ミステリアス
      ブルー
  
         11

 

 【閉ざされた館】

 

 何故白い手が見えるなどと思ったのだろう?

 写真には、そんなものはどこにも写っていないというのに。

 ふ〜ん、と快斗は鼻を鳴らすと、目の前の写真を見つめながら、どこに?とコナンに訊いた。

 写真には手など写っていない。

 コナンだって、それが見えるわけではない。

 だが、その洋館の写真を見た時、確かにそれは自分の記憶の中の何かと一致したのだ。

 快斗の腕に抱かれたままコナンは、ゆっくりとある一点をその小さな指で差し示した。

 二階右端の窓。

「なに?その写真に何かあるの?」

 近寄ってきた蘭が、腰を屈めて覗き込んできたので、コナンはびっくりして手を引っ込める。すると、快斗はクスクスとおかしそうに笑った。

 この野郎・・とコナンは自分に似たその顔を睨み付ける。

「コナンくんがさあ、ここの窓から人の手が出てるって言うんだよな」

 こんな風に、と快斗がまるで幽霊のように誰かを招く手のポーズをとると、蘭は真っ青になった。

「やだ!ホントにそんなのが見えるのコナンくん!?」

「オレにはそないなもん見えへんけどなあ」

 いつのまにか平次も覗き込んでいた。

「あ、違うよ蘭ねえちゃん!ここに写ってる家、なんか幽霊屋敷みたいだから、手なんか出てたらコワイねって言っただけなんだ」

「ほうかあ?どっちかといえば、工藤ん家の方が幽霊屋敷みたいやで」

 わ〜るかったな、とコナンは無神経な関西人の顔をジト目で睨む。

「これってどこなんや?やっぱり礼子さんのお祖父さんが建てたもんなんか?」

 どことなく造りがこの蒼の館に似た印象がある。

 もっとも写真の建物は、お城というよりはヨーロッパの田舎町にありそうな古風なレンガの家という感じだが。

「さあ?わたしもこの写真の洋館のことは何も・・祖父が建てたものらしいことは確かなんですけど。兄なら知ってるんでしょうが」

「お兄さんって、礼司さん?」

 コナンが訊くと、礼子はええとうなずいた。

「この写真は兄が撮ったものなのよ」

 コナンと平次は礼子の言葉に互いの顔を見合わせた。

「三雲のひいお祖母さんの暗号を解いたんはその礼司さんやったな。もしかして残ってた日記にはもっと別の暗号が隠されとったんやないか?」

「本物の“神秘の蒼”の行方が書かれてあったってことか!」

 彼等の会話を聞いていた羽瀬が思わず勢い込む。

「いや、そうとは言われへんけど・・・日記は今どこにあるのや?」

「多分まだ三雲の屋敷にあるんじゃないかと。兄が持って出ていなければ、ですが」

「もしまだあれば、その日記を見せてもらえますか?」

「ええ、いいですよ」

 礼子は羽瀬に向けてうなずく。

「だったらオレも一緒に見せてもらってもええか?」

「・・・・・・」

「おまえはいいの?暗号大好きなんだろ?」

 てっきり自分もと言い出すかと思っていたのに黙っているので、快斗が不思議そうに子供の耳元で囁くように問うと、コナンは不快そうに顔をしかめた。

 まだ快斗はコナンを腕に抱いたままだ。

 コナンが降ろせと言わない限りずっと抱いてるつもりらしい。

 チョイチョイ、とコナンの指が動いたのを見て快斗が耳を寄せると、いきなりわっ!

と大声で叫ばれ思わず手が緩んだ。

 離されたコナンがトンと身軽に床に足をつけると、しっかり蘭がにらんでいた。

 コナンくん!

 捕まえようとする蘭の手をすり抜け、コナンはダッとばかりに階段の方へと走っていく。

「もう!イタズラッ子なんだから!」

 ごめんね、黒羽くん!

