いずれまたどこかでお会いしましょう。 白の魔術師」 世界にその名を知られる怪盗キッドが天空に消え去った後、 彼に会うために遠い異国より来た男の前に残されたのは、 一枚のメッセージカードと博物館から盗まれたビッグジュエルだった・・・・
多分・・・・自分は彼に軽くあしらわれたのだろう。 別に捕まえるつもりはなかったが、もしキッドの名を騙るただのコソドロであったなら容赦なく捕まえて警察に引き渡すつもりだった。 だが、ジョシュアの前に現れたのは、神秘的で自信に溢れた強い瞳を持った本物の白い怪盗だった。 「月下の魔術師」とはよく言ったものだ。 一応宝石を取り戻したということになるのだろうが、当然喜びなどない。 ホントは宝石などどうでも良かったのだ。 彼は怪盗キッドに会って、アッシュの居所を知る事が目的であったのだから。
明け方まで警視庁にいて、その後予約していたホテルの部屋で仮眠を取り、ホテルのレストランで昼食をとった彼は、ブラリと外に散歩に出た。 足が向いたのは、部屋の窓から見えていた公園だった。 そこはなんとなく彼が住んでいる下町の公園に似ていたので、なんだかホッと肩の力が抜ける気がした。 ずっと緊張していたのかもしれない。 怪盗キッドは、今も祖国フランスで英雄視されている人物であったから。 しかし・・・と、ジョシュアは公園のベンチに腰を降ろし考える。 自分が会ったキッドは、本当に18年前にパリに現れたあの怪盗だったのか? いくら変装の名人だとわかっていても、かなり疑問だった。 やはり、日本で活動しているキッドは別人なのではないか? ベンチで考え込むように俯き、何度目かの溜息をついた彼の目の前に、突然何かが差し出された。 え?と瞳を瞬かせた彼の前にあったのは、白いソフトクリーム。 それを彼に突き出すようにして持っていたのは、まだ幼さの残る顔をした一人の少年だった。 東洋人は若く見えるので、多分彼も高校生くらいだろう。 どうぞ、と少年は彼に向けてニッコリ微笑んだ。 「・・・え?」 「なんか疲れてるみたいだからさあ。そういう時は甘いもん食べるといいんだぜ」 「でも、いいのかい?誰かのために買ったものなんじゃ・・・」 「誰かのじゃないよ。オレ、いつも二つ買ってんだ」 甘党だから、と少年はそう言って小さく肩をすくめる。 「あ、そうなの?」 じゃあ、とジョシュアは少年からソフトクリームを受け取った。 甘いものが好きというわけではないが、確かに疲れを感じていたから素直に好意を受けることにした。 少年は笑顔を浮かべたままジョシュアの隣に腰を降ろした。 無邪気にソフトクリームを舐める少年を見て、ジョシュアもつられるようにして冷たいソフトクリームに口を付ける。 太陽はもう傾き始めていたが、それでも天気がいいせいかじんわりと汗が滲む。 ベンチの後ろは緑の葉を茂らせた背の低い植物が植わっていたが、さらに後ろには水を高く吹き上がらせている噴水があるので、耳に入ってくるその水音が心地よかった。 ふと隣に座る少年を見ると、彼はクリームだけ食べて残ったコーンを細かくちぎって公園の鳩に与えていた。 少年の足下で5〜6羽の鳩が可愛らしく小さな頭を上下に動かしていた。 よく見ると、少年はとても綺麗な顔立ちをしていた。 おさまりが悪そうなふわふわした感じの黒髪に、白い綺麗な横顔。 体つきもまだ成長途中という以上に彼の目には華奢に映る。 大きな明るい色をした瞳と長い睫毛、通った鼻筋に赤い唇。 (へ・・え、美少年だな。アッシュの好みにはまだ4〜5年足りなさそうだが) アッシュは両刀だ。パリには奴に夢中になっている男女が山ほどいる。 しかし、どいつもこいつも奴と関係を持ったのは一度きりなので、尻尾を掴み辛いというのが痛い。 まあ、そう簡単に弱みを見せては世界で有数のテロリストにはなれまい。 