ミステリアスブルー【8】
とりあえず警察による現場検証を終え招待客が帰った後、博物館内の応接室に残ったのは鈴木会長と毛利小五郎、服部平次とコナン、そして山根礼子の五人だった。 蘭は、今回もキッドに会えず悔しがる親友の園子につきあって近くのカラオケボックスに行っている。 「煙幕とホログラフを映し出す装置に録音テープ、ほんでマイク。フロアの様子は備え付けられとった防犯カメラに細工してわかってたみたいやし・・・用意周到やったってわけや」 「まったくふざけた野郎だぜ!」 相変わらず状況がわかっておらず憤っている小五郎は放っておき、コナンはひっそりとソファに腰掛けている山根礼子に疑問をぶつけてみた。 「ねえ、お姉さん。どうしてキッドは“神秘の蒼”を盗んでいかなかったの?」 礼子はハッとしたように顔を上げたが、小五郎は何を言ってやがるとばかりにコナンを睨む。 「おまえバカか?んなことはあの泥棒に訊け!礼子さんに聞いてどうすんだ!」 だいたい、なんで蘭と一緒に行かなかったんだと小五郎はぶつぶつ文句を連ねた。 二人の間に平次がいなければ、コナンはいつものように襟首を掴まれ外に放り出されていたろう。 長椅子で小五郎の隣に座っていた平次は、アホはあんたやで、おっさん・・・とばかりに冷ややかな視線を向けている。 探偵が、あの場にいて何の疑問も覚えんやなんてどうかしてるわ。 「すみません!」 礼子は揃えた膝の上で両手をきつく握りしめながら、突然謝罪の言葉を口にし頭を下げた。 小五郎は、ギョッっとなって礼子を見る。 「それじゃ礼子さん、あれは・・・」 「三雲の祖父は知りません。祖父はあの宝石を本物の“神秘の蒼”だと信じていましたから」 「どういうことなんです?」 「・・・宝石を持ち帰った三雲の曾祖父が、日本へ戻る旅費をつくるために“神秘の蒼”を砕いて売ってしまったそうなんです」 「砕いた〜っ!女王の宝石を!」 小五郎は目を剥いて仰天する。 「当時、曾祖父はまだ十代でしたから宝石の価値をよくわかっていなかったようです」 「・・・・・・」 一瞬応接室はシン・・と静まりかえった。 そんなガキが、何故女王の宝石を四つとも手に入れることができたんだ? 小五郎でなくとも納得がいかない。 盗んだというなら別だが。 しかし、宝石の価値もわからない人間が危険をおかしてまで盗むというのも変だし、もしそうならイギリス側が返還を要求してくる筈だ。 それがないというのは、間違いなく正式に手に入れたものなのだろう。 (しかし、それを砕かれちゃなあ・・・) 「そやったら、あの展示されとった“神秘の蒼”は偽もんやったっちゅうわけやな」 そのことをキッドは知っていたのだ。だから盗らなかった。 「確かに“神秘の蒼”ではありませんが、宝石の価値から言えばあの宝石の方が高い筈です」 え? 「あれはイミテーションじゃありませんよ。宝石の鑑定をしている友人が太鼓判を押していましたから」 そう鈴木会長が断言すると、小五郎はへえ〜という顔になった。 「帰国後、曾祖父は自分のしでかした過ちに気づき“神秘の蒼”に似た宝石を買い求めたんです。曾祖父はそのことを家族にも秘密にしていたようなんですけど、曾祖母だけは気がついていたらしく、そのことを暗号にして日記に書き残していました。 「暗号?」 「三雲の曾祖母はミステリーファンだったそうです。でも、その暗号があまりにもよく出来ていたために誰も気がつかなかったようですが」 「誰が解いたの、その暗号?」 コナンが興味津々の顔で尋ねる。 「兄が・・・わたしの双子の兄なんですけど、彼が子供の頃に曾祖母の日記を見つけ、面白がって解いたそうなんです。でも兄は、いずれは自分のものになるものだからとわたし以外の誰にも言わなかったみたいです」 「知ってて黙っとったんか?」 「・・・・ええ。わたしはあまり三雲の祖父と顔を合わせることはありませんでしたから。祖父が宝石の一つを鈴木会長に贈ったことを知ったのは、ロンドンから戻ってからでした。多分、あの宝石が一番大きくて価値があると祖父が思って会長に。