「よ!ここ空いてる?」

 

 空いてるよね。聞いてるんじゃなくて断定だろっていう言葉と同時に目の前の椅子が引かれ、座る男。オレの返事なんて聞く様子もないんだから間違いない。

 まぁ、空いているのは事実だからいいか、となにも言わないでおいた。

 オレがここにいるのは工藤が来るまでだし、うるさくて鬱陶しいこいつの取り巻きどもは(珍しく)ついてきていないし。

 つかなんでコイツ1人でいるんだ?本人が望まなくても、取り巻きたちは決して傍を離れたりはしなかったのに。

 

 黒羽快斗。

 頭が良くて顔も良くて性格も悪くない、マジックが得意なオレと同い年(…のハズ)の男。

 

 …………まいっか。オレには関係ないことだ。

 

 そう関係ない。

 関係ないはずなのだが。

 

「まさか見られるとは思わなかったなぁ」

 

 ……なぜ茶ぁ片手にコイツの話に付き合っているのだろう?

 

 

・・GAP・・・・・・・・・

 

 

 確かまずはお前も誰か待ってるのかって、工藤だろって言われて、嘘ついてもしょうがないのでそうだって応えたんだ。

 そんで黒羽も人を待ってるって言ったんだ。じゃあお互い相手が来るまで、世間話でもしないか?

 冗談じゃない、嫌だ!

 そう言いたかったはずなのだが。またしてもコイツはオレの返事を聞かずに一方的に話を始めやがった。しかも別に知りたいとも思わない、コイツの身の上話を、だ。

 聞き流せばいいのに、律儀にああとかへぇとか相打ち打ってるオレもオレだ。

 思いながら、食堂の年季の入った茶碗の茶を一気に飲み干す。

 

 オレはコイツが嫌いだった。いや、現在進行形で嫌いだ。嫌いなはずだ。

 しかもコイツのせいで酷い目にあわされそうになったこともある。

 だから前以上に黒羽のことを避けていたのだ。そのはずなのだ。

 しかしコイツはオレのいったいなにを気に入ったのか、会えば気軽に明るく挨拶してくるし、こうして1人でいると寄ってくるし。まるで、前からの友だちのように気安く。

 おかげでこっちは取り巻き連中にさらに睨まれ。いつ奇襲をかけられるかと毎日心臓どきどきの毎日だよコノヤロー。

 …本当のことを言えば、コイツに聞いてみたいことは結構あるのだ。

 その筆頭に上がるのは、前の、工藤とのこと。

 あのとき確かに、工藤は黒羽と話していた。しかも黒羽の顔は『ニセモノ』じゃなかった。

 今まで工藤と黒羽が一緒にいるところなんて見たことなかったから。というか(友人を貶すようで嫌なのだが…)あの工藤と黒羽の接点なんて見つけられず、あの2人が仲良く並んでいる図なんて想像もできなかったから。

 そのあと、工藤もなんだか只者じゃないような気がしたのだが、まさか本人に正面きってアナタは只者じゃないですね?なんてアホなことを聞くわけにもいかないし。

 かといって黒羽に聞くのも気が引ける。

 おかげでこうして黒羽の話を一方的に聞く羽目になっているわけだ。

 

 あ、でも。今の話題だと、アレは聞けるかもしれない。

 

 今黒羽が笑いながら話していることは、こうだ。

 昨日なんでも、誰にも内緒な彼女と歩いているところを友人に見られ、今日すでに話題は広まり、誰だ誰だと皆に問い詰められて困ったのだという、そんな話だ。

 困ったよと言いながら、顔は笑っている。…言い直そう、にやけている。

 つまりは惚気だ、惚気。

 オレは嫌いなはずのやつの惚気話を一方的に聞かされているわけだ。

 …そう言葉にまとめてみると、なんとも哀しいことだ。

 しかも秘密の彼女とやらがいるという秘密を、堂々と笑いながらオレに話すのはどうだろう。

 しかし、秘密の彼女で思い出したことがある。前、黒羽にノートを渡しに行ったときに偶然見かけた。携帯で、柔らかな笑みを浮かべながら話をしていた。

 あのときの、相手なのだろうか。

 

「その彼女…」

「わりぃ、待たせたな」

 

