「・・・・・もう一度言ってみろ」

 地の底を這うような低い声に問い返された快斗は、思わず引きつった笑みを顔に張り付かせながら一歩後ずさる。

 こ・・こえ〜〜

「あ・・いや、だからさあ・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

 今だ安全が確認できず隠れ家にしている別荘には、新一とフォックスがいて、快斗は一応自宅から通っているという日々を続けている。

 本当は学校に行きたいのだが、警戒しなければならない相手が相手だけに安易に姿を見せるわけにはいかなかった。

 もうひと月近く蘭に会ってないし、電話もできないでいるのでイラついてきてもいる。

 コナンの姿であれば、とりあえず顔を見に行けるのだが、まだもう少し新一のままだ。

 早くもとの姿に戻って蘭に会いたかったのに、コナンの姿でしか会えないなどと皮肉なものだ。

「新しくできた豪華客船『明日香』の試乗招待券を手に入れたんで、ここんとこ閉じこもりっきりだから新一もどうかなあ・・って」

「それで、なんでオレが女装しなきゃならねーんだ?」

 だって!と快斗は拳を握る。

「新一の姿で人が一杯いる公の場に出るわけにはいかねえじゃん!」

 だから変装して・・・と言い訳する快斗の顔を新一はジロリと睨む。

「変装なら女装でなくたっていいだろ!」

「女装の方が見破られる確率が低いんだって!新一はオレみたいに変装できないだろ?格好だけ変えても見る人にはわかっちゃうしさあ。だったら、一番疑われない格好っていったら女装しかないじゃんv前にやった時にも男だってバレなかったろ?」

 新一の眉がピクリと動く。

 快斗の言う前の時というのは、服部に引っ張られて行ったパーティでマネキンをやらされた時のことだった。

 結局、これも快斗が噛んでいて女装させられたのだ。

「オレにずっと口を利くなと言うのか。声を出せば一発で男だとバレるんだからな」

「大丈夫!そのこともちゃんと考えてるからさv」

 オレがバッチリ声色の使い方を伝授してあげるからvv

 新ちゃんなら、すぐにマスターできるって!

「なんで、そんなにオレに女装させたがんだ?」

 新一はさらに眉間を寄せて快斗に詰め寄る。

 快斗は、うっ・・となって言葉を詰まらせた。

 さすが名探偵。ちゃんと感づいているようだ。

「それはですね、ミスティ。マジックがあるお友達に彼女を紹介すると言ってしまったからですよ」

「かのじょぉ〜??」

 新一はフォックスの言葉に瞳を丸くする。

「それでなんでオレなんだ?おまえ、幼馴染みの彼女がいるだろうが?」

「青子じゃ駄目なんだよ。もう、そいつと青子、顔合わせちゃってるからさあ」

「?顔を合わせてるならいいじゃないか。ちゃんと紹介したんだろ?」

「幼馴染みとしてね。けど、そいつが会いたがってるのは、オレの姫君なんだよね」

 姫君だとお・・・?

 うわっ!と快斗は悲鳴を上げて後ろに飛びすさった。

 新一の黄金の足が快斗めがけて飛んできたからだ。

「テメー!またふざけたことを言いやがったな!」

「だってだって・・・新ちゃんはオレにとっては大事な姫君だもん!」

 もんってなんだ、もんって!

オレのどこが姫だあぁぁ!

 全て・・って言ったらまた蹴りを食うんだろうなあ・・・・

「オレが守ってるのは“女”だって思われる方が都合がいいじゃん。ね?」

「どういう意味だ、それは?」

「マジックの言うお友達が特殊だってことですよ、ミスティ。ジョシュア・圭・ベネット。フランスから来た、ちょっっと変わり種の男です」

 ジョシュア・圭・ベネット・・・・

「フランスから来たって・・・あの男かっ?」 

 この別荘に来てすぐにキッドが仕事をした時、ニュースで見た金茶の髪の若い男。

 一瞬画面に映っただけなのに、何故か印象に残ったのだが。

「ビッグジュエルの護衛のために来たとか言ってたな」

「それは単なる日本に来るための口実。実際は日本で活動し始めたアッシュに会いに来たんですよ」

 アッシュだと!?

 新一は蒼い瞳を吊り上げて快斗を睨み付けた。

「快斗、テメー!オレに黙って何をやってやがる!」

「・・・・・・・・・・」

「ジョシュア・圭・ベネットとアッシュは敵対しているんです。理由はわかりませんがね。だから、アッシュを見つけるために彼は怪盗キッドに接触を試みた。キッドはこの日本で唯一アッシュと出会ってますからね」

「おまえだって会ってるじゃんか。しかも、一戦交えてさ」

「あいにくと、彼はわたしのことを知りませんから」

 ちぇー、と快斗は口を尖らせる。

「それで、どうしてそいつがオレに会いたいなんて言うんだ?」

「アッシュが関心を持ってる人物だと、奴が思ってるからさ」

 わからないな、と新一は首を傾げる。

「何故、そいつがオレのことをそんな風に思ってんだ?」

 新一が疑問を口にすると、快斗はフッと視線をそらして黙った。

 ・・・てっめえ〜〜

「結局、オメーが余計なことをくっちゃべりやがったんだなあ〜〜ッ!」

 もう絶対に一発くらわしてやる!

「まあまあ、ミスティ、落ち着いて」

 フォックスが快斗に蹴りを入れようとする新一を後ろからガッシリと抱きとめる。

 身長差もあるが、フォックスの人間離れしたバカ力に新一が敵う筈はない。

「離せ、フォックス!このバカは言って聞くような奴じゃねえんだ!」

「殴って聞くようなマジックでもありませんよ。わかってるんでしょう、ミスティ?」

「・・・・・・・・」

 新一はフォックスの言葉に唇を噛んだ。

 わかっているのだ。

 ずっと快斗が何を気にしてきたのか。

 こいつのせいじゃないのに!

「ではこうしましょう。ミスティだけというのは不公平なので、マジックにも女装してもらうということに」

 え?と快斗の瞳が大きく見開く。

「わたしも行く予定をしていますし、エスコートする相手は当然いりますからね」

「はあぁぁ??女のおまえが男のオレをエスコートするってえの?」

「誰も男女が逆とは思いませんよ」

 なにしろ、身長も体格もわたしの方が上ですから、とフォックスはニコリと笑う。

 確かに身長は10センチ以上違うし、快斗はどちらかといえば華奢な体型だ。

 快斗がフォックスをエスコートするよりは余程しっくりいくだろう。

「それでどうです?ミスティ」

「こいつの場合、女装も変装で慣れてっからオレとは重みが違うけどな・・・・」

 ま、しょーがねえ。妥協してやるよ。

「だそうです。良かったですね、マジック」

「フォックス・・おまえさあ、なんか面白がってない?」

 もしかして、コレもオヤジのことを絡めた嫌がらせだったりして。

「おや?マジックはミスティの蹴りをくらう方が良かったですか?」

 フォックスにそう尋ねられた快斗は、冗談!とばかりに即座に両手をバツの形に交差させ、ふるふると首を振った。

 

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