 蘭は、ジンジンしている耳をおさえて顔をしかめる彼に謝ると、すぐにコナンの後を追っていった。

「なんや?ガキみたいなことしよって。おまえ、あいつになに言うたんや?」

 ガキみたいな・・・ね。

 快斗は苦笑する。

 あんなイタズラは見かけ通りの子供であれば当然のこと。

 だが、高校生なら“ガキみたいなこと”になってしまうのだ。

 あの子供の真実の姿を知っている西の探偵。

 だが、そのことが障害になることは今の所ない。

「なにって・・好奇心旺盛なお子様みたいだったからさあ、おまえは見たくないのって聞いただけだけど?」

「それでアレなんか?」

「他には何も言ってないよ」

 快斗が肩をすくめて言うと、平次はフン?と首を傾げコナンが消えた方に目を向けた。

「・・・・やっぱ、なんかあんのやろか」

 平次の呟きに快斗が、なんかって?と問う。

「あ、こっちのことや。それより、オレらももう上がろうかァ」

「そうですね」

 礼子が頷くと、羽瀬もとりあえず納得したのか高校生二人に続いて階段を上っていった。

 最後に出た礼子が、コレクションルームの扉に鍵をかけた。

 

 

 ジャックスのミニライブは思ったより盛り上がった。

 園子は当然熱狂したし、蘭も嬉しそうに歓声を上げていた。

 見かけはロック風であるが、昔懐かしいフォークっぽい歌もあって、小五郎もまんざらではない顔で聞いていた。

 やたら喧しいだけの音楽なら即出ていったろうが。

「そういやジャックスの一人・・この間まで探偵役で連ドラに出とったんやなかったかな」

 平次がふと思い出したように言うと、快斗がそうそうとうなずいた。

「オレも時々見てたぜv工藤新一とはタイプの違う砕けた感じの高校生探偵でさあ。同級生に初恋の君がいて頭があがんねえんだよなあ。で、熱血漢の警部と意見があわずにいっつも漫才みたいなやりとりしてさ。あれ、結構視聴率あったみたいだぜ」

 おまえも見てた?と快斗が顔を向けた先には、むっつりと不機嫌そうなコナンの顔があった。

「・・・・見てねえよ。蘭に9時就寝を言われてっからな」

「ああ、そりゃ小学一年じゃしょうがないか。自然におねむになっちまうもんなあ」

 そうクスクス笑う少年に、コナンの不機嫌度はさらに悪化した。

・・・・・ヤロ〜〜知ってるくせに、好きなこと言いやがってぇ〜!

「・・・・なんで知ってんだ?」

 ん?と唐突な質問に快斗が瞳を瞬かせる。

「なに?」

「手、だよ。なんで招く形なんだよ?」

 コナンが訊くと快斗は軽く首をすくめた。

「だって、窓から出ている手といったら、当然外にいた人間を呼んでるって思うじゃん。そうなると、やっぱりあの形だろ?」

 なあ?と快斗が隣の席に座る平次に同意を求める。

「そやな。けど、オレが最初に浮かんだんは窓から助けを求める女の手やったけど」

 快斗は、アレ?というように瞳を瞬かせる。

「へえ〜ロマンチックじゃん。それって、塔に閉じこめられたお姫さまの発想ってわけ?」

「そんなんやない。あくまで助けを求める手や」

「つまり事件性のある?探偵みたいなことを言うんだな」

「あら。服部くんは本当に探偵なのよ」

 彼等が交わす会話を耳にした蘭が、平次が関西で活躍している高校生探偵なのだと言うと、快斗はちょっとびっくりしたように目を丸くしてみせた。

 知らないはず等ないのに、すっとぼける快斗を見てコナンは乾いた笑いを漏らす。

 と、その時ドオンッ!と何かが爆発したような音が響いたかと思うと、突然館がガタガタと揺れだした。

「やだ何!地震!?」

 女子高生の二人がびっくりして椅子から腰を浮かす。

 揺れはすぐにおさまった。

 これは・・・!

