Prelude






「さすがキッドさまよね」


うっとりと園子が見ているのは今朝の新聞。

その一面には昨日キッドがまたもや宝石を盗み出したということが書いてある。

その華麗な手口に、警察は手も足も出なかったという。



「そういや鈴木のとこの宝石も前に狙われたんじゃなかったか?」

「そうなのよ!それなのに会えなかったのよね〜」



はぁ〜、と園子は大げさにため息をつく。

ブラックスターのときも奇術師愛好家のときもエッグのときも、近くにいたのにことごとくすれ違った。

そのたびにコナンであった新一も蘭も被害をこうむったのだが。



「そういえば、新一君ってキッドさまと会ったことあるの?」

「あ?」



園子たちの話を右から左へと流して小説を読むことに没頭していた新一は、話をふられてようやく顔をあげた。



「あ?じゃないわよ。
ったく、ようやく戻ってきたかと思えば相変わらず推理小説か事件なんだから、この推理オタクは・・」

「悪かったなぁ・・・で、なんだって?」

「キッドさまよ!会ったことないの?」

「俺?ないぜ」



工藤新一としてはな。

キッドと初めて顔をあわせたのは、偽りの姿、コナンのときであった。



「泥棒には興味はねぇしな」

「なぁんだ、そうなの」



でもそういえば、と新一はあることを思い出す。



「会ったことはないが、ニアミスしたことならあるぜ?」

「え?なになに?!」



興味津々で園子が顔を近づけてくる。その他のクラスメイトたちも近くに寄ってきた。

新一は、2年ほど前に目暮警部に乗せてもらったヘリでそうとは知らずにキッドの現場指揮をとったことを話した。



「そんときの泥棒がキッドだったって知ったのはだいぶ後のことだったけどな。」

「へぇ〜・・・・・使えるわね、そのネタ・・・・」

「?なんか言ったか?」

「いいえぇ〜、なんでもないわよ」



おほほと笑いながら園子は自分の席に戻っていった。



「こらそこ!いつまでそうしている!とっくにチャイムはなってるぞ!」



いつのまにか教室に来ていた教師に叱咤されて、新一の席の周りにいた級友たちは、やべぇといいながら急いで各々の席へと戻っていった。



(なんか嫌な予感がするな・・・・気のせいか・・?)



そのとき感じたことを気のせいだと片付けてしまった新一は、園子がほくそ笑みながら授業そっちのけで
なにかを書いていることに気がつかなかった。





◇    ◆    ◇    ◆

 





「・・・・・これはなんだ?」



渡されたものを見て、新一は引きつった笑みを浮かべる。



「なにって、見ればわかるでしょ?台本よ台本」

「んなことはわかってる!なんで俺が劇に出て、しかも『俺』自身をやらないといけねぇんだ!」

「あら、それ以外に適役がいる?」



にんまりと園子は笑う。

園子から渡された台本に書かれたタイトルは、


『古き時計台での対峙!〜工藤新一VS怪盗キッド〜』。


そして、キャストの「工藤新一」が工藤新一本人となっていたのだ。



「前に新一君から話を聞いたときにこれだ!と思ったのよ。ちょうどネタ探してたから。まにあってよかったわぁ〜」

「ちょっと待て。なんで劇なんかやるんだ?文化祭でもないのに・・・」

「え?なに言ってるのよ新一君!」



園子が信じられないというように新一を見つめる。他の者たちも目を見開いた。



「だって園子、ほらその話したときに新一事件だって早退していなかったじゃない」



周囲からの視線でたじろいだ新一に蘭が助け舟を出した。



「ああ、そういえばそうだったわね」

「おい蘭、きちんと説明してくれ!」

「うん。あのね・・・・」



蘭の話によると、来月行われる隣町の高校との合同祭で、せっかくの機会だからとむこうの同じクラスと
急遽劇を一緒に行うことにしたという。

それで、前の文化祭の劇が途中で予想外の出来事により中断されたとはいえ好評だったため、
園子が脚本を担当することになったのだ。

合同祭のことは知っていたが劇のことは初耳だった。



「おい、あと一ヶ月もねぇじゃねぇか!」

「向こうの学校とはもう話しつけてあるから。これから毎日稽古よ!なぁに大丈夫よ、新一君なら」



ケラケラと笑う園子に新一は頭痛を覚える。

確かにまったくの別人を演じるよりは簡単だが、自分を演じるというのはなんだか気恥ずかしい。

しかもストーリーはいかにも園子が好みそうなものに勝手に脚色されていた。



(『キッドが自分を追いつめた名探偵に敬服して手の甲にキス』だぁ〜?!
顔あわせてねぇっつったのになに考えてやがる!!)

