ミステリアスブルー【7】


 展示室に戻ると、コナンは毛利蘭と楽しそうに喋っていた。

 正体を知っている平次に対しては同年齢の工藤新一として接してくるが、あくまでコナンで通さなければならない蘭に対しては、その見かけ通り子供の無邪気さを全面に出している。

 さすがに女優の子だと感心するくらい、その演技は堂にいったものだ。

 これまでずっとバレないでいられた理由が納得できるほどに。

「それにしても、怪盗キッドは本当に今夜現れるんでしょうかねえ」

 小五郎が神秘の蒼と呼ばれるビッグジュエルを覗き込みながら言えば、当然だ!と茶木警視は拳を作って断言する。

 この人もキッド逮捕に情熱を燃やしている一人だ。

「奴の予告状には“招かれた紳士淑女が揃いし時”とあった。それは今夜行われる宝石のお披露目のことに違いない!」

「でも、予告状には宝石のことは書かれてなかったんでしょ?」

 コナンが訊くと小五郎は、またこいつ・・と眉間に皺を寄せた。

「盗みもせず、ただ挨拶だけしにくる泥棒がいるかってんだ!」

「え、でも・・・予告のための予告状って可能性だってあるでしょ?」

「ああ〜?」

 コナンの予想外とも思える仮説に、その場にいた大人たちは皆キョトンとなった。

「何をわけのわからんことを言ってやがる!予告のための予告状だあ?んなの誰がするってんだ!」

 小五郎は顔をしかめると、コナンの襟首を掴んで蘭の手に押しつけた。

「邪魔しねえように、しっかり面倒みてろよ!」

 コナンは蘭の腕の中で、むぅと頬を膨らませる。

 工藤新一だったら、どんな突飛な仮説をたてても真面目に聞いてくれるだろうが、コナンでは子供の戯れ言として殆ど無視されてしまう。

 慣れることのない悔しさが、コナンに言いようのないジレンマを覚えさせる。

 なんでそう簡単に結論を出しちまうんだ?

 確かにキッドはビッグジュエルを狙う泥棒だが、ただの愉快犯と異なって、何か彼なりの目的を感じさせる行動にどうして誰も変だと思わねえんだ?

「しょうがないわねえ・・・まだ少し時間あるからどこかで軽くなんか食べよっか?」

 蘭がコナンにそう話しかけると、平次もすぐにのってきた。

「あ、オレもつきあうわ。丁度腹減ってたとこやねん」

「アレ?服部くん、お昼まだだったの?」

 いんや、と平次は肩をすくめ、

「駅弁食ったけど、あんなじゃ、やっぱ足らへんもん」

 ニマッと笑って答える平次にコナンは渋い顔をする。

 なんといっても17才。

 今だ成長期の彼だからそれは当たり前のことなのだろうが。

 しかし、同じ年だった新一もそうだったかというと、ちょっとうなずけない。

 もともと、美味しいものを食べるのは好きだが、旺盛な食欲というものには縁がなかったからだ。

 ほな行こかぁ、と平次はコナンを蘭からバトンタッチするように抱き取った。

「おい?」

「ええやん。久しぶりなんやし。それとも、やっぱねーちゃんの胸の方がええのんか?」

 平次がからかうように言うと、コナンは嫌そうな表情で色黒の関西人を睨んだ。

「でもホンマ、子供って軽いもんやなあ。まるでヌイグルミ抱いてるみたいやわ」

 蘭がクスクスと笑う。

「そうね。コナン君って小柄だから。でもそうやってると、コナン君と服部くん、兄弟みたい」

 楽しそうに笑っている蘭は、みとれるくらい可愛かったが、この野郎は・・・とコナンは間近にある顔を見て眉間を寄せた。

「ぶん殴られてえのかよ?」

 自分の小さな手では殴ってもたかがしれてるが、それでも言わずにいられないくらいむかついた。

「そう怒りなや。この方が話しやすいやろ?」

「なんの話だ?」

「決まってるやん。固定観念に凝り固まった大人にはわからん話や」

 平次はチラッと宝石のまわりに立つ警視や小五郎たちに視線をやる。

「オレも予告状を見せてもろたんやけど、なんか変やと思とったんや。キッドのことはよう知らんのやけど、一応ここに来るまでに資料読んどったし。今までとはちょっとちゃう感じがする」

