三宅コンツェルンはもともと輸入雑貨を扱う会社であったが、今は旅行代理店やテーマパークの経営などにも手を伸ばし、この豪華客船「明日香」も新しい事業のために建造されたものだった。 美しい白い船体は、かの有名な「タイタニック」をモデルに造られたというだけあって、あのロマンチックなラブロマンス映画を思い出す人も多い。 多くの人命が失われた悲劇の船「タイタニック」。 それをもとにして客船を造るなど、いい度胸をしてるなと思わずにいられないが、話題性は確かにあった。抜群に。 港を一周だけだが、その初航海に無料で招待するというニュースには多くの人々が飛びつき、応募者は2万人を越したとか越さないとか・・・・ 一般招待者はペアで200組というから、まさに100倍だったわけだ。 それでよく2枚も手に入ったな、と新一も快斗から聞いた時には驚くより呆れたくらいだった。 盗んだんじゃねえだろな?とも疑ったが、どうやらホントに応募したらしい。 けど、そんなら幼馴染みの彼女を誘えば喜んだだろうに。 何が悲しくて女装で参加しなきゃなんねえんだ?と新一も今だ納得がいかない。
招待客は船に乗ると、直接パーティ会場になっているホールへ案内された。 そこは、2層吹き抜けになっていて、航海中ショーやイベントが行われることになっているらしい。 しかし、今回は中央の椅子をなくし、かわりに丸いテーブルが置かれていた。 テーブルには、軽い食事やつまみが用意してある。 4人が船に乗ったのは最後の方であったので、会場には殆どの招待客が集まって賑やかに談笑を交わしていた。 応募した一般招待客の他に、特別招待客として芸能人やマスコミ関係者、人気作家やスポーツ選手の姿もある。 さすがに彼等のまわりは華やかな雰囲気があったが、遅れて入ってきた二組のカップルを見た途端、一瞬息を呑む気配が流れた。 男性はどちらも日本人ではなく、西洋人で、しかもかなりの美青年であったから目立ちはしたが、それよりも彼等の関心を最も引いたのは二人に寄り添っている女性たちだった。 いや、女性というにはまだ少し幼く少女といった方がいいだろう。 どちらも整った綺麗な顔立ちだったが、彼等の関心を最も引いたのは二人の少女の顔が瓜二つだったことだ。 長身の20代半ばくらいの青年の腕をとっている少女は、柔らかなウエイブのかかったセミロングの黒髪で、もう一人の20才くらいのやや小柄な青年が連れている少女は背を被うストレートの長い黒髪をしていた。 どちらかといえば、そのストレートの髪の少女の方がおとなしい印象はあるものの、顔立ちは鏡に映したようにそっくりだった。 双子の美少女・・・・・ マスコミにとっては、これ以上はない話題に満ちた魅力的なカップルだったろう。 早速カメラマンがカメラを向けるが、長い黒髪の少女の方は迷惑そうに顔をそむけた。 注目されるのも写真に撮られるのも新一は嫌いではなかったが、女装した自分の姿が写真に残るなど冗談ではなかった。 (くそ〜〜もう早く帰りて〜〜!) さすがに新一に癇癪をおこされてはたまらないと思ったのか、好奇心一杯の彼等の相手は快斗が一手に引き受けた。 「あの子、内気で恥ずかしがり屋だから構わないでね。渋ってるのを無理矢理引っ張ってきたんだから、ヘソ曲げられちゃったら困っちゃうの」 少女らしく明るい笑顔を見せる美少女に、男性陣が自分のパートナーそっちのけでポ〜となっている。 こりゃあ、パーティの後揉めるカップル続出なのではないかと新一は思った。 ま、他のカップルのことなどどうでもいいことであるが。 マスコミや、突然現れた美少女に惹かれて集まった招待客に囲まれた快斗をジョシュアは瞳を瞬かせながら見つめていた。 さっきは、あの姿で少年の声であったから違和感があったが、今の彼は少女そのものの声で喋っているから、実は女装した少年などとはとても思えなかった。 さすがと言おうか。 「おや?君は・・・・・」 ふいに声をかけられ振り向くと、相手はやっぱりと言って笑顔を浮かべた。 聞き覚えのある声にドキッとした新一であったが、見覚えが有りすぎる知り合いの顔を見た途端、マジで卒倒しそうになった。 鼻髭をはやした、丸顔の恰幅のいい中年男。 (ゲーッ!なんでここに目暮警部が・・!?) パーティに出席ということで、いつもよりはいい背広を着ているものの、やはりトレードマークにもなっている帽子を被っている所は彼らしいというか。 「確かベネットくんとかいったかな」 「はい。目暮警部ですね。あなたも招待されていたんですか?」 「ああ。三宅コンツェルンの社長はわしと同郷でな。