「あ、ちょー待てや!」

 揺れが収まってすぐに駆け出したコナンを平次は止めようとしたが、素直に聞くような奴ではなかった。

 しゃーないな、と平次は頭をかくと、コナンが飛び出したことに気づいて後を追おうとした蘭を引き留める。

「オレが行くから。ここで待っとって」

「こら待て!おまえもここにいろ!」

 小五郎がむんずと平次の襟首を掴んだ。

「皆さんはここでじっとしていて下さい!くれぐれも不用意に外へ出ないように!」

 そう念押しして中森警部は小五郎と共に外へ飛び出していった。

「で?言われた通りおとなしく残ってるわけ?」

 んなわけあらへんやろ?と平次がニッと笑うと、快斗もそうだよなあ、と笑い返した。

「実はオレも好奇心旺盛なお子様(キッド)でさあv」

「あ、オレも行く!」

 ジャックスの一人である美山光もすぐに彼等のあとを追いかけていった。

 あ〜あ、と溜息をついたのは相棒である佐久間聖児だ。

「あいつさあ、例の連ドラから探偵づいちゃってね。放っときゃいいのに、すぐに首を突っ込むようになったんだよな」

「あ、そのドラマわたしも見てました!佐久間さんもゲストで出てましたよね!」

「うん。転校生役でね」

 聖児がニコリと笑うと園子は真っ赤になった。

「反応の早い子だね」

 独り言のように呟かれたセリフに蘭が松永を振り返る。

 すぐにコナンのことを言ってるのだとわかって苦笑する。

「ほんとに・・・・お父さんと一緒にいて事件にかかわることが多いもんだから」

「そうよねえ。なんかあると、真っ先に飛んでっちゃうんだから、あのガキんちょ」

 園子の言うガキんちょは、館の外に出てすぐに小五郎にとっ捕まった。

「まったく、世話のやけるガキだ!」

 ゴチンといつものゲンコツを頭にくらったコナンの小さな身体は、後を追ってきた少年たちの手に押しつけられる。

「中でおとなしくしてろと言っただろうが!」

 中森の怒鳴り声が飛ぶが、3人の高校生は素知らぬ顔だ。

「そない怒らんと。邪魔したりせえへんから」

 ヘラヘラした関西弁が、その場の険悪な空気を緩和する。

 当たり前だ!と中森は怒鳴るが、すぐに戻れとは言わない。

 状況は、そんなことに構っていられないほど緊迫したものだったのだ。

「いいか!絶対にそこを動くんじゃないぞ!」

 ビシッと指を差して無謀な高校生組に言い渡した小五郎は、中森と一緒に現場へと向かった。

 彼等がいる位置からでも状況はハッキリ見えていた。

「橋が落ちたんか・・・・」

 昼間彼等が渡ってきた石作りの橋の真ん中が、月明かりで見る限り綺麗になくなっていたのだ。

 自然に落ちたものではない。

 どう見ても人為的に破壊されたものだ。

「おめーの仕業かよ・・・?」

 小五郎に放り投げられたコナンの身体をしっかり受け止めていた快斗が、さあねと曖昧に笑う。

 コナンは快斗の顔を一度ジロッと睨んでから、フンと鼻を鳴らして再び前を向いた。

 やれやれ、と快斗は苦笑する。

 この小さな頭の中で、オレの返事をどう受け止めたのやら。

誰だ!