「ふ・ん。おまえもそう感じるんだったら勘違いってことはねえかもな。気になるのは・・・」

 ゲームと二人の口から同じ言葉が同時に出る。

「奴にとって盗みは一種のショータイムだ。それは予告状を出して観客〈警官〉を集めておくことでもわかる。警察はあくまで観客であって障害じゃない」

「それってむかつく話やけどな」

 府警本部長を父親に持つ服部平次にとってはもっともな感想だ。

(奴はいったい、なんのために現れるんだ?)


 宝石が展示されているフロアは二階と三階の吹き抜けで博物館の展示室の中では一番広い場所だった。

 招待されたのは鈴木会長と懇意にしている会社の社長や大学教授、TV局の人間や美術愛好家として知られる作家など様々であるが、一言でいえば・・・

「さすが鈴木財閥が招待した客やな。上流階級ばっかりや」

 ハハ・・・・

 客たちに混じって警備の警官がフロアを回っているが、それ以上に浮いて見えるのは、自分たちより名探偵(?)毛利小五郎の方かもしれなかった。

 さっきから彼は山根礼子のそばを離れずに、歯の浮くようなセリフを繰り返している。

 ったく、美人には目がねえんだからな、このおっさんはよ・・・

 蘭は遅れてやってきた園子とお喋りに夢中だ。

 いや夢中なのは園子の方か。

 まあ、小五郎には礼子が、コナンには平次がいるから大丈夫だと思ったのかどうか・・・蘭がこっちに気を回さないのは助かる。

 ずっとそばにいられては動きがとれやしないからだ。

 蘭は事件が起こるとすぐにいなくなってしまうコナンに対し、最近神経過敏になっているのだ。

 無理もない。

 つい先日強盗犯と出くわして大けがをし大いに心配させてしまったのだから。

 なので、極力コナンを事件現場にはいかせまいとしている。

 少年探偵団の面々も例の事件のせいで親に泣きつかれたのか、ここしばらくおとなしい。

 このまま事件から遠ざかってくれればいいんだが、とこっちは勝手にそう思っていたが。

(ま、いつまで続くかってとこかもしんねえけど・・・)