あ、また溜息が出そうだ・・・と俯いた彼の目にさっきより数が増えた鳩が映る。 ソフトクリームのコーンだけで結構集まってくるものだな、と少年の方に顔を向けたジョシュアはギョッとして目を瞠った。 いや、もうあまりの驚きに口がポカンとバカみたいに開く。 なんと、鳩は足下だけでなく少年の頭から肩から腕にまでとまり、膝にはもう何羽いるかわからないくらいだったのだ。 まるでたくさんの鳩をまとっているような少年の表情に変わりがなかったので手は出なかったが、それにしても驚いてしまう。 とんでもない光景に固まっていたジョシュアが身じろぐと、臆病な鳩はすぐさま羽根を広げ次々と飛び去っていった。 その数は何十羽いるかわからず、その無数の羽ばたきに彼は思わず顔の前に手をかざした。 あっという間に鳩はいなくなり、またベンチには彼とジョシュアの二人きりになった。 呆然としていた彼は、食べかけのソフトクリームが足下に落ちているのを見て眉をひそめた。 いつ落としたのかわからないが、悪いことをしたなと少年の方に再び顔を向けた彼は、やはりこちらを向いていた少年と目が合いドキリとする。 少年は性格を表しているような明るい色をした瞳でジョシュアを見つめていた。 そして・・・・ 「ねえ、お兄さん。オレと取り引きしない?」 ジョシュアは突然少年の口から出た申し出に金茶の瞳を瞬かせる。 「取り引き?いったいなんの?」 「オレさあ、どうしても力のある協力者がいるんだよね。最初はそんなもんいらないと思ってた。一人でなんでもやって、一人でケリをつけるつもりだったんだけど」 駄目だよなあ、と少年はくしゃりと自分の髪を掴んで苦笑する。 「オレ一人ならいいけど、守るものを持ってるとね、意地はったりできないなあって気がついたんだ」 「守る者・・・ね。どうしたの?まさか命の危険があるってわけじゃないだろう?」 どう見てもここにいるのは普通の高校生だ。 それに、一応見かけだけかもしれないが、平和そのものというこの空の下ではどうも殺伐としたものを思い浮かべられない。 「オレの場合はもう今更だしいいんだけど、ヤバイのはオレの大切な姫君なんだ」 は?とジョシュアは瞳を見開いた。 姫君? 確か、どこかで似たセリフを聞いたような・・・・とジョシュアは首を捻る。 「オレのミスで、アッシュに姿を見られちまったんだよなあ」 ジョシュアはハッとなって、ベンチから腰を浮かした。 驚いた顔で見つめるジョシュアを、少年はそらすことなくまっすぐに見つめ返してきた。その強い眼差しには間違いなく覚えがあった。 「アッシュを何故・・?」 まさか・・・・ 「オレの仕事を手伝えとは言わない。ただ、あなたにはアッシュの関心をオレの姫君からそらして欲しいんだ」 「怪盗・・キッド・・・?」 この少年がか・・っ!? 少年はベンチで足を組むとニッと笑った。 「アッシュに会いたいんだろ?オレとしては奴と関わるのは非常に不愉快なんだけどさあ(暇つぶしで撃たれちゃったしィ)オレの希望を呑んでくれたら一度だけ機会を作ってやってもいいよ」 OK? 「・・・・それが取り引きか?」 「お互いの利害は一致してるだろ?まあ、すぐに答えを出せとは言わない。考える時間はあげるよ。他にアッシュを探し出す方法があるなら今の話はなかったことにしてもいい。でも、オレとしてはあなたはいい人材だと思ってるから、取り引きに応じて欲しいんだけどね」 それだけ言うと少年はベンチから立ち上がり歩き出した。 「じゃあね。お疲れさん」 中森警部のお相手は結構大変だったでしょ?と少年はクスリと笑い、前を向いたままひらひらと右手を振った。 「ちょ、ちょっと待てっ!」 ジョシュアは慌てて少年の後を追いかけた。 「本当にキッドなのか?」 「アッシュを知ってるというだけで十分証明になると思うけど?