「あら何か文句ある?」



台本を持った手をフルフルと震わせながら自分を睨んでくる新一に、しかし園子はまったく気にせずけろっとしている。



「嫌ならいいのよ?ただし、新一君がきちんとお話を作ってくれればね。一ヶ月きっちゃったけど。
ついでにむこうにもそのこと伝えるのよ?」



勝ち誇った顔で見てくる園子に新一はぐっと詰まる。

時間があれば何とかできるかもしれないが、残された時間は少ない上に今さら変えるなんてことになったらむこうの学校からも非難ごうごうだろう。



「・・・わーったよ!やりゃあいいんだろ、やりゃあ!」



半ばやけになって承諾した新一にクラスメイトたちは喜んだ。

実際、ほとんど全員が園子の劇に大賛成だったのだ。



「で、ひとつ聞きてぇんだけど、なんでキッド役の名前がねぇんだ?まだ決まってねぇのか?」

「ううん。きちんと決まってるわよ。すっごくキッドさまに合ってる人なの!
でも主役ふたりは本番まで会わせないことにしたのよ。そっちの方が緊張感でるでしょ?」

「なにぃ?!顔合せないでどうやって練習するんだよ!」

「大丈夫よ。きちんと代役たてるから。早速今日の放課後から稽古するからね。絶対帰っちゃダメよ!」

「・・・・要請があったら?」

「もちろん即キャンセルよ!」



燃える園子をとめられる者はもはや誰もいなかった。新一は諦めたようにため息をつく。



「わかったよ。やるからにはきちんと最後までやってやる」



こうしてあわただしい一ヶ月が始まった。


衣装は制服やスーツで十分なのだが大変なのはセットだった。

巨大な時計台をかたどったセットを、帝丹高校で共同で製作する。

新一も、もともと自分のためなんの苦労もなく役に入り込めた。

だがやはり気になるのはまだ見ぬキッド役の人物で。



(あの気障なやつをやるのはかなりの苦労だろうな)



姿のわからぬ人物の苦労を思って、新一は苦笑した。



(キッドか・・・・コナンのとき以来全然逢ってねぇけど・・・・)



瞳を閉じて白い怪盗を思い浮かべる。自分と対峙する彼はいつも余裕の笑みを浮かべていた。

どんなに追いつめようとしても、結局負けたと感じるのは自分の方で。

それがとても悔しいのと同時に、いつも自分を熱くさせていた。





◇    ◆    ◇    ◆

 





「ゲッ!!」



新一は厚く垂れ込めたカーテン越しに見えた光景に思わずそんな感想を漏らした。

たかが隣町の高校との合同祭で何故ここまで人で溢れているのか。

空調設備も整っているとはいえ用意された席はおろか通路にまで男女入り乱れた立ち見の客でギッシリで、
しかも何故か他校の生徒までもとりどりに混ざっているのには首を傾げるしかない。