妻と二人特別に招待してくれたんだ」 目暮がそう言うと、彼の後ろにいたショートカットの女性が軽く頭を下げた。 目暮警部の奥さんの“みどり”さんだ。 新一は一度だけ顔を合わせたことがあった。 もっともその時は、コナンの姿だったが。 「君はどうしてここに?」 「あ、私は知人に招待券を譲ってもらったので・・・」 「おお、そうかね。しかし偶然だな。実はな、もう一枚もらってたんで、部下も二人連れてきててな」 え? 目暮がクイッと親指で差した先には、ドレスアップした佐藤刑事と、少し照れたように彼女の横に立つ高木刑事がいた。 (げえ〜!佐藤さんや高木さんまで・・!) こんなに知ってる人間がいるなど予想外だ。 小五郎や蘭、園子が来ないことは確認していたが、まさか警視庁の面々が参加するなど考えてもいなかったのだ。 「いや、君の姿を見た時、ひょっとして怪盗キッドの予告状でもあったのかと思ったんだが・・・」 「怪盗・・キッドですか?」 ジョシュアは金茶の瞳を瞬かせる。 新一は内心で、ハハハ・・・と苦笑を漏らした。 「三宅社長の奥さんがもっとる宝石は、キッドが狙いをつけるようなビッグジュエルだと聞いていたんでな」 そうですか、とジョシュアは肩をすくめた。 「しかし、キッドの予告状は届いていませんよ。もしそうなら、ここにいなくてはならない人がいますからね」 「中森くんか・・・」 確かにそうだな、と目暮も笑って首をすくめる。 「そういや、もう一つ狙われる可能性のあるもんがあるとか言っとったな。なんでも、三宅社長がオークションで手に入れたという絵があるというんだが」 「絵画ですか。そうですね。以前の怪盗キッドは美術品もターゲットにしていたそうですし」 いつの頃からか、キッドは宝石だけを狙うようになったが。 「そんなに心配なら持ってこなきゃいいと言ったんだが」 「まあ、警視庁の警官が3人も来てくれるからと思ったのではないですか」 「う〜ん。だとしたら責任重大だがな」 ところで・・と目暮はジョシュアの背中に隠れるように立つ少女の方に顔を向けた。 「そのお嬢さんは君の知り合いかね?」 「え、まあ・・・」 「本当にお綺麗なお嬢さんですね」 みどりが自分の方を見てニコリと笑うのを見て、新一はビクッとしながら顔を伏せる。 ここでバレたらシャレになる所ではない。 工藤新一、一生の恥だ! 「あら、ごめんなさい。不躾でしたわね。あなた、若いお二人の邪魔にならないよう失礼しましょう」 「そうだな。じゃ、また後で」 目暮警部とみどりが行ってしまうと、ようやく新一はホッと息がつけた。 どうかしたんですか?とジョシュアが首を傾げる。 「もしかして、あの方たちのことを知ってるんですか?」 ジョシュアがそう訊くと、新一は彼からバッと離れ、男共に囲まれている快斗の方へ走っていった。 そして、人の囲みの中から快斗を引っぱり出すと、ホールの外へと連れ出した。 あまりの素早い行動に、彼等は呆気にとられた顔で二人の美少女を見送った。 な・・なんだ?? ジョシュアには訳がわからなかった。 そして、やはり、パートナーがいなくなって一人になったフォックスは、何がおかしいのか、クスクスと笑っていた。
「ど・・どうしたの新ちゃん?」 デッキまで引っ張っていかれた快斗も困惑顔だ。 誰もいないことを確かめた新一は快斗の手を離すと、問いつめるように睨みながら仁王立ちになる。 「いったいどういうことだよ!この船には目暮警部だけじゃなく、高木刑事や佐藤刑事まで乗ってるぞ!」 「ありゃりゃ・・そうなの?」 でも、そんな偶然オレに言われてもなあ・・・・・ 「冗談じゃない!いつバレるかわかんねえのに、このまま乗ってられっか!オレは降りるからな!」 「そんな、新ちゃん・・・もう船動いてるよ?」 「・・・・・・」 確かに船室にいた時は気づかなかったが、船はゆっくりと海の上を走り出していた。 「それにさあ、この変装は完璧だから絶対にバレやしないって。たとえ、親しい人間でも新ちゃんだってわからないよ。そのために声色もマスターしたんだし」 ね? おまえ・・・と新一は快斗をじとっと睨む。 「警視庁の警官を舐めまくってないか?このくらいの変装を見破れないわけねえだろ」 「新一ならそうかもしれないけどね。だって、オレ一度もバレたことねえんだぜ。子供の頃から知ってて、いつも顔合わせてんのにさあ」 中森警部に・・と快斗が言うと、すぐさま新一の鉄拳が飛んできた。 間一髪かわしたが、新一は二度めを放たずにクルリと向きを変えた。 「もういい!オレは泳いで帰る!」 え?と快斗は瞳を見開いた。 ええ?? 「ちょ・・ちょっと、新ちゃん!冗談いわないでよお〜!」 待って!待ってったらあ!
