「おい!校門のとこに、スゲエ美人がいるぞ!」 放課後、クラブに入ってない帰宅組はそそくさと帰る準備をしていたそのとき、体操服の少年が教室の扉を開け大声で知らせに来た。 「え、美人!ホントかあ!」 「ホントホント!もう、女優みたいに綺麗なお姉さまだぜ!」 それを聞いて、教室に残っていた男子生徒はワッとばかりに校門が見える窓に飛びついた。 確かに、ほっそりした女性が門の所に立っているのが見える。 だが、さすがに3階の窓から校庭の向こうに立つ人物の顔まではハッキリわからない。 「そんなに美人なのか?」 クラスメートに聞かれた少年が、オレは両目とも1・2だ!と答えると好奇心旺盛な少年たちは我れ先にと美女を拝みにスッ飛んでいった。 「もう、男共ったら美人と聞くとすーぐこれなんだから・・・快斗!」 他の少女たちと一緒にプッとむくれていた青子は、カバンを掴んでササッと教室を出て行こうとした快斗の襟首をすかさず引っつかんだ。 「何よ!快斗も美人に興味あるわけぇ?」 「そりゃあね。オレも男ですから」 美人と聞けばやっぱり拝みたいってものだ。 「約束!」 わかってるって、と快斗は青子に向けて肩をすくめる。 「早く帰ろうぜ」 ついでに、美人の顔も拝むv 嬉しそうにニヤニヤ笑いながら教室を出ていく幼馴染みの後を、青子はむくれた顔のままついていった。 今日は、青子がたまたま招待券をもらった美術展に一緒に行くことになっているのだ。 メインとなっている少女の肖像画がすごく綺麗だというので、青子はずっと楽しみにしていたのだ。 「そういや、おじさんも美術館に行ってんだろ?」 「うん、仕事で。キッドじゃないけど、絵を狙ってる泥棒がいるんだって」 あたし、泥棒なんか大っ嫌い! へえへえ・・と快斗はいつものことに苦笑を漏らす。 「あれ?」 青子は生徒たちの注目の的になっている女性の顔を見て瞳を瞬かせた。 「快斗、あの人・・・・」 「うん・・・」 校門の所に立っていた美女は、見知ったカップルに気がついてニコリと笑った。 真っ白なスーツを身に着けたその美女は。 「どうしたんですか、美夕さん?」 「あなた達を待っていたのよ。お時間、あるかしら?」 「は・・はい」 突然の須貝美夕の誘いに、二人は顔を見合わせ頷く。 まあ、美術館は5時まで開館してるからちょっとだけなら時間はある。 二人は、生徒たちの好奇心一杯の視線を受けながら、美夕の後についていった。 明日はきっと質問攻めにあうことだろう。
三人は駅前の喫茶店に入った。 美術館行きのバスが駅前から出てるから都合がいいので快斗が指定したのだ。 「連絡もしないで急に来てごめんなさいね。来週、ヨーロッパに出かけるものだからその準備もあって、今日しかなかったの」 「ヨーロッパ!観光ですか?」 青子が瞳を輝かせながら尋ねる。 「ええ。独身最後の一人旅」 いいなあ、と青子は羨ましそうな顔で美夕を見た。 学校の友達の中には、海外に遊びにいった子が結構いて、お土産をもらうたびに羨ましかった青子だ。 父親が警察官だと、海外旅行など殆ど夢だ。 唯一期待した修学旅行も、関西になってしまいガックリした。 中学の時の修学旅行も京都大阪だったのだ。 最近は海外へ出る高校も増えていたから期待したのだが。 去年までは北海道だったのに、何故青子の時は関西なの? まあ、新しく出来たテーマパークがコースに入れられるということだから、そんなに悪くはないのだが。 「新婚旅行で海外に行けばいいじゃん」 快斗が羨ましそうにしてる青子にそういうと、青子の脳裏に白い教会で結婚式を挙げる自分の姿が浮かんだ。 