Happy Day

 

「誕生日?」

 一時限目の授業が終わってからトコトコと快斗の席へやってきた青子が、瞳を瞬かせる幼馴染みに向け、うんと笑顔で頷いた。

 相変わらず、子供のようなその笑顔がとても可愛らしい青子だ。

「やだあ。まさか忘れてないよね?6月21日は快斗の誕生日じゃない!」

「ほお?黒羽くんは6月生まれですか」

 丁度席が近いので、二人の話を耳にした白馬も寄ってきて会話に加わった。

「双子座ですか。じゃあ、彼もそうなのかな」

 白馬の言う“彼”が誰のことかは聞くまでもないが、別に答える義理はないので快斗は黙っている。が・・・

「誰のこと、白馬くん?」

 なのに、青子はわざわざ白馬に尋ねる。

「工藤新一くんのことですよ。まるで、双子のようによく似たお二人ですから」

 あ、工藤くんねvと青子はぽんと手を打った。

「でも違うよ。工藤くんは確か5月生まれだから」

「なんだよ、青子。なんで、おまえがそんなこと知ってんだ?」

「んなの常識じゃない。みんな知ってるよお」

 このクラスにもファンが多いんだから、と青子は言う。

 アンチキッドの青子は、何度かキッドの犯罪を防いだ名探偵のことが気に入っている。本当は父親に捕まえて欲しいのだが、もう贅沢は言ってらんないという気になっているようだ。

「でも双子みたいっていうのは大袈裟だと思うな。だって、工藤くんの方が快斗よりずっとキレーだよ」

 一度だけ、実物の工藤新一に会ったことのある青子がそう答えた。

 確かに顔立ちはよく似ているし、一瞬見間違えた青子だが、よく見たら全然タイプの違う二人だった。

「悪かったな、ブサイクで」

 快斗が拗ねると、青子は、誰もそんなこと言ってないじゃないと言い返す。

「黒羽くんはブサイクじゃありませんよ。でも、雰囲気が違うのは確かですね」

「そうでしょう!青子が思うに、工藤くんは天使で、快斗は悪魔!」

おいこら!誰が悪魔だよ!

