倉田が二階の部屋に入ると、病人である彼の甥はベッドの上に起きあがってテレビを見ていた。

 腕にはまだ点滴の管が下がっている。

 真剣な表情でテレビの画面を見つめている少年の様子に倉多は肩をすくめた。

 彼が見ているのは民放のニュース番組だ。

 怪盗キッドが犯行予告した時間が迫ると現場にいるレポーターが現場中継することになっているらしい。

 既にレポーターはホテル内でスタンバイしている。

 さすがに、宝石が保管されている部屋の中までカメラは入れないようだったが。

 途中、レポーターに捕まった中森警部がキッド逮捕を声高に張り上げていた。

「快斗、今、白馬くんから電話があったぞ」

 ふ〜ん、と快斗は画面から目を離さないまま鼻をならす。

「どうせオレがちゃんとここにいるかどうかの確認だろ」

 何度も否定の材料を与えているのに、白馬の奴は今だに快斗をキッドだと疑っている。

 疑い深いったらない。

 まあ、そうでなきゃ探偵はつとまらないのだろうが。

 しかし、あいつは優しすぎる。

 だから、絶対にキッドの正体をあいつに知られるわけにはいかなかった。

 疑いだけならあいつはオレを捕まえられない。

「いい友達じゃないか」

「友達?あいつは、ただのクラスメートさ。それ以上の関わりは持ちたくないね」

 そうか?と倉多は微笑する。

 まあ、それでもいいがなと倉多は快斗に体温計を手渡した。

「下がってなければテレビは消す。いいな」

 ええ〜!と快斗は顔をしかめるが、負い目のある相手に逆らえる筈もなく、仕方なく体温計を口にくわえた。


 純白の衣装に純白のシルクハット、純白の靴を履き最後に純白の手袋をはめる少年をそばで眺めていたフォックスは満足そうな笑みを浮かべた。

「完璧ですよ、ミスティ。それなら、誰もレプリカだとは気づきませんね」

「そうでなきゃ困んだよ。それにしても」

 うっとおしい衣装だ。

 よく、こんなものを着て動けるものだなと新一は感心する。

「おまえもこんなのを着て盗みをやってんのか?」

「いいえ。派手なパフォーマンスは趣味じゃないので、いたってシンプルなものを着てますよ」

「シンプル・・ね。レオタードとか言わねえよな」

 新一がそう言うと、フォックスは爆笑した。

「ああ、そのアニメ見たことがありますよ。3人の猫たちの話ですね。わたしの母国でも人気ありました」

 でも、さすがにレオタードでは動けませんね、とフォックスは喉を鳴らして笑う。

「それに、わたしはこの身長で肩幅も広いですから男がレオタードを着てるみたいで色気もなにもないですよ」

 そんなことねえだろ、と新一は思う。

 確かに長身で華奢なタイプではないが、しかしプロポーションはいいし、おっちゃんが『マレーネ・ディートリッヒの再来だ』と感動したくらい顔立ちの整った美人だ。

 しかし、出てくる女優の名がやっぱおっさんらしいよな。

 マニアである父親につきあって古い映画をよく見ていた新一ならともかく、蘭や純平は、誰それ?だったのだから。

 新一はふっと笑った。

「それじゃ行くか」

 ビルの屋上に立っていた新一は、小さく星の瞬く夜空の下で純白のマントを翻した。

 と、その一瞬に彼の瞳が蒼く光るのを認めたフォックスは眉をひそめる。

「ミスティ、コンタクトをつけてないのですか?」

 ああ、アレな・・・と新一は首をすくめた。

「どっかに落としちまって今博士に新しいのを作ってもらってんだ」

「・・・・・・・・」

 間近に彼を見る者などないだろうから心配はないと思うが・・・・

 フォックスは念のために、彼のシルクハットを深く被らせた。

 

 

 ビッグジュエルが展示されているホテルは、警備する警官に埋め尽くされていた。

 普通ホテル側としてはこんな警備の仕方は迷惑なものだったが、さすがに預かり物の国宝クラスの宝石となると妥協せざる負えなかったようだ。

 盗んでも返すという妙な怪盗だが、それでも気まぐれを起こして返してくれないかもしれないという心配がある。

 もしそうなったら、ホテル側の責任は大きい。

 いや、下手をすると国際問題?

