相手がキッドとなればこれが当然だと言わんばかりに、米花博物館周辺は物々しい警備網が敷かれていた。 事情を知らない人間が見れば、いったい何事かと目を丸くする所だ。 空にはヘリコプターが、そして地上には機動隊までが出動しているのだから。 まさにネズミ一匹侵入できない厳重な警備体制であった。 だが、それがたった一人の泥棒を警戒してのことであるのだから、これもまた知らない人間には税金の無駄使いにしか思われないだろう。 しかし、その泥棒が怪盗キッドだとわかれば事情は一変する。 誰もが、この警備体制を納得できる相手・・・ 18年前、パリに現れ現代の怪盗アルセーヌ・ルパンと呼ばれ、パリっ子達を熱狂させたマジックを扱う華麗な泥棒。 数年のブランクの後、今度はこの日本を舞台に活動を再開した。 今時予告状なるものを送りつけ、宝石のみを盗んでいくというレトロな泥棒が厳重な警備をものともせずに、鮮やかに盗んでいくその手口と、普通では考えられない、とてつもなく目立つ真っ白なコスチュームにその身を包んだ怪盗に喝采を送る一般人も多い。 その一人が、今度キッドに狙われているらしい宝石の持ち主、鈴木財閥の令嬢なのであるから呆れるばかりだ。 こう自分にかかわってくれば、さすがに泥棒には興味ねえやとも言ってられずこうしてコナンも現場に足を運ばざるおえない。 奴とは2〜3度顔を合わせているが、まだ正体は謎のままだ。 18年前に現れたというには、意外と若い気がした。 もしかしたら、10代かと思えるほどであったが、しかしそれが真実の姿であればということになる。 とにかく、奴は変装の名人で、姿や声はおろか、性格までも完璧にコピーしてのけるのだ。 だから、あの姿が本当にキッドの素顔だとは言い切れないことになる。 「キッドめ!今度こそ、必ず奴を捕まえてみせるぞ!」 小五郎と蘭について米花博物館に着いた時、物々しい警備の中でひときわ大きく響き渡る声に、コナンは苦笑した。 (相変わらず、熱血してんなあ・・あの警部) キッドがこの日本で仕事を始めた時からずっと追い続けているというあの中森警部と最初に会ったのも、やはりキッド絡みの事件の時だった。 さすがに長くキッドを追っているだけあって、他の刑事に比べて読みも鋭かったが、しかしいつも裏をかかれ逃げられている。 奴との戦いは、互いの読みがいかに相手を凌駕するかにかかっているが、キッドの先を読む力はまさに天才的。 その天才の裏をかくというのは、たとえ日本警察の力をもってしても至難の業かもしれない。 (オレも最後の詰めでしてやられ、まんまと逃げられちまってるからなあ・・) ようやく追いつめても、奴の突飛な作戦にのせられ逃げられているのだ。 たとえ、奪われた宝石を取り戻せても、悔しいことには変わりない。 次はねえぞ!と言いたい所だが、どうも殺人事件の時のような突っ込みに欠けるのは否めない。 キッドとの戦いは、真実を暴く探偵と、それを隠そうとする犯人とのやりとりというのではなく、どっちがより優れているかを張り合うゲームのような感覚がどうしてもあるのだ。 意地でもそれを認めたくないが、しかし密かに奴との頭脳戦を楽しむ自分を否定できない。 だから、自分は徹夜もいとわずにキッドの暗号めいた予告状を解くことに必死になってしまうのだ。 (結局、オレも奴に振り回されてる一人かもなあ) そう考えると、やはり悔しくなる。 キッド担当は捜査二課なので、工藤新一時代を含めコナンとも顔見知りの刑事は少ない。 知ってるのは茶木警視と、キッド逮捕に情熱を燃やしている中森警部の二人くらいだ。それも顔を知っているという程度。 小五郎も探偵ではなく捜査一課の刑事のままであれば、この場に来ることなどなかったに違いない。 「ほお?これがキッドの狙っている宝石ですか」 鈴木会長自らの案内を受けて、ビクトリア王朝ゆかりの宝石が納められたガラスケースを小五郎はやや腰をかがめて覗き込んだ。 さすがに由緒ある高価な宝石というべきか、真っ青なその輝きと大きさは目を瞠るものがある。 「いや、怪盗キッドがこの宝石を狙っているとは言い切れませんが、まあ警部さんたちの話では、展示されている宝石の中ではこれが最もキッドの好みに合っていると」 「決まってんじゃない!大きさも輝きもそして気品も他とは全然違うわ!」 そう力一杯主張する園子に向け、コナンは鼻を鳴らす。 (そりゃあ、狙ってくれなきゃ困るよなあ。おまえの目的は怪盗キッドなんだからよ) コナンもケースの中の宝石を見ようとするが、僅かに身長が足りなくて蘭の世話になる。 あ〜ホント情けねえ・・・ さすがに見ただけで宝石の価値やら、本物か偽物かの判断ができるほど精通しているわけではないが、しかし、この大きさや深みのある蒼い輝きが本物なら数千万の単位は楽につくだろう。 「こりゃまたでっかい宝石やなあ。キッドはこんなん好きなんか?」 突然耳に入ってきた関西弁に、コナンはえ?と瞳を瞬かせる。 振り返ると、キャップを被った色黒の少年が白い歯を見せた。 「よお」 「服部・・くん?」 蘭も意外な人物の登場にびっくりする。 「なんだ、おめえ!なんで、おめえがこんな所にいるんだ?」 「オレ?決まってるやろ、し・ご・と。おっちゃんと一緒や」 な〜に言ってやがる!と小五郎は不機嫌な顔で平次を睨んだ。 「てめえは高校生だろうが!学校はどうしたんだ、学校は!」 「何言うてんねん。月の第二土曜は学校は休みやで。ほんでもって、月曜はオレんとこ創立記念日で休みやねん。ホンマうまくできてるわ。もっとも、今回はオヤジに頼まれた仕事やから休んでも別に構へんねんけど」 「あ?オヤジって・・大阪府警本部長か?」 「当たり前やろ。オレにオヤジは二人もおらんわ」 平次がそう小五郎に答えた時、彼の背後から濃いグリーンのスーツを着た女性が姿を見せた。 その女性は小五郎に向けて軽く会釈してから、鈴木会長の方へ歩いていった。 (びっ・・びっじ〜ん!) スラリとした体型と、彫りの深い顔立ちはハリウッドの美人女優にもヒケをとらない。はっきりした二重に通った鼻筋。 栗色の髪は柔らかくウエイブがかかりながら肩へと流れている。 年は27〜8才というところか。 「これは礼子さん!いつ、こちらへ?」 顔見知りらしい鈴木会長が驚いたように彼女に問いかけた。 「今朝早くです」 「え?ロンドンから?」 「いえ・・ロンドンにはもう・・去年帰国して今は大阪に住んでます」 「あ、そうだったんですか。ちっとも知りませんでした。もしかして、例の遺言状のことで」 (遺言状?) 二人の会話を耳にしたコナンは眉をひそめた。
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