夢芝居(2)

「それって・・・・」

 まさか、そんな偶然ってあるのかよ?

 いやいや、新一ならあり得るかも・・・とそんなことをグルグル考えながら快斗は新一の答えを待った。

「う〜ん、似た経験してんだよなオレ」

 まさかとは思うんだけどさ、と新一は顎に手を当てた。

 たまたま快斗が見ていたサイトでメール交換していた相手の探し人が自分だったというのは、さすがに新一でも信じがたい。

 だが、確かにそんな記憶はあるのだ。

「ホント、まさかだけどさ。オレもちょっと信じられないけど・・・彼女が会った男の子って新一かもしれないぜ。いや絶対にそうかも!だって、彼女、その男の子のこと、すんげえ綺麗な子だったって書いてたしさ」

 え?と新一は蒼い瞳を瞬かせる。

 綺麗な子?

「じゃ、それ、オレじゃねえや」

「なんでっ!新一が小さい頃なら、絶対に綺麗なんじゃないの?」

 似た顔してるくせに、んなこと言うか?

「綺麗・・って言い方は気にいらねえけど、そうじゃなくてさ。有り得ねえんだよ」

「 ? ? 」

「つまり、あの時のオレは、誰が見てもとんでもなく小汚いガキだったんだ」

 はあ〜〜??

 わけがわからないという顔の快斗を見ながら新一はクスッと笑う。

「それが、母さんの出した二つ目の条件だったんだよ」

 

 

 

 濃紺のパンツスーツを身につけた知的美人が、店の扉を開けて入ってくるのを見つけ彼女は椅子に座ったまま軽く手を振った。

「ごめんなさい、待たせたわね美奈子」

 かなり相手を待たせてしまった自覚のある妃英理が彼女に謝る。

「いいのよ。忙しい時期に電話したわたしが悪かったのだから気にしないで」

 椅子に腰をおろした英理はウェイトレスにコーヒーを頼むと、久しぶりに会う友人の顔を改めて見てニッコリと微笑んだ。

 彼女とは大学に入ってから知り合ったのだが、いろんなことで気が合って親しくしていた。

 やや色素の薄い髪の色や、瞳の色は昔と変わらない。

 そして、少女のようにあどけない笑い方も。

 美奈子は英理と同い年だが、可愛らしい顔立ちのせいかかなり若く見える。

「元気そうね、美奈子」

「英理こそ元気そうじゃない。ラブラブだったご主人と別居中だって聞いてたからちょっと心配してたんだけど」

 眼鏡の奥にある英理の瞳がややつりあがる。

「何がラブラブよ。あの人にはつくづく愛想がつきたわ」

「そんなこと言って、離婚は考えてないんでしょ?」

「まあね。蘭がいるからそこまでは思い切れないわよ」

 あらそう?と美奈子は笑う。

「蘭ちゃんは元気?最後に会ったのはまだ幼稚園に入る前だったけど」

「元気よ。今は大学受験に向けて頑張ってるわ」

「え〜!じゃあ、もう高校三年生なの蘭ちゃん?」

 年をとるはずね、と美奈子はふっと溜息をつく。

「何言ってるの。わたしと違ってずっと若々しいくせに」

「結婚もしてないし、子供もいないからね。その分気楽なのかも。でも絵理だって十分若いわよ」

 とても高校生の娘がいるようには見えないわ。

「結婚する気はないの?」

「あるわよ。いい人がいたら即結婚しちゃうかもvでも・・・・子供は無理ね」

 美奈子の瞳が寂しげに伏せられる。

「美奈子・・・・」

「怖いのよね。わたしは親に虐待されて育ったから。弁護士になってから、そういう事件をいくつも見てきたし。知ってるでしょ?子供を虐待する親も昔虐待されてきた例が多いのよ」

 虐待の連鎖。

 連鎖はどこかで止めなければならないのよ。犠牲となる子供をこれ以上作らないためにもね。

「でも、誰もがそうなるわけじゃないでしょう?美奈子だって、昔小さかった蘭を可愛がってくれたじゃない」

「蘭ちゃん、素直だし可愛かったものね」

 でもね、絵理・・・・ずっと一緒にいればどうなるかわからないわ。

「・・・・・・」

 ウェイトレスが運んできたコーヒーカップを絵理の前に置く。

 話はそこで途切れた。

 これ以上は絵理でも立ち入ることのできない問題だった。

「じゃあ、これからのこと相談しましょうか絵理」

「ええ、そうね。ごめんね、迷惑かけて。全くうちのバカ亭主ったらどうしようもないんだから」

 そう言わないの、と美奈子は苦笑を漏らす。

「でも驚いたわよ。まさか、わたしが担当している子が頼んだ探偵が絵理のご主人だったなんて」

 ま、有名だものね”眠りの小五郎”

「そうじゃないわよ。その子ね、蘭が通っている高校の一年生なの。”眠りの小五郎”というのは全く知らなかったらしいわ。たまたま蘭の父親が探偵だというのを聞いて、それで頼みに来たらしいの」