「おい、誰もここを通らんかったろうな?」

 外の警備の確認をして戻った中森警部が部下たちに聞く。

「はっ。不審な人間は誰も通していません」

 ただ・・と警官が言うのを中森が聞きとがめる。

「ただ、なんだ?」

「大使館の者だという女性を一人通しましたが・・・」

「何?どんな女だ!」

「長い金髪の美人です」

「金髪美人だあ!?」

「はい。180くらいの大柄な女性でしたが」

 とにかく、目のさめるような美女だったという。

「証明書を確認してから、大使館にも問い合わせましたから間違いはありません」

 ふむ・・と中森警部は顎に手をやって唸る。

 大使館にも確認をとったのなら心配はないだろうが・・・・しかし、相手は怪盗キッドだ。

「よし。もう一度俺が確かめる。2〜3人ついてこい」

 ハッと、警官たちは中森警部の後について保管室への直通エレベーターに乗り込んだ。

 保管室には白馬がいた。

 本来、関係者以外立ち入ることができない筈だが、そこはやはり警視総監の息子という肩書きがものをいったようだ。

 それが中森警部には面白くないことの一つだった。

 白馬は突然エレベーターから降りてきた金髪の女性に瞳を瞬かせた。

 こんな女性の訪問は聞いていない。

 保管室から廊下に出た白馬は、その見知らぬ金髪女性と向き合った。

「失礼ですが、あなたは?」

 女性は白馬に向けてニッコリ笑うと、綺麗なキングスイングリッシュで自分の身元を告げた。

「大使館の?」

 白馬が首を傾げると、一緒にいた警官が間違いないことを彼に告げる。

 彼女がエレベーターに乗り込む前に報告を受けていたのだという。

「そうですか。大使館に確認をとったのであれば身元は確かですね」

 この女性がキッドの変装でなければ、だが。

 しかし、確証もなしに大使館から来た女性を検査するわけにはいかなかった。

 と、そこへ中森警部が警官二人を連れて上がってきた。

 中森警部は、白馬と話している金髪女性に目を瞠る。

(おお〜確かにスゴイ美女だ!)

「失礼だが、大使館から来たというのはあなたかな?」

 中森警部が彼女にそう問いかけたその時だった。

 ホテル内の電気が一斉に消えて、彼等のまわりは闇に包まれた。

「停電・・!まさか、キッドか!」

 すぐさま保管室に向かおうとしたが、真っ暗で何も見えない状況では入り口すらわからず右往左往するだけだった。

 それでも駆け出そうとした中森警部は見事に部下の警官とぶつかってひっくり返った。

 ただ一人、保管室の入り口の方向と距離を記憶していた白馬だけが中へ飛び込んだ。

 窓から外の街明かりが入ってきている保管室は、中に入るとぼんやりとだが室内の様子を見ることができた。

 白馬の瞳に鮮やかな白い影が映る。

キッド!

 彼は手にした宝石をまるで外の明かりに翳すように持っていた。

 窓からは金色の月が見えている。

 白馬に気づいたキッドは、一瞬持っていた宝石から彼に視線を移した。

 白馬の心臓が、ドキンと音高く鼓動を打つ。

 本当に一瞬だけだが白馬が捕らえたキッドの顔・・・

 いや、相変わらずその顔立ちはハッキリと確認できなかったが、自分を見たその瞳・・・・

(蒼く・・・光る瞳?)

 人が持つ瞳の色とは思えないような、神秘的なその輝きに白馬は言葉を失った。

「どこだ、キッドはーッ!」

 中森警部の怒声が響くと、目の前のキッドはニッと口端を上げ、スルスルと天井近くまで上がっていった。

 そこには、一カ所だけ開くようになっている窓があった。

 キッドは、外へと開いた僅かな隙間からスルリと抜け出していった。

 明かりがつくと、中森警部は警官たちともつれあうように保管室へ入ってきた。

キッドはどうした!

 呆然とした顔で立っている白馬が答えないでいると、中森警部はすぐさま無線機でキッド捜索を命じた。

「キッドを追うぞ!」

 中森警部は部下たちを連れて外へ走り出て行く。

 再び沈黙に包まれた保管室で、白馬は床の上に残されたビッグジュエルを拾い上げた。

 どうやら、この宝石もあの白い怪盗のお気に召さなかったようだ。

 白馬は青く輝くマーメイドを、先ほどキッドがしていたように目の前に翳してみた。

 キッドのあの奇妙な行動は前にも見たことがあった。

 あれは、いったいなんの儀式なのか?

 それよりも、あの瞳・・・・・

(違う・・・あれは黒羽くんじゃない・・・・・)

 

 

 NEXT BACK