本当なら、知った時すぐにお話すべきだったのですが・・・」 「気にされることはありませんよ、礼子さん。女王の宝石ではなくても、あれはあれで本当に素晴らしいものですし」 「でも今度の展示から外さなくちゃ駄目なんでしょ?それにパンフレットにも既に紹介文が載っていたし」 コナンがそう言うと、人のいい鈴木会長は心配ないと言って笑った。 「宝石は私のコレクションに加えますし、パンフレットも修正がききますからね」 簡単なことのように言ってはいるが損害は大きい筈だ。 しかし、あの宝石がイミテーションでなく本物であるなら、損害をカバーするだけの価値は確かにあるかもしれなかった。 「ほんじゃ、それはそれでええとして・・・わからんのはなんでキッドが残りの三つの女王の宝石を持っとったかいうことや」 確かにそうだと小五郎も頷く。 「どういうことですか、礼子さん?宝石は三雲家を継いだあなたのお兄さんが持っていたのではないのですか?それとも、鈴木会長のようにあなたの亡くなったお祖父さんが誰かに譲ってしまったとか」 礼子は、わかりませんと首を横に振った。 「先ほども言った通り、わたしは祖父のことは何も知らないんです。兄からも宝石のことは聞いていませんし」 「お祖父さんとは会ってなくても、お兄さんとは会われていたのでしょう?」 「初めて兄に会ったのは、わたしが中学に入ったばかりの頃でした。アメリカの大学を卒業した兄が一時帰国し会いにきてくれたんです。それまで双子の兄がいることは知っていましたが、顔すら知らなかったので本当に驚いてしまいました。でも、兄と会ったのはその一回だけで、後は手紙やEメールだけのやりとりでした。兄はすぐにアメリカの大学へ戻ってしまいましたし、わたしは高校を卒業後イギリスの大学に留学したものですから」 「ほおう。ご兄妹そろって優秀だったのですなあ」 小五郎が感心したように言うと、彼女は苦笑を浮かべた。 「わたしは兄のような天才ではありませんわ。三雲の母方の家系は時々兄のような天才が生まれるそうなんです。兄は亡くなった母にそっくりでした。でも、わたしは顔も頭の出来も父親似で。三雲の祖父はそのことを気にかけ、わたしを山根家の養女にしたんです」 「え?それってどうしてなの?」 コナンが尋ねると、彼女は目を伏せた。 「母の家系は天才が多い反面、狂気に走る者も多かったそうなんです。そのせいで直系の血は絶えてしまったと聞いています」 「・・・・」 さすがに鈴木会長もそのことは初耳だったらしく、眼鏡の奥の目がびっくりしたように丸くなった。 小五郎は勿論、コナンや平次もその話にはゾッとなった。 直系の血が絶えるような狂気とはいったいどんなものなのか。 結局彼女は何も知らず、いったいどういう経路で三つの宝石が怪盗キッドの手に渡ったのかわからずじまいだった。 「じゃあ後は、キッドが言うてたゲームと・・・」 蒼の館だね、とコナンが続ける。 「心当たりはありますか、礼子さん?」 「ゲームのことはわかりませんが、蒼の館というのは多分、母が生まれ育った家のことだと思います。今はもう誰も住んでいない筈ですが」 「場所はわかりますか?」 ええ、と礼子はうなずいた。 「わかると思います」
蒼の館へ行く前に相談したいことがあると礼子から電話を受けた小五郎は、すぐにタクシーを拾って指定されたビルへ向かった。 丁度学校から戻ってきた蘭とコナンも一緒だ。 「なんでおまえらもついてくんだ?」 せっかく彼女と二人っきりで話をするつもりだった小五郎は、当然お邪魔な二人の存在が気に入らなかった。 「いいでしょ、別に。それとも、わたし達が一緒だとマズイわけでもあるわけ?」 「そ、そんなもんあるわきゃねえだろが!」 「・・・・」 おっちゃん、それってバレバレだっつーの。 「だったらいいじゃない。それに、たまには外で食事したいわよねえ、コナンくん」 うん!とコナンは蘭に向けて大きく頷いた。 しょうがねえな、と小五郎は小さく舌打ちする。 