ミステリアスブルー 10

 

【カイト】

 

 黒羽快斗。

 それが松永の連れてきた少年の名前だった。

 じっくりと眺めて見ても、顔立ちは新一と双子のように酷似していた。

 違う点を上げるとしたら髪型くらいだろうか。

 新一のまっすぐに整った綺麗な黒髪に対し、黒羽快斗の方はいささか癖のある猫っ毛でふわふわした感じだった。

 初めて声を聞いた時もそっくりだったので驚かされた。

 コナンだけはちょっとわからなかったが。

 他人の耳に入ってくる声と、自分の耳に入ってくる声は元来違うものだから。

 蒼の館に着いてすぐに松永は、夕日を狙いたいからとジャックスの二人を連れて森の中へ入っていった。

 森の奥に小さな湖があるのだという。

 当然ながら園子は蘭を引っ張って彼等の後を追っていった。

 館に残ったのは小五郎とコナン、平次と快斗の4人だけだった。

 小五郎は長時間の運転で疲れたのか、いつのまにかソファの上で寝てしまい、結局子供3人が顔をつきあわせての談話となった。

 手伝いの女性(牧野さんという)が3人に紅茶のおかわりとクッキーを持ってきてくれた。

「カイトって名、どっかで聞いたことある思たら、この前やたら元気のええ彼女に引っ張られてたんは自分ちゃう?」

「ああ、それってオーディションの時のことか」

 やなとこ見られてんだ、と快斗は短く舌打ちした。

(・・・・・ふ〜ん)

 こうして会話してみると仕草や雰囲気、表情などが工藤新一とは違っているのがよくわかった。

 当たり前だ。

 いくら顔や声が似ていても別人なのだから。

 じーっと見つめてくる平次に、快斗は何?と首を傾げた。

「なんかオレの顔気になる?」

「あ、わりぃ・・おまえの顔、知ってる奴によう似とるもんやから」

「ふ・・ん。それって工藤新一?」

「なんや、知っとんのか」

「当たり前だろ。オレ、米花町の隣町に住んでんだぜ。工藤新一がマスコミに騒がれだしてから、よく間違われて声かけられてんだよな」

「ああ、そうやな。オレでも一瞬工藤かと思ったくらいやから、新聞でしか知らん奴やったら間違うのも無理ないわ」

「オレ、まだ本人に会ったことねえんだけどさあ、そんなに似てる?」

「ああ、よう似とるで。でもまあ、世の中には自分に似た顔が3つあるいうしな。オレの身近にも工藤に似た奴がおるし」

 つまり、おまえにも似とるっちゅうことやな、と平次が快斗に言う。

 初耳だったコナンは、え?と持っていたカップを置いて平次の方に顔を向けた。

「オレとおんなじ剣道をやってる奴やねん。そいつ京都の学校やねんけど、似てるんは顔だけで、性格や印象はまるでちゃうからそんなにソックリいうほどやないねんけど」

 どっちかといえば、快斗の方が新一とよく似ているかもしれない。

 へえ〜と快斗は平次の話に瞳を丸くした。

「でも、似た奴がおる言うてもそう会えるもんやないやろ?オレなんか一度も会ったことあらへんし。なのに、こうして会えるっちゅうのんも、なんやおかしなもんやな。だいたい工藤みたいな顔の奴はめったにおらん思とったのに、こうポンポン出てくるとありがたみ(?)が薄ぅなるいうか・・」

 なんだよ、それ?

失礼な奴だな!

 コナンと快斗の声が見事にハモり、二人は、ん?と互いの顔を見合わせる。

「あれ?そういやおまえ・・・」

 快斗が今気が付いたというようにコナンの方に顔を寄せた。

 じっと見つめられたコナンは、何?とたじろぐが、それでも目を逸らさずにいると、今度はいきなり相手が手を伸ばしてきた。

 ハッとして避けようとしたコナンだが、快斗の手はあっさりとコナンの眼鏡を取り上げた。

「あ、やっぱ思った通り!おまえ、オレのガキの頃にソックリじゃんv」

 コナンはギョッとなった。

 そりゃあ、コナンは工藤新一なのだから似ていてもなんら不思議のない話であるが。しかし、それは誰にも言えない秘密事だ。

「なに?おまえって、もしかして工藤新一の身内?」

「あ・・ああ、そうなんや。だから、こいつも結構鋭い推理しよるから工藤のかわりに連れてきたんや」

「推理って?なんかあんの?」

 マズッタ!

