『・・・もうすぐだ・・・』

   もうすぐ・・・君が出来上がる・・・・・

   誰よりも綺麗な、僕だけの君が・・・・・

   そう言ってそれは闇よりも暗い笑みを浮かべるのだった・・・

〜新月〜

〈後編〉

 人気の無い古い廃ビルの屋上・・・
 そこにふわり、と音も無く降り立ったのは一点の穢れもない白・・・

 マントを風にたなびかせ月を背に立つその姿は、まるで一枚の絵画のよう・・・

 キッドは徐に右の耳に手を添えた。
 ただそれだけの動きなのに、優雅で洗練されたものに見えるのは決して見間違えではあるまい。

 そこから聞こえるのは、お馴染みになった警部の声・・・

「ふぅ、ありゃ?まぁ〜た警部達ダミーに引っかかってんのか?」

 毎度毎度よく引っかかるものだ、とキッドは溜息をつく。

 キッドは徐に胸ポケットから本日の獲物である、宝石を取り出した。
 手のひらほどある大きなルビー・・・。

 いつものように月にかざしてみるが、それは光をそのまま通すだけで、望んでいたものは姿をみせなかった。

「・・・・また、ハズレ・・・・・か」

 いつになったら見つかるのだろう・・・そんな考えがいつも頭を過ぎる。
 きっと名探偵が聞いたら、鼻で笑い飛ばすんだろうなぁ、と考えてふと思う。

 そういえば、まだ彼の気配がしない・・・。

 今日の警備に彼が参加していることは、あらかじめつかんでいた。
 おかげでほんの少しは楽しい仕事をさせてもらった。

 彼の場合、現場ではなく逃走経路で待ち伏せることのほうが多い・・・。
 その彼が、まだ来ていない・・・?

 キッドは辺りを見回してみる。
 彼のことだ、もしかしたら気配を消して潜んでいるのかもしれない・・・。

 しかし、キッドの視界に入ったのは彼では無かった。

 床に飛び散った、赤い血・・・。

 それを見たとたん嫌な予感がキッドの胸を支配した。
 こういう予感は外れたことが無い。

 キッドはフェンスに飛び乗ると、背中のハンググライダーを開いて眼下へと身を躍らせた。

・・・・・・無事でいろよ!新一!!・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 顔にあたった冷たい感触で新一は目を覚ました。

 ・・・・・ここ、どこだ・・・・・・?

 新一は、暫くぼんやりと辺りを眺めていたが、不意に顔にあたったものに、はっと意識を取り戻す。

 そうだ!あのとき!!!

 新一は、飛び起きようとして何かに阻まれ再びもとの体制に戻ってしまう。
 そこで、初めて新一は自分が四肢を高速されていることを知った。

 なんとか、拘束具を外そうともがくが鎖に繋がれた上、鉄の輪に両手首を塞がれていては無理だった。

 拘束具を外すのを諦めた新一は無事な首だけで改めて辺りを見回した。

 部屋は薄暗かったが、目を覚ましてから随分経ったためすでに目は暗闇に馴れていた。
 その部屋には窓が無く、出入りできるのは自分の横のほうに位置する扉だけらしい。辺りは、大きな箱が無造作に置いてある。

 おそらく、どこかの倉庫か何かだと思われた。

 不意に、扉の向こうから人の気配がしたと思うと、がちゃっと扉の開く音がした。  静かすぎるこの空間にその音はやけに大きく聞こえた。

 新一は、その扉から現れた人物を強く睨み付けた。

 その視線に気付いたのか、その人物はくっくっくっと低く不気味な声で笑った。

「やぁ・・・お目覚めかなぁ?名探偵さん・・・」

「・・・・・・・」

 問い掛けられた言葉と共に近づいてくる人物に、新一は無言のまま睨む瞳に力を込めた。

 その人物は、再び低く笑うと新一の顎を鳥顔を覗き込んできた。
 かなりの至近距離にその人物の顔があるため、この暗がりでもはっきりとその顔が覗えた。

 頬が痩せこけ、不健康そのものの男はどこか鼠のような印象を与える。

「ふっ やっぱり綺麗な瞳だぁ・・・」

「・・・・・・・・・」

 未だ新一は無言のままその男を睨み付ける。

「彼女の瞳にはぴったりだぁ」

「!!」

 そういって笑うその男の瞳は明らかに危険な光を帯びていた。
 新一は、背中を冷たいものが伝うのを感じた。
 頭の中では警鐘が鳴り響いている。
 それでも彼は、その男をきつく睨みつけた。

