「あなたが今回のジョーカー殿だったのですね?」


舞台の上でスポットライトを浴びているのは名探偵工藤新一と怪盗キッド。

これもまた実際にはなかったことだが、顔を合わせずしてどうするのよ!という園子の熱意で、この対峙のシーンは
つくられた。

先ほどまでキッドと警察の追いかけっこでにぎやかだった舞台が、一転して張り詰めた空気をかもしだしていた。



新一が出てくるまではキッドの格好をした快斗が、アドリブで舞台上でアクロバットも行ったため、大いに盛り上がり、警察役の者たちは本当に疲れてしまい、息を切らしてへたり込んでしまった姿は笑いも誘った。

だが今はそれが嘘だったような雰囲気。

劇であるとはわかっていても、まるで本物の現場にいるかのような緊張感。



「お前が、今回の泥棒か?」

「ええそうですよ。あなたのおかげでずいぶんとてこずってしまいました。このようなことは初めてですよ?」



ゆっくりとキッドが新一へ近づいていく。

表情は見えないが、その口元にははっきりと笑みが浮かんでいる。

新一は自分の方へ歩いてくる男を黙って見つめていた。



ステージ横で見ている園子をはじめとする女子は、待ってましたとばかりに目を輝かせた。

このあとの展開は、キッドが新一の手を取りキスをすることになっていた。女子の間ではこのシーンが一番の
お楽しみなシーンだった。

園子の頭の中にこのシーンが一番最初に浮かんできたのだということは当人たちには内緒のことである。

練習のときは新一はあんなことは一回きりで十分だ!といい、快斗は白馬相手にんなことできるか!と拒否したため、どんなに説得しても決して見られなかったのだ。

行け行け!と女子たちは身を乗り出し、その異様な迫力に男子たちはひいてしまう。

ただひとり、白馬だけは真剣な眼差しで舞台上のふたりを見つめていた。


そのころ舞台上の新一は、徐々に近づいてくるキッドにずっとあった不思議な感覚がますます強くなるのを感じた。

不思議な感覚、これは・・・・・・・・・・そう、既視感(デ・ジャヴュ)。



「ひとつ、聞いてもいいか・・・?」



思わず口をついた言葉。もちろん台本にはない。

このことには見ていたものたちも驚いた。

台本どおり演技を続けていた快斗も、足をとめて新一の顔をまじまじと見つめる。だが動揺する様子もなく
すぐににっこりと笑った。



「どうぞ?」

「・・・・・目的は、なんだ?」



あえて簡単に訊く。これは劇。そのことは新一にもわかっている。だからアドリブとしてもおかしくないセリフ。

全く主語がない質問は、普通の人が聞けばこの劇の中での目的を聞いたものだと勘違いするだろう。

現に園子はキスまでを長びかせるための新一の最後の悪あがきだと思い、舌打ちをした。他のものたちも同様。


新一はキッドに扮する快斗を見据える。自分がなにを言いたいのか、わかるはずだ。

こいつが・・・・・本物ならば。



真っ直ぐに自分だけに向けられる美しい蒼の双眸。

体中に電流が流れたように感じ、快斗は笑みを深くする。


止めていた歩みを再び再開し、台本どおりに新一の手を取るとその甲に唇を当てた。会場の至るところから
高い悲鳴が聞こえてきた。

だが当人たちはお互いのことに意識が集中しているためか全く気にする様子はない。

快斗はしばらくじっと新一の瞳を見つめていた。新一も見つめ返す。目の前の人物以外見えていないかのように。

やがて離れるときに快斗は新一だけに聞こえるように囁いた。



「世の中には、謎のままにしておいた方がいいこともあるんだぜ・・・・?」

「!」



にっと笑って快斗は音も立てずに後ろへふわりと飛び退いた。



「では私はこれで失礼しますよ。また会いましょう、名探偵」



そのセリフとともにスモークがたかれる。一瞬にしてステージ上が見えなくなった。

それと同時に幕が下ろされ、劇は終わりを迎えた。盛大な拍手が送られる。

再び幕が開き、製作者の園子が真ん中に立ち、キャスト全員とお辞儀をする。


ステージ裏でも、予想外のことはあったが、とりあえずの劇の成功に両校とも喜び合った。

ステージから降りてきた新一と快斗にも声がかけられる。新一は、苦笑いしながらそれを受け、ふと快斗を見た。

彼はいつもの明るい調子で級友たちと騒いでいる。キッドを演じていたときの雰囲気は全く感じられない。



「お疲れ様です、工藤君」



かけられた声に振り向くと、白馬が立っていた。



「ああ、お前もな」



それに新一も答えた。



「そういえば工藤君、なぜあの場面であんなことを・・・・?」



白馬は顔に浮かべた笑顔とは裏腹に、探るような目つきで新一を見つめる。

予想していた案の上の質問に新一はやはり苦笑してしまう。



「つい、な。あいつ演技うまくてさ。本物のキッドと対峙しているみたいに感じたんだ」


本物には、会ったことねぇけど・・・、と付け加えて。


「そう、ですか・・・」



納得しかねた様子の白馬ではあるが、新一はそれ以上のことを話そうとはしなかった。

新一が他を見ても白馬が自分を観察するかのように見つめてくるのを感じたが、見てみぬふりをする。

なにより新一の思考は、別のことで埋め尽くされていた。



(あいつのあのときの言葉。あれは・・・・)



以前メモリーズエッグの件でキッドがコナンであった自分へと言ったもの。

蘭に正体がばれそうなときに、「工藤新一」として現れたキッド。

そのときに忠告として自分に言い置いて、煙のように消えた。自分と、キッド以外知りえないもの。



(偶然か?・・・・いや)



ふと快斗と目が合った。快斗は新一に向けてにっと笑った。



(”謎のままにしておいた方がいいこともある”、か)



お互いに、偽りの姿を持つ者。

白馬の言うとおり、自分は探偵でありながら、やつとどこかで同じような気がする。






◇  ◆  ◇  ◆

 