 突然、月明かりだけの暗い闇の中で中森の大きな声が響いた。

「なんや?どないしたんや!」

 言いつけなど既に無視。

 彼等はしっかり大人たちのいる方へと走っていく。

「こらあ!動くなと言っただろうがあ!おまえら、人の言うことがきけんのか!」

「あれえ?吉沢さんじゃない?」

 当然というか、小五郎の言葉はしっかり素通りし、美山光の間延びした声だけが響く。

「光くん・・・」

 小五郎と中森の前で腰が抜けたようにしゃがみこんでいる男が、情けなさそうに顔をクシャリと歪めた。

「この男を知ってんのか、おまえ?」

「オレたちのマネージャー。仕事の打ち合わせがあって遅れてくることになってたんだけど」

 どしたの?と光は暢気に吉沢に尋ねた。

「どうしたもこうしたも・・・橋を渡ってたらいきなり後ろで大きな音がして・・・見ると橋がどんどん崩れてくるし、乗ってた車が落ちそうになったんで慌てて外に飛び出したんだ」

 そうしたら・・・と吉沢はしゃがんだまま後ろを振り返った。

「あ〜らら・・車おっこっちゃったのかあ」

 まあ、どうせ事務所の車だからと言う光のセリフは、当たり前だが大人たちの顔をしかめさせた。

 今にも近頃の若いもんはと呟きそうな表情だ。

「怪我はありませんか」

「はあ・・・まあ・・・ちょっと擦りむいたくらいです」

 吉沢は中森の手を借りて立ち上がる。

 しかし、まだショックが抜けないのか膝が震えている。

「いったい何が起こったのやら・・・」

「どうやら橋の中央部分の橋桁に爆弾しかけて吹っ飛ばしたみたいやな」

 えっ・・えーッ!

 吉沢は驚きの声を上げる。

「なんでそんなことを!」

「オレらをこっから出さないためか」

 それとも、何かを起こすためのデモンストレーションか。

「何っ?もしかして、この橋がなかったら帰れないってわけ?」

 光がそう言って首を傾げると平次は、どうやったかなと頭の中で地図を広げてみた。

「橋がなくったって帰る方法はあるさ。ただし車は使えねえから歩きになるけどな」

 え・・・?と目を瞬かせ、その声の主をまじまじと見下ろしたのは光と吉沢の二人だった。

 残りの人間は、子供らしくないコナンの口調に慣れているからか、たいして驚かない。

「とにかく、明るくならんとどうしようもないな。いったん館に戻ろう」

 今度は中森の言葉に皆がうなずく。

「・・・おまえさあ」

 ふと何かを問いかけるように快斗の方を振り向いたコナンの身体が、ヒョイと浮き上がる。

 え・・?

「あ、やっぱりハナと抱き心地が似てるぅvなあ、、コナンくんってったっけ。今夜オレと一緒に寝ない?」

 イッ・・?

「大きさや身体の重さなんかがオレんちのハナとおんなじなんだよね」

 いつも抱いて寝てるんで、一人だと寂しくってさあ。

(一人じゃ寂しいだあ?いい年しやがって、何言ってやがる!)

「あ、あのさあ。ハナって?」

「オレんちで飼ってる犬。目が大きくて可愛いんだぜ」

 ハ・・・オレは犬かよ?

 結局コナンは不本意ながらも、そのまま光に抱かれたまま館に戻ることになった。

 フム、と何か考え込むように瞳を細めた快斗の肩を平次が叩く。

「なんやおかしな方向にいきそうやけど、おまえ平気か?」

「え?ああ・・まあ、一応警官や名探偵殿がいるから今んとこそう不安はねえけどさあ。それより、これってやっぱ怪盗キッドの仕業だと思う?」

 いや、と平次はあっさりと首を振った。

「これはキッドの仕業やないな。オレはあんまし関わってへんねやけど、あいつはこないなマネするような奴やないと思とる。それに」

「それに?」

「今回ゲームの予告ん時、あいつはあくまでオブザーバーや言うてたからな。奴の言葉を借りれば、不測の事態が起こらん限りはなんも手を出してはけえへん筈や」

 ・・・・・ほお〜?

(結構わかってんじゃん。さすがは西の名探偵ってか)

 ということは、あいつもそう思ってるというわけね。

 快斗は破壊された橋の方を振り向く。

 普段は明るい色の瞳が冷たい光を帯びる。

 

 どういうつもりか知らないが、邪魔は許さねえぜ。

 八年も待ったゲームなんだからな。

 

 

12】につづく 

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