「オレのパソコン、なあんか調子悪くてさ、ちょっと新一の貸してくんない?」 近辺から幽霊屋敷と噂される工藤優作氏の別荘に移ったばかりの頃、朝からやって来てなにやらパソコンをいじっていた快斗がふとそんなことを言ってきた。 当然新一は疑わしそうに眉間を寄せる。 快斗のパソコンは自宅から持ってきたノートパソコンだ。 自宅にはデスクトップの他にも数台パソコンがあるらしい。 一台壊れてもすぐに対処できるようにするためでもあるらしいが、そうそう壊れるようなものではないだろうがと新一は思う。 しかし、相手は普通の高校生ではないからしょーがないのか。 快斗は裏の仕事の関係から、かなり怪しげなプログラムを組んだりデーターを入力したりしているようだった。 時にはヤバイとこにハッキングをかましてパソコンをオシャカにしたって話も耳にしている。 なので、当然のことながら新一は少々警戒するような瞳で快斗を見、 「別にいいけど・・・何するんだ?」 返事次第では断るつもりでそう新一は問う。 こっちだって大事なデーターが入っているのだ。 一応ある程度バックアップはとってあるが、それでも壊されてはたまったものではない。 「何って、ホームページ見たいんだよ」 「ホームページ?」 そんなの帰ってからでも見られるだろうがと思わず口から出かかるが、そこまで言うのはやっぱり意地が悪いかと新一は思い直す。 だいたい快斗が家事一切をしてくれてるから、こうしてゆっくり読書ができるのだし。 まあいいかと新一が承諾すると、快斗は早速新一のデスクトップの前に座り電源を入れた。 そしてアドレスを打ち込み目的のサイトへ飛ぶ。 その楽しそうな様子にちょっと好奇心を刺激された新一は、読んでいた本を閉じると椅子から立ち上がり後ろから快斗の見ているサイトを覗き込んでみた。 (”月へのメッセージ”?) 作りからして素人が作った個人のホームページのようだ。 ここ最近パソコンが普及し、簡単にホームページが作れるようになったせいか個人が作るサイトが増加傾向だ。 検索すれば、それはもう日本人の半分は自分のホームページを持ってるんじゃないかってくらい数がある。 新一はホームページは持たないが、たまに国内外にあるシャーロック・ホームズのファンサイトに行っては楽しんでいる。 快斗が見るならマジックに関係したホームページかと思ったのだが、それは毎晩表情を変える月の写真やイラストのある、タイトル通り月をテーマにしたホームページだった。 「おまえ、そんなの見てんのか?」 「うん、まあね。このホームページはどっかの大学のサークルが作ったもんでさ、最初は月の写真やエッセイとか載せてたみたいなんだ。けど、そのうち月に関係することだったらなんでも自由に投稿していいことになって。で、管理人に趣旨を認めてもらえたら個人の部屋も作れるんだ」 だから、ほらこんなのが・・・と快斗はトップにあるコンテンツの一つをクリックした。 表示されたのは月を背にして立つ、見覚えありありのコスチュームを身につけた男のシルエット。 新一は、なんだなんだ?というように瞳を瞠る。 「キッドって”月下の奇術師”とか呼ばれてるし、月とはまんざら関係がないわけじゃないだろ?」 「つまり、てめえのファンのページってわけか?」 もしかして、オレにこいつを見せたいためにパソコンを貸せなんて言い出したのかよ? 違う違う、と快斗はフルフルと首を振る。 「マジ、調子悪いんだって!ここんとこ酷使し続けたせいもあるんだけどさ」 「酷使・・って、何やってんだおまえ?」 「う〜ん、ま、いろいろね」 「・・・・・・」 いろいろねえ・・・ キッドの仕事に関して、快斗は殆んど新一に話すことはない。 もっとも宿敵である探偵に自分の犯罪をベラベラ喋る泥棒など、まずいないのだが。 まあいい。調べる方法がないわけじゃなし、と新一は再びモニターを見つめる。 コンテンツは、怪盗キッドが関った事件や盗んだ宝石に関する記事を載せたものと、あとは殆んどファンレターと化している掲示板のみだ。 掲示板のカキコミはどれもハイテンションだが、読むだけなら結構面白いかも。 わざわざビッグジュエルの情報を調べてカキこんでるのもある。 