友情とは程遠い空気が解放された屋上を満たしていた。そこに居たのは快斗と白馬。

合同で舞台の打ち上げをしていた教室を抜け出した快斗を白馬が追って来たのだ。

合同祭の片付けに追われる生徒達の活気が風に乗って伝わって来る。



「あの時工藤君に何を言ったんです?」

「あ?何言ってんだ?」

「あなたが、舞台で工藤君の手に口付けた時ですよ。離れる間際に何か言っていたでしょう?」



見詰めるその眼は探偵のもので、世程意識して観察していなければ言えない台詞であった。

初めの言葉通り本当に最後までしっかりと見届けていたという事だ。

相変わらず何も読ませない猫のような瞳が夕陽にキラリと光った。



「別に〜、お疲れって言っただけだぜ?」

「…工藤君はあなたが本物のようだったと言っていました。そしてその舞台でのシーンの後彼の顔色が変わったように見えましたが」

「それだけ俺の演技が上手かったって事じゃねえか。嬉しいねえ、あの工藤新一にそこまで言って貰えるなんてさ」



あくまで快斗は笑顔を崩さない、まるで仮面を被ったように。

どうすればそれを外す事が出来るのか、白馬はいつも一歩及ばない自分を憎んですらいた。

整った顔を翳らせた白馬に快斗は更に追い討ちを掛ける、あくまで笑ったまま。



「それに、確か工藤ってキッドには舞台と違って直接会った事はねえんだろ?なのに何で本物のキッドと比べる事が出来んだよ?」



白馬は愕然と立ち尽くした。

確かに彼の言う通りなのだ、なのに何故自分はその事に気付かなかったのか。



「何でも勘ぐり過ぎなんだよ、おメーは。職業病なんじゃねえのか」



一瞬にして白くなった頭に、しかし目の前の彼の視線が自分ではない別の場所を捉えているのに気付き
白馬もまた振り返る。

そこに立っていたのは新一。

彼はゆっくりとこちらに歩み寄ると白馬を通り抜け快斗の元へと向かう。

淡い光の中に並んだ秀麗な横顔に白馬は息を呑んだ。

同じ顔が同じ光の祝福を受け佇む様はまるで名画の一部のようで、瞬間変わった空気の静謐さに抱いたのは
畏れと、・・・疎外感。


何の違和感もなく快斗の隣に溶け込む新一の姿を見て麻痺していた思考が僅かな活動をみせる。

彼は憶測で比べていた訳ではない、会っていたのだ、きっと誰にも預かり知らぬところであの孤高の怪盗と。

しかしそれはきっと誰にも言えない秘密。

光そのもののうつわの内側に巣食う闇はもう一人姿を写したような彼…快斗と同じもの。



似ていますよ、きっとお二人は。対極に位置しながらも共通するものを奥底には秘めている



今本当の意味でその言葉の重さを噛み締める。

だが、ならば何者だ?彼は、彼等は。



「白馬、クラスの奴等がおメーの事探してたぜ?」



新一の声に白馬は緩く拳を握ったが、やがて肩の力を抜くと深く息をついた。



「…分かりました」