「だって、いつも青子のことイジメるじゃない!」

「イジメられてんのはオレだろ!」

「そんなことないわよ!快斗のために誕生日パーティを計画している青子がイジワルなわけないもん!」

「た・・誕生日パーティ?」

「そ!おばさん、その日仕事で遠出するから帰れないっていってたじゃない。それじゃあ、青子が祝ってあげようかなって」

 へえ、と快斗は瞳をパチクリさせながら青子を見つめた。

「祝うって・・・青子が料理作るとかってんじゃねえだろな」

「うんv恵子も手伝ってくれるからう〜んとご馳走するから楽しみにしててねv」

 恵子・・か。ま、あいつがいるならとんでもねえもん食わされることねえかな。

「ねえ、白馬くんも来ない?」

「そうですね。中森さんの手料理は魅力的ですが、残念ながらその日は怪盗キッドの予告日ですから」

「え?あ、そうかあ」

 今週から東都デパートの特別展示場で開催されているシルクロード展に〈黄昏の涙〉と呼ばれるトパーズが展示されている。

 今回の展示で目玉となっているビッグジュエルで、それを盗むというキッドの予告状が届いたという話は既に学校内でも広まっていた。

 警察としては余計な騒ぎにならないために極秘にしておきたかった所だろうが、宣伝にもなるとか言ってデパート側が勝手に公表してしまったのだ。

 何を考えてんだあ!と父親が激怒していたことを青子は思い出す。

 もうあの頃は快斗の誕生日のことが頭にあって、すっかり忘れていたが。

「白馬くん、キッドを捕まえに行くの?」

「ば〜か。キッドが白馬になんか捕まるかよ」

「黒羽くんはキッド贔屓ですからね。それじゃ、黒羽くんはその日は誕生パーティで現場には来ないというわけですか」

 意味ありげな目で自分を見る白馬に、机に頬杖をついていた快斗がムッツリとなる。

「なんでオレが・・・」

「そうよ!快斗はキッドなんか見に行かないんだから!青子の家で誕生日パーティするんだもんねぇv」

「・・・・・」

 いや、それもちょっとなあ・・・・・

「それって何時から?」

「学校から帰ってから準備するから・・7時!でもどうせ家に一人でいるんだから早めに来て待っててもいいよ、快斗」

 7時・・・モロ予告時間と重なってんじゃん・・・・・


「で、どうすんだ。どっちかをキャンセルするのか」

「予告状出してんのにスッポかすわけにはいかねえじゃんか。そんなのは怪盗キッドの名折れだしさあ。誰が許してもプライドが許さねえ」

 その通り、ともう一人の怪盗がパンパンと手を叩く。

「オレにしてみれば泥棒のプライドなんぞくそくらえだ」

 と、魅力的な探偵の赤い唇からキツーイ台詞がとぶ。

「じゃあ、おまえはさあ。もし仕事と幼なじみのお誘いが重なったらどっちとる?」

「決まってる。どっちも捨てやしないさ」

 そう言ってニヤリと笑う探偵に快斗も笑い返す。

 やっぱ、ツインだよなあ。考えることはおんなじなんだから。

 だが、これまで新一が大事な蘭ちゃんと事件が重なった時、その優先順位がどっちに傾いたかを快斗は知っていた。

 ま、しょうがねえよな。

「マジックはもう作戦は考えているのでしょう?」

「当然。準備は万端。仕上げをご覧じろってね」

「でも今回の仕事には白馬がいるんじゃねえのか?」

 あいつ、おまえのこと疑ってたろ。

「まあな。けど、疑いだけじゃオレを捕まえられやしねえさ。根本的にあいつは優しいからな」

 だから、犯人を捕まえたあと、何故こんなことをしたのかを聞くのだ。

「オレは優しくねえってのか」

 くっと快斗は首をすくめると、低い応接テーブルに両手をつき身を乗り出して向かい側のソファに座る新一の頬に軽くキスした。

「おまえも優しいよ。けど、おまえは根っからの探偵だからさ」

 同じように名探偵シャーロック・ホームズを敬愛していても、その解釈が全く異なっている新一と白馬。

 まあ、背負わされているものが違っているのだから、考え方が違うのも当たり前か。

「快斗・・・」

 新一に呼ばれた快斗は、何?と小首を傾げる。

「パーティが終わったらオレんちへ来い。せっかくだからおまえの誕生日、祝ってやるよ」

「え?新ちゃんが?」

「良かったですねえ、マジック。楽しみが増えて」

 フォックスがニッコリ笑う。

「捕まったら全てなしだけどな」

 捕まるわけねえじゃんと快斗は笑い、もう一度、今度は約束の口づけを交わす。


 予告時間まであと5分。

 白馬は金の懐中時計で時間を確かめてから、携帯電話を手に取った。

「あ・・中森さん?白馬です・・・ええ、まだ現場にいます。あなたのお父さんも来てらっしゃいますよ」

 ところで黒羽くんは?と白馬が問うと電話の向こうの青子が、快斗ならまだ自分ちにいるよと答える。

「でも、もう7時ですよ?」

『ケーキ買うって言ったら、快斗が、そんなら自分で焼くっていったの。だから今、家でケーキ焼いてるよ』

「自分の誕生日のケーキを、ですか?」

『うん。快斗って、結構料理がうまいの。お菓子作りなんかもうプロってくらい』

 だけど、面倒だからって、めったに作ってくれないのよねと青子が残念そうに言う。

「そうですか」

『なに?快斗に用事?だったら家に電話したら?』

「ああ、そうですね。電話番号を教えてもらえますか?」

 青子から快斗の自宅の電話番号を聞くと、白馬はすぐに番号を押した。

 3回コールの後相手が出る。

『はい、黒羽です』

 白馬はちょっとびっくりしたように瞳を瞬かせた。

 まさか、相手が電話に出るとは思わなかったからだ。

 なにしろ、予告時間まであと数分しかないのだから。

 もし黒羽快斗が怪盗キッドなら電話に出られる筈はないのだ。

 何か仕掛けでもあるのか?

