“神古(かみこ)”村というのが龍の伝説のある村の名前だった。 そして毛利小五郎一行が半日かけてようやくたどりついたその小さな村は、まわりを小高い山々に囲まれていた。 ものスゴイ田舎だと聞いてはいたが、駅のある町まで車で2時間、バスは日に一度。 「まさに陸の孤島じゃねえか」 小五郎が思わずそう呟くのもムリからぬ印象がこの村にはあった。 村についた時はもう既に日が暮れて星が瞬いていたので村の全景ははっきりわからなかったが、ポツンポツンとまばらな家の灯を見る限りほんとに小さな村なのだとわかる。 八つ墓村・・・ あの、あまりにも有名な小説を嫌でも連想してしまう光景にコナンは言葉もない。 (・・・・帰りてぇ) 「いやあ、なあんか楽しそうなとこだよな〜v」 途中、小五郎の運転する車に移ってきた黒羽快斗の能天気な台詞を耳にしたコナンはジトッとした目で隣に座る少年を睨みつける。 いったいどういう感覚をしてやがんだ? 「何が楽しそうだってんだ?」 「え?だって、今にもトトロとか出てきそうなトコじゃんv」 トトロだあ〜〜? 小さな丸い目にニチャッとデカイ口の両端を上げた樽のような奇妙な生き物の姿がコナンの脳裏に浮かぶ。 「・・・・・・・・」 生まれ持った性格の違いか、村の印象を、かの大量殺人事件と連想する自分に対し、こいつはあのお伽噺めいた精霊なんぞを連想するのだ。 「猫バスとか走ってたらもう楽しいったらないよなあvv」 ご機嫌な快斗にコナンはムゥと口を尖らせると、車のドアを開けた。 「今夜はもうオレに話かけんな。おまえと喋ってると頭が変になる」 ええ〜!と快斗は、さっさと車から外に出るコナンの背中に向け不満の声を上げる。 「なんでえ〜!?それってあんまりじゃない、コナンちゃん!」 快斗はコナンの後を追いかけるようにして車から降りた。 彼等より先に外へ出ていた小五郎と蘭、それに純平の3人は、石段の先にあるバカデカイ門を目を丸くしながら眺めていた。 「こりゃ・・・スゲエな・・・・・」 「戦前はここ一帯の大地主だったって話ですから。オレんとこのジイさんが生まれ育った家もこんな感じだったかなあ」 今はもう取り壊されてないらしく、写真だけが残っているだけだと純平は言った。 田舎はコレだからなあ、と小五郎は溜息をつく。 土地があるもんだから、やたら建ってる家がデカイ。 いやもう、ここまでくると家というより屋敷か御殿と言った方がいいかも。 狭い土地に詰め込むように建てられた家を、人生の半分を費やして手に入れるサラリーマンにとっては、まさに手の届かない夢の御殿だろう。 小五郎を先頭にして彼等は石段を上っていった。 寺の門にも似た大きな木の門の脇には、インターフォン付きの呼び鈴があった。 古風な中で、これだけが場違いのような代物で一気に現実に引き戻される。 それさえなければ、まさにタイムスリップしたような気分になるのだが。 都会からやってきた彼等を出迎えたのは、この家の長男だという20才半ばくらいの若い男だった。 高校、大学が東京だったせいか彼等との会話もそんなに違和感がない。 で、彼、森島智明がインターネットに龍の話を載せた人物らしかった。 どう見ても彼は普通の青年で、あのシルバーフォックスに関係しているようには見えなかった。 いったいどうなってんだ? 「せっかく遠くから来て頂いたのに、先月祖父が亡くなりまして、両親はお世話になった方々の所へ挨拶に出かけているものでたいしたおもてなしはできませんが」 智明が申し訳なさそうに言うと、小五郎はいやいやと手を振った。 「突然押し掛けてきたのは我々ですから、どうぞお気遣いなく」 今回の依頼人は純平であるが、やはりこういうことは大人であり年長者である小五郎が言わねばならないことだろう。 「え、と・・・あなたが岩佐さんでしょうか?」 「いえ、私は毛利小五郎と申します」 「岩佐はオレです。すんません、森島さんのHP見てびっくりしてもうて。用件だけメールして自己紹介もなんもせんと失礼しました」 さすがに見かけは今時の若者でも、おぼっちゃまとして育った純平はちゃんとしつけができていた。 森島は高校生の純平に驚いたようだった。 「いや、これはどうも・・・きちんとしたメールだったんでてっきり年上だと」 「手紙は本人を直接見るわけやないんやから。特に初めての相手にはいい加減に書いたらあかんって母親に言われてたもんで・・・メールも手紙とおんなしやし」 「それはいいことですね」 森島はニッコリ笑った。