背を向けた白馬はそれでも一度だけ振り返ると沈みかけた己の闘志を意志の力で呼び覚ますように鋭く細めた
双眸をたった一人に見据えた。



「僕は、それでもこの舞台から降りるつもりはありませんから」



失礼します、そう言って消えた長身を快斗は変わらぬ顔で送って傍らの少年に話し掛ける。



「また変なとこ見られちまったな、あいつの事は気にすんなよ」

「その割には随分と楽しそうな顔してんじゃねえか」

「呆れてるだけさ」



新一の瞳が明らかに危険な光を帯び始めている。

快斗は思わず沸き上がった高揚感に現場にいるような錯覚を起こしかけた。



「…目的は何だ?」

「はあ?もう舞台は終わったんだぜ?」

「でももう一つ、危険でスリルに満ちた舞台は継続中のはずだ」

「おいおい、何だよ、おメーも白馬と同じくちか」

「あいつにも見えてる、ただそれだけさ。だからこそ楽しんでるんだろ?」



クスリと笑ったその美貌のあまりの妖艶さに快斗は感嘆しつつも内心の防衛レベルを引き上げる。



「俺も交ぜろよ」

「…何に?」

「…いいさ、別に今ここでおメーと問答するつもりはねえからな。俺は俺で勝手に交ざらせて貰う、かつておメーが俺にそうしたように」



新一の言葉に快斗は僅かに目を細めた。夕陽が眩しかった訳ではない。



「んな事俺に言われても困るぜ」



快斗は見せつけるように肩を竦めるとそう言い放った。



「第一、じゃあ万一俺がキッドだったとしてそれでおメーが得られるものは何だ?」

「分かんねえな」

「はあ?」

「強いて言えばそれが知りたいから、かな?」



新一は本気で思案しているように少し首を傾げた。快斗は呆れたように目を丸くする、それは演技ではない。



「……俺が言うのも何だけどさあ、あんたそれでいつか痛い目みるぜ?」

「もうみてる」



即答した新一に快斗は苦笑する。

どんなに傷付いても真実を求める強さを決して失わない、でもどこか哀しい瞳が真直ぐに己を映す事に
えも言われぬ快楽が沸いた。

この一瞬快斗は独りである事の孤独も昏さも何もかもを忘れる。



(懲りないねえ)

「まあいいや、よく分かんねえけどこの話はここまでにしようぜ。そろそろ戻ってやんねえと白馬の奴がまた変な勘ぐり入れやがるからな」



クルリと踵を返した快斗に新一は唇だけで呟いた。



「謎は謎のままに…」

(でも、俺とおメーが同じものだというのなら……)



本当はずっと気にしていたのだと、今日の舞台で思い知らされた。
何時も不敵な笑みを崩さない怪盗。その姿に悔しさを幾度覚えた事か。

だが心惹かれる訳が他にも在るのだとすれば……?

先程までと違う何処か翳りのある瞳を隠すように、新一は半ばまで伏せたそれを最後までゆっくりと引き下げた。

その背中で校庭の喧噪が一際大きく響いていた。




◇  ◆  ◇  ◆

 