 コナンがじろりと冷たい瞳を平次に向ける。

「い、いや、ちょっとな・・・おまえ聞いてへんのか?」

 別に、と快斗は首をすくめる。

「あ、そういやおまえオーディション受けたんか?」

 すかさず平次は話題をすり替える。

「受けてねえよ。その前にあの人に捕まったから」

「あの人って、松永さん?」

 快斗はコクッとうなずく。

「あの人、来年ニューヨークで個展開くらしいんだ。で、そのためのモデルをずっと探してたってわけ。だから、さして興味のないアイドル雑誌の表紙のオーディションにも顔を出してたんだよ」

「で、結局おまえがスカウトされたってえわけなんか」

「なんかイメージがあってたらしいぜ、オレ。でも服部っていったっけ?おまえも、あの人に誘われたクチだろ?」

「ま・・な。ここへ来たってことは受けたんか?」

 ん、まあね、と快斗は頭の後ろを抱えるように右手を回し俯いた。

「雑誌の方はさあ、勝手に申し込まれたんだよなあ」

「あの時一緒にいた女の子か」

「そ。オレの幼馴染み。ハワイに目が眩んじゃってさ。オレに黙って写真まで入れて申し込んでやんの。おまけに写真審査が通ったとかで無理矢理引っ張っていかれるしさあ」

 ホントまいったぜ・・・と快斗は深々と溜息をついた。

「おまえも幼馴染みには頭上がらんって感じやな」

 快斗に親近感を覚えた平次がそう言って笑うと、ん?という視線が返った。

「も、ってことはおまえにもいるってわけか」

 頭の上がらない幼馴染みが。

 快斗の口元がニンマリと笑う。

 そうすると、快斗は人好きのする懐っこい印象になる。

 多分、学校でも友達の多い人気者だろう。

「なあ、結局オーディション受けんかったんやろ?むくれたんやないか、彼女」

「いや、喜んでるぜ。なにしろ、モデル料は2家族がハワイに行ってもまだお釣りがくるからさあ」

「えーッ!ホンマかあ!」

 ホンマvと快斗はコクコクとうなずいた。

「おまえ、誘われたのに聞いてなかったの?」

「そんなん聞いてへんわ!」

 つまり100万以上はあるってことか?

「モデルって、そないに儲かるもんなんか」

「探偵よりは儲かるんじゃないの?」

 快斗はそう言うと、ソファの上で大鼾をかいている小五郎にチラッと視線を流した。

 かもな、とコナンもそれには思わずうなずきかけた。

 

 

「来て良かった〜!こんなに近くでジャックスを見られるなんて、もうサイコーよ!」

 とりあえず邪魔にならない所にいれば見学を許された二人の少女は、木の陰から嬉しそうに撮影を眺めていた。

 園子はもう有頂天だが、蘭は何故かうかない顔でぼんやりと立っていた。

「どうしたのよ、蘭?」

「え・・うん・・・・」

「せっかく憧れのジャックスの二人が近くにいるってのに、もっと嬉しそうな顔しなさいよ蘭」

「うん、そうだね・・」

 気のない返事に園子は、はぁ・・と溜息をつく。

「新一くんにそっくりなあの子のこと考えてんでしょう」

「・・・・・・」

「ホント、よく似てたわよねえ。一瞬新一くんが来たのかと思っちゃったわよ」

「ねえ、園子。前に新一に見間違えた高校生がいたじゃない?」

「あ、そういや・・・そうかあ。彼、あの時の男の子なんだあ」

 多分、と蘭は頷いた。

 以前渋谷で彼を見かけた時、本当に新一だと思ったのだ。

「確か、彼女が一緒にいたわよね」

 言ってから園子は舌打ちする。

「いい男って、みんな女がいるんだから」

 面白くない。

「何言ってるの。園子には京極さんがいるじゃない」

「めったに会えない本命だけでは、わたしの寂しい乙女心は満たされないのよ!なんたって十七才!二度と来ない青春まっただ中にいるんだからあ!」

 もう、園子ったら・・

 いつもの事ながら、蘭は苦笑いするしかない。

「それって本命はちゃんと捕まえてるから浮気するって聞こえるよ」

 悪い?と園子はしれっと答える。

「わたしは蘭みたいに、新一くんがいたら誰もいらないなんて気にはならないのよねえ。わたしにも、離れていても不安にならないだけの時間ってものが必要なのかも」

「そんなことないよ・・・」

 不安だらけよ、わたしだって・・・・

「新一が関わる事件は、いつだって人の生き死にが関係してるから・・長い間連絡がなかったりすると、わたしの知らない所で何かあったんじゃないかって、とても不安になるもの」

