エレベーターを降りてから腕時計を見た金茶の髪の青年は、滞在しているホテルを出てからフッと空を見上げた。

 午後5時。

 週末ということもあって、街はかなり人通りが多い。

 青年が見上げた空は雲が多く、天気予報通り雨が降るかもしれなかった。

 まあ、すぐに降ってくるような雲ではないが。

 青年は、上着のポケットから取り出した携帯電話に目をやる。

 そこには昼過ぎに送られてきたメールが表示されていた。

 この携帯電話は、怪盗キッドだと名乗る少年から渡されたものだった。

(今日の午後6時。提無津港で・・・か)

 週末は港に遊びに行く車で道路が混むという話なので、青年はタクシーはやめてモノレールで行くことにした。

 あの少年が守っている姫君か・・・・いったいどんな女性なのだろう?

 

 

 

 黒光りするロールスロイスが港のターミナルへ続く橋を渡っていた。

 なんで、わざわざこんなデカイ車を借りてくるんだと、広い後部座席のど真ん中に一人で座っている新一は不機嫌そのもの。

 だって、タクシーで行くわけにはいかないじゃん、というのが快斗の弁。

 その快斗は前の助手席に座り、運転しているのは唯一免許を持っているフォックスだ。

 ただし、持っているのは偽名を使った免許証だろうが。

「そういえば“明日香”には15年前に失踪して行方がわからなくなったという天才画家ビジュー・サンダラの絵があるそうですね」

「・・・・・・」

 何がそうですね・・だ。

 とっくに調べ済みだろうがよ、と新一は溜息をつく。

“明日香”の持ち主である三宅コンツェルンの社長が、イギリスのオークションで手に入れたというのは結構マスコミで話題になっていた。

 それを、今夜船の中で初披露するというのだ。

 ハ・・ハ・・・猫にマタタビじゃねえかよ。

「それって、本物?ビジュー・サンダラの絵は高額で取り引きされるから偽物が多いって聞くぜ?」

「まあ、それは見ればわかることですよ。本物であろうと偽物であろうと、彼の絵が見られるというのは楽しみですねv」

「本物だったらやっぱ頂いちゃうわけ?おまえってさあ、なんかビジュー・サンダラにご執心なとこあるみたいだし」

「あ、知ってました?彼の絵は実にわたし好みなんですよね〜vできたら、全部集めて手元に置きたいくらいです」

 楽しそうにそう語るフォックスに新一の眉間がさらに寄る。

「そういうマジックも関心を持ってるものがあるんじゃないですか?三宅コンツェルンの社長夫人が持っているという“ブルーアイ”・・・・確か10カラットのアクアライトでしたね。多分、今夜彼女はその宝石をつけてくるでしょう」

「そうなんだよねえ。でも、予告状出してないから、どうしようかなあとか思ってんだけど。  ま、ちょっと拝ませてもらうくらいならいいかな、てねv」

 てめえら・・・・・・

「オレの前で盗みの話なんかするんじゃねえ・・」

「・・・・・・・・」

      はい・・申し訳ございませんです・・・・・・・

 快斗は背後の新一に睨まれて首をすくめ、フォックスはクスリと小さく笑った。

 

 

 

 

 

 港には優雅な白い客船が停泊していた。

 確か、今夜試乗パーティが行われる客船があるらしいと聞いていたが、多分あれがそうなのだろう。

 乗船できるのは、招待された客だけで、残念ながら青年は招待状を持っていなかった。

 しかし、ここを待ち合わせの場所にしたというのは何か関係があるのだろうか。

 陽は落ちていたが、まだ暗くはなっておらず青年は待ち合わせの相手の姿を探した。

 約束の時間までまだ5分あるから、まだ来ていないかもしれないが。

 と、青年は一人でポツンと立っている女性に目を止めた。

 淡いブルーのパーティドレスを着た華奢な身体つきの女性。

 まさか、彼女が?

 青年が近づく気配に気づいたのか、背中を向けていた彼女が振り向いた。

 ハッと息を呑む。

 それは女性というにはまだ幼さの残る少女であった。

 背の半ばまでの長いストレートの黒髪が、彼女の抜けるような色白の肌によく似合っている。

 綺麗に整った顔立ちは人形のようで、彼はつい見とれてしまった。

「ジョシュア・圭・ベネット?」

 美少女はやや低めのアルトの声で青年の名を呼んだ。

「あなたが、姫君・・・?」

「・・・・・・・・・」

 美少女の綺麗な眉が一瞬しかめられる。

 どうやら、何か気に入らないことを口にしてしまったらしい。

 それにしても、綺麗な少女だ。

(けど・・・誰かに似てるような・・・・・・・?)

 誰だったろう?と彼が思い出す前に、近くに止まっていた黒のロールスロイスのドアが開いて中からもう一人の少女が顔を出す。

 え?と瞳を瞬かせるジョシュアに向け、新たに現れた美少女が悪戯っぽい笑みを浮かべた。その顔は、今彼の前にいる少女に瓜二つといっていいほどよく似ていた。

 淡いグリーンのドレスを着たその少女は、ややクセのある黒髪が肩までゆるやかに流れている。

 違いはそれだけ。

 いや、表情と受ける印象が少し違うか。

「ちゃんと来たんだ、ムッシュウv忙しそうだからどうかなあとか思ってたんだけどね」

 面白そうにくくっ、と華奢な肩が揺れる。

 ジョシュアは美少女の口から出た、聞き覚えのある少年の声に驚いて目を瞠った。

キッドか!?