『もしもし?おい、なんだよ、イタズラかあ?だったら切るぜ。オレ今忙しいんだからさあ』

 不機嫌な声で電話を切ろうとした相手に、白馬は慌てて返事を返す。

「黒羽くん?僕だけど」

『ああ?白馬あ?なんだよ、もうキッドの予告時間じゃねえの?』

「ええ、そうなんですけど・・・」

 電話の向こうで溜息が聞こえる。

『白馬、おまえ・・・まだオレのことキッドだと思ってんだろ』

「え、いや・・・・」

『ざ〜んねんだったな。オレはちゃんと自分ちにいるぜ』

「ケーキを焼いてるそうですね」

『青子から聞いたのかよ』

 ええ・・と答えようとしたその時、サーチライトが何かを追うように流れ、そして俄に騒々しい声が響き渡った。

 キッドだっ!と中森警部の怒声が響き渡る。

「あ、じゃあ僕はこれで。忙しい時にすみません」

 クスッと小さな笑い声が携帯電話から聞こえる。

『忙しいのはおまえもだろ、白馬。なあ、用が済んだらケーキ食べに来ねえか?おまえの分残しておいてやるからさ』

「それは嬉しいですね。ぜひ伺いますよ」

 キッドを捕まえてから。

 白馬からの電話が切れると、彼はゆっくりと受話器を置いた。

「お見事。正真正銘、黒羽快斗でしたよ、ミスティ」

 微笑みを浮かべながら手を叩く美貌の怪盗に、新一は苦笑する。

「一応女優の息子だしな」

 それに、コナンになってからはさらに演技に磨きがかかっちまったから。

「声が似てるならマネもしやすいしな」

「でも曲がりなりにも名探偵と呼ばれる相手ですからね。声が似ていても下手な芝居では見破られる。マジックのことをよくわかっているあなただから出来ることですよ」

 もう一人の怪盗にそう絶賛された新一は、フンと鼻を鳴らすとキッチンでさっきから忙しなく動いているフォックスを見た。

「で、おまえはなんでケーキなんか焼いてんだ?前もってケーキは快斗が作ってたろ?」

「マジックのケーキは特別ですからね」

 わたしのケーキもまんざらでもない出来映えですよ、とフォックスが微笑む。

「ふうん?おまえらさあ、食べるだけじゃねえんだよな」

 甘いもの好きの怪盗が二人・・・マンガみてえだよなと新一は溜息をつく。

「それより、ミスティこそ何故マジックのかわりに電話に出たんです?それもちゃんと前もってマジックが仕掛けをしていた筈ですよ」

 白馬が電話をかけてくるだろうことはとうに予測していた快斗が仕掛けておいた録音テープ。内容は、新一が言ったことと殆ど変わらない。

 白馬は不本意だろうが、行動パターンを全て快斗に読まれているのだ。

 まあ、白馬は真面目でフェイントをきかす余裕などないから読まれやすいのだろうが。

「泥棒の手助けなどしてやるつもりはねえけど、やっぱ・・な」

 一年に一度の誕生日だから・・・・

 フォックスはニコリと笑うと、新一の蒼く輝く瞳の端にそっとキスした。

「優しいですね、ミスティ」

「・・・・・・・・・」

 途端に新一は照れたように顔をしかめた。

 だが、その白い顔がほんのりと赤く染まっているのを見て、フォックスはまた柔らかく微笑んだ。

「マジックの気持ちがよくわかりますね。本当に、抱きしめたくなるほど可愛いですよ、ミスティv」

「う・・うるせえ!もう時間ねえんだから、早くしろよ!」

 

 

