ミステリアスブルー 9

 

 コナン達がビルに入った後も、高校生二人の言い合いは続いていた。

 そして彼等より先に入った小五郎も、ロビーで蘭の小言をくらいむっつりと立っていた。

 こっちや、と平次が彼等をイタリア料理店へうながす。

「二時に予約してんのやけど」

「山根さまですね。どうぞ」

 従業員が平次たちを店の奥の予約席へと案内した。

「礼子さん、ちょー人と会う約束があって遅れてくる言うから先に食事すませとくか?」

 おい!と小五郎が反対の席についた平次を睨む。

「ああ心配いらんで、おっさん。ここの払いは三雲家の弁護士さんがしてくれるそうやから。遠慮のう食べてや」

 えっらそうに!と小五郎はフンと鼻を鳴らす。

「どうして弁護士さんが?」

「依頼料の一部やろ」

「依頼って?」

 コナンが訊く。

「そりゃ決まってるやろ。いくら礼子さんが山根家の養女でも三雲家の当主の実の妹なんやで。なんかあったら大変やから、おっさんを雇おうっちゅうことや。ま、断ってもここの支払いをせえとは言わんと思うけど」

「断るわけねえだろが!」

「ほうかあ。ほな、気にせず食べよか」

 平次はニコニコ笑いながらさっさとテーブルの上に並べられた料理に手を伸ばした。

「一杯食べろや、ぼうず」

「うん!」

 平次に向けて大きくうなずいてみせたものの、内心では大きな溜息をついたコナンだった。

 ごまかしのうまい奴とは思っていたが、ここまできたら殆ど詐欺じゃねえか。

「ええやろ。このおっさんが動いてくれなきゃ、おまえ事件に参加でけへんのやから」

「わかってるって。だから、おまえの手持ちの資料は全部見せろよな」

「へ〜へ。共同戦線張るんやから隠し事なしや」

 こそこそと何か小声で言い合っているコナンと平次に、蘭が何?と首を傾げる。

「あ・・いや、このぼうず。イタリア料理初めてやって言うから、苦手なもんあるか聞いてたんや」

「あれ?そうだったっけ?」

「ピザやスパゲティは知ってるよ、蘭ねーちゃん」

「そうね。でもイタリアの本格料理っていうのはわたしも初めてかな」

 4人はまず食べようということで意見が一致した。

 そして料理を食べ終え4人とも満足した顔でデザートをつついている時、山根礼子が一人の男と一緒に店に入ってきた。

「遅くなってすみません。お食事すまれました?」

「はい。とっても美味しかったです」

 蘭が答えると、それは良かったと彼女は微笑んだ。

「貴方が名探偵の毛利小五郎さんですか」

 礼子と一緒に現れた男は、興味深そうに小五郎を見る。

 あなたは?と小五郎が尋ねると、男はすぐに名刺を差し出した。

「松永周峰(しゅうほう)と言います」

「えっ!松永さんって・・あのカメラマンの松永さんですか?」

「なんだ蘭。知ってんのか」

「やだ!お父さんも持ってるじゃない!」

「え?」

「ほら、この間出た沖野ヨーコさんの写真集よ。お父さん、予約して買ったでしょ?

 その写真を撮ったのが松永さんよ!」

 小五郎はさらに、え?という顔になる。

 コナンは苦笑した。

(無理だって。おっちゃんがカメラマンの名前まで見てるわけねえだろ)

 それにしても、結構若かったんだなとコナンは席についた松永周峰を見て思った。多分30代でも前半だ。

 コナンも名前だけは知っていた。

 とにかく芸術と呼べるくらい美しく撮るというので、今人気NO1の売れっ子カメラマンだ。

 しかし、当人は自分が撮りたいと思える被写体しか興味がないらしく、その気がなければどんなに金をつまれても承諾しないという。

 ま、彼くらいの実力があればそれでも仕事がなくなるようなことはないだろうが。

「実は、彼も三雲の血を引いているんです」

 ええっ?と小五郎たちはびっくりして礼子と松永を見た。

「俺の祖母が三雲家の人間だったそうですよ。なんか親の反対を受けて男と駆け落ちしたんで、三雲家とは完全に縁がきれたみたいですが。実際、俺の両親もそのことを知らなかったし」