見た感じはまるで小学校の先生のようだ。 「で、この人はオレが頼んで来てもろた東京の探偵さんです」 「探偵さんですか?」 大学を卒業してから東京へは行ってないのか、森島は小五郎の名を知らなかった。 ま、田舎じゃこんなもんだろ。 「これは娘の蘭で、こっちは居候のコナン、そして」 「オレは一緒に来る筈だった岩佐くんの友人に代わりを頼まれた黒羽快斗です」 快斗は人好きのする笑顔をみせながらペコッと頭をさげた。 「そうですか。今、この家には僕と住み込みのお手伝いの八江さんしかいないので、皆さんに来て頂いてとても嬉しいですよ」 げえ〜、こんな広い屋敷に二人っきりだったのかよ? コナンはちょっとびっくり。 だが考えてみたら、工藤新一も広い洋館にずっと一人住まいだったのだ。 「それで・・・HPにあった龍の彫像の話を聞きたいんやけど」 「ああ、それは食事をしながらでも。用意してますので」 「あ、こりゃどうも」 そういや、早めに弁当食べてたんで丁度空腹を覚えていた所だった。 智明の後について奥の部屋へと続く廊下を進んだ小五郎たちは、思いがけなくも部屋の前に立つもう一人の客人と顔を合わせた。 (おお〜!) 小五郎の目が喜色に輝く。 なにしろ彼等の目に映ったその人物は、長い金色の豊かな髪を腰までたらし、モデルのようなボディを惜しげもなく見せている美女だったからだ。 「お待たせしてすみませんでした、フォッカーさん」 「オー、謝ることありません、トモアキ。待つと言ったのはワタシです」 金髪美女が、大輪の花のような笑みを浮かべると小五郎の目尻はさらに下がった。 こんな田舎にこんな美女がvなんという幸運! 過疎化が進んで年寄りばかりの村だと聞いていた小五郎にとってはこれは嬉しい誤算だった。 「ご紹介します。この村の伝説を調べにアメリカから来られたキャスリン・フォッカーさんです。彼女とはインターネットで知り合いまして・・・・実は龍の彫像のことは彼女から聞いたんですよ」 え?と彼等は驚いたようにその金髪美女を見つめる。 「ワタシ、大学で東洋の架空の生物である龍について研究してます。龍は、西洋のドラゴンと違ってとても神秘的で美しい。特に日本に残る龍の伝説が面白くていろんな文献、調べました」 なまりはあるものの、ちゃんとわかる日本語を話す彼女に彼等は目を丸くする。 「いつか日本に来て龍のこと調べようと言葉、勉強しました。でもちゃんと通じるか、心配でしたが」 「勿論通じますよ!いやあ、ホントにお上手ですなあ」 ワハハハと小五郎が笑った。 (相変わらず美人に弱ぇな、おっちゃんは) コナンは呆れたような目で小五郎を見る。 「それで、ここへはやはり龍のことを調べに来られたのですか?」 Yes、と彼女はうなずいた。 「トモアキのHP見ていろいろ調べました。何度もメールやりとりして、今回彼の好意で日本に来ました。あなたも龍のこと、調べにいらしたのでショ?」 「え、まあ・・・」 小五郎はキリッと表情を変えると彼女に向けて右手を差し出した。 「私は毛利小五郎と申します。お見知りおきをレディ」 あら、という表情を見せた彼女と小五郎の間に、突然割って入ってきたのは黒羽快斗だった。 邪魔された小五郎は当然怒った。 「おい!先に挨拶してるのは俺だぞ!」 「・・・・・・・・・・・」 じっと金髪美女の顔を見つめていた快斗は、何を思ったのかいきなり彼女のふくよかな胸の膨らみにピト・・と掌を当てた。 ゲゲッ! 彼等はギョッとなって目を瞠った。 「あ、柔らか〜い・・・本物の胸の感触じゃん」 キャスリン・フォッカーはクスリと笑うと、不思議だというように大きな瞳を見開いている快斗の頭に手を回し、そしてギュッと抱きしめた。 快斗の顔が彼女の胸に埋まる。 「勿論本物の胸。納得できましたか、ボーイ?」 「・・・・・」 「き、きさまあ〜〜なんて美味しいマネを!」 「お父さん!」 何恥ずかしいこと言ってんのよ、と蘭は小五郎を睨みつける。 だってよお・・・とまだ羨ましそうにしている小五郎の腕を蘭は、まだ言うかというようにつねった。 諦めなって。おっちゃんがやったら、シャレになんねえって。 「あ、どうぞ。この部屋です。地酒も用意してますので。毛利さんはいけるクチですか?」 「そりゃもうv地酒ですか。嬉しいですなあ」 快斗の思いがけない行動に驚いた森島だが、彼女が別段気にもしていない様子にホッとして、食事を用意してある部屋へ小五郎たちを促した。 「何やってんだよ、オメー」 眉をひそめたコナンが、廊下に突っ立ったままの快斗の顔を見上げる。 「ん?いい胸してたなあ・・なんて」 肩をすくめて笑う快斗に、コナンはハァ・・と脱力した。 「頭の中までバカンスしてんじゃねえよ」