「・・・お前が、この連続殺人の犯人なのか?・・・」

 そう問う新一にその男は心外だと言わんばかりに肩を竦めた。

「いやだなぁ、どうして皆そう言う風に言うのかなぁ・・・僕はただ彼女のパーツが欲しかっただけなのに・・・・。」

 そういって徐にその男は側にあった白い布を剥ぎ落とした。

 その布に隠されていたものの正体を悟った時、新一は激しい嘔吐感を覚えた。
 それは、所々継ぎ接ぎしてあり、糸のようなものが飛び出していたがその形は紛れも無く人のものだったのだ。

「なぁ、綺麗だろぉ?僕が作ったんだぁ・・・」

 まるで自分の工作を自慢する子供のように笑うその男を、新一は軽蔑の眼差しを含んできつく睨む。

「・・・てめぇ・・・一体どういうつもりだ・・・」

 一層低くした怒気を含んだ声で言う。
 しかし、この男は気にした様子も無く続きを語り出す。

「他のパーツは簡単に探せたんだぁ、彼女そっくりのパーツ・・・でもね、なかなか瞳だけみつからなかったんだ。似てるのはいっぱいあったんだけど、どれも違った・・・どこを探しても彼女そっくりの瞳なんか無かった。だからさぁ、この世で一番綺麗な瞳を彼女の瞳にしようと思ったんだぁ。そしたら君を見つけた。君の瞳はきらきらしてて綺麗だから彼女の瞳にぴったりだよ。」

 そういってその男はそれを抱きかかえた。

 傾き、近くなったそれの顔には二つの穴・・・。

 まるで吸い込まれそうに暗いそれは地獄に堕ちた亡者のように、助けを求めているように見えた。

 そして、嬉しそうにそれを抱く男の瞳に宿るのは精神異常者に宿るそれだった。

「さぁてと、お喋りはこれでお終い・・・。君のその綺麗な瞳、僕が貰うねぇ・・・」

「!!」

 そういってその男はいつの間に手にしたのか、サバイバルナイフを思いっきり振り上げていた。

 冗談じゃね!!こんなとこでこんな奴に殺されてたまるか!!

 新一は、何か脱出する方法が無いかと必死に思考を巡らす、が男は無情にも手にしたナイフを勢いよく振り下ろした。

 やられる!!そう思い新一は堅く瞳を閉じた。

 

 

 しかし

 いつまでたっても、痛みは訪れず、代わりに何か生暖かいものが自分の顔にあたるのを感じて、新一はそっと目を開いた。

 すると、先程まで自分に向けてナイフを振り上げていた男の手からは血が溢れ出し、男は苦痛に顔を歪めていた。

 そして己の横には一枚のトランプカード・・・

 

 

「私の宝石に勝手な事をされては困りますね・・・」

 室内に響いた声・・・その声にはなんの感情も篭もってはいなかった。

 新一は、首を回してこの部屋唯一の出入り口を見た。
 そこには、扉の横に寄りかかって佇む白い影・・・
 凛としたその気配を発するのは、新一が知る限り一人だけしかいない・・・

「・・・キッド・・・?」

 相変わらずキッドは無言のままそこに佇んでいる・・・。

 だが、新一は気付いていた。

 その凛とした気配の中にも、僅かに怒気が含まれていることに・・・。

「・・・なんで・・・ここに怪盗がいるんだよ?」

 明らかに不機嫌な声で男は突然の招かざる客に問いかける。

「私の至高の蒼い宝石を返していただきに来たんですよ・・・」

 先ほどより、怒りの篭もった声に男もようやくキッドの目的を察したようだ。
 男の顔は、明らかに怒りに歪んでいた。

 キッドは凭れていた壁を離れ、一歩づつこちらに近づいて来た。
 一歩近づくにつれ彼から放たれる威圧感が増していく・・・。
 新一ですら少しも身体を動かせずにいた。

 いきなり男は奇声を上げ、キッドに向かっていった。

 キッドから放たれる威圧感に堪え切れなかったのだろう。

 しかし、彼は地を蹴って、それを軽く交わした。
 男はその拍子に前のめり転倒した。
 キッドはそれを横目にふわりと新一も側に降り立った。
 重力を無視したような軽やかな動作に、新一は僅かに警戒をおこたった。

「暫くの間、眠っていてくださいね・・・」

 先ほどとは違い、優しい気配を纏わせて微笑んだかと思うと、新一の意識は急速に闇に落ち始めた。

「て・・・めぇ・・・何・・・しやが・・・った・・・」

 最後のほうの言葉は意識が掠れ言葉にならなかった。 

 キッドは意識を無くした新一にもう一度微笑むと、丁度起きあがったらしい男に向き直った。
 今のキッドからは、既に先ほどの優しい気配は微塵も感じられなかった。
 今、男に向けて放っているのは触っただけで切れそうなくらい鋭い、怒りに満ちた気配・・・。