 突然キャッと小さな悲鳴が聞こえたので何事かと見れば、園子が招待客の一人とぶつかったらしかった。

 こんな広いとこで、なんでぶつかるかなあ・・

「きゃあん!口紅取れちゃった!」

 園子の悲痛な叫びに、コナンは何っ?と思わずついさっき彼女とぶつかった客の姿を探してしまった。

「コレ、簡単には取れないっていう最新の口紅なのにぃ〜」

 こらこら・・泣くのは口紅つけられた方だろうが〜

 とりあえず化粧を直しにいくのか、園子が蘭を引っ張ってフロアを出ていくのが見えた。

 女子高生には必需品と言われてても普段はしないくせに、今日はしたということは、もしかしなくても怪盗キッドのため。

 ミーハー娘め・・・

「ええキャラクターやな、あの子」

 面白そうに言う平次にコナンは、ああとだけ言って溜息を吐く。

 世話焼きの蘭以上にあいつは面倒な奴と言えるかもしれない。

「宝石の方、見てなくてええのんか?」

「いくらオレたちでも、警備員ががっちりガードしてる場所に近づくわけにはいかねえだろ。ま、注意はしてっけど多分・・・今回の奴の狙いは別」

「予告状の内容を素直に受け取ったらな。警察はそれがでけへんらしいけど」

「・・・・・」

 キッドの予告状があって、奴がいつも狙っているビッグジュエルがあればそりゃ盗み意外の目的があるとは誰も考えないだろう。

 しかも、いつもキッドにまんまと宝石を盗まれている二課の刑事らであればなおさらだ。

「なあ服部・・・おまえ何故キッドが宝石ばかり狙うのか疑問に思うことねえか?」

「それもビッグジュエルばかりやな。泥棒にも好みってのがあるんやないか?現金ばかり盗む奴もおれば美術品ばかり狙う奴もおるし」

「怪盗キッドは宝石が好き・・てか。そのわりにはすぐに返したりしてるよな」

「あ、オレもそれ変や思てんねん。もしかしたら宝石に関心があるんやのうて、盗むことを楽しんでんのやないんかって。今時予告状送りつけて警官を集めた中で派手に盗むやなんて面白がっとるとしか思えんもんなあ」

「奴の盗みの特徴はマジックを使うこと。派手な衣装はめくらましか、でなければ奴のステージ衣装。そして、もう一つの特徴は、ここ最近の奴の予告日が満月の夜だってことだ」

 平次は、アレ?という顔でコナンを見る。

「そうやったんか?資料には、んなこと書いてへんかったから・・・ああ、月日でわかるかあ。気ぃつかんかったわ。けど、今日は満月やなかったんちゃうか」

「ああ・・」

 つまりや、と平次は顎に手を当てる。

「それからしても、キッドの狙いが宝石やないっちゅうことか」

「そう断言するのは早急だが可能性は高いよな」

「ほんじゃ、さっきおまえが言うた通り、予告のための予告状やったんか」

「暗号と考えずにそのまま受け取れば、ゲーム開始・・のな」

「ゲームって、なんなんや?」

「それは奴が教えてくれるだろうよ」

 コナンが答えたその時、突然フロアの四隅から白い煙が立ち上った。

「・・・・!」

 火事だあ!と誰かの悲鳴が上がると、フロアにいた客たちは騒然となった。

「違う!火事なんかじゃない!煙幕だ!」

 コナンがそう叫ぶが、パニックになりかけた人々の声にそれはかき消されてしまう。

 このままじゃ怪我人が出ると危ぶんだその時だった。

レディース アンド  ジェントルメン!

 突然よく通る澄んだ声がフロア内に響き渡った。

「何っ!」

 声がしたフロア中央の方を見ると、煙幕でぼやけた中にシルクハットと長いマントがはっきりとわかるシルエットが浮かび上がっていた。

 怪盗キッド!

「お集まりの皆さん!これより時の魔術師がゲーム開始を宣言致します!参加は自由!制約もなし!そして謎を解いた勝者には素晴らしい商品が用意されている!ただし、参加される方にはそれなりの覚悟をしてもらわなくてはならない。何故なら、このゲームは今世紀末を締めくくるにふさわしいものであり、勝者は選ばれし者としての資格を試されることとなるので」