隣に立つのは・・・・ ボッ・・と頬が熱くなる。 美夕は綺麗に包装された細長い箱を、向かい側に座る二人の前に置いた。 「婚約のお祝いに来てくれた方々へお礼の品を渡しているの。殆どは郵送したのだけど、紅子さんやあなた方には直接手渡したかったから」 「えvもらっていいんですか?」 「ええ。ほんの気持ちだけだけど」 二人は早速包みを開いて中を見た。 「キャアv可愛い腕時計!」 青子がシースルーのピンクの腕時計に歓声を上げた。 「これって、オメガ社の・・・・」 快斗のは綺麗なブルーだった。 美夕は、快斗に向けてええ、と頷く。 ・・・・・さすが金持ち。 世界中にマニアがいるオメガ社のこのシリーズは、確かに値の高いものではないが、しかしお祝い返しに選ぶような代物でもない。 青子には教えない方がいいよな、と快斗はこっそり吐息を漏らす。 そこで三十分ほど話してから店を出た彼らは、美術館行きのバスがでているバス停に向かった。 「予定があるのに、お時間とらせてごめんなさいね」 「いいんです。旅行、楽しんできてください」 ありがとう、と美夕はニッコリ微笑むと青子に向け右手を差し出した。 え?とちょっとびっくりしたように瞳を瞬かせた青子だが、すぐに自分も手を出し握手する。 美夕は、快斗にも握手を求めた。 「お幸せに」 ありがとう、と快斗の手を握った美夕の表情がふいに笑顔から驚きに変わった。 「・・・・?」 美夕の紅い唇が、まさか・・・と声を出さずに疑問を綴る。 快斗は眉をひそめる。 ・・・しまった!そういえば彼女は・・・! バスが来て扉が開くと先に青子が乗り込んだ。 「あなた、もしかして」 快斗が青子に続いて段に足をかけた時、美夕が小さく問いかける。 しかし、その後の言葉は続かなかった。 快斗と美夕の間で扉がゆっくり閉じてバスは走り出す。 美夕の姿はすぐに小さくなって見えなくなった。 「ねえ、快斗。美夕さん、どうしたのかな?」 「・・・・・・」 青子が急に様子が変になった彼女が気にかかり快斗に聞いたが、その答えは返らなかった。 バスのシートに落ち着くと、快斗は虚空を見るようにして視線を上げため息をついた。 (マズった・・・・) どこまでバレた? 身代わりのことだけなら問題はないのだが、と快斗は自分の手のひらを見つめて顔をしかめる。 二人の高校生が乗ったバスを見送った美夕もまた、自分の手を見つめていた。 彼女が人と手を握ろうとするのは、海外留学をしたせいだと思っている友人も多いが、実は別の理由があった。 美夕には、一度握手を交わした相手を絶対に忘れないという特技があるのだ。 顔や声で覚えるのではなく、握った手の感触を覚えるのだ。 だから、すぐにわかった。 あの少年が紅子のパートナーとして彼女の前に現れた黒羽快斗ではないということを。 それじゃ、あの時の彼は誰なの? 月の光で青く光っていた少年の瞳。 東都に来たのは、黒羽快斗があの”ミステリアスブルー”なのかを確かめるためでもあった。 (彼・・じゃない?それじゃいったい・・・・) 一緒にいた紅子なら知っているだろうが、しかし、おそらく答えてはくれないだろう。 今会った彼が本物の黒羽快斗だとしたら、あの日礼司の部屋を見た少年は・・・・・・ 身代わり? 考えに没頭していた美夕は、突然背後から伸びてきた手に衝撃を受けた。 あっと思ったときには、肩にかけていたショルダーバッグが自転車に二人乗りした少年の手に渡っていた。 (ひったくり!)