もっとも、彼らが知りえるようなことはとうにこいつにはわかってることだろうから問題はないが。 「おい・・・所々レスしてる”キッド”ってのはまさか」 「オレじゃないよ。んなことするわけないじゃん。カキコミする時はちゃんと自分のハンドルネームで書いてるって」 「そういや、おまえのハンドルネーム知らねえけど」 「ここでは、オレの名前は”月子”ってんだ」 「女名かよ」 「だって、ここに出入りしてんの女ばっかだもん。男じゃ違和感バリバリだしさあ。それに女同士の会話ってやつも結構面白いんだぜv」 はっ・・そうかよ。 「って、今オレが見たいのはこれじゃないんだけどね。昨日、出来た部屋があってさ」 快斗はトップに戻ると、青い月のアイコンをクリックした。 「”SINへ”?」 「幻想的なイラストと月をテーマにしたエッセイが載ってる。プロってわけじゃないだろうけど、結構うまいぜ」 確かに青を基調にしたイラストは綺麗だ。 「SINってのは月の神さまのことだろうけど、なんか新一のことみたいだなって思ってさv」 でさあ、月下の奇術師と月の神様ってのもいい組み合わせだと思わない? 「バ〜カ。何クサイこと言ってやがる。だいたいオレは神じゃなく魔人とか呼ばれてんじゃねえのかよ」 快斗のクラスメートで紅魔女である少女は新一を”光の魔人”と呼び、何故か臣下の礼をとるのだ。 この世に本物の魔女が存在すること自体驚きだが、その魔女に魔人と呼ばれるのもどうかと思う。 「紅子の言うことなんか気にすんなよ。あいつの言うことはオレにもサッパリわかんねえ」 時々予言もしてくれるが、どうも比喩が多くて理解しづらい。 だいたいノスタラダムスの予言ってのもいろんな解釈ができて、なんだそりゃ?の代物だからなあ。 月を背景に額に角を生やした純白のユニコーンが草原に立っているCGが表示される。
・・・・・・覚えてますか?わたしは今も忘れずに覚えています。優しいあなたとSINがいたあの夜を・・・月が明るく照らした森の中でしたね。
「これさあ、創作じゃなくこの部屋作った人の実話らしいんだ。彼女、小さい頃に出会ったある女性と男の子を探しててさ」 最初、快斗は”月へのメッセージ”の掲示板で彼女の存在を知った。 「ホントに小さくて記憶が曖昧らしいんだけど、森で迷子になった彼女はある女性と会い、そして自分よりちょっと年上の男の子に会ったってんだよな。男の子は空腹だった小さな彼女に一杯お菓子をくれたんだってさ」 「お菓子?」 「そ。お菓子。山ほどあったって。まるでお菓子の家を連想しちまうよなv」 「えらく詳しく知ってるじゃねえか。そんなことまで書いてんのか?」 いや、と快斗は首を横に振る。 「カキコミ見てメール出したんだよ。なんか面白そうだったし。で、何度かメール交換してるうちに気があってさ、その辺の事情も詳しく教えてもらったわけ」 「気が合ったって・・・おまえとか?」 「うん。月子の名でメール出してるからオレのこと女だって思ったのかもね」 「・・・・・・」 こいつ、確信犯だな。 「しかしさあ、有り得ない話じゃないけど、なんか現実味薄いよな。ガキの頃ってさ、夢と現実がいっしょくたになることってあるし」 案外、なんかの記憶と混ざって覚えてるのかもね。 しばらく何か考え込んでいた新一は、ふと口を開いて話し出した。 「そういや10歳になるかならない頃だっけか。別荘へ行く途中でとうさんが急にサバイバルゲームやろうって言い出してさ」 「え?」 山ん中だぜ? まあ、あの人の思いつきはいつも突拍子がねえんだけどさ。 「う、うん」 唐突だったんで快斗はちょっと瞳を瞬かせたが、先を促すように頷いた。 「互いに陣地を決めてそこで三日間暮らそうってことになったんだ。けど母さんは猛反対でさ」
『こんなに可愛い新ちゃんが一人でいたら絶対に誰かに連れていかれるじゃないの!』
「けど結局やめさせられなくて、じゃあと母さんはある条件を出したんだ」 「条件?」 「一つは、カバン一杯のお菓子を持っていくこと」 は? 快斗は新一の言葉に瞳をまん丸く見開いた。
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