「さて・・・名探偵に目をつけたのは、お目が高いと言いたいところですが・・・彼に手を出すのは、それなりの覚悟があってのことなのでしょうね?」

 問いかけるキッドの声は絶対零度の声音だった。

「・・・・・・・」

 男は無言のままキッドを睨みつけている。

 キッドは徐に懐から銃を取り出した。
 普段使用している、トランプ銃とはまた別の奇妙な形をした銃だ。

 キッドはその銃口を男の方へ向けると、躊躇いも無く引き金を引いた。

 しかし、男を貫いたのは銃弾ではなかったらしい。
 自分の無事を確認した男は不意に笑い出し、キッドを見た。

「はっははは、どうやらその銃、不発だったみたいだな。残念だったなぁ〜!」

 しかし、キッドの気配は相変わらず鋭いが口元には不敵な笑みが貼り付いていた。

「ところでお前、人形作ってたんだって?そのために、いろんな人からパーツとして身体の一部を持ち去った・・・」

「そうさ!!俺の彼女そっくりな綺麗な人形だよ。そいつの目を入れれば完成なんだ!邪魔すんな!!」

 そう叫ぶ男に向かい、キッドは冷笑を向ける。

「・・・綺麗ねぇ・・・でもその人形よぉく見てみな。人間、それも死体ってのは腐敗するもんなんだよ。この人形はてめぇの作りだしたまぼろしだ!!

 キッドはそういうと継ぎ接ぎだらけの人形に視線を向ける。
 男もつられて視線を向ける。

「ひぃ!!」

 とたんに男は悲鳴を上げた。
 そこには所々に穴があき四肢がバラバラになりながら、自分に向かってくる人形があった。

『・・・返して・・・私達をもとに戻して・・・』

 その声を確かに男は耳にした。

「うっうわぁ・・・」

 男の声は既に恐怖に引きつっていた。

 しかしキッドは構うことなく言葉を続けた。

「よく見な・・・これがあんたの作った『綺麗な人形』の本当の姿だよ」

「たっ助けて・・・」

 男は必死になってキッドに助けを請う。
 しかし、キッドは微動だにしない。

「うっうわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 

「ふっ、俺の大事な宝石に手を出すからそう言う目に遭うのさ・・・もう聞こえてないだろうけど・・・」

 あの時、男に打ち込んだのは銃弾などではなく、暗示などに使う強力な幻覚作用のある薬だった。
 白目を剥き、口から泡を吹いて倒れている男を冷たい瞳で一瞥すると、気を失っている新一の枷を外しそっと抱き上げその場を後にした。

 その後、一時間程してその場に警察が到着した。

 

 

 

 

 

 

 

 瞳を閉じていても眩しい程、光が入ってくる・・・。
 おそらく、陽の光が直接入っているのだろう。

 その光に覚醒を余儀なくされた。
 視界に入ったのは、見慣れた自室の天井・・・・

「・・・・・・あれ?・・・」

 起き抜けでよく働かない頭でぼんやりと考えていた。
 ふと、視線をデスクに投げる。
 目にとまったのは、一枚のカード・・・

 新一は、起きあがってそのカードを手に取った。そこには、

    『またお会いしましょう。

        あんまり無茶はなさらないほうがご自身のためですよ
                                            KID』

 それを、見たとたん新一は、今までの出来事を思い出した。

 ・・・・・あいつに、借りを作っちまったのか・・・・

 悔しいことこの上ないが、実際、キッドに助けられたことには変わりが無かった。 暫く、押し黙っていた新一だがふと口元に笑みを浮かべると、臥せていた顔を上げた。

 その瞳には、いつもの強い澄んだ輝きが戻っていた。

 ーそれはそれ、これはこれ・・・次に会ったら、絶対捕まえてやる!ー

 

見てろよ!怪盗キッド!!
 

                                     End


麻希利さま・・・
遅くなって申し訳ありません!!ようやく後編掛けました・・・
ふっキッドようやく出てきましたね。でも・・・何これ??
なんで?どーして?こんなお話のはずでは・・・(汗)
う〜ん・・・(滝汗)
こんなのでよかったら貰ってやって下さい。(^−^;)

ありがとうございます、森羅さんv
いや、早かったですよ?続き、すごく気になってましたから
頂いた時はホントに嬉しかったですvv
有り難く頂きますね!もう返しませんよ(^0^)
新ちゃんしか見えないキッドさまが理想〜v
私の宝石宣言はまさしく萌えです!
新ちゃん、借りは借りだからきちんと返そうね?
キッドくんは泣いて喜ぶよvv

 前編

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