「井村が脱獄?」 「ああ。だから君には十分気をつけてもらいたいんだ」 新一は目暮警部の言葉に、フッと口元を緩める。 「ボクが彼の邪魔をしたからですか」 去年の夏、ある女に人生を狂わされたと思い込んだ男が、彼女を殺して自分も死のうとした。 だが計画は狂い、全く関係のない女性に怪我を負わせた。 そこから井村の犯行がわかり、寸前に新一によって止められ警察に逮捕されたのだ。 「実はまだマスコミには知られてないんだが、あの時井村に狙われていた女性が昨夜襲われてね。幸いかすり傷で助かったんだが」 「井村ですか」 「それはまだわからんが。暗い上に、背後から襲われたんで顔は見ていないそうだ」 しかし、井村だとしたら君も狙われる可能性があると目暮警部は言った。 新一の身を本気で心配する目暮に、新一はニッコリと微笑む。 「わかりました。じゃあ、ボクは家に帰っておとなしくしてますよ」 「本当かね?」 目暮は、いやにアッサリ忠告を受け入れた新一に疑いの目を向けた。 この才能ある高校生探偵が、自分が関わった事件に、たとえ自分の身が危なかろうと放っておくというのが信じがたいのだ。 ダテに長いつきあいをしてるわけではない。 (良くも悪くも優作くんにそっくりだからなあ、新一くんは) 嫌だな警部、と新一は苦笑を浮かべる。 「嘘は言いませんよ。ボクのことより襲われた女性の方を守ってください」 それじゃ、と新一は目暮に軽く会釈すると、背を向けて歩き去った。 警部、と新一を見送る目暮の後ろから佐藤刑事が声をかけた。 「工藤くんに知らせたんですね。彼はなんて?」 「おとなしく家に帰ると言っておったが、信じていいのやら」 目暮はハ・・と息をつく。 「やはり護衛をつけるんですか?」 「そのつもりだが、彼に気づかれないで、しかもしっかり護衛できる刑事がうちにおるかどうか」 本気でそう言う警部に佐藤刑事はハハ・・と苦笑いした。 それでいいのか警視庁。 しかし反論できないのは自分もそう思っているからなのだが・・と佐藤刑事。 「一応、今は高木くんにまかせたが」 と、そこでようやく目暮は佐藤刑事の後ろにいる女性に気がついた。 「あ、ごめんなさい。もう結構ですので、どうぞ気をつけて帰ってください」 「ええ。どうもお世話になりました」 白いスーツを着た女性は、丁寧に頭を下げるとそのまま歩いていった。 「どうしたんだね?」 「ひったくりの被害者ですよ。やったのは中学生。ひったくられた時、丁度近くにいたバイク便の青年が追いかけて捕まえてくれたんですが」 「ひったくりか・・・最近多くなったな」 「遊ぶ金欲しさと、後はゲーム感覚で犯罪だという認識がゼロなんですからね。親に連絡したら仕事ですぐには来られない・・・とこうなんですよ。しょうがないんで学校の担任を呼び出しました。そっちは、すっ飛んでくるそうです」 「そうか」 「学校や家庭環境の問題をよく理由にあげられますけど、この場合は本人の問題だとわたしは思いますね」
警視庁を出てから高木刑事がずっと自分の後を、つかず離れずでついてきている事を新一はとうに気づいていた。 尾行が下手だというのではなく、相手が新一だからなのだが。 う〜ん、どうしようかと新一は考える。 目暮警部には帰ると言ったが、しかし工藤邸に戻るわけにはいかなかった。 今新一が寝泊りしているのは、父親が借りている別荘で、そこはいくら信頼している警視庁の刑事でも知られるわけにはいかない場所だったのだ。 なんたって、日本警察はいうに及ばず、インターポールまでが追っている怪盗が二人も訪れる家なのだから。 腕時計で時間を確かめた真一は、くるりと向きを変えるとスタスタと高木刑事の方へと歩いていった。 高木さん、と新一はいきなり自分の前に来た彼にオタオタしている、人のいい刑事に向け微笑みながら呼びかけた。 「一緒にあそこで食事しませんか?」 「ハ?」 「家に帰って食事作るのも面倒だし、食べて帰ろうと思って。つきあってくれますよね?」 「え・・・だけど今は勤務中だし・・・・・」 「ボクと一緒ならいいでしょう。それに、あの店は二人以上でないと入れないんですよ」 新一がそう言った店は、一人分は出せない大人数相手のパスタ専門店だった。 余程の大食いでなければ食べきれない量を出すので、最初から一人での入店は断る注意書きが店の前に書かれている。 新一にそういわれて頑固に断れる高木ではないので、ま、いいかと彼は新一と一緒に店に入っていった。 こんなとこ、警部や仲間の刑事に見られたら何やってるんだと睨まれるんだろうな、という不安をちょっぴり抱きながら。 「・・・・・・・・・・」 少年と若い刑事が店の中へ入るのを確かめると、彼女は向かいの喫茶店に入っていった。
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