 蘭・・・・

「最近、新一くんから連絡あった?」

「うん。先週。なんか、ややっこしい事件にかかわっちゃって困ってるって。だったら、さっさと切り上げて帰ってきたらいいのにね」

 蘭がそう言って笑うと、園子は処置なしという顔で眉間に皺を寄せた。

「あいつってさあ、中途半端で手を引くのって嫌いみたいじゃない?」

 だったら、今の蘭との関係も中途半端にしないできっちり告白しちゃえばいいのに、と園子は思わずにいられなかった。

 実は、蘭から聞いた話ではそういう展開になりかけた時があったようなのだが。

 当人は全然気づいていないというのがなんとも・・・

 男が彼女を高級ホテルのレストランに誘うなんて理由は一つっきゃないじゃない。

 どうしてわからない?ホント信じらんないわよ!

 まあ、告白の前に事件が起きてそのままいなくなっちゃったってのが、あいつらしいけど。

 でも、ホントに哀れなのは、鈍い幼なじみを持った新一くんだったりして。

 それでも、園子にとって一番大事なのは、親友の蘭の気持ちだった。


 山根礼子が館に着いたのは、陽も暮れてあたりが闇に沈んだ頃だった。

 その頃には最初の撮影を終えた松永とジャックスの二人も館に戻っていた。

「おじさん!」

 礼子と一緒の車で来て館の中へ入ってきた二人の男のうちの一人に向け、快斗が呼びかける。

 声をかけられた男の方は、びっくりした顔で少年を見る。

「え?快斗くん?なんで君がここにいるんだ?」

 男は怪盗キッド逮捕に執念を燃やしている、警視庁の中森警部であった。

「ハワイですよ、ハ・ワ・イv」

 肩をすくめた快斗が言うと、中森は、ああという顔でうなずいた。

「そういや青子がそんなことを言っとったな」

 みんなでハワイに行くために快斗が写真のモデルになるのだと娘の青子が、ウキウキしながら言っていたのを中森は思いだした。

 どうせ、いつものように青子の我が儘に押し切られてのことだろうが、まさかここで会うとは思わなくて中森も驚いた。

「これは警部」

 小五郎が応接室から顔を出すと、中森は露骨に顔をしかめた。

「やっぱり来とったか」

「礼子さんからじきじきに頼まれましたからね」

 小五郎ももとは警視庁の刑事だった関係で中森とは顔見知りであったが、管轄が違ったことで仲間意識より反発の方がどうも先にたつようだった。

「毛利さんですね。ここへ来たら有名な名探偵であるあなたに会えると彼女から聞いて楽しみにしてたんですよ」

 新顔の男はニコニコ笑いながら小五郎に向けて手を伸ばした。

「あなたは?」

「ああ、申し遅れました。私は羽瀬といいます。銀座で宝石店を経営しておりまして例のパーティにも出席しておりました」

 まさか・・という表情で小五郎は、羽瀬と名乗る紺のスーツを着た四十前後の男の顔を見つめる。

「キッドの言ったゲームに参加するつもりではないでしょうね?」

 そのまさかですよ、と羽瀬が頷くと、小五郎は物好きなというように鼻の頭に皺を寄せた。

「皆さん、お夕食の用意ができておりますので、どうぞ食堂の方へおいで下さい」

 エプロンをつけた牧野夫人が、ホールに集まっていた客たちにそう告げると、彼等はすぐに食堂に足を向けた。

 途中、おいと平次が快斗の肩を叩く。

「おまえ、中森警部と知り合いなんか?」

「子供の頃からのな」

 幼馴染みの親父さん、と快斗が答えると平次はああ、という顔になった。

「それって、おまえの彼女の?」

「いや、彼女ってとこまではいってないんだけどさあ」

 てんでお子様でね、と照れたように笑って快斗が言う。

 しかし、その笑顔はどっちが子供なんだかというくらい無邪気で子供っぽかった。

「おまえの方は好きなんやけど、幼馴染みの彼女ん方はそうやないんってか?」

「いやいや、オレのこと好きなくせに意地張って突っかかってくるってやつ」

「へえ〜」

 なんや、どっかのカップルによう似とるな。

 そう平次が口にしようものなら、おまえだってそうだろうが!とばかりに蹴りが飛んでくるのは必至だ。

 そのコナンは、親しげに蘭の肩に手を回すジャックスの片割れを殺しそうな目で睨んでいる。

 蘭が嫌がっていないので強行に邪魔できずにいるらしい。

 で、もう一人は園子と楽しそうに喋っていた。

「な〜んや、結構人数が集まってもうたな」

 山根礼子と探偵の毛利小五郎に警視庁の中森警部。

 服部平次に黒羽快斗、毛利蘭に鈴木園子、そしてジャックスの美山光と佐久間聖児の高校生6人。

 コナンも本当は高校生であるから7人とするべきなのだろうが、見かけは小学生だからな、と平次は肩をすくめる。

 で、カメラマンの松永と宝石店経営者の羽瀬、そして手伝いの牧野さんを入れて総勢13人だ。

「なあ、これってキッド絡みなのか?」

 え?といきなりの質問に目を瞬かせた平次が快斗を見る。

「さっき、事件とか言ってたろ?中森警部はキッド担当だしさあ。それに、さっき探偵のおっさんがキッドがどうとか言ってたじゃん」

 あ〜・・と平次は困ったように頭の後ろに手を回す。

「まあ、そうなんやけど・・・オレもようわからんのや。怪盗キッドはゲームに参加したいもんはこの館へ来い言うたんやけど、それがどういうもんなんかさっぱりわからへんし」

「キッドのゲームかあ・・・なんか面白そうじゃんv」

「面白いことあるか!犯罪者の考えるゲームなんか、どうせろくでもないもんにきまっとるわ!」

「でも、全く興味がないわけじゃないんだろ?」

 そう快斗が言うと、平次はう〜ん?と首を傾げて唸る。

 確かに興味がないわけではない。

 探偵の性質か、面白そうな事件にはどうしても関心がいってしまうのだ。

 わからないことをそのままにしておけないというか。

 どうしても真実を暴きたくなってくる。

 それがどんなに危険なことであっても。

 殆ど病気やなあ、と平次が溜息を漏らすと、快斗は彼の横でクスクスとおかしそうに笑った。

 

 