「兄の行方がわからなくなってから、祖父の代より三雲家の弁護士をしてくれている矢部さんが血縁者を探したそうなんです。曾祖父は天涯孤独だったらしく、身内が全くいなくて、生まれた子供は姉弟の二人だけ。姉というのが松永さんのお祖母さまで、弟が祖父でした。で、祖父の子は父だけでしたので三雲家の血を引いているのは兄とわたし、そして松永さんの3人だけなんです」

「松永さんにはご兄弟はおられないんですか?」

「弟が二人いますよ。腹違いですけど。実の母は俺が小学校に上がる前に事故で亡くなり、その後父が再婚したんです。祖母の血を引いていたのは母なんで、弟たちは三雲家との繋がりはありません」

「それじゃ、もし礼子さんのお兄さんが見つからなければ、あなたが次の当主ということですか」

「それは、ミステリアスブルーの謎を解ければのことですけどね」

「ミステリアスブルー?」

「それって、怪盗キッドが言ってたやつでしょ?謎を解く鍵になるものだって」

 コナンがそう言うと、松永はああとうなずいた。

「なんなんや?その“ミステリアスブルー”って」

「さあ・・兄が残した遺言状には何も書いてありませんでしたから。ただ、その謎を解いた者には三雲家の財産と永遠が与えられると」

 永遠?

「ま、それを知りたければ蒼の館へ行ってみるしかないというわけですが」

「松永さんも行かれるんですか?」

「勿論。あの館は今回受けた仕事をするには最高のロケ地ですからね」

「えっ!それって、もしかしてジャックスの?」

 思わず身を乗り出す蘭にコナンは顔をしかめた。

 ジャックスだあ?

 確か、この前園子と二人で騒いでた時に出た名前だったよなとコナンは思い出す。最近人気の出たアイドル系の美少年二人組だ。

 まさか、そんなのを撮るのかよ?天下の松永周峰が?

「ねえ、松永さんって女の人専門じゃなかったの?」

 彼の作品はどれも話題になっているが、確かどれも女性の写真ばかりだった筈だ。

「無名時代に世話になった人の頼みだから断れなくてね。それに、俺は別に被写体を女性に限定してるわけじゃない。ただ、仕事じゃなきゃ、あっち系は撮ることはないだろうがね」

「あんまし気乗りせん仕事なんか?」

 いやいや、と松永は首を振ると平次ぎを見てニッコリと笑った。

「受けた仕事に気乗りするしないはないよ。それに、ちゃんと自分の楽しみは用意してあるからね。それより・・ちょっと立ってみてくれないかな」

「え?オレですか?」

 平次は言われた通りに立ち上がる。

「横を向いてみて」

 はあ?と平次は訳がわからないまま横を向く。

「なんかスポーツをやってる?」

「?・・・剣道をやってますけど?」

 そりゃいい、と松永は満足そうに微笑んだ。

「何がです?」

「君の名前は?」

「え、服部平次いいます」

「服部君か。君、モデルをやる気ない?」

 はあああああ

 

 

 

 小五郎が運転する車は一路“蒼の館”と呼ばれる三雲家の双子の母親の生家へと向かっていた。

 運転する小五郎の隣には案内役の平次が座り、後部座席には蘭と園子、そして渋い顔のコナンが座っている。

 なんでこいつまで来んだよ・・・・

 こんなうるさい女が一緒だと面倒なだけじゃねえか。

 女同士のおしゃべりをずっと聞かされ続けているコナンは少々うんざり気味だ。

 車の中では逃げ場はないし、目的地に着くまでこれかと思うと溜息が出る。

「あ、こやつ、いっちょまえに溜息なんかついちゃって〜何?そんなに退屈?」

 ちょっとね、とコナンは首をすくめる。

「もう少しだから我慢してね、コナンくん」

「うん」

 コナンは蘭に向け笑顔でうなずくと、通り過ぎていく景色をぼんやりと見つめた。

 ここらへんは別荘地なのか、建物はまばらで木が多くのどかな景色が続いている。

(三雲礼司・・か)

 

 知ってるわよ、と灰原哀はあっさりうなずいた。

「まさかこんなに早く彼の名前を耳にするとは思わなかったけど」

 それも、あなたの口から。

「やっぱり組織に関係のある人間だったのか?」

「いいえ。彼はまだ組織には入ってない筈よ。彼は組織が最も必要とする頭脳だったんだけど、拉致する前に姿を消したの。実はわたし、三雲礼司のことを調べるために彼がいたアメリカの大学に入ったのよ。研究室にはまだ彼の研究データが消されずに残っていたわ。彼にとって、残しておいてもそうたいしたものではなかったんでしょうね。でも、わたしには驚くようなものだったわ」

「・・・・・」

「アポトキシン4869・・・あの薬は彼が残したデータを参考に作ったものなのよ」

「なんだって!」

「だから・・・わたし達の身体を本当に戻すことができるとしたら、彼、三雲礼司かもしれないわ」

 

 

(どんな奴なんだろう?)