まさかその全てが自分と、そして今回同じく主役を張る事となった噂の高校生マジシャンを見る為だけに
集まっているとは新一には想像もつかない事であった。

園子の宣伝は巧みで今回の劇の発案といいこういった大勢の人間を動かすイベントに関し彼女の手腕には
敬服する。流石は財閥のお嬢様と言ったところであろうか。


因に会場である体育館の入口には

『古き時計台での対峙!工藤新一vs怪盗キッド!〜華麗なる美形対決!!夜の東都に咲き乱れる薔薇!!!〜』

と訳の分からない副題まで付いた看板が立っている事を新一だけが知らない。


そうこうしているうちに相手側の高校の連中が仕度を終えてようやく顔を出した。




ザワザワザワ…。舞台裏は一気に色めきたった。
ため息すら漏れたのはその中心を歩く人物の為だ。



「ようこそ怪盗キッド様!!それと江古田高校の皆さんも」



園子が一早く台本と進行表を片手に近付いて黄色い悲鳴をあげた。

その後に続き次々に女子生徒達が群れを成していく。



「お招きに預かり光栄ですよ、麗しの帝丹高校のお嬢様方」



優雅に膝を折り園子の手の甲に恭しく口付けて見せた白い怪盗に園子だけでなくその周囲を囲む女生徒全てが
ポ〜ッとなる。

とどめに魔法のようにその手の中に白い薔薇が一輪現れると黄色い悲鳴の嵐となった。

観客席側では本番前に何故カーテンの向こうがそんなに盛り上がっているのか気になっている事であろう。

新一はゆっくりと身を翻すとその怪盗の前に進み出た。これが今日の舞台の相手。

キッドと同じくマジックを操るという高校生マジシャン。

舞台慣れしているのか即興の衣装をきっちりと着こなすその人物の顔はまだ分からないが…。

向こうも彼の様子に気付き同じくゆっくりと立ち上がった。

何故だろう…この緊張感は、呆れて見ていた筈なのに何処か引っ掛かる。

間を置いて二人は向き合った。



「初めまして?名探偵。今日の対決楽しみにして参りましたよ」



似ている…不敵に笑うその姿も声までも。

新一として会った事はないがコナンとしては何度も間近で見ている。

こんな事があるのだろうかと新一はまるで違う気配の持ち主をそれでも探偵の眼で見遣った。

その鋭い眼差しに園子も周囲の生徒も首を傾げた、いきなり和やかとは程遠い雰囲気に。



このバ快斗!何やってんのよ!!

「痛って〜〜〜〜〜な!!何しやがるアホ子!!この俺様の優秀な頭をグ〜で殴りやがって!」



一転して壊れた空気の前に新一は目を丸くした。

シルクハットが床に落ち頭を抑えて喚き散らしている少年は表情豊かで何処から見ても年相応の高校生である。

先程までの自分の緊張が何だったのか一気に馬鹿らしくなって新一は苦笑する。



「いきなり気取って女の子にばかり愛想振りまいてるからよ!」

「ふ〜ん、それってやきもちだったりして」

「ば、馬鹿言わないでよ!快斗の恥は私達江古田高校の恥なんだからそれだけに決まってるでしょ!!
それよりふざけてないできちんと挨拶しなさいよね」



頬を赤くして叫んでいる少女は新一の幼馴染みと似ていた。

とても可愛らしい様子は二人の仲が実はとても良い事を示している。



「へいへい、分かりましたよ。…初めまして、俺今日あんたの相手役を務める黒羽快斗ってんだ、よろしくな」

「あ、ああ、こちらこそよろしく…俺は工藤新一。今日はわざわざ馬鹿げた芝居に協力御苦労さんだな」



大抵の場合初対面の人間はまず新一の外見と実際の辛辣な中身とのギャップに驚くものだが黒羽快斗は
差し出された手を握りしめてただ笑った。



「やっぱ思った通り面白れえやつだな工藤は。何時もテレビじゃ優等生してるけどぜってーこんな奴だと思ってた。
まあ俺はお祭り騒ぎ大好きだからそんなに嫌じゃねえけどな」



でもこの衣装は動き辛くていけねえな、と片眼鏡を取ってまた笑う。

現れた素顔に新一も帝丹高校の連中も呆然とする。

園子も噂を聞いていたとは言えここまで似ているとは思わなかったらしく目を丸くしている。



「新一にそっくり…」



園子の側に居た蘭が皆の心を代弁するように呟いた。

並んで立っているとまるで鏡を合わせた双児のようである。

ただ違うと言えば柔らかな癖毛と猫のようにキラキラと色々な色を見せる快活な瞳で、それが酷く印象的であった。

それはまるで暖かな陽の光を思わせ、夜の月のように冴えた印象を持つ新一とは対極にある。

そして…新一の知る怪盗とも……。



「僕も初めとても驚いたんですよ」



遅れて出て来たのは長身の少年だった。

甘いマスクはいかにも女性受けする感じであったがその瞳に宿るのは優しい光だけではない、
高校生探偵白馬探である。



「初めまして工藤新一君、お噂は聞いていましたが実際に御会いするのは初めてですね。
僕は白馬探、あなたと同じ探偵です」

「初めまして白馬。俺も噂は聞いてるよ」



彼にはコナンの時に会っているので新一の姿ではやはり初めましてなのだ。

ミーハーな園子が誰この良い男〜?!と騒いでいる。



「工藤君を初めてメディアで見た時あまりに彼に似ているので驚きました」

「そお?工藤君の方がよっぽど美人だと思うけど」

「中森さんは何時も黒羽君を近くで見ているからですよ。…こうしてお会いしてみてその思いはまた強くなりました」



ニッコリと笑った顔が曲者で快斗は嫌そうに顔を顰めてみせた。



「白馬、おメーは大道具係りだろ?こんなとこにまでしゃしゃり出てきてんじゃねえよ」

「一度しっかりと御挨拶をしておきたかったのですよ、でももう行きますから。
では、僕はこれで失礼しますがあなた方の舞台はしっかりと最後まで見届けさせて頂きますから…
僕の知らないキッドとの対決を。特に黒羽君、あなたのキッドを心から楽しみにしています」