 勇気を振り絞り(そんな大げさなもんでもないだろうが)ようやく口を開いたと思った瞬間、待ち人は来たれり。ちょっと息の上がった工藤が後ろから声をかけてきた。

 ああそうだ。オレの人生こんなもんだ。いつもいつも、タイミングが悪い。

 だが、そういえばオレは工藤が来るのを心待ちにしていたのだと思い出し、やっぱり黒羽の彼女がどうだろうとオレには関係ないと思い直し。

 

「悪い、来たから」

 

 一応断って席を立った。

 いいよ、と笑って、黒羽は工藤へと視線を流す。

 

「よ、工藤」

「……よぉ」

 

 他の友人たちにするように、片手を挙げて挨拶をする黒羽。いつもどおりというかなんというか、そっけなく返す工藤。

 どう見ても、特別親しい間柄には見えない。オレの思い違いなのか。夢でも見ていたのか。(いや、そこまで寝ぼけてはいなかったはずだが)

 黒羽の方も、こっちも来たみたいだ、と立ち上がる。だから、ここを使えばいい。オレのほうが、向こうに行くから。

 またまた返事も聞かずに、黒羽は行ってしまった。確かに、その先に取り巻き連中がいる。黒羽君〜なんて甘ったるい女の声がこちらまで聞こえてきた。なんだか胸クソ悪い。よくアイツは平気だな。

 そしてついでとばかりに、また数人に睨まれた。

 オレのせいじゃねぇ!そっちから寄ってきたんだ、文句があるなら黒羽のほうにいいやがれ!

 今とは言わない。いつかそう言える勇気をオレにください、神様。

 

「どうしたんだ?」

 

 いつのまにか向かい側の席、先ほどまで黒羽が座っていたところに工藤が座っていてぼけっと突っ立っているオレに首をかしげている。

 あいつらが睨んで来るんだー。ガキのころなら不満たっぷりにそう告げ口をしただろうが今のオレは一応、大人、だからな。あんなヤツラの言動など無視無視無視!ということでなんでもないと今立ったばかりの席に逆戻り。

 とたんに、面白そうに笑った工藤とご対面することになった。

 なんだ?今のオレはどこかおかしかったか?…顔が笑えると言われれば、そりゃ天性のものなのでどうしようもないが。

 

「いや、お前黒羽のこと嫌いだったんじゃなかったのか?」

 

 ああ嫌いだ。そのとおり!

 

「なのに、いつのまにか仲良くなったんだな」

 まさか一緒に談笑してるとは思わなかったぜ?

「な、誤解だ、誤解!」

 

 オレは、まるで外国の先生を相手にしているかのようにオーバーすぎるアクションでそれは違うと訴えてみた。

 そもそもオレは黒羽相手に笑った覚えはない!あれが楽しそうに見えたのならば、それは絶対目の錯覚だ!

 そうか〜、工藤さてはまた昨日小説でも読んで徹夜したな。

 オレの必死の説明にそうか?と一応納得したように頷いてくれたけれど…本当にそうなのか怪しいものだ。いや、あれは120%オレと黒羽が仲良くなったって信じているな。

 おのれ、どうするべきか。ってこれじゃあまるで浮気を見つかった夫じゃないか!

 

「しかし、相変わらずもてるな。黒羽は」

 

 オレの(よく考えれば虚しい)葛藤を知らず、工藤は黒羽のほうへ視線を移す。

 つられてもう一度オレも見る。なるほど、確かに昨日よりも金魚のフンが増えている。男も、女も。

 同じ男としては…やはり羨ましい光景だと認めざるを得ないが。

 本命さんはどうした、本命さんは!こんなの知られたら、絶対に愛想着かされるぞ?それとも黙認?それならずいぶんと心の広い彼女だなぁ。あんな男が相手で、さぞかし苦労していることだろう。

 名前も顔も全然なにも知らない相手に、思わず同情してしまう。

 ああでもあの黒羽の彼女のことだ。向こうも負けないくらいの美人に違いない!それならば、おあいこといったところか。

 関係ないんじゃなかったのかとどこかから突っ込みが聞こえてきそうなくらいオレはしばらくぼんやりと黒羽のほうを見ながらあれこれ考えていて。

 工藤の「飯買いに行こう」の声で、ようやく我に返り、再び自己嫌悪に陥ったのだった。

 

 それにしても……相変わらずニセモノくさい笑顔。

 つまり黒羽にとって彼らは「それだけ」の人物だということだ。憎たらしい相手でも…その点は可哀相だよな。なんていったってそのことすら気づかずにいるのだから。

 向けられる笑顔がすべてだと勘違いして。

 オレに対してはその「ニセモノ」がわずかに崩れることを知っている。そのことに対する優越感は――否定できない。

 だって人間、そんなもんだろ?