 天才と呼ばれる優れた頭脳の持ち主だというのはわかるが、どうも彼に関するデータが少なすぎて人物像がはっきりと浮かんでこない。

 第一、何故キッドまで絡んでくる?

「なあに?今度はむつかしい顔しちゃってえ」

 園子は蘭の隣に座るコナンの頬を指先でつんつんとつつき回す。

「しょうがない。あたしが暇つぶしの相手をしてやるか」

「い、いいよ園子ねーちゃん。ボク、平気だから。それよりねえ・・・松永さんが言ってたモデルってどういうことかなあ」

 こうなったら話題を変えて園子の関心を自分からそらすしかなかった。

 いきなり話題の矛先が自分に向いたので平次がゲッとなるのがわかったが、そんなのはとりあえず無視を決め込んだ。

「ああ、松永さんが服部くんにモデルをしないかと言ったことね」

「それって、あれじゃない?ジャックスを特集してた雑誌に載ってたやつ」

「え?なんかあったっけ?」

「やだあ、見てないの蘭!ほら、発行十周年を記念して表紙のモデルを募集してたじゃない!それも、推薦者付きでないと駄目だっていうの。確か、選ばれると推薦者と二人でハワイに行けるってことだったわよね」

 ハワイ?

 コナンと平次は松永と会った日に見た少年と少女のことを同時に思い出した。

 そういえば、少女の方がハワイがどうとか言ってたような・・・

「松永さんも審査員の一人だったんじゃないかな」

 園子の言葉に二人は成る程なと思った。

 つまり、あの時の少年がかなり抵抗していたことからすると、少女が勝手に申し込んだって所だろう。

「じゃあ、平次兄ちゃんがそのモデルになるわけ?でもオーデションがあったんでしょ?」

「いい男がいなかったんじゃないの〜?」

「で、こいつかあ?どういう基準なんだ」

「どういう意味や、おっさん。オレが写真のモデルやるんは変や言うんか」

 平次が太い眉をしかめ、ジトっと運転席の小五郎を睨む。

「いいじゃない。服部くん、格好いいもの」

 おおきに、と平次は後ろの少女たちにニッコリと笑いかける。

 確かに顔立ちは男らしく整っているし、人好きのする笑顔は魅力的で十分人の目を引く。

 モデルにスカウトされても不思議ではないだろう。

「けどオレ、モデルやるつもりあらへんから」

「え〜!断っちゃうの!なんでえ?」

「オレは探偵やからな。そんなんで顔売りたないんや。ガラでもないしな・・・あ、おっさん、そこ右や」

 平次が手元の地図を見て小五郎に道を指示する。

 いつのまにか、まわりに家がなくなり、深い森の中にでも紛れ込んだような背の高い木しか見えなくなっていた。

「おい・・ホントにこれであってんのかよ?間違えてねえだろな?」

 小五郎がそう不安そうな声で訊く。

「心配いらんて。地図通りや」

「でも、なんか地図にも載ってないような所って感じがするね。舗装もされてないし」

 コナンがそう言うと、二人の少女は不安そうに互いの顔を見合わせた。

「こらこら。不安を煽りなや。地図に載ってなくたって方向は合ってんのやから。それにこの先には蒼の館しかあらへんって話やし」

「ねえ蘭・・・なんかブレアウイッチって映画思い出さない?」

「やだ・・!怖いこと言わないでよ園子!」

 あのなあ、と平次は困ったように眉をひそめる。

「おっ、見えてきたぞ。あれじゃないか?」

 小五郎が言うと少女たちは、どこ?と身を乗り出して前を見つめた。

 彼等の視線の先に、蒼い屋根の大きな洋館が見えてきた。

 まわりを囲む門はないが、そのかわり生い茂る背の高い木々が囲いの役目を果たしている。

 館の壁は深い海のような濃い藍色で、屋根はそれより少し薄い青色だった。

 まさしく“蒼の館”だ。

「な〜んか、この館の造りって“シャイニング”か“ヘルハウス”を連想するわね」

「ねーちゃん、ホラー映画好きなんか?」

 少し呆れたように平次が言うと、

「あら、女の子って結構好きなんじゃないの?」

 と、園子は答える。

「そうそう。怖いもの見たさって感じなのよねえ」

「・・・蘭ねーちゃんも好きなんだ、ホラー映画」

 視線を流しながらコナンが言う。

 新一だった時、一緒に映画へ行くことはよくあったが、ホラー映画は一度もなかった筈だ。

 ってことは、園子と見に行ってたってことかあ?