「練習で散々見ただろが、工藤の代役で」

「……彼の前でならもしかすると、本当のあなたが見られるかも知れませんから。
似ていますよ、きっとお二人は。対極に位置しながらも共通するものを奥底には秘めている」



再び微笑んで背を向けた男に快斗はため息をつく。

そしてそんな二人のやり取りを不思議そうに見ていた新一の視線に気付き彼は苦笑して肩を竦めた。



「あいつ頭おかしいからあんま気にすんなよな」



新一が疑問で一杯の頭で取り敢えず頷きかけた時袖の方から聞こえた声に目線を移した。



「紅子ちゃん帰っちゃうの?」



青子の声だった。

男連中の注目を一身に集め彼女に引き止められるように立っていたのは目の覚めるような美女だった。



「一応準備までの役目は終わったし、私、<本物のお芝居>には興味がないもの」



その意味が分かるのは恐らく今偽りの怪盗の衣装を纏っている人物のみ。

一度だけその独特の魔力の宿る視線を受け快斗は乾いた笑いを内心で漏らす。



「それに、……私には彼の光は強過ぎるわ」



一瞬目が会って新一は息を呑んだ。

訳の分からない威圧的な力が注がれたような気がしたがそれだけだった。

すでに美女の細い体は見えなくなっている。

どうでもいいが相手の高校はどうも一筋縄ではいかない連中が揃っているようであった。

今度は快斗と目が合って二人は互いに曖昧な笑みを浮かべた。





◇    ◆    ◇    ◆

 





舞台はわりあい順調であった。

園子の脚本ではややこしい経過は一斉省かれポイントを抑えての展開はスピーディーで余計な脚色ばかりが
目立って実際の事件を体験している新一とそして快斗は内心では苦笑していたが充分に面白いものでもあった。

新一は女優の息子、そして快斗は根っからのエンターティナー、心とは裏腹に頼まれたからにはその役柄を完璧に、時に崩してこなし観客をその演技だけでも魅了していく。

初めはミーハーに騒ぐだけであった生徒も何時しか真剣に見入っていた。

笑いが混ざるのはキッドである快斗が時折ボケをかますからだ。

一番初めの登場シーンではいきなり自分のマントを踏んでコケていた。

現実にはキッドがその装束を身につけるのはもっと後なのだが脚本を書いた園子の意向で殆ど想像過多で創られたシーンの大半はその衣装なのである。

それを見て今更のようによくあんな衣装を着て自在にあれ程の動きをこなせるものだと新一は冷涼な気配を纏った
怪盗を思い浮かべたが…
しかし考えていたよりも快斗扮する怪盗キッドはずっと立てていた代役よりもいきなり馴染んでいて驚いてもいた。



(何だ…?この感覚は)



全く違う筈なのに初めて会った黒羽快斗という少年は新一の目に舞台が進むに連れ増々不思議な存在に
変化していく。

怪盗キッドではあり得ない、そもそもあの怪盗がこんなところにいる訳がないのに。



「…彼は今犯行前に正体を暴かれ、動揺をきたし、彼の計画の歯車は狂い始めている。
確保するには絶好のチャンス…」



新一はライトを一身に集めながら舞台中央に進み出る。

本来はこのシーンはヘリの中での事なのだが様々な都合上というよりも園子の趣味によってこうなったのである。



『誰だ?!何なんだお前は??!』

「…僕ですか?……工藤新一、探偵ですよ」



舞台袖からの声だけの生徒の演技にそう答え、光の中浮かび上がった鮮やかな蒼の双眸とその秀麗な美貌に
観客は目を反らす事も出来ず釘付けとなった。

思わず音響係りが仕事を忘れそうになった程に美しい至高の宝石は今、静かに一人の人物に視線を巡らせる。

その先に在るのはこれから逃走劇を警官のエキストラ達と繰り広げる為にスタンバイしている怪盗…。

少年は、その瞳に答えるようにゆっくりとシルクハットの鍔を引き下げると、見えない死角で口の端だけを僅かに
吊り上げた。








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