まだ高校生の蘭に家事全部をまかせているという負い目がある小五郎は、そう言われると何も言えないのだ。 礼子が待ち合わせに指定したビルは、一階にイタリア料理店と喫茶店が入り、二階以上には事務所と貸しホールが入っていた。 タクシーを降りた三人を待っていたのは、野球帽を被った西の高校生探偵、服部平次だった。 「なんだ、おまえ。まだいたのか?」 小五郎はさらに邪魔者が増えたというように渋い顔で平次を睨む。 「当たり前やん、おっさん。一応、府警本部長であるオヤジに彼女のこと頼まれとんのやから。なんもなかったんならともかく、キッドが現れ、意味ありげな予告を残されちゃ帰れるわけあらへんわ」 「ガキのくせして、ボディガードのつもりかよ」 ますます面白くない。 「おっさんがボディガードをやりたいんやったら構へんで。できたらおっさんに頼みたい言うてたしな」 「礼子さんがっv」 平次の言葉に渋い表情を一変させた小五郎は、目にハートマークをとばしながら脱兎のごとくビルの中へ飛び込んでいった。 「ちょっと、お父さん!恥ずかしいことはやめてよね!」 慌てた蘭が小言を言いながら小五郎の後を追っていった。 全く・・・相手が美人だとすぐ調子にのるんだから。 おい、とコナンは平次の袖を引っ張った。 「いいのかよ?おっちゃんに彼女のことまかせて」 もし本当にあの組織がかかわっているとしたら、今回の件はかなりヤバイ事件に成りうるかもしれないのだ。 「しゃあないやろ。そう言われてもうたんやから」 ホントに?とコナンは首を傾げる。 「やっぱりオレみたいなガキより、有名な探偵の方が頼りになる思たんとちゃうかあ?キッドが現れてから彼女、えろうオレのこと気にしてくれてたし」 「え?」 「オレは探偵やねんから気にせんでもええて言うたんやけど、彼女、高校生を危ない目にあわせられん言うて」 成る程、とコナンは納得できたというように頷いた。 双子の兄の突然の失踪と、正体の見えない組織の存在に加え、怪盗キッドまでかかわってくれば、そりゃあ彼女の心配も無理ないかもしれない。 いくら探偵として多くの事件に関わってきたといっても、結局は高校生・・・ 彼女にとって服部は、まだ親の保護下にある少年でしかないのだから。 「おまえにいたっては“小学生”やもんな」 からかうような平次の顔に向け、うるせえよとコナンは睨み付ける。 それに対して平次は肩をすくめて笑った。 「ま、そう言われてもお役御免ってわけでもあらへんし、途中で投げ出す気もあらへんけどな」 「じゃ、やっぱりおまえも行くのかよ、蒼の館?」 「決まってるやろ。こんな謎が一杯の事件、かかわらへんなんてもったいないやん」 「おまえなあ・・・」 「不謹慎とかは言われへんやろ。おまえかて気になっとる筈や。妙な男たちのことも、キッドのこともな」 「まあ・・な」 確かに否定はできない。 ずっと気になっている。 キッドが口にしたあの“ミステリアスブルー”というのも。 何故か引っかかる・・・・・ 「待ちなさ〜い!」 突然聞こえてきた少女の大声に、コナンと平次は何だぁ?と振り返る。 見ると、高校生らしい髪の長い少女が、逃げ出そうとしている少年の襟首を掴んで引き戻そうとしている所だった。 「男らしくないわよ快斗!ここまできてやめるなんて絶対に言わせないんだからあ!」 少年はそれに対して何か言い返しているようだったが、どうも少女の方は聞く耳をもたない様子だ。 どちらも背を向けているのでコナンたちには二人の顔はわからなかったが、何故か他人事と思えない気分になってしまったのは、彼等を自分たちと重ねたせいかもしれない。 「快斗なら絶対に大丈夫だって!ハワイよハワイ!ファイトよおぉぉぉっ!」 「・・・・・・」 少女はとにかく呆気にとられるくらい元気いっぱいだ。 反対に少年の方はかなり暗い雰囲気である。 「なんやろな、いったい?」 「知るか」 コナンはツンと彼等から視線を外すと、さっさとビルの中へ入っていった。
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