「女って、キャアキャア騒ぐわりには血がドバーッと出ててもわりと平気なんやな。オレは映画でもそういうのんは全然駄目やねんけど」

「へえ、そう?」

 コナンは平次の顔を上目使いで見ながら首をすくめた。

 ま、わかる気もするが。

 5人がそれぞれ荷物を持って車から降りると、蒼い館の中から年配の女性が出迎えた。

 礼子の母親が出ていくまで住み込みの家政婦をしていたという女性で、今は息子夫婦と一緒に町に住んでいるということだった。

 今回、礼子に頼まれ掃除と食事の世話にきたのだという。

「本当に遠い所からお疲れさまでした。ここまで来るのは大変でしたでしょう?先ほど礼子お嬢さまから、こちらに着くのは夕方になると連絡がありました」

「あ、そうなんスか」

 小五郎はちょっとガッカリした顔になった。

「松永さんはもう来られてるんですか?」

「いえ。まだお見えになっておられません」

 な〜んだ、と園子は溜息をつく。

 ハ・・・おめえの目的はやっぱそれだけだよなあ・・・・・

 コナン達が館へ入ろうとしたその時、こちらへ向かってくる車のエンジン音が耳に入った。

「えvもしかしてvv」

 振り返った園子の頭上には既にハートマークが飛んでいる。

 館まで続く細い地道を走ってきたのは、ダークグリーンの四輪駆動車。

 そして、園子が待ちこがれた松永の車だった。

「やあ、毛利さん。無事にこられたようですね」

 松永がニコヤカな笑みを浮かべながら顔を出すと、後部のドアが開いて二人の少年が降りてきた。

 一人は金色に、もう一人は薄茶に髪を染めていて、どちらもロゴ入りの黒いシャツに迷彩柄のジャケットを羽織っていた。

 年頃は平次と同じくらいだろう。

 身長も同じくらいだが、確実に体重は向こうの方が軽いとわかる細さだ。

 顔立ちはまあまあ、女の子に好まれるくらいは整っている。

(ま、工藤みたいなタイプの美形は芸能界にはおらんもんな)

 キャアアアアアアア

 二人の姿を見た途端、園子が歓喜の声を上げた。

 目もキラキラだ。

「嘘!嘘!本当にジャックスよお〜!」

 嘘ってなんだ?

 来ることがわかっててついて来たんじゃねえのかよ?

「・・・・・」

 そっと盗み見た幼なじみも、嬉しそうな顔で二人のアイドルを見つめていることにコナンはガックリ肩を落とした。

 おいおい・・・蘭もやっぱりアイドルが好きなんかよぉ。

「へえ〜、ホントに“蒼の館”なんだあ」

 ジャックスの一人が目の前の館を見て口笛を吹くと、もう一人が蘭と園子に向けて、やあと笑いかけた。

 当然ながら、園子はもう涙を流さんばかりの喜びようだ。

(アレ?)

 コナンは、松永が運転してきた車の助手席からもう一人降りてきたのに気づいて瞳を瞬かせた。

 平次も予想してなかったのか、コナンと同じように意外そうな顔を向ける。

 それは平次たちやジャックスの二人と同じくらいの少年だった。

 濃紺のブルゾンにカーキ色のジーパン。

 ごく普通の高校生に見えたが、驚いたのはその少年の顔立ちだった。

 うそっ!

 その少年を見た蘭は大きく瞳を瞠り、平次もポカンと口を開ける。

 く、工藤?

 最後に車から降りてきた少年は工藤新一にそっくりだったのだ。

 コナンも、大きめのデイバックを左肩にかけてこちらへ歩いてくる少年をみて思わず眉をひそめた。

 工藤新一本人であるコナンの場合、蘭や平次とは驚き方が少し違っている。

 自分に似ているとは思えるものの、そっくりだとまでは感じない。

 あくまで別人という意識が働くせいかもしれないが。

 だが、新一をよく知る者にとっては、まさに本人かと疑ってしまうほどの驚きがあった。

 

10】に続く

HOME BACK