 

 

 

 

 その日はオレだけ5限まであって、すでに薄暗くなっている道を1人歩いていた。

 眠い…かなり眠い。

 ただでさえ5限はだるいのに、加えてさらに眠気を誘う講義ときてる。

 このまま歩きながら眠って電柱に衝突、なんて洒落にしかならないできごとも引き起こしてしまいそうなくらいに、頭はぼーっとしていた。

 同じ講義の同い年のヤツラの中には、これから遊びに行くぞーとか飲みに行くぞーとか言ってるやつもいたが、元気で羨ましいことだ。オレにはもう、家に帰るまでの体力と気力しか残っていない気がする。

 そんなことを考えながら歩いていたときだった。

 

 いつも通っている海岸沿い。砂浜と道路を隔てるように建てられた結構高めの堤防の前。

 デジャブにもなりはしない。はっきりと覚えているのだから。

 はじめてヤツと話したのも、この場所だった。もっともあのときは、ヤツは1人で堤防の上にいたのだけれど。

 今日は――――隣に、もう1人。

 

「あれ?今帰り?遅いんだね〜」

「……5限まで、あったから」

 

 別にヤツ専用歩道ではないのだから、道を塞ぐようにたっている彼らに遠慮して立ち止まる必要はないのに。足はぴったりと地面に縫い付けられてしまったようで動かない。

 ほけっと見ていたら、向こうもこちらに気がついた。

 そして逃げるわけでも隠れるわけでもなく、沈んでいく夕日と同じくらい眩しい笑みを浮かべながら手を上げ呼びかけてきた。

 そして相変わらず、律儀に返す、オレ。

 

 黒羽快斗。ヤツの隣に、もう1人。

 黒羽よりちょっと小さいくらい、ジーンズをはいて。大き目のパーカーで体型がわかりにくいけれど、それでも華奢だとわかる。こちらも大きめの黒い帽子を被っていて、顔半分を覆っていた。その隙間からは、艶やかな、長い黒髪。

 黒羽に半分隠れるように寄り添っていて…。

 こ、これが噂の本命さんかぁ!?

 

「そっかぁ…資格用だっけ?ご苦労さん」

「あ、ああ…」

「まっすぐ帰るの?」

「…ああ」

「気をつけてね」

「……ああ」

 

 アホみたいに「ああ」しか言えないオレは、じゃあと手をあげられ、つられてあげ返して、2人の傍を通り過ぎた。

 そのとき好奇心からちらっと「本命さん」を見てしまう。

 近くでも、彼女の顔はよく見えなくて。

 でも唯一見えていた赤い唇が、笑みの形を取っていた。

 そのときなぜかどくん、心臓が大きく跳ねてしまう。見えなくてもわかる。彼女はかなりの美人だ!そうに違いない!間違いなく黒羽の彼女だ!

 なぜかそう納得して、振り返ることなく帰路を進む。

 

 しっかしやっぱすごいギャップだよなぁ。

 昼間食堂で見たニセモノと、今の彼女に対する笑顔。別人じゃないかというほどに、あまりに違いすぎる。たぶん、彼女に対するときだけ、ああなるんだろう。心から、偽りなく。

 拝めた自分は……幸運なのか?(あんまり嬉しくない…)

 どうにもこのギャップには、慣れそうにない。

 

 

 

 

■ □

 

 

 

 

 友人の姿が遠くに消えたのを見て、新一は一気に力が抜けた。久々に、かなり焦ってしまった。

 なのに余裕の快斗が憎たらしい。

 

「ったく、だから嫌だったんだ」

「おや、オレの変装術をお疑いで?」

 

 変装といってもウィッグを被って薄く化粧して帽子を被り、体型がわからないように大きめの服を着ただけだ。特に大掛かりなものは施していない。

 それでも黙っていればしっかりと「女」に見えてしまう。

 

「もしもってことがあるだろ」

「もしものこともオレが起こさせません。大丈夫だって」

「お前なんでそう自信満々なんだ?しかもよりにもよってアイツだし…ばれたらどう言い訳するんだよ」

「ばれなかったんだからいいでしょ。だって、2人きりでデートしたかったんだ」

 