 シッと美少女の姿をした快斗は、赤い唇に指をあて、彼に向けてウインクを投げる。

「ここでその名は禁句だよ、ムッシュウ。約束通り、姫君に会わせてあげたろ?」

 あ、ああ・・・とジョシュアは人形のような美少女を振り向いて見た。

 彼女は表情を変えず黙ってジョシュアを見つめている。

 女装したキッドに瓜二つ・・・いったいどういうことなんだ?

「なんで、そんな格好をしているんだ?」

「いや、ちょっとね」

 成り行きで、と快斗は苦笑する。

「しょうがないのですよ。招待券にはカップルでとなっているのでね」

 運転席から出てきた長身の青年が快斗にかわって答える。

 仕立てのいい英国スーツをスマートに着こなした初めて見るその青年は、ジョシュアより年上で、しかも気品のある美青年だった。

 誰だ?

 怪盗キッドと行動しているというからには、普通の一般人ではない筈だ。

「君と彼女はよく似ているが、まさか兄妹なのか?」

「ハズレ〜!オレと姫君の間には血の繋がりはないよ。でも先祖をたどればどっかで繋がってたかもしれないけど」

 ま、それを言ったら世界中の人間は皆親戚兄弟ってことになるだろうけどねv

 姿は文句なしの美少女なのに、その声は少年のものなので妙に違和感がある。

「・・・・招待券って?」

「向こうに見える客船のだよ。ペアで2枚手に入れたんでさあ、丁度いいと思ってお誘いしたわけv親交を深めるにはいいセッティングだろ?」

 親交?

 そういう言い方もあるか、とジョシュアは吐息を漏らす。

「ロマンチックな船旅(といっても港を一周するだけだけど)には今夜はイマイチの天気だけどね。でもめったにない機会だから楽しみましょうよ、ムッシュウ」

 ねvと笑顔をみせる怪盗キッドは、どこから見ても美少女だ。

 変装の名人と聞いてはいたが・・・

 いや、彼は化粧はしているものの、顔を変えているわけではないから・・・もとが女顔だということだろう。

「では、姫君。そろそろ時間ですし、まいりましょうか」

 どこから見ても美少女の少年が、彼と双子のようによく似ている美少女の右手を優雅な仕草でとった。

 まるで一枚の絵画を見ているような印象的なその光景にジョシュアは唖然となる。

「残念ですが、今夜のあなたの相手はわたしですよ」

 ブラウンの髪の美青年は快斗の腰に腕を回すと、ムッツリとした美少女からヒョイと引き離した。

「では、彼女のことを頼みましたよムッシュウ」

「姫に何かあったら命はないと思ってね、オニーサン」

 快斗はジョシュアに向けてニッコリ笑うと招待券を渡し、今夜のパートナーである美青年の腕をとって“明日香”の方へと歩いていった。

「気にすることはないですよ。わたしはあなたに迷惑をかけるつもりはありませんから」

 感じのいいアルトの声にジョシュアは金茶の瞳を瞬かせる。

「あのバカに何を言われたか知りませんが、無視して下さい」

 あのバカ・・・?

 美少女の口から出た少々過激な台詞にジョシュアはビックリする。

 彼は心底この少女を大事にしているようだが。

「いつもわたしに黙ってこそこそと何かをやっている。その度にあのバカは傷ついて・・・」

「それだけ、彼はあなたのことを大切に思っているんですよ」

「自分の身を守れないほどわたしは無力な人間ではないつもりです。それを・・・・」

 何が姫だ、あの野郎〜〜!

 めっちゃムカツク!

「・・・・・」

 おとなしい外見に反して、かなり気が強そうだなとジョシュアは感じる。

 しかし、確かにすごい美少女だがあのアッシュが関心を持つには幼すぎな気がしないでもない。いったい、キッドは何を心配しているのだ?

「あのバカは、あなたに何を話したのですか?」

「それは言えません。個人的な取り引きですから」

 取り引き・・・ね。

 アッシュと敵対しているらしい男。

 快斗がそれを利用して持ちかけた取り引きだとすると、思い当たることがないでもない。

「それでは、我々も行きましょうか」

 ジョシュアが左腕を差し出すと、少女はちょっと迷った顔になるが、すぐに諦めたように溜息を漏らすと右手を絡めた。

「あなたのことはなんとお呼びしたらいいですか?やはり姫君?」

 少女は眉をしかめ首を振った。

「それは殆ど嫌がらせのようなものだから」

 ちょっと考えてから少女は、ミスティでいいとジョシュアに答えた。

「ミスティ・・・あなたにとても似合った名前ですね」

「・・・・・・・・・・・・」

 ジョシュアの素直な笑顔を見て、女装の新一は今更ながらものすごい罪悪感を覚えた。

 

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