怪力を発揮できるものなら、今右手に持っている受話器を握りつぶしてやりたいくらいに怒っていた。 しかし、高校生の身体であってもできないのに、小学生の非力な自分にそれは可能なことではなく、ただ最悪の気分をもたらしてくれた電話の相手に向けて怒りのオーラを叩きつけることしかできないことが猛烈に悔しかった。 まあ、そのオーラは確実に電話の相手に届いているらしく、しばらくの沈黙の後、おそるおそるといった感じで相手はコナンに問いかけてきたが。 『なあ工藤・・・なんとか言うてくれや』 「・・・何を言えって?まさかオレが喜んでるとは思ってねえよな、服部」 ぐっと相手はつまる。 『しゃあないやん。オレ、ほんまに行かれへんのやから。それに、毛利探偵を紹介したのはオレやない!ウチのおかんなんや!』 「・・・・・・・・・」 コナンは眉間に深い深い皺を寄せた。 ことの発端は服部平次が新一を友人のパーティに誘ったことだった。 そこで美術品専門の怪盗シルバーフォックスと出会い、龍玉のいわれを聞いた。 奴は「面白いことがわかる」と言ったが、新一はさほど興味が湧かなかった。 だから、そのことに関わる気持ちは全くなかったのだ。 というより、今は余計なことに首を突っ込みたくないというのが本音だった。 それなのに・・・・とコナンは顔をしかめる。 この日、学校から戻ったコナンが探偵事務所の前でバッタリ出会ったのは、龍玉の持ち主である岩佐純平だったのだ。 顔を合わせた途端嫌な予感がした。 純平がシルバーフォックスから聞いた蒼の龍玉の秘密にかなり興味を抱いていることは知っていたが、そのことをとやかく言う気はない。 だからこそ勝手にすれば?などと言えた。 あくまで他人事であったからだ。 なのに、何故話がこっちにふられてくるのだ? 『純平の依頼を受けたんはおっさんやろ?おまえには関係あらへんやんか』 「ああ、そうさ。関係ねえんだよ。蘭のやつが一緒に行くなんて言わなけりゃな」 え・・? 「・・・・覚えてろよ、服部」 え、ちょっと・・・! コナンは、もう言い訳など聞く耳持たねーとばかりに受話器を叩きつけるようにして置いた。 「フン!」 バーロ!蘭一人行かせられるわけねえだろが! 天下の毛利小五郎はてんで役に立たねえんだからよ!
出発の朝は見事な快晴だったが、小五郎が運転する車の後部座席の真ん中に一人座るコナンは見事なふくれっ面だった。 なんで蘭の奴、一緒に行くなんて言いやがったんだ? 純平が見せた蒼の龍玉は確かに女の子の目には綺麗に見えるものだろうが、依頼は単なる探し物なのだ。 龍の彫像の目だという龍玉。 その手がかりをインターネットで見つけたなんて、あまりにも都合良すぎねえか? うさんくさい手がかりを抱えての仕事なんざ、本当なら関わりたくないのだ。 「なんで、おまえら付いてくんだ?おまえらがいっても楽しい仕事じゃねえぞ?」 そうだそうだ、と今度ばかりはコナンも同意する。 実際、けた外れの報酬が提示されなければ、たかが高校生の好奇心による依頼など小五郎は断っていた筈なのだ。 「だって、もしかしたら新一が来るかもしれないから」 あ〜ん? 蘭の答えに小五郎は勿論、コナンも目が点。 「な、なんで新一兄ちゃんが?」 「岩佐くんから聞いたのよ。蒼の龍玉を取り返してくれたのは新一だって。それに龍玉のことを教えてくれたのも新一だからきっと謎を解きに来る筈だって」 ぐわ〜ん!とコナンは頭を殴られたように思いっきりのけぞった。 誰が行くっつったよ! はっきりと興味ねえって言っただろうがっ! ・・・・くっそう〜、しっかり口止めしとくんだったぜ! まさか、こんな形でまた会うとは思ってもみなかったから。 今更文句を連ねても仕方ないのだが、ただ、嬉しいと思ったのは蘭が新一に会えるとは限らないのにその可能性を信じたことだった。 (ごめんな、蘭。おまえを巻き込むわけには絶対にいかねえからさ) いつか・・・いつの日かきっと・・・・・・・ 高速に入ってすぐに小五郎は車をサービスエリアに入れた。 ここで岩佐純平と待ち合わせているのだという。 とにかく、目的地はすごい田舎らしく、高速を下りてからは殆ど山の中だというのだ。 純平の話では、かの八つ墓村を彷彿とさせるらしい。 