 午後7時15分・・・

 青子に前持って伝えておいたケーキの焼き上がり時間まではあと5分。

「ヒュウ〜なんとか間に合ったな」

 キッドの衣装を解いて黒羽快斗に戻った彼がまっすぐ向かったのは自宅のキッチン。

 その前に、と電話に仕掛けておいたテープを取ろうとして、快斗はアレ?と眉をひそめた。

 テープがない・・・

 キッチンに入ると、テーブルの上にケーキの入った白い箱と録音テープが置いてあった。

 快斗はまずケーキの箱を開けてみる。

「なんだ、コレ?オレが作ったケーキじゃねえじゃん」

 生クリームたっぷりのそのケーキは、少女趣味かと思えるほど可愛らしくデコレーションされていた。

 勿論、手作りだ。

 快斗はテーブルの上に置かれたテープを手に取る。

「フ・・ム?これって、やっぱり狐の仕業かな?」


 午後9時30分。

「よお、白馬」

 こっちこっち、と庭に出ていた快斗がスーツ姿の白馬を手招く。

「遅かったな。パーティはもうお開きになったぜ」

「ああ、すみません。後始末に時間がかかってしまったもので」

「ふ〜ん、それはお疲れさま。お茶いれてやるからうちに寄ってけよ」

 快斗はそう言って門を開けて白馬を招き入れた。

 キッチンの食卓に白馬を座らせると、快斗は用意していた紅茶をカップに注いだ。

「ほら、おまえの分v」

 快斗はニッと笑うと、紅茶と一緒にケーキの皿を白馬の前に置いた。

 白馬は瞳を丸くしながらケーキを見つめる。

「これ、本当に黒羽くんが作ったんですか?」

「嫌なら食わなくてもいいぜ」

 いえ頂きます、と白馬はフォークでケーキをひと口、口に入れた。

 見かけは甘そうだが、食べてみるとそうでもなく、ほんのりとした上品な甘さである。

「美味しい・・・こんな特技があったんですね黒羽くん」

 ちょっと驚きだった。

 まあな、と快斗は首をすくめる。

 オレが作ったやつじゃねえけどさ。

「アールグレイですね」

「オレんちには高級品はねえからな」

「うまくいれてますよ。てっきり黒羽くんはコーヒー党だと思ってましたが」

「最近、紅茶好きの知り合いができてさ。入れ方教わったんだ」

「ほおう?」

 実は、コーヒーしか飲まない筈の新一が、フォックスのいれた紅茶だけは機嫌よく飲むので対抗心に燃えただけなのだが。

「黒羽くん」

「ん?」

「キッドのことを聞かないんですね」

「聞く必要ねえからさ。おまえ、約束通りオレんとこ来てくれたし」

「ああ、そうでした。すみません、遅くなって。お誕生日おめでとう、黒羽くん」

「サンキュv一つ年とってもまだ、世間じゃガキだけどさ。でも一歩ずつ大人に近づいてるなあとか思っちまうよな」

「そうですね。黒羽くんは将来の夢はあるのですか」

「オレ?そりゃ、勿論世界的なマジシャンになることさ」

「黒羽くんのお父さんも有名なマジシャンだったとか」

「そう。オレはさ、オヤジを越えるつもり」

「黒羽くんなら夢じゃないかもしれませんね」

 マジックの腕だけでなく、ショーマンとしてもっとも必要な華やかさが快斗にはある。

「おまえは?」

「僕はまだ具体的なことは考えてませんが、できたら小説家になりたいと思ってます」

「小説家?おまえの好きなコナン・ドイルみたいな?」

「推理小説とは限りませんけど、工藤優作氏には憧れますね」

 あの変人オヤジにか?

 まあ新一の父親だし、キレる男だとは思うけどさあ。

「オレ、てっきりおまえは探偵になるんだとばかり思ってたけどな」

「探偵を一生の仕事にする覚悟は僕にはありませんよ。今は怪盗キッドを追うことが生き甲斐になってますけど」

 生き甲斐ねえ・・・それって、いずれは「あれは僕の青春でした」とか言わねえだろな。んなの、中森警部一人で十分だぜ。

 ま、あの人は人生を語っちゃうんだろうけど。

「急でプレゼントを用意してなかったんですけど」

「はあ?そんなの別にいいぜ」

 男からプレゼントもらってもなあ。

(ホント、律儀な奴・・・・)

