昼休み終了のチャイムが鳴ると、屋上でいつものように昼寝をしていた黒羽快斗は、欠伸を漏らしながら身体を起こした。

「フアァ〜、もう終わりかよ・・・今日はなんかいつもより早いンじゃねえ?」

 よっ、と立ち上がろうとした快斗は、一瞬頭がふらついた。

 足もなんだか力が入らなくて、カクンと折れて尻餅をつく。

「あ・・アレ?」

 なんだか頭がクラクラする。

 やべえ、風邪引いちまったかな・・・?

 そういや、ゆうべ下見してる途中で雨に降られちまったからなあ。

 それに、ここ一週間ばかり夜まともに寝てねえし・・・

 その分の睡眠を学校でとってるわけだが、しかしそれでも十分ではなく、疲労はどうしたって溜まる。

 常に鍛えているから普通よりはタフだが、やはり限界はあるということだ。

 ここんとこ、キッドの仕事も増えてるしなあ・・・・・

「オレもやっぱ生身の人間ってことかね」

 ・・・なあんて言ってる場合じゃねえっての!

 予告は今夜じゃん!

なにやってんのよ快斗!

 屋上へ上がってきた、中森青子が快斗の方へ駆け寄って来る。

「授業始まってるよ、快斗!」

「ああ・・わかってんだけどさあ・・・」

 快斗?

「なんか、顔赤いよ?どうしたの?」

 青子はぐったりと座り込んでいる快斗の額にそっと手をあてる。

 いつもは体温の高い青子の手が、今はすごくひんやりと感じる。

 マジ、やべえじゃん・・・・

「やだあ!快斗、熱があるよ!」

 こんな所で昼寝なんかしてるからだよ、と青子は心配そうな顔で怒る。

「保健室に行った方がいいよ、快斗。立てる?」

 肩貸してくれたら、と快斗が首をすくめて答えると青子は迷うことなく快斗の腕を取った。

 いつの間にか自分より小さく(いや、快斗がデカくなったのだが)、女の子らしく柔らかな身体になった青子に、つい口元が綻ぶ。 

「あ、やらしい笑いなんかして!胸触ったら承知しないからね、快斗!」

「誰がペチャパイなんか触るかよ」

「ああ〜そんなこと言っていいわけ?」

 青子はペチャパイじゃないもん!