 おわかりかな?とキッドは薄く笑みを浮かべた。

「キッドッ!」

「これは中森警部。そのようにコワイ顔をなさらなくても私はすぐに退散致しますよ」

「何ーっ!すると貴様、もう“神秘の蒼”を盗んだのか!」

 おやおや、とキッドはおかしそうに笑う。

「私が宝石を盗みに来たと思っていたのですか?予告状には、そんなことは書いてなかった筈ですが」

「なんだと!じゃあ、貴様は女王の宝石を盗みに来たわけじゃないと言うのか!?」

 驚いた茶木警視が叫ぶと、キッドはニッコリと微笑んだ。

「今更何を?ビクトリア女王への献上品だった宝石は、既に我が手の中にあるというのに」

「何ーっっ!」

 目を剥く彼等の前で、キッドはスッと右手を挙げる。

 白い手袋をした彼の指の間には3つの宝石があった。

“神秘の蒼”に比べればいささか小振りだが、それぞれが美しい輝きを放っていた。

「“帝王の白”“貴婦人の赤”“蠱惑の碧”・・・この美しい宝石たちはとうに私のもの」

 そう言ってキッドは宝石の一つ一つに口づける。

 その気障な仕草がさまになって見えるのも、悔しいが怪盗キッドだからだろう。

 園子がいれば狂喜し黄色い歓声をあげるのは間違いないだろうが、一向に聞こえてこない所をみると、またも外してしまったらしい。

 また後でうるせえだろうな、とコナンは溜息・・・

 それにしても・・・どういうことだ?

 三雲家秘蔵の女王の宝石は4つだった筈。 

 何故残りの一つを狙わない?ここにあるのは偽物だっていうのか?

 宝石の鑑定は専門外で、しかもガラスケースの中にあっては本物か偽物かの判断はつきにくいが、それでもコナンの目にはイミテーションに見えなかった。

 キッドが好むビッグジュエル。なのに何故?

「偽もんなんか、アレ?」

 平次もコナンと同じ疑問を覚えているようだ。

 ミステリアスブルー・・・とキッドの口から唐突に漏れ出た言葉に、コナンはハッとなった。何故なのかはわからないが、何か重要なキーワードを聞かされたような気がしたのだ。

「それが謎を解く切り札となる。ゲームに参加したい者は、これより十日の間に蒼の館へ入ること」

 では。参加される方々の健闘を祈ります、とキッドは優雅に一礼した。

「待てよ、キッド!おまえの立つ位置はどこなんだっ?」

 コナンが前に走り出て問いかけると、キッドの表情が奇妙に歪んだ。

 数秒の間を開けてキッドは答えた。

「私の立つ位置はあくまでオブザーバーだが、場合によっては切り札を守る者にもなる。

 その答えでいいかな?小さな名探偵くん」

「・・・・・・・・」

「捕まえろーっっ!」

 その声を合図に警官たちがワッとキッドに飛びかかった。

 だがキッドの姿は幻のように消え失せ、けたたましい音と共に警官たちが折り重なるように倒れていった。

 ようやく煙が薄くなってまわりが見えてくると、フロアにいた客たちは唖然となった。なにしろ、さっきまでいた筈のキッドの姿はどこにもなく、資料が置いてあったテーブルをひっくり返した警官たちが山になっていたのだから。

「何?何?どうしたのっ?何があったのよ〜!」

 マジずれたタイミングで化粧室から戻ってきた園子のカン高い声にコナンはいっぺんに緊張が解けた。

 うっそーっ!

 そうして予想通り、園子の悲痛な叫びが響き渡ったのだった。


地下駐車場に止まっていた車の後部シートに一人座っていた少年が、クスリと笑って膝の上のノートパソコンを閉じた。

 殆ど予想した通りに中森たちが動いてくれたので修正はごく僅かですんだ。

 まあ毎度パターンが決まってんだもんなあ、予測はラクチンだぜvと少年はクスクス笑う。

 まあ、思いがけないイレギュラーはあったけどな、と彼は小さな子供の姿を思い浮かべた。

 それが唯一の修正理由だ。

 追加と言ってもいいか。

 本当はあそこまで言う予定ではなかったのだが。

「オッケ。寺井ちゃん、用事はすんだ。出ていいぜ」

「このまま坊ちゃまのお宅に戻られますか?」

「う〜ん、そうだな。ちょっとスーパーに寄ってくれる?ついでだし晩飯の材料仕入れとく」

「奥様は今日も遅いのですか」

「忙しいみたい。でもま、あの人結構仕事楽しんでるようだしいいんじゃない?」

「それではずっと坊ちゃまが食事のお支度を?」

「腕上げたぜv今度オレの手料理食ってみる?」

「それは嬉しいですなあ」

 運転席に座る老人は、本当に嬉しそうに笑うと車を地下駐車場から出した。


】に続く

 

 

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