 いやこれはデートというより散歩に近いのだが…。事実新一はそう思っていたし。

 だがそれ以上新一が何か言う前に、あの快斗ファンの女たちが見たら悩殺されそうな笑みで、気絶しそうなセリフを吐かれ、がばっと思い切り抱きしめられた。それ以上の憎まれ口は、出てこない。

 けれどそれは恋人同士の抱擁というより、母親に縋りつく子供のようだ。

 やれやれ。苦笑しながらも、背に腕を回してやる。また、力が強くなる。

 

「2人きりのときじゃないと駄目なんてつらい〜」

「文句言うな。決めて、納得したことだ」

「だってせっかくアイツと仲良くなってしっかり言い訳できる状況作ったのに…いや、実際アイツ好きだけどさ」

 

 アイツが聞いたら卒倒するかもな…。

 想像して、新一は笑う。

 

「なんかさらに仲いいし…妬ける…」

「それをてめぇが言うか」

 いつもハーレム作ってんじゃねぇか。

「そんなんじゃないよ。ただの友だちだし」

 向こうから寄ってくるんだもん。

「こんの悪党!」

 

 背に回した腕で快斗の首をしめる。もちろん、本気じゃない。だから快斗も、うわぁやめてぇなんて笑いながら叫んでいる。

 もし誰かに見られても、カップルがいちゃついているようにしか見えないだろう。

 

 寄せられる好意に気づかないほど快斗は鈍くない。だから、気づいていて知らないふりをしているのだ。

 やっぱり悪党。アイツが嫌いだというのはそういうところもあるのだろう。

 けれど新一は知っているから。

 アイツがまわりに人を置きたがるのは、寂しいから。人肌恋しいからだ。

 早く、身体はともかく精神は大人にならざるをえない状況に置かれてしまったから。他の人よりもずっと早く成長しなければならないことを課せられてしまったから。

 なんとか落ち着いた今、その反動が一気にきたのだと新一は思っている。

 そんなんじゃないと、本人は否定するのだが。

 夜、無意識に、今のように縋るように新一に抱きついて、得られたぬくもりに安心したような笑みを浮かべて、それから深い眠りに落ちていくから。

 だから、仕方がないと思っている。

 

 ………かといってもともと広くはない心。

 その光景を目の当たりにして常に平気でいられると思ったら大間違いだが。

 

「さ、もういいだろ。帰るぞ。課題があるんだ」

「えー!まだ30分くらいしかたってないじゃん!」

「付き合ってやるだけましだと思え」

 

 だから、ときどき意地悪をしてしまったりする。

 打てば響く快斗の反応が、非常に面白いということもあるが。(最近なぜかいろいろ灰原に似てきたねと泣かれた…嘘泣きだったけど)

 ぶーぶー不平を言う快斗を無視して1人でさっさと歩き出したら、慌てた声が追いかけてきた。

 

「じゃあ今度、お昼一緒に食べよう?アイツもいるなら、別に不自然はないだろ?」

「お前の連れは勘弁だ」

「大丈夫!きちんと断るからさ〜」

 

 結局、新一1人が傍にいれば、他のぬくもりなど、いらないのだ。

 

 なんかまたアイツ、取り巻きに恨み買いそうだな…ま、手は出させないけど。

 コイツにもフォローさせないと。

 新一だって、アイツのことは気に入っているのだ。友人として。

 

「ならそのとき、きちんと自己紹介からはじめろよ?」

 

 ああ今日も、無事に日が沈む。

 

 

 

 

end....?
04/10/1   前作は
ここ


40万ヒットありがとうございます!またまたの大台…感動ですっ(涙)
相変わらず拙いものですが、御礼フリーとさせていただきます。
ご自由にどうぞお持ち帰りくださいませ。
第3者視点第2弾です。今回は、A君黒羽君の彼女に出会う(笑)
なんだかまだまだ謎が満載ですね;;こんなものでよろしければ…。

40万ヒットおめでとうございます!
この話の続き読みたかったのですっごく嬉しいです。
何故新ちゃんが目立たない格好して大学に通ってるか気になるところですが、でも快ちゃんの本気がよくわかるこの話って好きですね。
そして、結構振り回されているような彼の存在も楽しいです。
これからも、面白い話を読ませてくださいね!  麻希利

 

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