 食堂に集まった客たちは、それぞれ好きな席に腰をおろした。

 とはいえ、どうしても身近な者同士が固まることになるが。

 館の食堂はかなり広く、13人が余裕で座れる大きな長方形のテーブルがあっても狭いという感じは全くしなかった。

 白いテーブルクロスのかかったテーブルの上には二つの燭台があり、頭上には大きなシャンデリアがぶら下がっている。

 壁には青を基調とした大きな風景画がかかっていた。

「わあvなんかヨーロッパのお城みたいv」

「この館の内装は全てドイツのお城をもとにしてあるんです。母の父・・・つまりわたしの祖父が建築家で、ドイツの優雅で重厚なお城がとても好きだったそうです」

「もしかして、この蒼の館を建てたのは礼子さんのお祖父さん?」

 コナンが尋ねると、礼子はええとうなずいた。

「これだけのものを建てるとしたら相当金と時間がかかったでしょうな」

「そうですね。おかげで祖父が受け継いだ財産はそっくりなくなったそうですわ」

「まあ道楽としても、これだけのものを残せたらりっぱなものと言うべきですかな」

 小五郎が笑いながらそう言ったが、すぐに若いアイドルの二人が反論した。

「お城を建てても無一文じゃなんにもならないじゃん」

「そうそう。だいたい、ここって今は誰も住む人がいないって話しだし、結局子孫にとっては無駄な道楽だったってことじゃない?」

「そうやな。オレもどうせ残してくれるんやったら、こんな辺鄙なとこに建つ空き家よりもお金の方がええかな」

 小五郎は、ギロッと十代の少年たちを睨みつけた。

「おまえらなあ〜!夢とかロマンを感じんのか!」

「まあまあ、毛利さん。今の子供たちは現実的ですから。金の問題ではないと大きな夢を語るのはある程度年をとってからですよ」

 羽瀬はそう言って小五郎を宥める。

「ロマンといえばですな。もしかしたら、ここに本物の“神秘の蒼”があるかもしれませんよ」

 えっ!とテーブルについた客たちが、意外なことを言い出した羽瀬の方を見る。

「“神秘の蒼”は砕かれたんじゃなかったのですか?」

 確か礼子さんからそう聞いたと小五郎が言うと、彼女もその通りだと頷く。

「それは本物の“神秘の蒼”ではなかったとしたらどうです?」

「・・・・!」

「実は“神秘の蒼”は三雲氏に渡る前に何者かに盗まれたという噂があるんですよ」

「ええ!本当ですか!」

「あくまで噂ですけどね。でも、まんざらでたらめとは言えないかもしれない」

「それって、キッドが言うてた“ミステリアスブルー”やいうんですか?」

「そういや意味は“神秘の蒼”だな」

「キッドは3つの宝石を持ってたよね?で、ボクたちをここへ呼び集め“ミステリアスブルー”が謎を解く鍵になるんだって言ってた。ゲームの内容はまだわからないけど、ただ4つめの宝石を探すだけというのは、なんかおかしな気がするよ」

「そうね。自分が手に入れるつもりなら、わたし達をわざわざここに呼ぶ必要はないわけだし」

「俺たちに探させて横取りしようってんじゃないか?」

「キッド様はそんなせこい真似はしないわよ!」

 キッドファンの園子はプン!と怒った。

「単にギャラリーを集めたかっただけじゃないですか」

 松永が言うと、小五郎と中森は成る程と思った。

 キッドは常に派手な演出で獲物を盗む。

 それこそ観客の前でショーを見せるように。

「誰にも知られずに盗みを働くのは性に合わへんってことなんか?」

「だったら、思う存分騒いでやったら?」

 平次の隣の席についていた快斗が面白そうに言う。

 まるで鼻歌でも出そうなくらい楽しげな表情の快斗に、斜め前、蘭の隣に座っていたコナンが眉をひそめた。

「・・・・・・・」

 別に怪しいところは感じない。

 どこから見ても、ごく普通の高校生だ。

 平次も、工藤新一に似ているというだけで彼に違和感を抱いていないようだし。

 でもなんだろう?