外に出たまま、なかなか戻ってこない二人にジョシュアはどうしたものかと考えた。 と、そこへフォックスが彼の方へ歩みよってきた。 「心配はいらないですよ。彼がついていれば大丈夫」 「あ、ああ・・そうだな」 怪盗キッドである彼は、どういう事情があるのか彼女を命がけで守ろうとしている。 彼がそばにいて、何かあることはまずないだろう。 それより・・とジョシュアは長身の美青年の方を向いた。 長身だが、ガッチリしたタイプではなく細身だ。 短くしたブラウンの髪に、整った顔立ち。 どちらかというと、男性的というより女性的な印象の顔立ちだが、軟弱に見えないのはその瞳の強い光と、自信にあふれた表情のせいだろう。 「あなたの名前を聞いてませんでしたね」 「ああ、これは失敬。私はロジャー・エヴァンズといいます。よろしく、ムッシュウ・ベネット」 よろしく、と二人は初めて握手をかわす。 「彼とはどういう関係なんですか?」 「彼って、あの可愛い子猫ちゃんのことですか」 子猫・・・まあ、確かにイタズラ好きで、可愛い外見のわりによく爪をたててくる所なんかはそう言えなくもないが・・・・ しかし、男同士でいうようなことではないだろう。 ソドミーとかいうのだったらわかるが・・・ 友人ですよ、とフォックスは笑う。 まるでからかっているようなその笑いがジョシュアのカンに触った。 いったい何者なんだ? 「ああ、それより見ませんか?」 「え?何をです?」 「今夜の最初の目玉。素晴らしい絵画の鑑賞ですよ」 ステージを見ると、先ほど挨拶をしていた三宅コンツェルンの社長が、オークションで手に入れたという絵画の説明をしていた。 「これは、アメリカやヨーロッパでも評価の高い画家が描いたものでして・・・・」 その画家は謎が多く、しかも現在行方不明で、あまり多くの作品が残されていないため貴重な一点なのだと三宅社長は言った。 行方不明の画家・・・ ステージに持ち込まれた絵画にかぶせられた白い布がとられ、その謎の画家が描いた絵が人々の目に映る。 それは50号の油絵で、そこに描かれていたのは一人の少女の姿だった。 金色の木漏れ日の中に立つ、まるで天使のような幼い少女。 「ビジュー・サンダラの連作“イーヴァ”の一枚です」 絵の中の少女は、森の中で裸足で背中を向けて立ち、ふっと顔をこちらに振り向かせ笑っていた。 印象的な構図・・・思わず微笑んでしまいそうな暖かさを感じる絵だった。 しかも、特に目をひくのは、少女の髪の色だった。 白に近い銀髪だったのだ。 「ビジュー・サンダラが描いたこの少女は彼の一人娘だと言われていて、現在確認されただけでも7枚あるということです」 「そのうちの4枚は盗まれたそうですけどね」 それも一人の泥棒に、とフォックスは笑みを浮かべながら言った。 ジョシュアは、そんなフォックスの横顔を無言で見つめた。 そして。 (ビジュー・サンダラ・・・・)
まさか、この男・・・!
|