 白馬は上着の内ポケットを探って取り出したものを快斗の手に渡した。

「何これ?コイン?」

 それは500円玉よりやや小振りの金色のコインだった。

「幸運を呼ぶコインです。ロンドンで、ある占い師からもらったものですが」

「それじゃ、オレがもらっちゃ駄目なんじゃ」

「いえ。その占い師は、僕ではなく、僕が渡したいと思う人間の手に渡すようにと言ってこのコインをくれたんですよ」

 はあぁ??と快斗は呆れたように瞳を見開いた。

「それってさあ、おまえが好きになった女の子にやれってことじゃなかったの?オレなんかに渡しちゃその占い師泣くぜ?」

「構いませんよ。もともと、僕は占いはあんまり信じてませんし。ただ、今日があなたの特別な日なら、そのコインを持つにふさわしいと思っただけです」

 ふうん・・と快斗は指先でくるくる回しながらコインを眺める。

 幸運をというだけあって、勝利の女神ニケのレリーフとそして何故か四つ葉のクローバーがあった。

「・・・・・おまえってさあ」

 はい?と白馬は快斗に向けて首を傾げる。

(変な奴・・・・・・ま、いいか)

「アリガトなv」

 


 午後10時40分。工藤邸。

「しっかり18本たてておいたぞ」

 光量をやや落としたリビングのテーブルには、快斗お手製のバースディケーキがのり、新一の言葉通りきっちり年の数のローソクがたてられていた。

 では、と快斗がパチンと指を鳴らすと全部のローソクに火がともった。

「わりぃな、すっかり待たせちまって。おまけに世話をかけたみたいでさ」

「暇だったしな。フォックスも面白がってたし」

「あれって、やっぱフォックスがつくったわけ?」

「決まってんだろ。オレはケーキなんか焼けねえよ」

「結構気がきくじゃん。オレたちのためにケーキを残してくれたってわけだ」

「うまかったか?」

「ん?」

「フォックスのケーキ」

「んー、まァまあァかな。青子らにはうけてたぜ。なにしろ、モロ少女趣味なデコレーションだったからさあ」

 新一は、フーンと鼻を鳴らすと快斗に向けて顎をしゃくった。

 はいはい、と快斗は頷き、ふうーっと一気にローソクの火を吹き消した。

 新一はパンパンと二度手を打った。

「ハッピバースディ、快斗」

「サンキュウvおまえに言われるとすげえ嬉しいよなあ」

「今日はさんざん言われたろ」

「白馬にもな。ちゃんとケーキ食べさせといたぜv」

「来たのか」

「そりゃ、おまえが来いって言ったんだから来るでしょうが」

「オレじゃねえよ。言ったのはおまえだ」

 そうなるか、と快斗は首を竦め、ケーキを切り分ける。

「甘い・・・」

 ひと口ケーキを食べた新一が顔をしかめた。

 そうかあ?と快斗も自分が作ったケーキを頬張る。

「女の子向きに作ったからな。でも、一応砂糖はひかえたぜ?」

「甘党のおまえらと一緒にすんな」

 文句を言いながらも新一は小皿にのったケーキを全部食べる。

「胃薬いる?」

 クスクス笑う快斗に新一は眉をしかめた。

「明日、おまえの好きなレモンパイ作ってやるよ」

 快斗の誕生日だから新一は甘いケーキを食べてくれた。

 このくらいのサービスは当然だろう。

「ああ、そうだ。新一も見る?」

 快斗はイタズラっぽい笑みを浮かべると、長椅子に座る新一の隣に腰をおろした。

 快斗が右手でつまみ上げて新一の顔の前に出して見せたのは、今夜の獲物である“黄昏の涙”だった。

「パンドラじゃないけど、月にすかしてみるとさあ」

 世界が金色に見えるんだぜ、と快斗は楽しそうに言う。

「・・・・・快斗」

 快斗はニッと笑い、新一の唇に触れるだけのキスをすると、そのまま彼を長椅子の上に仰向けに押し倒した。

「なあ、新一。今夜はオレにつきあってくれるんだろ?」

 12時までな、と新一はボソリと答える。

 快斗は瞳をパチパチと瞬かせる。

「何?シンデレラ?12時で魔法が解けちまうってーの?」

 そりゃ大変だ、と快斗は声を上げて笑うと新一の白い項に唇を押し当てた。

 ぴくん、と新一の身体が震える。

 キスは慣れても、その先の行為はまだ慣れてない。

 それがわかってるから、快斗は大切に大切に新一を扱う。

 相手が快斗だから、新一は許してくれるのだから。

 快斗は、しばらく滑らかな肌の感触を楽しんでから、ゆっくりと甘い唇を重ねていった。

 

 

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