 なんか気になって仕方がない。

「それじゃ、記念すべき第一夜はジャックスのミニライブというのはいかが?」

 聖児がそう提案を出すと、園子はキャア〜vと歓声を上げた。

「あ、それなら小さいですけどコンサートホールでどうですか?ピアノもありますし、演奏会用に造られた部屋なので音響効果もいいと思いますわ」

 オッケー、とジャックスの二人はウインクし親指を立てた。

 それがサマになるのも若さとアイドル性か。

「それにしてもすごいですなあ。家の中にコンサートホールまであるとは」

 仕事柄、お屋敷と呼べる邸宅に招かれたこともある小五郎だが、毎度驚かされるのはケタ違いの金のかけ方であった。

「ねえ礼子さん。ここにはいくつ部屋があるの?」

「そうねえ・・屋根裏部屋も入れると13くらいかしら?部屋がどこも広くとってあるから、それほど多くはないの」

 十分多いって、とコナン同様客たちも苦笑を漏らす。

「地下室とかはないの?」

「地下は祖父のコレクションルームになってるわ」

 コレクションルームという言葉に客の何人かが関心を示した。

「それって面白そうやな。見ても構へんか?」

 平次が聞くと、ボクも!と子供らしくコナンが手を上げる。

「あ、じゃあ、これから見に行く?」

 行く!と椅子から立ち上がった平次とコナンに続いて席を立ったのは二人。

 快斗と羽瀬だった。

 そして遅れて蘭も立ち上がる。

「ええ〜!蘭も行くの〜?」

「だって、これだけの館を建てた人のコレクションなんて興味あるじゃない。園子はどうする?」

「どうせ、美術品か骨董品でしょ。そういうのって、あんまし興味ないのよねえ」

「だったらオレたちのライブの準備手伝ってくれるかな?」

「ハイ!ハイ!喜んでお手伝いしま〜すv」

 園子は元気よく手を上げた。

 礼子の案内で地下室に入ったのは、最初の4人と蘭、そして中森警部の6人だった。

 小五郎と松永はというと、牧野夫人が持ってきた年代もののワインの方に関心があってそのまま食堂に残った。

 地下室の入り口はホールの階段脇にあった。

 階段を下りるとすぐに鉄の扉があり、礼子は鍵を鍵穴に差し込んで開けた。

 換気は十分にされているのか、思ったほど黴くささは感じなかった。

 中はそれほど広くはなく、玄関ホールの半分くらいである。

 しかし、そこはまるで美術館のように多種多様の美術品や骨董品に埋め尽くされていた。

 一応大きな彫刻などには白い布がかぶせられていたが、殆どはむき出しで埃をかぶっている。

 木箱に入れられたままのものもいくつかあった。

 羽瀬は、それらを一つ一つ熱心に確かめて見ている。

(まあ、ここで本物の“神秘の蒼”が見つかることはあらへんやろうけどな)

「わあ〜!これってルノアールじゃないっ?」

 蘭が壁にかけてあった絵の一つに驚きの声を上げる。

 美術の教科書にも載る有名なものではないが、間違いなくルノアールのタッチだし、美術全集で見た覚えもあった。

「ホンマや」

 平次は顎に指をあてて蘭の後ろから絵を覗き込み、目をパチクリさせた。

「向こうの壁にはシャガールがかかっとったで」