 へえ、ホントかなあ、と疑わしそうに快斗の手が青子の胸にタッチする。

 青子は、キャッ!と短く悲鳴を上げて快斗を突き飛ばした。

 幸い、廊下まで二〜三段だったので転がり落ちるというまではいかなかったが、それでも足がふらついていた快斗は見事にベチャッと廊下に仰向けに倒れ込んだ。

 青子はびっくりして瞳を大きく見開いた。

「快斗ーっ!大丈夫!?」

 おまえがやったんだろが・・・

「何事ですか!」

 快斗が廊下に激突した音を聞きつけて真っ先に教室を飛び出してきたのは、白馬探だった。

「あ、白馬くん・・快斗があ〜〜」

「どうしたんですか?」

「快斗、熱があるの。で、保健室に運ぼうとしたら・・・」

 青子に突き飛ばされた・・・と快斗が続けると、青子は真っ赤になった。

「だって!快斗が青子の胸を触るから・・!」

 やれやれ、と白馬は溜息をつく。

「君って人は・・・具合が悪い時はおとなしくしているものですよ」

 余計なお世話だ、と快斗は毒づく。

「立てますか?」

 白馬の問いに快斗は無言だった。

 どうやら、階段から落ちた時点で体力がなくなったらしい。

「仕方ないですね」

 白馬は快斗の両脇と膝裏に手を回すと、腕に抱き上げた。

 それも軽々とというのが快斗の勘に触り顔をしかめたが、さすがに意識朦朧、抵抗する気力もない。

 途端にキャア〜という黄色い歓声が上がったが、この際無視だ。

 ああ、気分わりぃ・・・・

「黒羽くん?」

 ぐったりと自分の胸に頭を寄せる快斗に白馬は眉をひそめる。

 いつもの彼なら絶対にこんな真似はさせないだろう。

 密着した快斗の身体は思った以上に熱かった。

「先生!彼を保健室まで連れていきますので」

 白馬は担任の教師にそう言うと、心配そうな青子と共に保健室へ向かった。


 保健室で熱を計ると38度あったので解熱剤を飲ませ、しばらくベッドで休ませてから帰宅させた方がいいと保健室の先生が彼等に言った。

「それにしても、珍しいわね。体力バカのこの子が熱出すなんて」

 入学以来、怪我でくることはあっても、具合が悪くなって保健室に来ることなどなかった快斗だったので、彼女は素直に驚いていた。

「風邪ですか?」

「多分そうだと思うけど、熱が高いしできれば病院に行った方がいいわね」

「快斗のお母さん、今日から旅行でいないんです」

「あら、それは困ったわね」

「わたしが快斗を病院に連れていきます。放っておいたら、快斗、絶対に行かないから」

 青子と白馬は、とりあえず薬で眠っている快斗を残し教室へ戻っていった。

 二人の気配がなくなると、快斗はベッドの中で目を開けた。

 保健室にあるような薬は快斗には効かない。

 やべえよ・・・予告時間まであと8時間しかねえし・・・・

 それまでに熱を下げて動けるようになっておかなければならない。

 あの魅惑のマーメイドは、今夜を逃したらオーストリアまで盗りにいかなきゃならなくなる。そんな時間と手間のかかるようなことはしたくない。

 それに、天下の怪盗キッドが、予告しておきながらドタキャンなんてカッコ悪いことは絶対にごめんだ。

 しょうがねえ。

 頼れるのはやっぱあの人しかいねえよな。

 快斗はベッドから起きあがる。

 まだ頭がふらつくが、それでも意識がちゃんとあるうちに行くしかない。

 下手に病院なんか行ったら、特異体質だってことがバレちまうし(おまけに銃創まである)今夜の仕事にも支障がでかねないからだ。

「黒羽くん?」

「ああ、先生。大分気分がよくなったんで、オレ家に帰ります」

「大丈夫なの?中森さんか白馬くんを呼びましょうか」

「いいって、先生。まだ授業中だしさ。オレ一人で大丈夫だから」

 そう?と彼女はまだ心配そうに快斗を見る。

 快斗は脱いでいた学ランを掴むと保健室を出ていった。

 見る限りでは、そう足もとがふらついていないし大丈夫そうだが。

 やっぱり、言っておいた方がいいかしらね。

 そう彼女が思った時、白馬が保健室にひょっこり顔を出した。

「黒羽くんは、僕と中森さんが送っていくことになりましたので」

 これ、黒羽くんのカバン・・・・と白馬が差し出すと彼女は、グッドタイミングとばかりにガシッと彼の肩を掴んだ。

 

 

 

「黒羽くん!」

 白馬は丁度快斗が校門を出た所で追いついた。

 快斗は、マズイ奴がというように顔をしかめる。

「大丈夫なんですか」

「平気だ。それより、まだ授業中だろが、白馬」

「許可はもらってます。あ、カバンも持ってきましたから」

「それはオレのでおまえのじゃねえだろ」

「いいんですよ。君を送ったら学校に戻りますから」

「必要ねえよ。オレは一人で帰れるから」

「そうはいきません。まだ顔色悪いですよ。それに、足もふらついているし」

「平気だって言ってんだろが!」

 余計なお世話だ!と言おうとしたが、さすがに気力で立っていた快斗の足は、限界だというように力を失った。

 おまけに、目の前が揺れて快斗は倒れかかる。

「黒羽くん!」

 白馬は慌てて快斗を抱き留めた。

 なんだか、さっきより身体が熱いような気がする。

(う〜〜気分わりぃ・・・・にしても、白馬の奴、意外に胸が厚いじゃん・・細身かと思ってたのにさあ)

 何考えてんだ、オレは・・・・ああ、頭がフラフラする・・・熱、上がっちまったかな・・・

 マズイ・・マズイぞ、こりゃあ・・・

「黒羽くん!」

 駄目だ!早く病院に!

 タクシーを捕まえようと道路の方に顔を向けた時、後ろから誰かに声をかけられた。

「どうしました?」

 振り返ると、ライトブラウンの髪の若い白人青年が立っていた。

「具合、悪いのですか?」

 え、ええ・・と白馬がうなずくと、彼はぐったりしている快斗を覗きこんだ。

「大分、具合悪そうですね。私の車が近くに止めてます。病院まで送りましょう」

「本当ですか?それは助かります!お願いします!」

 白人青年は、白馬にもたれかかっている快斗の身体を腕に抱き上げた。

 華奢に見えて、意外と力があるようだ。

 快斗は薄く瞳を開けて自分を抱き上げた青年の顔を見上げた。

 ・・フォックス・・・・?

「シッ。お友達には他人の振りをしておいた方が都合がいいでしょう?」

「・・・・・・・・・・」

 なんで、こんなとこにフォックスがいるんだ?

 偶然?んなわけが、こいつの場合、絶対に有り得ねえな。

 フォックスは快斗と白馬を後部座席に乗せると、すぐに車を走らせた。

「この先に私の知っている診療所があります。そこならすぐに診察してもらえる筈。腕のいいドクターですから安心していいですよ」

「すみません。ご迷惑をおかけします」

「いいえ。困っている人を助けるのは当然のこと。私もこの国へきていろんな人に助けられましたから」

「お国はどちらですか?」

 イギリスです、と青年が答えると白馬は緊張を解いたように表情を和らげた。

「そうですか。僕もついこの間までロンドンに留学していたんです」

「そうですか。奇遇ですね」

 青年はニッコリ笑った。

 そうすると、ますます育ちのいい好青年のイメージを受ける。

 実際、青年は白馬の目から見ても、見とれるほどの美青年だった。

 青年が車を止めたのは、白い壁の二階建ての診療所だった。

 倉多診療所?

「ちょっと待っていて下さい。時間外ですから交渉してきます」

 そう言って診療所に向かった青年は、数分もしないうちに白衣の男を連れて戻ってきた。

 青年が、院長ですと紹介した男は、医師というより格闘家と言った方がいいような長身でがっちりとした体格をしていた。

 倉多医師は、白馬に支えられながら車からおりてきた快斗を少しだけ診ると、パンと背中を叩いた。

「いい若いもんが、このくらいでぐったりしてるんじゃない!」

 早く診察室に連れてこい、と倉多医師は青年に言うと、患者を置いてさっさと診療所へ入っていった。

 呆気にとられ、声も出ないのは白馬だ。

「心配ありません。口は悪いけど、信頼できるドクターですから」

「そ・・そうなんですか?」

 白馬は瞳をパチクリさせた。

 青年はまた快斗を抱き上げると、白馬と一緒に倉多診療所へ入っていった。

 

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