数日後の深夜、新一は目前に飛来する白い翼にその希有な双眸を細めた。



「待ってたぜ、怪盗キッド」

「これは珍しい待ち人ですね、もしかして顔を合わせるのは初めてではないですか?工藤探偵」

「まあ確かにこの姿で会うのは初めてだったな、オメーには」



チラリと流し見るその眼の鋭さは別の何かを語っている。



「無事の御帰還何よりです」



キッドは平然といつものシニカルな笑みを浮かべてみせた。

コナンと新一の関係を彼が知っている事は別に秘密ではない。それは以前エッグの一件で了承済みである。

月を背に翼を畳み降り立った白い怪盗はこの雑居ビルの屋上に誰の気配もない事を確かめると音もなく歩み寄る。

より近くなった容貌に新一は彼の冷涼な気配を強く感じる、それは先日相見えた太陽のような陽気さと明るさを持つ
高校生とは対極のもの。



「ところで何故このような所に?確かあなたは泥棒には興味がお有りでなかったと記憶しておりますが」

「そのデータは過去の事、勿論おメーを待ってたからさ」

「私を?…光栄ですね」



鮮やかに口元を飾ったのは微笑。但し過分に嘲笑の含まれた。



「新しい舞台の相手役をもう一度正式に見ておきたかったんだよ」

「…面白い事をおっしゃいますね。ですが私はあなたをその舞台とやらに御招待した覚えはありませんが」

「面白い事言ってんのはおメーの方だろ?誘ったのは元々そっちのくせに」



キッドに負けず劣らず浮かべた微笑の鋭い程に冷たい美しさは月明かりに増々冴えて見えた。

再び心を踊らすその高揚感にキッドは知らず笑みを深める。



「あの時、おメーは衣装を着慣れない振りをしながらそれでも時々その気配を少しづつ混ぜていた。まるで俺を試すように。そして気付いた俺に残した言葉、あれは俺に対する挑戦状…いや、招待状と俺は受けた。そしてそう取る事をおメー自身が望んでいる。……違うか?」

「あの時というのが何時を指すのか私には分かりかねますが、要するにあなたは私と同じ舞台に立ちたいとそうおっしゃる訳ですね?今日はその宣言をする為にわざわざ私の仕事の中継地点でお待ち下さってまで。しかも、……折角光の元に舞い戻る事の出来た他ならぬあなたが、再びこの奈落に沈みたいと…?」



闇色の眼で見つめれば、受けた美貌の探偵は希有なる双眸に怪盗も予期せぬ光を放つ。



「バ〜ロ、んな訳ねえだろが。上がって来るのはオメーの方に決まってんじゃねえかよ。俺が降りるんじゃなくておメーをそこから引きずり出してやるって言ってんだ」



これにはキッドも絶句した。

自信満々に不敵な笑いを浮かべるその姿はまるでスポットライトを浴びた役者のごとき輝きであった。

その眩しさにキッドは目を細めると…やがて苦笑した。



「…いいでしょう、面白いじゃないですか。それが出来るというのならやってみればいい。私は何時でも受けて立ちましょう」



キッドは突然滑るように歩みを進めた。その先には新一がいる。

まるであの舞台の再現のような緊張と……既視感(デ・ジャヴュ)。


気がつけば目前にいる相手に新一は目を細める。何をしようというのか。

内心で構えた時、キッドは意外な事にその場に膝を折った。そして恭しくその手を取る。



「…キッド?」

「ではこうしましょうか。あなたが私を本当の意味で追い詰め全てを白日の元に晒す事が出来たなら、私は敬服した証として、……名探偵のこの御手にこうして口付けさせて頂きます」



新一が目を見開いた。



「…おメー…やっぱり??!!」



だがその時落ちたのは彼の唇…ではなく、袖に隠し持った閃光弾。

一気に視界を白く灼くそれに堪らず目を瞑る。



「また会いましょう、名探偵。終幕のベルが鳴り終わる前に」



新一がようやく目を開けると当然のように怪盗の姿はそこになかった。

鉄冊の前まで来れば遥か先に白い翼の影が一つ。

だが彼は曇り一つない晴れやかな微笑を口元に刻むと繊細な指先を拳銃の形に象る。



「バーロ、こっちが先だろ?」



音もなく放たれた幻の弾丸は、少なくとも新一の耳に新たな舞台に向けた開幕のベルに聞こえていた。

遠い彼方でそれが自由の翼を操る白い怪盗に聞こえたかどうかは定かでないが……。

新一は満足気にその熱くなった指を降ろすと、苦笑とも自嘲ともつかない吐息を一つだけ零してみせた。







                                        
To the Last Scene・・・・

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麻希利さんお誕生日おめでとうございます!
プレゼントとして、ラトさんと合同で書いたこのお話をお贈りします。
ラトさんが素敵に書いてくださったのでとても
うれしかったです(><)
これからも麻希利さんのすばらしい小説、楽しみにしていますねv

By 友華

お誕生日おめでとうございます麻希利さん!
今回友華さんにお声を掛けて頂きましてこのような楽しい企画が実現しました。
麻希利さんには何時もお世話になりまして感謝しています。
これからも素敵な小説書き続けて下さい!

By 流多和ラト

ありがとうございます、友華さん、ラトさん!
とってもとっても嬉しいです〜v
学校祭の出し物といったら劇ですよねv
そのネタ、新ちゃんとキッドの初出会いというのはとってもナイス!
キッドに扮する快ちゃん、カッコいいですv
しっかり正体バレちゃったけど、ワザとですよね?
新ちゃんにキスするシーンはやっぱり煩悩、乙女の夢(^^)・・かな。 麻希利

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