食事がすむと、もう遅いしお疲れだろうからと智明は、話は明日にして入浴したら休むよう彼等に言った。 確かにもう夜も遅かったし疲れてもいたので、小五郎たちはそうすることにした。 そうして、それぞれ用意された部屋に入って休んだ時には夜もとっぷり更けていた。 シン・・と静まり返り、街灯の明かりもなく夜の闇に包まれたような広い部屋に、父親の小五郎とコナンの3人で寝ていた蘭はふと目を覚ました。 耳が痛いような静寂さにブルッと肩を震わせた蘭は、父親と自分の間に寝ていた筈のコナンの姿がないことに気が付き身体を起こした。 「コナンくん・・・・?やだ、トイレに行ったのかしら?」 起こしてくれたら良かったのに。 実はちょっと一人でトイレに行くのが怖かった蘭なのだ。 初めての家で、しかもこんなに広いと一人はやっぱり心細い。 子供って、普通夜中のトイレって怖がるものなのだが。 「コナンくんは、平気なのよね」 外出先でトイレについてきてもらうのは、もっぱら蘭の方だった。 丁度その頃、屋敷の庭には二つの人影が対峙していた。 一人は長身の金髪美女キャスリン・フォッカーであり、もう一人は黒羽快斗だった。 純平とは別室だったが、襖一枚の隣同士だったため、彼が完全に寝てしまうのを確認してから、快斗は部屋を出たのだが。 その彼を待つように廊下に立っていたのは、ミス・フォッカーであった。 「用があるのはオレってわけ?んじゃ、外に出ようか」 快斗はニッと笑うと、彼女に向け顎をしゃくった。 「なあ、やっぱそれって変装か?」 快斗が訊くと、ミス・フォッカーはクスッと笑いながら長い金髪を掴んで引っ張った。 スルリと美しい金髪が滑り落ち、月明かりの下に浮かび上がったのはブラウンの短い髪。それでも、彼女の美貌が損なわれることなく、いやそれ以上に魅力的だった。 だが、その顔を快斗は一度見たことがあった。 あの時の髪の色はブルネットだったが。 「女だったとは思わなかったなあ。見事に騙されたわけだ」 このオレが。 「わたしも、まさか怪盗キッドがこんな子供だとは思いませんでしたよ」 あれ? 「やっぱ、バレちゃってたか」 「そりゃあ、やることがトウイチとおんなじですからね」 彼女はクスクス笑う。 快斗はくるんと瞳を瞬かせた。 え?おんなじって・・・まさか・・・・・ (オ〜ヤ〜ジ〜〜) あんたも胸をタッチしたってか? う〜ん・・・と快斗は唸った。 自分がやったことが棚上げになるが、それでも父親が胸タッチしたというのは許せないものがある。 「フフッ・・やはり親子ですね。そういう表情もトウイチによく似ている」 父親に似ていると言われるのは悪くないが、相手によりけりである。 「シルバーフォックス・・・・」 はい、とミス・フォッカーが微笑む。 「オレたちを呼びつけたのは単なる好奇心?それとも他に目的があるんだったら訊きてえんだけどな」 「そうですね。今は好奇心とでも言っておきましょうか」 「じゃあ、場合によっては別の目的を持つこともあり得るんだ」 突然暗闇の中から聞こえてきた幼い子供の声に彼女は眉をひそめた。 黒い木の影からゆっくりと姿を見せたのは、コナンだった。 おいおい、と快斗もちょっとばかし動揺を隠せない。 まあ、こいつに見られていて隠し事などできる筈はなかったが。 「あんたの本当の目的はなんだ?組織となんの接点もないんであれば、オレたちに関心を持つ理由なんてねえだろ」 「・・・・・・・・」 見かけを裏切る、およそ子供らしくないしゃべり方に、彼女は瞳を瞠る。 確か、この子は探偵の毛利小五郎が連れていた子供だ。 どう見ても7才を越えない小さな子供。 しかし、その話し方や自分を見る瞳は小さな子供では決してなかった。 (瞳・・?) 彼女は、子供の大きな眼鏡に遮られているような瞳が一瞬月の光を受けて蒼く光るのを見た。 まさか・・・・・ミステリアスブルー? 「いったい、これはどういう魔法ですか?」 そうフォックスが問うと、快斗もコナンも口をつぐみそのまま黙り込んだ。
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