 少女が頼んだのは人探し。

 手がかりの少ない依頼であったが、なんと小五郎は三日もかけずにその人物を探し出したのだ。

 理由はいたって簡単。

 少女から依頼を受けたその夜、行きつけのスナックで同業者の飲み仲間と飲んでいたのだが、そこで聞いた彼の仕事の依頼が、少女から聞いた話ととてもよく似ていたのだ。

 その夜は深く考えないまま酔いつぶれた小五郎であったが、翌昼に目が覚めてから気になって電話し聞いてみると実に多くの一致がみられた。

 これは!と急いでその飲み仲間の事務所へ向かった小五郎は、探していた人物が互いの依頼人であることを確認した。

 まさに偶然というか、ラッキーな拾い物だったわけだ。

「で、彼らが会うのは?」

「明後日。清里にあるわたしの依頼主だった人の別荘で顔を合わせることになったわ」

「うちの人が見つけた(という言い方は変だけど)人物とは会ったの?」

「いいえ、まだよ。わたしの依頼主はその少女の祖父で、先月亡くなったの。で、預かっていた遺言状から彼女は正式な遺産相続人になったのだけど」

 しかし、少女はまだ十五歳。

 遺産は彼女が成人するまでは美奈子が預かることになっていた。

「彼女の両親はどうなっているの?」

「母親はとうに亡くなっていて、父親はというと七年前から行方不明で死亡扱いになっているわ」

「そうなの・・・じゃあ、その子は一人ぼっちになったわけね」

「近い身内がいないってことでは一人だけど、大丈夫。わたしがいるから」

 美奈子?

 力強い笑みを浮かべる友人の顔に、絵理は少し驚いたように瞳を瞬かせた。

「依頼主であるあの子のお祖父さんに頼まれているのよ。あの子は絶対にわたしが守るわ」

「頼もしいわね、美奈子」

「当然。それが依頼を受けた弁護士の役目ですもの。依頼を受けてからの五年間、陰ながらだけどあの子の成長を見てきたから、簡単に終わりには出来ないわ」

「そうね。そうだわ、美奈子」

 絵理は笑みを浮かべた。

「わたしも責任を果たすためにあなたと一緒に行くわ」

 本当なら、うちのバカな亭主が行って結果を見届けるべきことなのだけど。

(全く、腹の立つ!さっさと依頼料の五百万を受け取って海外旅行に出かけちゃうなんて!)

 小五郎は現在飲み仲間であったその同業者と二人、ラスベガスで豪遊中だ。

 裸にむかれて泣いて帰国すればいいんだわ!

 もっとも、それで懲りるような男であれば絵理も別居するようなことはなかったのだろうが。

 

 

 

 パソコンをいじっていた快斗が、ふいにあれ?と声をあげた。

 コーヒーを飲みながら快斗の持ってきた雑誌を見ていた新一が、なんだ?というように顔を上げる。

 結局調子の悪いパソコンは諦めて快斗は新しいノートパソコンを買った。

 調子はすこぶるいいようで、さっきからずっとネット巡りをしていた快斗なのだが。

「どうした?」

「いや、ちょっと・・・・」

 新一は同じ長椅子に座っている快斗の方に擦り寄るとパソコンの画面を見た。

「掲示板か」

「うん。あの子のだよ。探し人が見つかったってんだ。オレだけじゃなく、他にも彼女の話を気にしてた人もいたから、そのお礼と報告をカキコしてんだけどさ」

「見つかったんならいいんじゃねえの?何か気になるのか?」

「いや、だってさ。例の男の子も見つかったってことだろ?どうやって見つけたんだろうって」

 手がかりなんて小さい頃の記憶だけだってーし。

「相手が覚えてたらわかるだろうが」

「そりゃあそうなんだけどさ・・・」 

 どうも納得がいかなそうな快斗の表情に、新一はふと気になって訊いてみた。

「もしかしておまえ・・・この子の身元調べたんじゃねえだろうな」

 調べたよ、と快斗はケロリと答える。

「なんか気になってさ。ホントに新一じゃないのかなって」

 あのなあ、と新一は呆れたような声を出した。

「言ったろ?あの時のオレは」

「わかってる。まあ、ちょっとしたこだわりっつーか。新一の話が妙に彼女の記憶と合致するのがね」

「偶然だろ」

「かもしれないけど・・・でもなんか亜矢ちゃんのことが気になっちまってさ」

「亜矢?」

「うん。彼女の本名。三嶋亜矢っていうんだ。この前新聞に亡くなったって記事が載ってたろ?三嶋財閥のもと会長三嶋源一郎。彼女のお祖父さんなんだ」

 会社は三嶋源一郎の友人が引き継いだが、彼がたった一人の孫娘に残した遺産は莫大なものの筈だ。

「本名まで聞き出してたのかよ」

 まあね、と快斗はニッと笑う。

「オレってばかなり信用されちまったみたいでさ」

「その信用を裏切るような真似はすんなよ」

 って、既に裏切ってるか。

 相手は”月子”を女だと思っているのだから。

 男だと知っていたらメール交換などしたかどうか。

「新一も気になってんだろ?彼女のこと」

 彼女のページ日参して見てたみたいだから。

「・・・・知ってたのか」

「そりゃ、履歴残ってたし。そういや昼間蘭ちゃんと長いこと電話してたよな。ミシマ・・って名前が出てたみたいだけど、三嶋亜矢のことじゃないだろね」

 耳ざといヤツ、と新一は顔をしかめる。

「まあいい。彼女にメールを送ってくれないか、快斗」

「いいけど、なんて?」

「”一度会って話をしたい”」

「月子の名前で?」

 ああ、と新一は頷いた。

 

 

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