うえ〜〜 なんで、んな田舎へ行かなきゃなんねえんだよ。 そういうとこに限って、妙な事件に関わっちまうんだよなあ・・・ 「ここでお弁当でも買っとこうか、お父さん」 「そうだな。山ん中なら飯食うとこもねえだろうからな」 目的の村に着くのはどうしたって夜になるだろうし。 じゃ買ってくる、と蘭が車のドアを開けると、ボクも行くと言ってコナンも外に出た。 二人が売店に足を向けかけたその時、突然一台のバイクが走ってきて彼等のすぐ前で止まった。 バイクを運転していた黒の皮ジャンの男がヘルメットを取ると蘭は目を瞬かせた。 「岩佐くん?」 男は今回の依頼人である岩佐純平だった。 そして、彼のバイクの後ろに乗っていた少年がゆっくりとバイクを下りた。 思わず蘭の心臓がドキンと跳ね上がった。 まさか・・・・・ フルフェイスのヘルメットで顔は見えないが、体型はよく似ている。 新・・一? ヘルメットに手をかけた少年の顔が少しずつ見えてくると、蘭の鼓動はさらに早くなっていった。 「新・・・っ!」 そうしてヘルメットを取った少年がニッコリと笑顔を見せた時、蘭は息を呑んだ。 「蘭ちゃん、久しぶり〜v」 「黒羽・・・くん?」 「恋人の蘭さんもやっぱ間違えるんやなあ。オレも最初見た時、てっきり工藤新一や思たんや」 純平の言葉に蘭は頬を赤らめた。 確かに新一と彼、黒羽快斗はよく似ている。 しかし印象は異なっているので、それは一瞬の迷いのようなものだが。 「どうして黒羽くんが?」 「服部の代理。どうしても抜けられない用事があるからって、替わりを頼まれたんだ」 「そうなんだ。でも、良かったの?」 「暇だしね。それに、オレ、面白そうなこと大好きだからv」 そう言って快斗は肩をすくめる。 「じゃ、オレ、毛利さんとこれからのうちあわせしとくから」 純平はそう言って小五郎の車の方へ走っていった。 蘭は弁当を買いに売店へと向かい、コナンはしっかりドリンクの自動販売機まで快斗に引っ張っていかれた。 小銭を挿入して、スポーツドリンクを二本買う。 そして、しゃがんで、ほいと一本をコナンに手渡した。 コナンは嫌そうな顔でそれを受け取る。 こいつが来るなんて予想外だ。 「西の探偵を脅したんだって?」 快斗がニヤニヤ笑いながら訊く。 「脅しちゃいねえよ。ただ、覚えてろよと言っただけだ」 完璧に脅しじゃ〜ん!と快斗は大口を開けてケラケラ笑った。 「慌ててオレんとこに電話してくる筈だぜ。おまえにんなこと言われたら、オレだってそうする」 「うそつけ。糠に釘のくせしやがって」 それとも、馬の耳に念仏か。 快斗は、ニッと気障な怪盗の笑みを浮かべてみせた。 「おまえの言葉は一言漏らさず、オレの胸に届いてるよ。なあ?ミステリアスブルー」 コナンは眉間をしかめ、舌打ちする。 「で?白の魔術師はいったい何しに来たんだ?」 「決まってんじゃん。やっぱ、ご招待されたからには行かなきゃ、なv」 「・・・・・・・」 コナンは、ふっと息を吐いた。 「おまえも奴の言葉をそうとってたのかよ」 「当然。それ以外にどんな意味がある?ご丁寧に会場まで教えてくれてさ」 だから来たくなかったんだよ、とコナンは渋い顔になる。 「奴は、オレたちのことをどこまで知ってるんだ?」 さあね、と快斗は首をすくめる。 「ま、アッシュのような危険人物じゃねえし、会って話を聞くのもいいんじゃねえの?」 「・・・・・・・・・」 「大丈夫。おまえの蘭ちゃんを巻き込むようなことは絶対にさせねえからさ」 「だったら、最初から来るんじゃねえ。おまえは蘭の神経にさわんだよ」 「工藤新一に似てるから?」 ジロリとコナンは快斗の顔を睨む。 似てるという範囲を超えて、瓜二つといってもいいその顔。 変装してるならまだしも、それが素顔なのだからマジで救いようがない。 「そんなふくれっ面しないの。人生、楽しまなきゃ損だぜv」 快斗はそう言うとコナンの小さな身体をヒョイと抱き上げた。 「お〜っv軽〜いv子犬を抱いてるみたいだぜ!」 「降ろせ、バカ!」 「まァまァ。せっかくのバカンスだし、銀狐が選んだ会場まで楽しく行こうね、コナン君v」 「何がバカンスだ!バカヤロウ〜!!」
コナンは怒っていた。