それでも信じられないんだったら、夕べのやりとりを再現してみてもいいぜ」 ジョシュアは頭を抱えた。 「何故、そんな姿で私の前に現れたんだ?だいたい、怪盗キッドが姿を見せるのは夜だろう!」 「だからこの姿なんじゃん。仕事以外の時間はオレは普通の一般市民だよ?それに、メッセージにはまた会おうって書いてたでしょ?」 「昨日の今日だぞっ!」 「善は急げって言うじゃんv取り引きってのは素早くやんなきゃね」 だろ?とキッドを名乗る少年は可愛く小首を傾げ彼にウインクした。 「・・・・・・・・・・」 コレハマチガイナク、カイトウキッドダ・・・・・ 「・・・怪盗キッドは変装の名人だと聞いているが、その姿もそうなのか」 少年はニコッと笑う。 「変装しててもオレはオレだよ。演じていても本質ってのは変えようがないしさ。ま、知りたいってんなら教えてもいいけどね」 「え?」 少年は後ろを歩いていたジョシュアと向き合うように立ち止まった。 「黒羽快斗。17才。青春まっただ中のピッチピチの高校生だよおv」 ジョシュアは絶句した。 まさか、こんなに簡単に正体を明かすとは思ってもいなかったのだ。 いやいや・・・それが本当のことだとは言えない。 でたらめを言われたってこちらにはわからないのだから。 「それはおかしいんじゃないかな?怪盗キッドが初めて現れたのは18年前。君が本当に17才ならまだ生まれてなかった筈だ」 あれえ?と快斗は面白そうに笑った。 「確か、あなたは仮説を二つ出してなかったかな」 「・・・・!」 ジョシュアは眉間を寄せると不敵に笑う少年を見つめた。 やはり別人・・・・だったというわけか。 そして、宝石だけを狙うのは何か意味がある? 「いったい・・・」 「ねえ、お兄さん、お金貸してくれない?」 は?と唐突な要求にジョシュアはすぐに反応できずポカンとなる。 あれ、と彼が指をさしたのは可愛い店構えの手作りケーキの店。 「あそこのケーキ美味しいんだよねv」 「はあ・・・・」 いいけど・・とジョシュアが答えると快斗は嬉しそうにケーキの店へ駆けていった。店の中には女の子の二人連れと子供を連れた主婦がいた。 高校生らしい女の子たちは、ジョシュアを見てきゃあきゃあ嬉しそうに何か喋っている。日本語のようだが、どうも彼には意味のよくわからない単語が多い。 方言だろうか? 快斗は困惑しきりのフランス人のことなど今は関心ないとばかりに、どんどんケーキを注文していった。 「たくさん買うんだな。誰かへのおみやげ?まさか一人で食べるっていうんじゃないよね」 「そんなわけないじゃん。チーズケーキは姫の分。甘いの苦手なんだよな。コーヒーもブラックしか飲まないし」 じゃあ、残りはこの少年が食べるというのか(なんというか絶句もの・・・) ざっと14〜5個のケーキを頼んで箱に入れてもらった少年の顔は満足げだ。 少なくとも、甘党だと言った言葉は真実らしかった。 ジョシュアが代金を払っている間に快斗は店の外に出た。 そのままいなくなっているだろうという予想に反し、快斗はジョシュアが店から出てくるのを待っていた。 「お金返すよ。あなたの都合のいい日はいつ?」 「ああ、別にいいよこのくらい・・・」 連絡するよ、と快斗は言ってジョシュアの前から去っていった。 警察ならここで見逃さず尾行したのだろうが・・・ 俺は刑事じゃないからな、と彼は肩をすくめる。 それに、あの少年とはこれっきりではないし。
まあ、キッドの正体をまるっきり掴んでいない警視庁で、何かが聞けるとは 思っていなかったが・・・・・ 「警部、黒羽快斗という少年をご存知ですか?」 「ああ?俺んちの隣に住んでる娘の同級生だが」 「・・・・・・・・・・・」 あのやろお〜〜っ!!
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