「本当?これって、やっぱり本物よね?」

「そうやろと思うけど・・・」

 本物だとすると、何千万って値がつくんやろうなあ、と平次は溜息をつく。

(下手したら億がつくんやないか?)

 おそらく一個人のコレクションとしては破格だろう。

 礼子の話では、このコレクションの殆どは市の美術館への寄贈が決まっているらしい。

(財産を食いつぶした理由ってのは、こっちの方が大きいんじゃねえの?)

 値打ちのありそうな美術品や骨董品を眺めながら、そうコナンは思った。

 ふと、コナンは異質なものを壁に見つけ足を止めた。

 それは額に入った一枚の写真だった。

 蔦がびっしりと赤レンガの壁に張り付いている三階建ての古ぼけた洋館。

 これは・・・

 その洋館は、コナンの過去の記憶に何か引っかかるものを感じさせた。

 この家を知っている?

 それとも、似たどこかを見たことがあるのか?

 ・・・えっ?

 突然床から足が離れ身体が浮き上がったので驚いて振り返ったコナンの瞳に、快斗の白い顔が映る。

「こうした方がよく見えるだろ?」

「あ・・ありがとう・・・・」

「どういたしまして」

 ニッコリと微笑む黒羽快斗。

 腕に抱き上げられ、触れるほど間近に見ることができた快斗の顔に、コナンはつと眉をひそめた。

 工藤新一である自分に酷似していることが最初から気に入らなかった。

 他人の瞳から見れば、どうやら双子のようらしい。

 ただ似てるというだけで苛立っているのではない。

 気になるのだ。

 この少年の持つ独特な気配が。

 ・・・・・・・その瞳で確かめてみますか、名探偵?

 何度か対峙はしたものの、あの時ほど近い位置で奴の顔を見たことはなかった。

 顔の輪郭、目鼻立ち、肌の色、わりと華奢な骨格の印象と、不敵な笑みを浮かべる赤い唇の形。

 どれもが、一瞬鏡に映したように思えた。

 腕の中の子供が、壁の写真ではなく自分の顔を凝視するのに、快斗はちょっと苦笑する。

 この子供が何を疑問に感じているのか、快斗には手に取るようにわかっていた。

 まあ、今回正体がバレるだろうことは予想のうちに入ってんだけどね。

 モノクルとシルクハットがないってだけでわからない名探偵ではあるまいし。

 だいたい、あんなに近くで自分の顔を見せたのは後にも先にもあれっきりなのだ。大サービスだったよなあ〜v

 ニッと楽しげに唇を歪める快斗を見て、コナンの抱いた疑いは確信に近くなる。

「おまえ、もしかして・・・・」

「そうだと言ったら?」

 フフン、と快斗が鼻で笑うと、コナンはカッと瞳を吊り上げ小さな手で胸ぐらをつかんだ。

「てめっ!」

「まァまァ、そんなことよりさあ。この写真・・・何が気になる?」

「・・・・・・・」

 ムッとしたようにコナンは口を尖らせると、再び写真の方に向き直った。

 しばらくして、ポツリと呟く。

 

「手が・・・白い手が見える・・・・・・・」

 

11】に続く

 

 

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