歩くのは、ちょっとごめんだなと平次は思う。

 やっぱり、つきあうなら自分より小さくて可愛い方がいい。

「今回、この素晴らしい会場をお貸し下さった夫人には心より感謝致します」

 ドクターオハラがそう感謝の言葉を述べると、エナシス夫人は、ブルネットの長い髪を優雅に揺らし、魅惑的な微笑みを浮かべた。

「いいえ。わたくし自身とても興味のあることですから。こうして同じホテルに泊まりあわせたことはわたくしにとって幸運だったのかもしれませんわ。残念ながら、わたしには到底解くことはできませんでしたが、ここに来られた問題の挑戦者の方々がそれをどう解いていかれるのか本当に楽しみですのよ」

「ありゃあ・・あの姉ちゃんたち日本語話しよんで」

 どう見ても日本人ではない美女二人が、少々発音に難はあるもののちゃんと自分たちにも理解できる日本語を使うことに平次はびっくりした。

「エナシス夫人は、父親が在日米軍の将校だったという事情で、十代のある時期日本にいたことがあるからな」

「あ、そうなんか」

 さすが、物知りやなと平次は感心する。

 いったい、どれだけの情報と知識が頭の中に詰め込まれているのか。

「そして、ドクターオハラは・・・祖父が日本人だった」

「え?なんや、あの金髪の姉ちゃんのことまで知っとんのか、工藤?」

「言ったろう。オレとあいつが解いたパズルを見て騒いだ奴がいたこと・・・」

 ああ、と平次は瞳を瞬かせる。

「あの姉ちゃんがそうなんか。つまり、彼女はおまえが去った後の事情を知っとるっちゅうことやな」

「・・・・・・」

 壇上に立つゴージャスな色っぽい美女と、知的で冷たい印象はあるもののやはり男の目を引きつける美女がニコヤカに笑みをかわす光景は、なんかゾクッとくるものがある。

 紫のドレスを着たエナシス夫人は、肩にかけていた青い薄衣をそっと外し胸元を飾っていた大きなダイヤを人々に見せた。

 その大きさも輝きも並はずれた宝石に、人々はどよめき息を呑んだ。

 あれが、悲劇の王妃の首飾りと言われたものの一つなのか。

 首飾りは、何者かの手によってバラバラにされ、行方がわからなくなったという。

 人から人へ・・・いくつもの時代を超え、そのうちのひとつがエナシス夫人の手に渡った。もとは首飾りとして、繋がれたいくつもの高価な宝石の一つであったが、彼女の胸元にたった一つ輝くそのダイヤはビッグジュエルにふさわしい見事なものだった。

「問題を解いた者には、希望するものをなんでもということでしたわね、ドクターオハラ?では、わたくしからも・・・・今世紀最大の難解なこの問題を解くことができた方には、悲劇の王妃の持ち物だったという曰わく付きのこのダイヤを差し上げることにしますわ」

 おおー!と会場内はエナシス夫人の提案に驚きの声を上げた。

 特に、招待された女性たちの目がエナシス夫人の胸元で輝く宝石に釘付けになる。

 しかし、壇上の夫人の後ろの白い二つのスクリーンに映し出された問題は、いったい何を意味しているのかさっぱりわからない、彼女たちには難解なものであったが。

「この問題は、ここにおられるどなたにも挑戦して頂いてもいいということですわ。もし解ければドクターからは望みのものを。そして、わたくしからは、このダイヤ。さあ、素晴らしい頭脳をお持ちの方はどんどん挑戦してみて下さいね」

 そう言うたかて簡単に解けるもんやないで、と夫人の言葉に大きくざわめいた会場内で平次はむっつりした顔で呟く。

 答えを丸暗記した平次だが、何故そうなるのか結局わからなかったのだ。

(あいつ・・・・)

 コナンの視線は、斜め前に立つ神津と名乗った大学生の横顔に向けられていた。

 夫人がダイヤを見せ、それを賞品にすると言った時、彼が一瞬薄笑いを浮かべたのをコナンは見逃さなかった。

 だがコナンが知る、独特なキッドの気配は感じられなかった。

 しかし、何故かあの男のことが気になる。

 

「さあ、それでは始めましょう!問題に挑戦される方はどうぞ前へ!」

 

 

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